剣を向けるべき相手


「父さん‥‥ベッドで寝てる人は誰?」
「村の近くで傷だらけで倒れていてな。魔物にでもやられたんだろうか」
「ふーん、そうなんだ」

あの日のおれは、特に何も思わなかった。

父が傷だらけの人を連れ帰り、母が介抱する。
ただ、それだけ。

「あれ?あの人は?」

数時間経って、ベッドにあの人の姿がなく、おれは首を傾げた。

「起きて早々、慌てて外に出て行ったよ。ここがどこかわからないそうでね」

父ーーカイナが言うと、

「どうせ、ニキータは田舎ですからねぇ」

と、母ーーアスヤがそう付け加える。

「いっ、いやいや!そっ、そんなつもりで言ったわけでは‥‥」

焦る父の姿、笑う母の姿。
なんの変哲もないいつもの日常。

おれはお気に入りの場所に出掛けようと村の外に出た。出てすぐの草原に、その人は立っていた。
風に金色の髪が揺れて、単純に綺麗だなと思った。
金色の髪がくるっと動き、エメラルド色した目がおれを捉える。

「あの家の子供か‥‥」

金髪の人はそう言った。

「迷惑をかけたな。オレはもう行くよ‥‥」
「え!?まっ、まだ傷が‥‥」

腕や足に包帯を巻き、顔にはガーゼをあてて、そんな体でどこに行くつもりなのか。

それに、その人の目はどこか虚ろだった。
せっかく綺麗なエメラルド色なのに、勿体無い。

「なんだ‥‥?」

聞かれて、おれはハッとする。
無意識の内に、その人の腕を掴んでいたからだ。

「あっ、あの。どこへ行くんですか?」
「‥‥まだ決めてない」
「帰る場所は‥‥?」
「‥‥」

その問いにその人が答えなかったので、

「だったら、ここでしばらく過ごして行った方が‥‥!安静にした方がいいですよ!」
「‥‥」
「あっ‥‥おれ、アドルって言います。お兄さんは?」

おれは、少年にも少女にも見えるその人に聞いた。声も高くもなく、どちらかと言えば少し低くて‥‥
『オレ』と言っていたから男の人かなと思い、『お兄さん』と呼んだ。

その人はクリュミケールと名乗った。
そんな、出会いだった。

それから、何日か過ごして行く内に、クリュミケールさんはようやく口数が多くなって、笑顔を見せてくれるようにもなった。
家族はいないらしく、ずっと旅をして生活してきたらしい。おれには想像できない。

いつの間にか、帰る場所のないクリュミケールさんを、父と母は自分の子供のように面倒を見ていた。おれも、クリュミケールさんを兄のように慕った。

そして数年、一緒に暮らして、本当の家族みたいになった時、魔物が村に入り込んで来た。

平凡に生きてきたおれには戦う力なんかなかった。

父と数人の武器を扱える村人と、クリュミケールさんが戦ってくれた。

震える事しか出来なかったおれに、魔物が飛び掛かってきた。

それで、父さんがおれを庇い‥‥

ーー力無い自分が憎かった。
何も出来なかった自分を恨んだ。

だから、それからクリュミケールさんに剣の修行を頼んだ。
でも、クリュミケールさんは不服そうだった。
おれに武器を持たせたくなかったらしい。
戦う力は、守るだけじゃなく、何かを傷つける力でもあるから。

