回想する者


深夜、クリュミケールは誰にも告げずレイラフォードを発ち、変わらずそこにある不死鳥の山の前にある小さな小屋を訪れていた。
久々に恩人に会えるだろうか。アイムの件もあった為、クリュミケールは戸惑いながらも戸を叩いた。
ーー深夜だからだろうか、返事はない。

悪いと思いつつ、鍵が掛かっていなかった為、ゆっくりと小屋の戸を開けた。
しかし、小屋の中にエナンの姿はなかった。
かつてと違い、生活感も見当たらない。

(エナンさん、まさか‥‥)

クリュミケールが視線を落とすと、

「はじめまして、かしら。不死鳥の契約者よ」

背後から声がして、クリュミケールは反射的に振り向いた。
そこには見知らぬ少女が立っている。
黄緑色の短い髪と、ピンク色のワンピースを着た、クリュミケールより幼い少女‥‥しかし、

「‥‥何者だ」

自分が不死鳥の契約者だと知っている謎の少女を、クリュミケールは警戒した。
しかし、少女は凛としてその場に立ち、

「私はイラホー。この世界の三人の女神の一人」
「なっ‥‥んだって?三女神!?サジャエルとリオラと、君が‥‥?」

クリュミケールは驚きの声を上げた。

「サジャエルは【道を開く者】。あなたーー‥‥いえ、リオラは【見届ける者】。そして私は【回想する者】イラホー」
「‥‥回想、する者?」

クリュミケールはその意味がわからず、首を傾げる。

「私は未来でなく、過去を見通す力がある。クリュミケール、あなたの歩んで来た道も見えるわ。あなたの生まれた地も、あなたがどういった経緯でサジャエルと出会ったかも‥‥」
「えっ‥‥!?ほっ、本当に?!オレの生まれた地‥‥それは!?じゃあ、オレにも、父や母が!?」

当然、クリュミケールはイラホーに詰め寄った。ずっとずっと知りたかった、自分のこと。

「でも今は過去を伝える場合ではない。まだ、時期ではない。あなたの大切な人が、今度こそ決着をつけようとしているわ」

イラホーは真剣な眼差しでクリュミケールを捉えた。

「オレの、大切な?」
「さあ、あなたの大切な人は、誰?」

その問いに、脳裏に浮かぶのは‥‥

「誰、だろう。レイラ‥‥シュイアさん‥‥アドル?」

わからなくて、クリュミケールはイラホーを見つめる。イラホーは目を細め、

「シュイアとカシルがもうじき剣と剣をぶつけ合う。今までは、それは途中で終わった。でも、これが最後。これが、あの二人の本当の戦い。未来を見通すサジャエルが言っていたわ」
「なっ‥‥!?」

確かに、二人には何か因縁があるようだ。しかし、それがなんなのかは未だわからない。なぜ、二人は憎み合っているのか‥‥

「わからないけど‥‥止めないと‥‥!シュイアさんがいなくなったら、フィレアさんもオレも悲しい。それに、カシルはレイラの大切な人だ‥‥死なせるわけにはいかない」

クリュミケールはそう言い、

「‥‥イラホー。君は、オレの敵じゃないのか?サジャエルの手下の一人が、ここに行けと言って‥‥」
「私が彼に頼んだの。彼なら、喜んであなたを助けてくれるから」
「え?」

クリュミケールの疑問には答えず、イラホーはクリュミケールの両手を握り、

「サジャエルがあなたを拾った時‥‥あなたを【見届ける者】の器にする実験をする時‥‥私は同じ場所にいたわ。でも、真実はまた今度話しましょう」
「えっ、すっごい気になるんだけど‥‥!」

自分の過去を知っている存在がようやく目の前にいるのだ。クリュミケールは真実が知りたくて仕方がない。

「今は、別の過去の決着をつけましょう。シュイアとカシルは雪降る地ーー雪原の大地スノウライナ大陸‥‥二人の故郷に居るはずよ」
「二人の、故郷‥‥!?」

自分だけではなく、シュイアとカシルのことまで知っているイラホーを、クリュミケールは驚いて見るしかない。神様、だからなのだろうか?

