カッツェの耳にKissをして | ナノ
冷たいアイスと温かい陽光



停泊二日目、シェリーに誘われナース達と上陸を許可された。昼から護衛要員のハルタとジョズとナース達で島の買い物をすることになった。

シェリーから逃げようとしたが、ナース達の信頼を得ているジョズにまんまと捕まり、今こうして歩かされている。


身長も高くスタイルのいいナース達に囲まれた私はさながらペットみたいな立ち位置だろう。

キャッキャとはしゃぐナース達の横でハルタに助けを求めるも、彼も諦めの境地に近いらしく首を横に振っていた。

ジョズは紳士的に彼女達の買物袋を持っている。隊長が荷物持ちとはナース恐るべし。



シ「フィオ、これなんて素敵よ」

『…いらん』

シ「絶対可愛いわ!ほら、マルコ隊長の腰布と同じ色」

『 不死鳥と同じの意味がわからん』


誰かシェリーの通訳はいないのか。もうかれこれ30分はシェリーともう一人のナースに捕まって着せ替え人形よろしくな状態だぞ。

二組に分かれた為、ジョズがこちらの護衛役として残り、しかもその護衛殿は律儀に店の外で待機。


ジョズ、いい加減痺れを切らして急かしてくれ。律儀に待ってるんじゃない。


シ「じゃあ、これとこれとこれと…あとこれを試着してみて」

『まだ着せ替えするのか!?』

「シェリーさん、これも素敵ですよ」

シ「そうね、エース隊長と同じオレンジも捨て難いわね」


『だから、何故合わせる』

「あとは、これも!」

シ「いいわね!」


彼女達と言語が違うような気がしてきた。

素直に山のような服を持ち、試着室へと消えて行く。服が重いと感じたのは初めてだぞ。


一着目、ニ着目と回数を重ねて様々なバリエーションを披露させられる為、カーテンを開けたり閉めたり開けたり閉めたり開けたり…カーテン壊れるんじゃないか?