でも、それでもおれは、力を望んだ。


だから、今のおれがここに居る。


おれは何も後悔してないよ。
あるがままの現実を、受け入れているよ。

クリュミケールさんに会えたことは、おれの誇りだ。
だからーー‥‥。


レイラフォードで過ごした翌朝、クリュミケールの姿がなくなっていたことに気づいた一行は、ハトネの魔術で港町シックライアに来ていた。

「もーっ!!クリュミケール君ってば変わってない!クリュミケール君もカシルさんもほんっとに自分勝手なんだから」

ハトネは頬をふくらます。

「おれ、ビックリしたけど、クリュミケールさんってすぐ一人で行っちゃう人だったんだね、知らなかったー」

五年間ずっとニキータ村で一緒にいた為、アドルはそう言った。

「でも、今回はなんでクリュミケールちゃん一人で旅立ったのかわからないわね」

フィレアが不思議そうに言い、

「シュイアさんに会ったからかな‥‥」

ラズが言う。

「まあ、なんだ。クリュミケールはシュイアとサジャエルってのを追ったかもしれないんだろ?」

キャンドルが言い、

「うん!きっと、辿り着く場所は同じなんだ!だからおれ達もシュイアさんと、そのサジャエルって人を追おう!」

アドルが言った。

「なっ、なんかやる気ある人達ね」

フィレアが苦笑し、

「私だってやる気満々だよ!でも、船に乗るべきかこの辺を捜すべきか‥‥」

港町に来たはいいが、どこをどう捜すべきか、ハトネは船の行き先が載ったボードをじっと見つめる。すると、

「あれ?久し振りだね!」

一行はそう声を掛けられ、

「誰だ?」

と、キャンドルは疑問げに言った。
しかし、ハトネとフィレアとラズはその姿に笑顔になり、

「カルトルートにレムズ!」

と、フィレアは声を掛けてきた二人の名前を呼んだ。

「知り合いなの?」

アドルが聞くと、

「五年前にラタシャ王国で知り合ったんだ」

と、ラズが軽く説明する。

「わっ!カルトルート君、大きくなったねー!」

ハトネが言い、カルトルートは「そうかな?」と、苦笑した。
出会った時は十五歳の少年であったが、今はもう二十歳ということで、背もすっかり伸びていた。

「レムズさんは、変わりなく」

ハトネは次に、エルフと魚人のハーフであるレムズを見る。
彼は不老ではないが、時の流れがゆっくりなので、五年前とあまり変わってはいなかった。街中なので魚人の耳を隠す為、フードを着たままである。