「スノウライナ大陸までは私が転移の魔術で送るわ。ただ、二人が接触する場所はわからない。そこから先はあなたの判断になる」
「‥‥わっ、わかった。スノウライナ大陸は、シュイアさんと一度だけ行ったことがある‥‥記憶を、辿るよ」
「では‥‥」

イラホーが呪文を唱えようとするので、

「待ってくれ!どうして君はこの小屋にいたんだ?この小屋の主、エナンさんは?恩人なんだ!オレが強くなれた、恩人なんだ」
「ーーその質問も後程、答えを出しましょう」

イラホーはそれだけ言い、呪文を唱えた。


◆◆◆◆◆

「‥‥寒っっ!?」

クリュミケールは一気に体全体が氷つくような感覚に陥る。見渡せば、そこは一瞬にして、一面銀世界だった。

「すっ、スノウライナ大陸‥‥」

クリュミケールはきょろきょろと辺りを見回す。
そこにはもう、イラホーの姿はなかった。自分だけ転移させられたようだ。

(さて、どこに向かえばいいんだろう?確か、街がどこかに‥‥)

とりあえず街を目指して歩き出すと、

「やあやあ、こんにちは、女神様」

目の前から、酷く冷めたような、若い男の声がした。
ロナス、カナリア、助けてくれた男ではない、フードを被った四人組の一人が現れた。
クリュミケールは目の前の男を睨む。黒いフードをすっぽり被り、にやついた口元しか見えなかった。

「散々泳がせたんです。あなたの確保に来ました。サジャエル様にはもう、あなたの居場所はバレバレですからね、どこへ行ってもわかるみたいですよ」

男がそう言うと、

「お前は昔っから回りくどいんだよ!さっさと戦おーぜ!」

その男の隣に、フードをすでに外したロナスまでもが現れた。
その姿を見て、クリュミケールの頭に一気に血が上り、

「ロナス‥‥!!」

クリュミケールは憎しみを込めてその名を叫んだ。

「よお、リオちゃん!五年振りだなぁ!?元気にしてたみたいで安心だぜ!オレらの魔術を食らった後、姿が見つからなかったからさぁ‥‥あんなちんけな村でふつーの子供みたいに生きてて良かったぜー!」

ーーガギンッ!!!
激しい鉄の音が雪原に響き渡る。
剣を抜いたクリュミケールはロナス目掛けて刃を振ったが、ロナスは魔術で作り出した槍でそれを受け止めた。

「リオ‥‥じゃない。今は、クリュミケールだ。やはり、ニキータ村はお前が‥‥!」
「ひゃはは!!マジギレしてやんの!嘘だろ!?あんな村ひとつに?あーっ!おっかしぃ!フォードの時と変わってねーなぁ!?」

クリュミケールは憎悪の表情でロナスを睨み付け、対するロナスは大笑いをし続ける。

「全く。嫌われたものですね、ロナス。僕だって現れた瞬間から剣を向けられなかったですよ」

若い声のフードの男が呆れるように言った。

「うっせーよくれな‥‥えーっと、クナイだったか?ややこしー!」

ロナスは若い声の男をクナイと呼ぶ。

(ロナス、カナリア、クナイ‥‥そしてあの赤い目の男‥‥)

クリュミケールは静かに二人を見た。

「さてとっ!」

ブンッーーと、ロナスは槍でクリュミケールの剣を振り払い、

「ーーで、リオちゃんさぁ、大人しく一緒に来てくれるわけ?まあ、生きてる状態じゃなくてもいいらしいけどな!」
「ふん‥‥お前は戦いたいだけだろ」

クリュミケールは鼻で笑う。

「そりゃあな!オレはさぁ、リオちゃんの戦い方には興味あるわけ。だって、フォード国の弱っちい口だけの時から見て来たんだ。それが今じゃ、迷いなく剣を振れるようになった‥‥皮肉だよなぁ、王女様の為に力を手にしたのに、その王女様はもういないんだからさ!」
「ーー!」

右手に力強く剣の柄を握り、何度も何度も赤い悪魔に剣を振った。しかし、翼を持つ彼は上空に舞い上がり、

「ニキータ村の人間を殺し尽くしたのは正解だったな!これでますます、リオちゃんはオレを殺す気で戦ってくれるってわけだ」

ケラケラと、ロナスは腹を抱えて笑う。
フォード国のこと、ニキータ村のこと。それらを思うと冷静ではいられない。しかし、クリュミケールはイラホーの言葉を思い出した。自分は何をしにスノウライナ大陸に来たのかを、思い出す。
深く息を吐き出し、