一通り彼女達が気に入った物の会計を済まされる。何故か白ひげ殿が軍資金とばかりにナース達に渡していたらしく、私の今後の生活費が削られることはなかった。

そもそも、白ひげ殿もこの買い物を良しとするのか。勘弁してくれ。


その後、ランジェリーショップで絶句しながら下着をかなり用意され、それも白ひげ殿の軍資金で購入。

……あんなに店員に胸をぐいぐい触られたの初めてだぞ。


ジ「げっそりしているな」

『女は買い物が長いな』

ジ「フィオも女だろうに」

『生物学上はな』



流石にジュエリーショップは興味がないと突っぱね、すぐ側にあった噴水でジョズと休憩することに。

服も先ほどの服屋で着させられたスカート。足が心許なくて苦手だ。一応身嗜みマナーも学んでいるので足をガバッと開くような失態はしないが。


ジ「その割にはしおらしいな」

『情報収集の際は男にも女にもならなきゃいけなくなるからな。流石に身嗜みマナーは嗜む程度にあるぞ』

ジ「話し方が男らしいが」

『女の時は口数少なくするからな』


ジョズは馬鹿にしたりせず、真剣に聞いて感心してくれる。そういうところがナース達の信頼を得ているのだろうなとひとりでに考えた。


少し先に火拳が歩いているのが見え、私はピンと悪いことを考えついた。

ジョズに火拳の存在を教え、指をさす。そのあと親指を立てて無理やり被らされた女性らしい帽子を軽くかぶると髪を隠す。


『本領発揮だぞ、見てろ』

ジ「あァ、健闘を祈ってるぞ」


タタタタッと軽快に歩く。スカートが揺れ動き、低めのパンプスが軽やかな音を立てる。


トン、と軽く火拳にぶつかってしまうフリをして、そのまま彼に倒れこむ。


『キャッ…』

エ「おっと…大丈夫か?」

『ごめんなさい…その、お怪我は…』


つばのある帽子の為、相手の顔は見えにくいがどうやら気がついていない様子。優しく私を支える手。ゆっくりと立ち直り改めて謝罪をする。


エ「あんたに怪我がなければいいさ」

『…ありがとうございます。とってもお優しいんですね』

エ「え?あァ…まぁ、な」


上ずった声が聞こえ、自身の演技力が衰えていないと確信する。

その反面で、何だか騙している感じがすごく身に染みて申し訳なくなるくらい火拳が純粋で困った。


マ「エース、何してるんだよい」

げえっ…不死鳥。タイミング悪すぎる。逃げたいが火拳に軽く肩を掴まれたままのため逃げ出せない。

まずい、こんな馬鹿みたいなことバレたら不死鳥にどやされる。ジョズ、助けてくれ。


チラリとジョズを見ると戻ってたナース達の荷物を持ち直そうと奮闘している。だめだ、全然こちらを見ていない。


エ「いや、この子とぶつかっちまって」

マ「そうかい。悪かったねい」

『…あっ…いえ、私がぶつかってしまって』


なるべくか細く高く声を出し、視線を合わせないよう下を向く。気づくな、気づくなよ…

しばらく不死鳥が動きを見せず、不安から"あの…"と口を開く。


エ「あっ、悪かったな」

『いえ…あの、支えてくださりありがとうございます』

する、と離される火拳の手に自分の手を滑らせながらお礼を言って軽く頭を下げる。

火拳は"お、おう"と声を詰まらせつつ明るく"気にするな!"と言ってくれる。いや、本当に純粋な人だ。何か…すまない。


悪戯もほどほどに去ろうとした次の瞬間、一際強い風が吹いたかと思えば帽子が無情にも吹き飛ばされてしまった。


マ「やっぱりか」

『あ』

エ「へ…?なっ、フィオ!?」


帽子は見事不死鳥にキャッチされ、私の顔が思い切り日の元に晒される。ガッツリ不死鳥と目が合う。アウトだ…終わった。


『……じゃっ』

走って逃げ出そうとしたが、それも虚しく左手首を掴まれ失敗に終わる。

まずい、振り向けない。オーラが凄すぎる。絶対怒ってるぞ不死鳥。


マ「…回答次第では許さない事もないよい」

許さない前提。命の危険がひしひしと伝わり冷や汗が垂れる。ジョズに目を向けるとナース達とアイスを食べている。裏切り者めッ。


エ「フィオ、スッゲー可愛いな!」


怒っている不死鳥なんて眼中にないのか、目の前に立った火拳は眩しいくらいの笑顔をこちらに向けている。やめてくれ、良心がズタボロになる。


『…話すから離してくれるか?』

マ「話してからだねい」

『それならば緩めてくれ。少し痛い』


マ「…っ…あァ」

ユル、と緩められたがそれでも離さない不死鳥の手を振り払わず素直にまっすぐ立ち直り二人を見やる。満面の笑顔の火拳と若干皺を寄せて見てくる不死鳥。

相反するその姿に頭を抱えたくなるが、素直に説明をした。


エ「なるほどなァ…すっかり騙されたぜ」

『…あまりにも純粋な火拳を前に胸が痛い』

マ「悪かったねい、純粋じゃなくて」

『いや、不死鳥が私を見抜いていたのが悔しくあるが驚いた』


帽子を被せられ、右手で軽く押さえ直し礼を言うと不死鳥は"よい"と返事をする。


エ「でも、こうして見るとフィオもちゃんと女なんだなぁ」

『生物学上はな』

マ「格好は、な」

『演技すれば女にもなれるぞ』


マ「演技って…お前、女だろい」

軽い不死鳥のツッコミを受け止めつつジョズに視線を送ると、何故かすでに皆の姿はなかった。


『…置いてかれたか』

エ「何だ、フィオ置いていかれたのか?」

『らしいな。ジョズめ、情報屋の演技力を見ると言いつつアイスなんぞ食べて…更には置いてくとは許さん。アイス狡い』

マ「…はぁ」


不死鳥に深いため息をつかれたかと思えば、未だ握られていた左手をそのまま引き、歩き出した。

頭にクエスチョンマークを浮かべながら素直についていくと、そこは先程ジョズ達が食べていたアイス屋。


マ「機嫌直せよい」

ズイ、と目の前に出されたアイスはバニラ味。左手の拘束が離れキョトンと首をかしげる私の右手を取りアイスを持たされた。

え…?不死鳥が、アイスを買ってくれたと言うことか?


驚いていると、後から来た火拳が大きな声で"ズリィ!"と言っているが、不死鳥は"自分で買えよい"と言って私の左手を引きベンチに座らされた。


『ふし、ちょ…これは?』

マ「食って機嫌直せよい。せっかく女らしい格好してんのに、怒り方が小僧だぞ」


『格好だけはと言ったのは不死鳥だろう』

マ「忘れちまったねい」


『都合のいい大人だな』

マ「いらねェんなら返せ」

『食べる!』


伸びて来た手から逃げるように一口頬張る。冷たく甘い感覚が口の中に広がる。少し肌寒い外の空気なのに、冷たいアイスを食べても嫌な気持ちにはならなかった。

むしろ、幸せな気分だ。




「嬉しそうな顔だねい…」


『ん?』


マ「機嫌直ったか」

ニヤッと笑ったその顔を見て初めて、端から怒っていたわけではなく演技し返されたのだと気がつき、心の中で"やられた…"と呟いた。

流石は長男、目敏く抜け目無い。敵にはしたくないと改めて思った。


『一枚も二枚も上手だったか』

マ「ククッ…甘ェな」


火拳がアイスを手に持っている姿を見て、彼は食べ物なら何でもいいのかと思いつつ、両隣に白ひげ海賊団の一、二番隊隊長が座っている異様な光景に改めて一人静かに驚いていた。

