「ごめんね。こんな話して。でもなんか、嘘ついて誤魔化してる僕を見せるのがだんだん辛くなってきちゃった。だからもう礼ちゃんにはとことん言っちゃお〜って思って。一個だめなとこばれちゃったからもうこの際ぜんぶ知って欲しかったんだ。それに礼ちゃん、思ったより優しいんだもん」

素直にそう伝えると、彼女はふふっと少し噴き出した。

「それ、はけぐちってことでしょ?」
「えっと、言い方はアレだけど、まあそうか。僕にとっては、唯一、礼ちゃんだけは本当のこと言ってもいい相手ってことにしたの」

そういう相手、と頭では納得しているけど、僕の知っている関係性では説明が難しかった。あてはめるとしたら、と考えをめぐらせる。

「だから、なんていうか……なんでも話せる姉さんって感じ……ダメかな?」

思いついたことを口に出すと、礼ちゃんはまた口元をおさえて笑っていた。

「じゃあトド松くんにぴったりだね」
「う、うん……」
「そういうところは嘘ついてなくて、いいと思うよ」

彼女の言葉ひとつで、心臓に絡まって締め付けていた糸が解けていくのを感じる。
白い息を吐きながら、「急に打ち明けてくれたからびっくりしたけど、トド松くんが頑張ってるのは知ってたから驚かないし軽蔑もしないから」となんでもないことのように言い、彼女は遠くを見つめる。落ち着きのない闇はまぶしいはずがないのに、彼女は目を細めた。

「なんでだろう。私、トド松くんにどうしても優しくしちゃうんだよね。別の世界で私たち、ほんとに姉弟だったのかな」

僕は一瞬言葉を忘れてしまったかのように立ち尽くした。
星の瞬きが、呼吸が、衣服の擦れる音が、鼓膜に囁きかける。寒くて冷たい冬の景色が、かすかな音とともに色鮮やかに記憶されていく。そのなかに礼ちゃんがいて、僕に笑いかけていた。

「ありがとう。ねえ、僕、きみのことが大事なのかも」
「ん?かも、ってなに?」
「自分でもよくわからない、どうしてこんなふうに思うのか。嘘がばれてて引け目があるだけってわけでもなさそうなんだけど」

急に思いが溢れて、僕はうまく整理できずにいた。ただ取り零すまいと一生懸命に両腕で抱きしめる。こんな苦労をするのはほとんど生まれて初めてだった。

「じゃあさ、聞いてもいい?トド松くんなんで大学生って嘘ついてたの?なにか特別な理由ってあるの?」
「あ、それね、見栄はってただけ。ほんと、愚かすぎて言えなかったけど」

礼ちゃんはその嘘に大した理由がないとわかっていたみたいだった。僕はすべて吐き出せて、さっぱりした気持ちになっていた。安心したのかもしれない。僕の虚言も受け止めてくれる人がそばにいることに。

「礼ちゃんに話せて少し身体が軽くなったよ」
「そうやって全部私と半分ずつにしてくれていいからね、トド松くん。嫌なことはもちろん、嬉しいことも」

素敵な人だな、と僕は思った。
向い合って笑い合うと、僕は彼女の手をそれぞれ握った。はじめは手袋越しに触れたのだけれど、ひんやりとした感触が伝わってきたから、僕は一度手袋を外して、今度はきちんと手を合わせる。

「礼ちゃん、礼ちゃん」

僕と彼女の間にはもう透明な壁はなかった。この瞬間だけかもしれないけれど、手のひらで体温がまじりあって、ひょっとしたら血よりも濃い繋がりが出来ていた。

「僕なんかに優しくしてくれてありがとう。ねえ、大好きだよ」

別にどうにかなろうともなんとも思わずそう口に出すと、礼ちゃんも同じように、弟に向けるような笑みで僕の顔をみつめていた。

「わたしも、トド松くんが大好きだよ」




***




今、私の手には他人の財布とスマートフォンがある。これは松野トド松くんのものである。

とある出来事をきっかけに彼と知り合ったが、最初はお互いにあまり信用できない敵同士みたいな感じだった。けれども、健気に頑張っている彼に絆されて、どうしても優しくしてしまうようになって。そしたら彼は私を信用していろいろと打ち明けてくれた。
この間は二人で出掛けて、終いにはお互いに「大好きだよ」なんて言い合って、まるで家族や姉弟のように笑い合っていた。本当に、かわいい弟みたいな人。

その彼が、財布とスマートフォンをバイト先に置き忘れて帰ってしまったのだ。
人間が社会で生きていくために必要なものを二つも忘れるなんて、彼らしくない。急ぎの用事でもあったのだろうか。
とにかく困ってるといけないから、と私が届けに行くことになった。店長から彼の家の住所を聞いて、まっすぐそこへ向かっている。



東京では珍しい一軒家だった。通りに面しているが、まわりを自身よりも高い建物で囲まれ、屋根には陰が落ちている。
「松」と掲げられた玄関は昔ながらの引き戸だった。まるでこの一画だけがタイムスリップしてしまったかのように、不調和で懐かしい景色だった。
迷わず家の前まで来てしまったけれど、お節介じゃないかな、とここにきて不安が過る。
彼に連絡も出来ないっていうのはかなり不便だった。とりあえずニートのお兄さんが誰か家にいるだろうから、預けて帰ろう。そう考えてインターホンを押す。

「はいはーい」

しばらくして、ガラガラと音を立てて扉を開いたのは、トド松くんとそっくりの男の人だった。ほとんど見分けもつかず、呆気にとられて「ほんとに六つ子なんだ……」と感心してしまった。その人は赤いパーカーを着ていて、ふわあ〜とだらしない欠伸をした。

「あの、トド松くんいますか?」
「トド松?あー今どっか出掛けてるみたいなんだけど。ちなみにどちらさま?」
「あ、私はトド松くんのバイト先の同僚の……」
「バイト?」
「はい……あっ」

ぎく、として身を固くした。彼の表情がさっと掻き曇ったのに、嫌な予感がしたのである。次の言葉を口に出来ず、私は逃げ腰になっていた。

「ちょっと待ってバイトってなに?」

まさかとは思うが、トド松くんはスタバァでバイトしていること自体も家族に隠してたのだろうか。
いや、きっとそうだ、だからお兄さんが来たときにあんなにあわてていたんだ、と今になって気が付く。失態。なんて勘が悪いんだ。
自分のことではないのに、心臓がどくどくと禍々しい音を立てて責めたてた。
どうしよう。私、取り返しの付かないことをしてしまったのではないか。トド松くんがこれまで積み上げたものを、一言で完全に叩き壊してしまったのではないか。

「すいません家を間違えました」
「いやいやいや、バイトって?」

このままくるりと向きを変えて、逃げ出したいのに、そう出来ない。お兄さんの顔はへらりと笑っているのに、目は全然笑っていない。きっと弟の悪事の匂いを嗅ぎとって、追求するつもりなのだ。

「ただいま〜……って、え?あれ、どうしたの?」

その時だった。背後からよく知る声が聞こえて、私の心拍数は加速した。ああ、どうしよう。トド松くんが帰ってきてしまったのだ。

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