「お前達‥‥シュイアさんは今、どこだ?」

そう聞けば、

「シュイア様ですか?あの方なら先程どこかへ出掛けられましたね‥‥まあ、何を考えているのかよくわからない方です。どこかはわかりませんが」

クナイがそう答えた。それを聞いたクリュミケールは黙り込み、

「こんなことをしている場合じゃなかった。ロナス‥‥お前を前に背を向けたくはないが‥‥今は別の用がある!」

クリュミケールはそう言って、雪原を走り始める。ロナスと戦っていたら、恐らくどちらかが倒れるまで戦わなければいけない。今は、そんな場合ではなかった。

「はぁ?別の用ってなんだよ!」

ロナスは魔術で刃を作り、それがクリュミケール目掛けて斬りかかってくる。
埒が明かないと思いつつ、クリュミケールは魔術の刃を剣で受け止めようとしたが、ガキンッーー!と、別の何かがそれを受け止める。

「ーー!」

クリュミケールはそれに、目の前に現れた男の姿に目を見開かせた。

「悪いなロナス」

と、現れた男ーーあの赤い目をしたフードの男が言う。

「なっ‥‥なっ‥‥なんでてめぇがここにいやがる!邪魔してんじゃねえぞ!?どーゆーつもりだ、あぁ!?」

戦いを邪魔されたこと、そして目の前の男がクリュミケールを庇ったことにロナスは声を荒げた。しかし、すぐに大きくため息を吐き、

「ふん‥‥まあ、わかってたさ。お前はいつか裏切るって。いや‥‥もしかしたら最初から裏切り者だったってわけか?いい加減フードを取ったらどうだよ!」

そう叫び、ロナスは魔術の刃で赤い目の男が身に纏うフードを切り裂いた。そして、

「シェイアード・フライシルさんよぉっ!?」

と、赤い目の男をそう呼ぶ。
男のフードは切り裂かれ、赤い髪が風に揺れる。青が基調の服を着た、右目に包帯を巻いた長身の若い男の姿が露になった。
クリュミケールはその男の姿を凝視する。

(赤い髪‥‥赤い左目‥‥右目に包帯‥‥シェイアード‥‥フライシル)

聞き覚えのあるその名前に、

「シェイアード・フライシルって‥‥サジャエルが好きだと言ってた、物語の主人公?」

クリュミケールは呟くように言う。確か八年前にサジャエルが話していたことを思い出した。
しかし、シェイアードと呼ばれた男は何も答えない。

「でも‥‥なんだ?あなたは一体、誰だ?」

歯痒いーー。クリュミケールは言い表せない気持ちに襲われた。

「くそっ!邪魔しやがって!今はオレと戦ってるんだろうが!!」

ロナスが叫ぶが、

「今はそんなことはいい。行くんだ、クリュミケール‥‥いや、リオ。ロナスは俺が引き止める」

シェイアードが言い、不思議と、彼にリオと呼ばれるのは嫌な気持ちにはならなくて。

「なっ‥‥てめぇ何を勝手に‥‥」

ロナスの唸るような低い声を聞きながら、

「なぜ、何度も助けてくれるんだ‥‥?」

クリュミケールの問い掛けに、

「お前は俺の家族の未来を救ってくれた。そして‥‥今、悪魔がここにいる。お前は悪魔の書物を読んだ時、俺に聞いたな。そして、俺は答えた。『大切な者を殺されたら、俺はきっと悪魔を憎むだろうな。きっと、許せない』と。今が、その時だ」
「ーー‥‥」

シェイアードの言葉を聞き、頭の中が真っ白になっていく。

「悪魔の書物‥‥確かに、読んだ。どこで?あっ‥‥あれ‥‥?」

クリュミケールが困惑していると、シェイアードはクリュミケールの手から剣を取り上げ、自身が手にしていた剣を握らせる。
その剣は、五年前までリオがずっと使っていた剣ーーシュイアから貰った剣だった。

「五年前、預かっていた。お前の身を少しでも隠すために。さあ、今は行け。やるべきことがあるだろう?」

クリュミケールはシュイアの剣をギュッと握り、シェイアードの顔を見つめる。それから決意するように頷き、今度こそこの場から走り出した。

「おいおい!行かせるかよ!」

ロナスがクリュミケールを追おうとしたが、彼の前にシェイアードが立ち塞がった。


◆◆◆◆◆

クリュミケールは雪原を駆け続ける。建物はまだ、何も見つからない。

(シェイアード・フライシル。なぜ、あんなにも懐かしい?彼を知ってるのは、もしかしてリオラの記憶‥‥?いや、違う。オレは‥‥私は彼を、知っている‥‥知っているんだ)

クリュミケールは繋がらない疑問を浮かべつつも頭を振り、今はただ、シュイア達を見つけることだけを考えた。


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