「こんな所でまた会えるだなんて思いもしなかったよ!でも、あれ?あのお姉さんは?確か五年前もいなかったけど‥‥もしかしたらそこからずっと見つかってないの?」

カルトルートにそう聞かれ、

「ううん、大丈夫、見つかったよ」

と、ラズは答えた。

「そっか、良かった!それで、そっちの二人は?」

次に、カルトルートはアドルとキャンドルを見る。

「あっ‥‥初めまして、おれはアドルっていいます」
「俺はキャンドルだ」

二人が名を名乗り、

「色々あって二人とはついこの間から一緒に行動してるんだ」

と、ラズが言った。

「ふーん。なんだか君達って、見る度に忙しそうだね。僕はカルトルート、こっちは旅仲間のレムズ。ちょっと無口な奴だけど、良い奴だから」

カルトルートに紹介され、レムズは頷く。

「それで、船でどこかに‥‥」

カルトルートが聞こうとすれば、

「スノウライナ大陸に行くのよ」

どこからか澄んだ少女の声が聞こえ、一行は声の主を探した。そこには、一人の少女が立っていて‥‥

「あなたは?」

ハトネが尋ねると、少女は優しい笑みでハトネを見つめ、

「私はイラホー。この世界に存在する三女神の一人よ」

少女ーーイラホーはそう名乗る。

「女神ですって!?じゃあ、あなたはサジャエルの仲間!?」

フィレアは身を構えた。

「確かにサジャエルはあなた方の敵ですが、私は違うわ。私は先程、クリュミケールを雪降る地に送り届けてきました」

クリュミケールの名前が出て、一行は驚く。

「シュイアとカシルが、決着をつけようとしているのです」
「シュイア様が‥‥!?」

それを聞いたフィレアは声を上げ、

「はあ?カシルの奴、何しようとしてるんだよ」

ラズはため息を吐いた。

「えっ‥‥クリュミケールさんは?」

アドルがイラホーを見ると、

「二人を止めに行くつもりです」
「じゃあ俺らも行こうじゃねえか!スノウライナ大陸にさ!」

迷いなくキャンドルが言えば、

「そのつもりで迎えに来ました。あなた方も私の魔術でお送りしましょう」

イラホーはそう言った後、カルトルートとレムズを見て、

「あなた方はどうしますか?」
「えっ、いや、僕らは関係ない、よね?って言うか、女神って、何‥‥?一体なんの話なの?」

カルトルートは困ったようにレムズを見ると、

「カルー‥‥神を愛する者」

レムズが呟いた。

「神を、愛する者?そう、そうなのね。あなたが‥‥」

イラホーは優しい眼差しでカルトルートを見つめ、

「なら、あなたも行くべき運命なのかもしれません」
「えっ!?さだめって‥‥なんだよそれ」

カルトルートは更に困惑する。

「カルーが行くなら、行こう‥‥」

レムズがそう言い、

「もうっ!時間がもったいないよー!イラホーさん!みんなまとめて連れてって!」

なんて、痺れを切らしたハトネに言われ、困惑するカルトルートを巻き添えに、イラホーは呪文を唱えた。そして、

「さあ、着きましたよ」

と、たった数秒の間で、周りの景色が変わった。

「雪‥‥」

アドルは驚くように呟く。

「ここがスノウライナ大陸です。クリュミケール達の居場所はわかりませんが‥‥」

イラホーが言うと、

「大丈夫、僕達は何度も、捜してきたから」

そう、ラズは微笑んだ。イラホーは頷き、

「カルトルート」

と、巻き込まれ、困惑したままの彼の名前を呼ぶ。

「神を愛する者。ありがとう、カルトルート」
「えっ、何!?」

なぜお礼を言われたのかわからず、カルトルートは驚くしかない。

「カルトルート。きっと、あなたにとって必要な旅路になります。どうか、彼らと共に‥‥」

イラホーに言われ、

「えっ‥‥わっ、わかんないけど‥‥わかったよ。連れて来られた以上‥‥付き合うしかないか‥‥なぁ、レムズ」

相棒を視れば、彼はやはり無言で頷くのみだ。

「私達のことは、まあ、エルフの里に行く時に少し話したわよね。詳しい話はまた、追い追いするわ!」

フィレアに言われ、カルトルートは渋々頷く。


◆◆◆◆◆

(随分と走ったが、ずっと雪原だ。シュイアさんもカシルも見つからない。雪も激しくなってきたし‥‥)

クリュミケールは雪原を歩き続け、

(さすがにこの格好じゃ寒いし‥‥ん?)

そう、今まで寒気を感じていたが、

(気候が変わった?暖かい‥‥?そんなはずは‥‥)

雪は降り続けているのに、雪原とは思えぬほどの暖かさになった。
何か不思議な力が働いているような気がして、クリュミケールはこの辺りを散策することにする。
少し歩いた先に、雪と同化するような白い、古びた建物が目に入った。遺跡のようだ。
クリュミケールは息を呑み、歩みを進める。
こんな場所にシュイアかカシルがいるかはわからないが、行ってみる価値はあると感じた。

薄暗い遺跡に足を踏み入れ、平坦な道を歩きながら、壁に掛けられたランタンに火が灯っていることに気づく。

(この近くに街はなかった。誰も来なさそうな遺跡だけど‥‥)

そう感じていると、キンッ、カンッーーと、鉄の音が。剣声が聞こえてきた。
これは、まさか、と。クリュミケールは期待にも似た思いを胸に抱き、深刻な表情で音が聞こえる方へ走り出す。
そして、そこで見た光景は、予想通りのものだった。

ランタンに囲まれた石造りの廊下を越えた先は、広いホールで、まるでフォード大陸でレイラを喪った【破滅神の遺跡】の祭壇があった場所に似ている。
そこで、シュイアとカシルの二人が剣を交えていた。

クリュミケールは遠目からその光景を目にし、二人はクリュミケールには気づいていない。

(二人は、百年は生きていると言っていた。その百年の中で、何があった?シュイアさんはカシルを追い‥‥お互いに、殺し合おうとさえしていた。リオラはシュイアさんの恋人で、カシルもリオラを知っていて、サジャエルのことも‥‥)

クリュミケールは今までのことを思い出しながら二人を見つめる。

「ーーシュイア、俺はもうお前を殺そうだとか思ってないんだけどな‥‥お前は、違うみたいだな!」

カシルが剣を振りながら言い、しかしシュイアは何も答えないまま剣を振り、魔術を放った。

「‥‥邪魔する奴は全部、消すってか?結局、お前の中にはリオラしか残ってないんだな。俺も、あの人も、お前を慕っているフィレアも、全部見えていない、都合のいいことしか見ていないーー!」

そう叫んで、カシルはシュイアの魔術を剣で切り裂く。
ただ、カシルがシュイアに何かを訴えかけて、しかしシュイアは何も答えず、二人が剣と魔術をぶつけ合っている光景。
一体、何分、何時間こうして戦っていたのだろう。お互い何も伝わらず、ボロボロになっていて、本当に殺し合っているような現状。

でもそこに、二人を止めようと思っていたクリュミケールは割って入れなかった。わからないからだ、二人はなんの為に、何を懸けて戦っているのかが‥‥

しかし、どちらかが放った魔術の飛び火がこちらに来て、クリュミケールはそれを避ける。その僅かな音に、シュイアとカシルは驚いて音の方に視線を向けた。

「‥‥リオ!?」

先にそう呼んだのはシュイアだ。
二人は剣を振るう手を止めてしまい、クリュミケールは気まずそうに視線を泳がせ、

「一体‥‥二人は何をしているんだ?二人が憎み合う理由は、一体なんなんだ‥‥?」

そう、口を開く。

「理由、か。カシルは裏切ったーーただそれだけだ」

シュイアの言葉にクリュミケールは不思議そうな顔をし、聞き返そうとした所で、

「そう。シュイアはかつて、カシルに裏切られました。リオ‥‥あなただって、カシルが憎いでしょう?」

背後から久し振りに耳にする、だが、聞き慣れた声が聞こえ、ゾクっ‥‥と、クリュミケールの背筋に鳥肌が立つ。
クリュミケールは慌てて剣を抜き、いつの間にか背後に立っていた女性ーーサジャエルに切っ先を向けた。

