カッツェの耳にKissをして | ナノ
"今度"という不確かな口約束



その日の夕方、船に戻った私の姿を見てサッチが大きな声で何かを言っていたが、近くにゼンがいないことを確認すると彼の手を引きさっさと小部屋に押し込んだ。

…サッチ煩い、黙れ。


サ「お前、女だな」

『生物学上な…って、今日だけで何回この台詞を言わなければいけないんだ』


サッチが私のその発言に吹き出したので、改めて煩いと注意をした。

サッチの話によれば、昨日今日とゼンの動きに怪しさは微塵もなかったらしい。成る程と頷き彼を見ればやはり暗い顔。


『お、そう言えば今日この格好で一般人に扮して火拳を騙したぞ。火拳…本当純粋だな』

面白い話、と思いそう話せば私の思惑通りサッチは笑って見せた。その目は火拳を思ってなのか優しげに目を細めている。


サ「あれだろ、マルコは騙されなかったって口だな」

『サッチはエスパーか』

サ「ブハハッ!そりゃ、あいつは騙せねェよ」

『ムッ、何故だ』


不死鳥が一枚も二枚も上手なのは知っていたが、それでもサッチの発言は私が未熟なのだと改めて言われた気がした。

サッチを睨めば、笑いながら"きっと俺でも騙されるぜ、けどな…"と言葉を区切って黙った。その顔は悪巧みを思いついたかの様な意地の悪い笑みだ。


『なんだ、気になるから言ってくれ』

サ「マルコは、誰よりもフィオを見ているからな、わかるんだよ」


『…成る程、監視か。それならば納得だ』

サ「あー、もう。本当この子猫は」


グリグリと頭を撫でられ、最後にサッチは優しく笑い扉を開きながら口を開いた。


サ「似合ってんぜ、スカート。マルコとお揃いだなんて兄ちゃん妬けちまうな」


そう、今日のスカートはシェリーが決めた空の様に澄んだブルー。不死鳥の腰布と同じ色をしていたのだ。

フワッと私に似合わない柔らかいスカートを指差しサッチは笑って見せたのだ。からかう様に、けれど優しげに。


『シェリーが選んで着せられたのだ。何ならタイプは違うがオレンジも黄色もあるぞ』

サ「シェリーちゃん、流石だな。オレンジはエースでさながら黄色は俺か?嬉しいねェ」

『シェリーに鼻の下を伸ばすな。傷つけたら許さんぞ』


ビシッと指差すとサッチは再び笑いながらグリグリと頭を撫でる。本当にこの人は人の頭をグリグリするのが癖らしいな。もう抵抗や驚きすらしない私も大概だ。


『…明日は、黄色を履くか』

サ「お?明日は俺とデートしてくれるのか?」

『デートはまともな男女がするものだぞ』

サ「え、俺まともじゃねェの?」



『…っ…ふふ、何でそうなる』


サッチのふざけた反応に思わず笑いが溢れた。本当に…本当にこの船に長くいすぎたと痛感した。


サ「…可愛いなァ、本当。飼いたくなる気持ちわかる」

『人間を飼うなんざ、外道のやることだぞ』

サ「子猫の話だっての」

『猫だが猫じゃない』

サ「混乱するわ」


くだらなく柔らかいやりとりを終わらせ、サッチに別れを告げるとすぐにシェリーと落ち合い風呂へと向かった。


−−−−−−−−


夜、夕食も済ませて甲板に出るとちょうど不死鳥が出かけようとしている姿が見えた。

『…女か』

マ「……そうだと言ったら?」


ニヤリと笑いながら振り返った不死鳥に、私はんー…考えつつ今日小耳に挟んだ情報を不死鳥へ教えることにした。


『西の方が粒ぞろいらしいぞ』

マ「……はぁ…女に女買うのを勧められるのは初めてだい」

『おめでとう』

マ「本当、読めねェ奴だな」


『変装を見抜いた人がよく言う』


甲板端まで何となく歩くと、不死鳥は振り返り片手を此方へ伸ばしてきた。首を傾げつつ疑問を示すと彼は口を開く。どこか、居心地が悪そうにしつつも機嫌は良さそうな、不思議な表情で。


マ「酒だ。イゾウやビスタがいる酒場に行くんだが…お前も来るか?」


その手を、取ろうとして、ふと、我に帰る。

握りたいと、無意識に思ってしまっていた自分を恥じて首を横に振った。


『…すまない、明日は早いんだ』

マ「そうか、誘っちまって悪かったな」

『っ、酒は飲めないが、その…ご飯なら…あっ…今度、今度誘ってくれ』


悲しそうに見えたその目、静かに降ろされかけた手を見て手を慌てて掴み、気がつけば口早にそう繋げていた。

驚いた不死鳥の顔を見て"しまった"と慌てて手を離そうとするが、離すよりも早く握られ離すことができなくなっていた。


ひゅっと息が詰まった。今までだって掴まれたし握られたし、何なら頭を掴んだりしていたその手が、いつもよりも熱く感じたのだ。

何なんだ、この感覚は…胸が苦しくなり喉が詰まったかのように息を忘れる。


マ「ククッ…今度、な」

『…お、う……今度…な』

マ「酒の飲めねェ子猫は美味いものの方が良いのかよい」

『酒は飲める歳だが、飲まん。嫌いだ』


マ「へぇ、てっきりガキンチョかと思ってたがねい」

『これでも二十歳超えたぞ、馬鹿にしたな』


不死鳥の手がキュッと力を込められる。痛くはないそれにむず痒く思う感覚が巡った。

おずおずと、不死鳥の手と中で自分の手をもがいて見せたが、未だに離してもらえない。どうしたんだ、不死鳥。もう飲んでるとかじゃないだろうな。


マ「…行ってくるよい」


スッと離された手に秋風の冷たい感覚が通り抜けて行く。器用に縄ばしごを使わず飛び込んだ彼にヘリから身を乗り出し、無事着地したことを確認した。


『……いって、らっしゃい!!』


大きく言えば、歩きながらその背中を振り返らせることなく右手を空へ上げた姿を見届け、肌寒さを感じて私は船内へと足早に戻っていった。

走って、走って走って…ジクジクと痛む胸を忘れるように駆け込んだ部屋の中で綺麗に片付けられた部屋を見る。

頭が冷えて行く感覚が全身へと巡り、明日の事だけを頭に詰め込んで、集中することに努めた。

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