固い床で寝たせいか、目が覚めるとまず「腰イタッ」って思った。
顔をあげると、みんなの中心にあった鍋はいつの間にか片付けられていて、もう祭りの名残もなく、普通の女の子の部屋に戻っていた。
僕が起きるとみんなも起き出して、中身の無い会話を交わしながら自然と解散していった。

僕は冷え冷えとした朝焼けを横目に家に帰った。
当然兄たちはまだ布団をかぶってぐっすり眠っていたので、何事もなかったかのように自分のスペースに滑り込む。頭が冴えないうちに、と、もう一度目を閉じた。



「あ〜、よく寝た」

そうして昼過ぎまで眠り、ようやく僕は覚醒した。
大して飲んでもいないと思うのだけれど、昨夜のことはあんまりよく覚えていなかった。まあまあ楽しかったから、雰囲気で酔ったのかもしれない。

「トド松、おはよ。あれ、お前、昨日どこ行ってきたの?」

居間へおりていく途中でチョロ松兄さんとすれ違って、変な時間に帰ってきた理由を訊かれた。僕が家に帰らないのは珍しいことではないからスルーされるかなと思ったけど。

「んー、昨日雪すごかったじゃん。買い物いったら帰れなくなったから泊まってたんだ」
「……どうせ、女の子のとこ泊まったんだろ?ならそう言えばいいじゃん」
「そういうわけじゃないけど……」
「じゃあ何?」
「んー、やっぱそんな感じだった」

僕は適当に兄さんをあしらった。「鍋パしてたんだ」「誰と?」「バイトの友達と」って言うわけにもいかないし。
なにコイツ、みたいなチョロ松兄さんの視線を背に受けて、居間の扉を開ける。
僕は、アルバイトを始めたことを家族にも伝えていないのだけど、これっておかしいことなのだろうか、と不意に思う。
しょっちゅう求人誌を眺めて面接もいくつか受けているみたいだけど一向に仕事が決まらないチョロ松兄さんも、進展があったら僕たちに報告するのだろうか。
でも別に報告がなくても、僕は気にしないしそもそも大して興味もない。だから僕がどこで何をしようと、いちいち兄たちに言う必要性は感じられない。子供じゃないんだし。

なんだかんだ言ってはいるけど、僕がバイトしていることを兄さんたちに話していないのは、それこそ子供みたいな理由だった。
僕はあそこで自分の地位を偽っているし、それは兄さんたちがすぐにでもぶち壊せるほど脆い嘘で、暴かれてもなおそこに立っていられるほど僕は強くないから、怖かった。それに、僕があの場所での繋がりを通じて合コン行ったり宅飲みをしたりしているっていうのがバレたら、きっと兄さんたちは面白く無いだろう。

一番落ち着くはずの家にいるのに、なんだか閉塞感がある。全員揃ってニートで最底辺。僕たちは仲良くずっとこのままなら大丈夫っていう心理。
それでも大丈夫、いいんだけど、僕はここにいるのがもう耐え難くなってしまった。ここから自立しなければと思い始めてしまったのだ。



テレビを横目にスマホを付けると、「昨日はみんなおつかれー」みたいなメッセージでバイトメンバーのラインが埋まっていた。
僕はあまり覚えていないけど、どうやら鍋パは恙無く終了したみたいだった。さすが、そこそこのランクの人たちはいちいち問題なんか起こさないよね。
画面を眺めていたら、ぽん、と礼ちゃんのメッセージが浮かび上がった。「おつかれさまでした。また今度やりましょー」みたいなありきたりな言葉。そういえば昨夜、僕は礼ちゃんと何か喋っていたような気がするけど、うまく思い出せない。
仲良くしておいて損はないし、と考えて、僕は礼ちゃん宛に個人的にメッセージを送った。「おつかれさま。昨日楽しかったね。僕途中から寝ちゃってたような気がするんだけど、どうだった〜?」といった内容。
礼ちゃんからはすぐに返信が来た。

「おつかれー。トド松くん、昨日のことあんまり覚えてないの?」
「うん。ちょっと曖昧なんだ」
「やっぱ酔ってたんだね。なんかやたら私にくっついてきてたし」

そのメッセージが画面に浮かんだとき、僕は石になったみたいに硬直した。
えーと。くっついていた、とは。
僕は意外とガード固いし、実際童貞でもあるから、かんたんに女の子に物理的に甘えるようなことはないはずなのに。
礼ちゃんは「みんな寝てるときにだから大丈夫だよ」と続けたけど、そういう問題じゃない。

「えー。ご、ごめんね、嫌だった?」
「いいんじゃない。可愛かったし」

よりによってすでに弱味を握られている礼ちゃんにまた恥ずかしいところを見せるなんて、僕ってば何を考えているのだろう。しかも、よく覚えていないから一方的に損をしているだけだし。
「み、みんなには秘密にしてねっ」と汗を浮かべて返信すると、少しだけ時間が経ってから、彼女のメッセージを受信した。

「なんかどんどんわたしとトド松くんの秘密が増えてくね。あ、別に嫌じゃないよ、トド松くんのこと嫌いじゃないし」

彼女とは短い付き合いだけど、どうしてか彼女の言葉からじんわりとしたあたたかさを感じて、僕は戸惑ってしまった。文字だけでは、礼ちゃんの表情まではわからない。
僕のこと嫌いじゃないって、じゃあなんなの。
むずむずする心臓を覆い隠すように、僕は膝を抱えて座って、手のひらにおさまった画面をじっと見ていた。
僕は、兄たちにも言っていないことを、彼女に知られている。それは怖いことのはずなのに、重荷が半分になったような気がしていた。本当にどうかしている。



***



先日の鍋パで初めて喋った同僚から「この日だけシフト代わってもらえない?」と頼まれ、基本的に予定のない僕はなにげなく了承した。
出勤してみると、同じ時間に礼ちゃんがいた。彼女はいつもと変わらず、みんなにするように僕に挨拶をする。
礼ちゃんと一緒になるのは、僕のくだらない嘘がばれたとき以来だった。
終わったらご飯でも誘ってみようかな、と考えて、僕の顔は仕事中に自然とほころんでいた。楽しみで、いつもより早く時間が流れていく気がする。

なんか、いろいろ上手くいってるじゃん。バイトも続けられているし、みんなとも仲良くやれてて、僕の秘密を守ってくれるような女の子もいる。
人知れず、順調に僕は最底辺を抜け出しつつある。
そう思っていた時だった。



「ラテのトールサイズ、エスプレッソを……」

聞き覚えのありすぎる声がして、僕の身体からさっと血の気がひいた。

混み合っている店内の喧騒が遠のいていき、心臓の音が脅かすように胸を叩く。楽しくて、一番怖れていたことを忘れていた。
プラスチックのカップを取り落とすと、「トド松くん……?」と心配したらしい礼ちゃんに顔を覗きこまれた。それでも僕は「あ、いや……」とかしか言えない。
僕の足枷、僕の恥じるもの。一番ここで会いたくないと思っていた人たちのうちの一人が、目の前にいる。

「……え、お、お前……トド松か?」

やばい。名前を呼ばれてびくりと僕の肩が揺れた。その黒い革ジャン、目立ってるし、イッタいんだってば。

「は、あ、カラ松……兄さん……」

完全に思考停止して、僕は焦点の定まらない目に自分と同じ顔の客を映していた。

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