「サジャエル‥‥久し振りだが、なんでお前までここに‥‥」
「リオ。あなたが剣を向ける相手は私ですか?違いますよね?それは他にいるはずなんですから」

クリュミケールの問いには答えず、サジャエルはそんなことを言い放つ。

「何を言って‥‥」
「だって、そうでしょう?リオ。あなたからシュイアを、レイラを、フォード国の平和を‥‥あなたの居場所を奪ったのは誰ですか?」
「それはお前達が‥‥!」

クリュミケールがサジャエルに怒鳴り掛かろうとすれば、目の前に立っていたサジャエルの姿が消え、背後から両肩を掴まれる。そして、

「全て、そこにいるカシルでしょう?」

耳元でそう囁かれた。

「だから、念を押したでしょう?」

サジャエルは言う。リオとして初めてサジャエルに会った日、確かに彼女は『ただ‥‥ただ、あなたはカシルに会ってはいけません』ーーそうリオに言った。

(あの出会いからすでに、サジャエルに仕組まれて‥‥)

クリュミケールは目を見開かせる。

「カシルにさえ出会わなければ、あなたはきっと、今でもシュイアと旅をしていたかもしれない。もしかしたら、レイラと出会わずに、悲劇に遭うこともなかった‥‥幸せな日々を」

サジャエルの声が、言葉が遠退いていく。何を言っているのか聞こえない。まるで、体の自由が奪われた感じだ。
以前にも、こんなことがあったような気がしたが、違う。
今は、まるで脳内までもが支配されているようだ。

「さあ、今一度聞きましょう。あなたが憎むべきは、誰ですか?」

そのサジャエルの言葉に、シュイアは彼女の意図を読み取った。何かに気づいて慌てるようにサジャエルとクリュミケールに駆け寄ろうとした。
カシルも気づいていただろう。だが、彼は動こうとしなかった。

ズブッーー‥‥と、鈍い音がする。
クリュミケールの剣が、カシルの胸に突き刺さっていた。

生温い音。手に伝わってくる、不快感。
それを、クリュミケールは知っている。
『何処かで』それを、知っている。
脳裏にはなぜか、シェイアード・フライシルの姿が過った。

しかし、クリュミケールは今、自分がしたことに我に返り、

「あっ‥‥あぁ‥‥!?オレは、私は、何を‥‥」

カシルの胸を突き刺した剣を握ったまま、クリュミケールは全身をガタガタと震わす。

「サジャエルーー貴様っ‥‥!」

背後で、聞き慣れないシュイアの怒鳴り声が聞こえた。

「何を怒るのです、シュイア。あなたも望んだことでしょう?誰がカシルを死に至らしても、構わないでしょう?」

女神と名乗る女の不気味な笑い声が、遺跡中に響き渡る。
シュイアはサジャエルを睨み付けていたが、慌てて二人の方を見た。

クリュミケールは目を見開かせ、吐き気を抑える。貫いた剣を引き抜くことも出来ず、ただ、地面を見つめた。

(なんで、私はカシルを‥‥違うだろう?憎むべきは、本当に剣を向けるべきは、サジャエルやロナスだ‥‥!だってカシルは、結局はいつも、助けてくれた‥‥助けて‥‥?なんで、助けてくれたんだ?)

だらだらと汗が流れ、呼吸が乱れる。
背中に大きな手が触れて、クリュミケールは恐る恐る顔を上げた。
そこには、見たことのない表情をする彼がいた。クリュミケールを見て、どこか懐かしそうに目を細め、泣きそうな顔をして笑いながら、クリュミケールの体を自らの腕で包んでやる。

「やっと‥‥会えたな」

カシルは震える声でそう言って、意識を失った。
聞き覚えのある言葉。以前にも、カシルに言われた言葉だ。

カシャン‥‥と、彼の懐から何かが落ちたのをクリュミケールは見た。それは、青い光を保った、約束の石だ。
なぜ、カシルがそれを?
そんなことを考えていると、空間がまばゆく光り、視界は白い光に包まれた。


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