「永遠の紳士」-2P
『前に一度ばれたことがあるから薄々気付いてはいると思うけど…お金が必要なんだ』
『それはどうしてだね?君にとって学校よりも大切なことかね』
悠長な奴だと腹が立ったのが、その時の俺の正直な気持ちさ
どうして、だと?学校よりも大事か、だ?
金持ちに何がわかる
小さい弟や妹がうちで腹を空かせているっていうのに、こっちはそれどころじゃないんだ!ってな
睨み返してやったよ
不機嫌に黙り込んだ俺を見て、俺が腹を立てたことに男は気付いたようだった
『クリスマスの時に、弟たちにケーキを買ってやりたいんだ』
ぶっきらぼうに俺は返事した
『だが学校には行った方がいい』
『行けるものなら行ってるさ!』
勘弁ならずに俺が叫ぶと男は少しだけ驚いたようだった
『ふむ…学校は好きかね?』
俺はふて腐れてうなずきだけで示した
『友達はいるのかね』
『いるよ。カールとクリス、それからビルとエリック。ケンカもするけどいい奴らだよ』
馬鹿正直な俺の答えを静聴して男は微かに微笑んだ
『それで、クリスマスにケーキは買えそうか?』
『ああ、うん、わからない、多分ね』
冷え込みが厳しくて突っ立ていると手足の先が痺れてくるほどだったから、俺は男と会話しながら体をひねったり足踏みをしたりした
男はそんな俺を見て前の席にいる運転手と二言三言話してから、見上げるようにまた俺の方へ顔を向けた
『まだ名前をきいていなかったな』
『バックスだよ。バックス・ビブセント』
『私はベンだ、よろしく』
俺たちは軽く握手を交わした
『金持ちなんだろう?こんな田舎に何をしに来たの?俺がここにいることを学校に言う?』
いやいや、とベンは笑って首を振った
『だがせっかくだから、君に靴磨きを頼もうかな』
『いいとも!』
ベンは車から降りて俺の目の前に立った
凝(コ)ったトゥ・メダリオンとウイングチップを施(ホドコ)した高そうな靴で、案の定、汚れなんてひとつも見当たらなかったけど、俺はその日最初の仕事にありつき、一仕事終えた俺の手にベンはいくらかの紙幣を握り込ませた
そして俺の目の高さまでしゃがみ込んで言ったんだ
『すっかり綺麗に磨いてくれたな、小遣いは弾(ハズ)もう。だからバックス、いいかね、これでまず新しい靴を買いなさい。いいものを選ぶんだよ。そしてクリスマスまでの間、ちゃんと学校へは行くんだ』
『でもクリスマスにケーキを…』
『それは心配しなくてもいい。今の約束を守れたら、クリスマスの日に学校が終わった後、またここで会おう、いいかね?』
俺は次も仕事がもらえると思ったから、うなずいてベンと約束を交わした
ベンはそれ以上何も言わずに車に乗り込み、窓ごしに俺に微笑みかけていた
少し悲しげな、だけどとても優しい顔だった
車が走り去って我に返り、俺は握らされた金額を見て驚いたさ
大人が汗水垂らして一ヶ月みっちりと働いて得るのに等しい金が、自分の手の中にあったんだからな
それからクリスマスまでの間、毎日学校に行ったよ
自分と、弟たちにも新しい靴と、毎日少しずつ食べれるように菓子もいくらか買った
あまりに大きな金額だったから余った金をベンに返そうと思っていたし、あの優しい笑顔を考えると再会が待ち遠しかったよ
でもクリスマスにベンは現れなかった
雪の降る中を一時間くらい待って、日暮れが迫っていた
諦めて帰ろうとした時、ベンの車が現れたんだ
俺は車が停まると走っていって寒気で曇った窓から後部席を覗き込んだ
でも誰も乗っていなくて、降りてきたのは運転手だった
彼は浅黒で、ベンよりも年が若くて、誠実そうだった
俺を見ると申し訳なさそうに困惑を浮かべた顔をして、何かを言いたげに黒い大きな目をぱちぱちさせながら後部座席のドアを開けて、シートの上にあった四角い大きな箱を取り出した
『ベンは?』
俺が訪ねると、やはり悲しそうな顔で無理に口の端を吊り上げ、手に持った箱を俺に差し出してきた
『口がきけないの?ねぇ、何かあったの?』
運転手は胸元から一通の封筒を取り出して箱と一緒に俺に渡した
俺は嫌な予感がして、手紙を開いた
手紙には短くこう書かれていた
"君と家族のクリスマスに祝福を。-サー・ベン・B・マントン-"
箱を開けると見たこともないような大きくて立派なケーキが入っていた
そう…立派な桃のケーキだった
『ベンはどうして来ないの?ねぇ!約束したのに!』
問いただしても困った顔をするばかりで、とうとう運転手は何も言わなかった
そしてその場に俺を残し、薄暗い曇り空の下を車は去っていった
そう、それきりさ
それきり、ベンもあの車も二度と現れなかった
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