「トド松、また女の子とラインしてんの〜?」

何をするわけでもなくちゃぶ台に突っ伏している長男の口から、叩いて伸ばしたみたいな平坦な声が漏れた。

「ん〜、まあそんな感じ」
「ふーん。お前はいいよなぁ」

自分のことを家族にすらろくに打ち明けもしない僕を問い詰めたところで、どうせ何も出てこない、ということをこの一番上の兄は理解している。
というか、いつそんな活動をしているのか見当もつかないが、なぜかいつも女の子とよく遊んでいて、訊いたところで答えてはくれない、こいつはそういう奴なんだ、と諦めている節があるみたいだった。
昼間からだらけきっている兄を横目に、僕の指はスマートフォンの画面上を滑る。
以前に合コンで知り合ってそこそこ仲良くなった女の子から、連絡があったのだ。

何行にも渡って要領を得ない文章が送られてきていたが、内容は、要するに、この間オープンしたお店にカップル限定メニューがあるから彼氏のフリをして一緒に来てほしいというものだ。

兄さんたちにとっては童貞喪失に関わる一大事に思えるかもしれないけど、僕にとっては別にたいした誘いではなかった。こういうことは今までもよくあったし。
「もちろんお金はこっちでもつから」という女の子の一言を認めてから、僕は承諾する旨の返信を打った。
正直、そんなに可愛くないしタイプの子じゃないからなんとなく気乗りしないけど、まあいっか。
ランチ代と、女子の友達がいるというステータスを失うのが嫌だから、都合よく振る舞ってあげるだけ。

「ん、トド松どっか出掛けんの?」
「ちょっとデート」

支度するために立ち上がった僕を見て、おそ松兄さんは顔を上げて頬杖をついた。

「そのわりにはあんま楽しそうじゃなくね」
「あ、うん、まあ、あんまり好みの子じゃなくてさ〜……」

そう言われて僕はなぜかぎくりとしてしまった。もともと薄い関係の子なんだから、いまいちやる気が出ないなら付き合う必要なんかないって、自分でもわかっている。
それでも、皆に好かれる自分であろうとする僕は、ある意味では努力家だし、別に嫌いじゃなかった。ただ、ふとした瞬間にすごく空虚だと思ってしまうのだ。

――いつもはこんなこと考えたりしないのに。
憂鬱な気持ちのまま階段をのぼるうち、不意に、バイト先での一件があったせいじゃないか、と思い至った。
あの女の子に僕のあさましい嘘がばれちゃってから、確かに僕はどこかおかしかった。
誰かに都合のいい行動をとったり、嘘をつこうとするたびに、あの子の瞳が蘇ってちくりと僕を刺すのだ。
まあ、そのことを言い触らしたところで彼女にメリットなんてないし、隠しておいてくれると思うけれど、彼女があそこにいる限り僕の心配はおさまらないのだろう。



待ち合わせ場所につくと、僕を誘った女の子はすでに到着していた。
綺麗に着飾ってはいるけれどどこか薄っぺらくて、そんな彼女には僕みたいな男が案外ぴったりなのかもと思うと辟易した。

可愛らしいパステルカラーの店内は、若い男女や女の子グループでいっぱいだった。
彼女たちのアクセサリーは星座のように瞬いて光を放つし、紅いリップがやけに扇情的で、夢のようにぼやけたフロアによく映えていた。こんなキラキラしたところに僕の兄たちを放り込んだら、チョロ松兄さんあたりなら数分で気絶してしまいそうだ。

「あれ?トド松くん?」

実は人のことを言えず席についてからも目を回していた僕は、名前を呼ばれてハッと我に返った。
ぎゅっと心臓を掴まれた気分にさせるこの声は、間違いない――

「あ……礼ちゃ」
「あ!礼も来てたの〜?」

僕の言葉を遮ったのは、僕と一緒にいた女の子だった。まさか、この展開は。

「あ、あの……知り合い?」

目の前に座る女の子と、通りがかった礼ちゃんを交互に見比べて、僕は弱い動物のように小刻みに震えながら言った。
よりによってこんなところで礼ちゃんに会うなんて、僕は本当に運が悪い。