ある意味すごいぞ、この光景。両手に花ならぬ両手に最強の炎と言ったところか。


その後、どうやらこの二人は自由行動だったらしく火拳の提案で(むしろ強制に)共に行動することなった。

『いいのか?』

エ「おう、俺を騙したバツだ」

バツと言う割には偉く笑顔だぞ火拳。心の中で呟きつつ不死鳥を盗み見ると特に何も思ってないらしく平然としている。


『二人ともいいのか?遊郭街には行かなくて』

マ「ゴフッ」

エ「おま、」

咳き込んだ不死鳥と、何故か目をひん剥いて驚く火拳。わけがわからんと首を傾げながらもまだ日が高いからかと納得してその言葉を続けると、不死鳥に鼻を摘まれた。

ふぐっ、とくぐもった声をさせつつ不死鳥の手を掴むも、鼻を摘む手は離れない。


マ「お前ねい、そう言うのを簡単に言うんじゃねェ」

エ「まじでか、お前」

『ふぐっ…はな、せ』


パシパシと手を叩くとやっと解放された。鼻を摘んだ不死鳥を睨みつつ赤くなったであろう鼻を摩る。


『船旅をする男達にとっては何ら変な話ではないだろう?』

エ「確かに変じゃねェけどよ、だからって女のお前が言うことかよ」

『確かに女の私には無縁だが、私がいたら買えないだろう』

マ「ガキが一丁前に変に気ィ回してんじゃねェよい」


帽子の上から頭を掴まれ、グググッと力を込められる。またか、また林檎の様に握りつぶす気か。

マ「ったく…少しは女らしく振舞っとけ」

『この姿の時だけはそうしてやろう』

エ「口調が全くなってねェよ」


『黙ればいいだけだ』


その後、火拳が露店の食べ物を片っ端から手を付けている姿を不死鳥と遠くで見ていたり、不死鳥が本屋に寄ると言って火拳と露店の戦利品をそばのベンチで食べたりと、案外楽しく過ごすことができた。

不死鳥が本屋にいる間に火拳は食べながら寝てしまっているのをそばで見ていると、風で再び帽子が飛んでしまった。


せっかくシェリーが(半ば無理やりだが)選んだものを無くすわけには行かないと、慌てて後を追う。

風はすぐに止み、ふわふわと落ちて来た帽子をキャッチする。どこも汚れておらず、ホッと一安心して周りを見回すと、なかなかに人通りの途切れた道に入ったらしい。



仄暗く静かな空間に、忘れかけていた情報屋としての道を思い出させられた。

何を、しているのだろうか。
私は、私の場所はここだろう。


あの明るい道に戻ろうとしている自分を戒める様に立ち止まる。

このまま、逃げてしまおうか。


でも、と考え直しギュッと胸に抱いた帽子を強く握りしめ、一歩、前へと踏み出す。


一度入ってしまえば、抜け出せなくなる様な気がした。そう思うと一歩踏み出した足を戻し、一歩後方へと後ずさらせる。

一歩、また一歩と後ろへ下がる。このまま消えてしまおうか。今日の便で出る商業船を探して姿を消してしまおうか。

でも、でも…


『…恩を、返すまでは……降りれない』


小さく呟いた言葉に、下がっていた自分の足がピタリと止まった。


次の瞬間、後方から左腕を掴まれ、慌てて腕を引きながら振り返る。今の私は武器を持っていない。ジョズ達がいるからと油断していたのが仇となったのだ。

まず、この手を振りきらなければと瞬時に考え抜き、腕を掴んで来た人物に攻撃を加えようと足に力を入れた。

しかし、それも叶わず私は体から力を抜くこととなる。


「何、してんだよい」

『…ふし、ちょ…』


逃れようとした腕も力を抜き、ホッと一つ安堵のため息をこぼして肩の力を抜いた。

不死鳥の目は鋭く、まるで怒っているかの様な視線に居心地が悪くなる。


マ「こんな所で何してんだよい」

『帽子が飛んでしまってな…追いかけたら見知らぬ道に入ってしまった。こっちで道が合ってるか不安になっていたのだ』


半分嘘で、半分本当の言葉。不死鳥の腕に力が込められる。痛くはないがその腕に逃げたい気持ちがこみ上げた。

不死鳥は一度ため息をつくと私の頭を軽く撫でて、掴んでいた左腕からするりとそのまま下ろし手のひらを掴んでくる。


反射的に握り返したフィオの手が冷たくなっていたのに気がついたマルコが心の中で小さく舌打ちをしていたのを、フィオは知る由もない。

それでも振り払わず、握り返したまま不思議そうに見上げるフィオの目が何処か不安げに見えているのは、この仄暗い路地のせいだろうか。マルコはそう思わざる得なかった。


『…不死鳥……?』

マ「ったく、首輪でもつけるか」


『……犬か』

マ「猫らしく可愛い鈴を付けてやるよい」


『おーおー、楽しみにしてるぞ』


左手を引かれ、そのまま歩き出す。

あんなにも明るい場所に出ることを躊躇っていたのに、この男のこの温もりある手に引かれているだけで、あたかも自分の居場所に帰るみたいに心穏やかな気持ちで暗がりから出ることができた。


明日、決着をつける。

それまでは、朗らかな日の光の元で…

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