「そう。大学の友達で、礼っていう子」

僕の彼女(仮)は上機嫌に紹介してくれたが、僕はなんて言っていいかわからずただ引きつった笑みを浮かべるしかなかった。

「ねえ、今日、確か彼氏とご飯行くって言ってたよね……そ、その人が彼氏?」

礼ちゃんは僕の表情を盗み見たのか、僕のことを知らないフリをして、話を続けた。
うん、そんな感じ〜、と答える女の子の声がどこか遠くから聞こえてくるような気がした。

「そーなんだ。おしゃれな人でお似合いだね〜。じゃ、私はお邪魔みたいだから退散するね」

礼ちゃんはひらりと手を振って別の席へと去っていった。僕はその背中を目で追ってしまう。僕はまた彼女の前で嘘をついていた。ぎぎ、と胃が痛む。

やがてカップル限定のメニューが運ばれてきたけれど、ちっともありがたいと思わなかった。
女の子は嬉しそうに料理の写真ばかり撮っていた。わざと僕の指のあたりをチラッと映したりしているみたいだったけど、どうでもいいなと思って気にも留めなかった。



会計を済ませて店を出ると、僕は「あ、ごめ〜ん忘れ物した」と言って、女の子を外で待たせてもう一度店に戻った。
彼女と話をするためである。

「礼ちゃん……気付いて〜!」

必死の形相で礼ちゃんから見える位置でウロウロしていると、念が通じたのか、彼女と目が合った。
礼ちゃんは友達数人とこの店に来ていたみたいだが、席を立って僕のところへやって来てくれた。

「トド松くん、ちょっと、さっきのってどういうこと……?」
「そ、それなんだけど〜」

顔を合わせるなり説明を求められてしまったので、僕は丁寧に経緯を話していく。
あの子とは以前に合コンで知り合っただけで、それ以上の関係ではない。今日はカップル限定メニューがあるからという理由で彼氏のフリをして一緒にご飯を食べに来ただけ。
本当に大したことのない一日になるはずだったのに、礼ちゃんにばったり出くわして、なんだかややこしいことになってしまった。
とはいえ僕も礼ちゃんもうまく誤魔化して、一応あの子の顔を立てることができた。あの子は「彼氏と来た」なんて嘘がばれていないと思っているから、とくに傷を負っていない。
結果的に今日事故ったのは僕だけみたいだ。また一つ、礼ちゃんにばれてる嘘をついてしまったんだから。

「……でも、トド松くんありがとうね」
「え?」

不意に予想もしていない言葉をかけられて、僕は目を丸くした。

「あの子、最近学部で有名なイケメンくんに告白したんだけどふられちゃったみたいでさ、いい気晴らしになったと思うよ」
「……そ、そうだったんだ、知らなかった」

まさか嘘をついて感謝されるなんて思わず、ぽかんと口を開ける。
でも礼ちゃんの言う通り、僕が代わりでも気休めでも、誰かの役に立てたのなら、と思うとまんざらでもない気持ちになった。

「……あ、そうだ。僕、礼ちゃんの連絡先きくために戻ってきたんだからね」
「えっ、どうして?」

照れたのを隠すように冗談ぽく言いながら、僕は頬を掻いた。

「んー、また礼ちゃんに嘘ついちゃったから、なんか心配になって」
「……心配って、もしかしなくても私のこと信用してない?」
「あ、いや、そういうつもりじゃなくて。単純に仲良くなりたいからって理由なんだけど、だめ?」

口ではそう言いつつも、礼ちゃんが見透かしているとおりだった。
僕はまだ彼女に秘密を預けられるほど心を開いていないし、何かあったらやっぱり連絡できた方がいいし。今日だって、彼女の連絡先を知っていれば、「さっきの嘘だよ、ごめんね!」ってすぐ弁解できたし。

「そういうことなら、別に交換してあげてもいいよ」
「わーい、ありがと」
「でもトド松くん、もう、私に嘘つかないでね。本当のものが何もないからどうとでも言えちゃうのかと思っちゃうから」

スマートフォンをかざす僕の手が、ぴし、と固まった。
彼女の言葉の、裏側が見えない。表情も迂闊に動かせない空気を感じて、口の中で乾いた笑いを噛み殺すのが精一杯だった。

「じゃあまたね」

恙無く、連絡先を交換すると、彼女はさっさと自分の席へ戻っていった。
去り際に、少し悲しそうな顔をしていたような気がするけど、あれは僕の見間違いかもしれない。

「あ、あはは。意外ときついじゃん。優しいなあって油断してたからちょっとダメージうけちゃった」

本当に、彼女の言う通りだ。僕には自分がない。誰かに捨てられたり見下されたりするのが嫌で、都合のいいようにしているだけ。
返す言葉もないくらいの正解なんだけど、そういうこと僕に言うかなあ。彼女は特別優しいんじゃなくて、僕に興味なんか全然ないだけなのかもしれないね。僕の秘密なんてたぶん彼女は気にもしていなくて。僕が彼女をあんまり信用していないのと同じで、彼女だって僕のことを薄っぺらくてどこにでもいる奴だと思っているんだろうな。

次に会ったら、きみもドライモンスターって言われたことあるでしょ?ってきいてみようか。

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