繋がっていく真実
ーー神の遺跡から出た一行は、ラタシャ王国にてそれぞれ休息をとっていた。
「‥‥カシル、怪我は大丈夫か?」
重い沈黙の中、少女が聞くと、
「ああ、大したことはない」
と、カシルは自らの負傷した腕を軽く撫でて答え、
「他人の心配をするな。今は自分のことだけを考えればいい」
そう、少女に言う。
「でも‥‥いや、すまない」
ーーあの時、サジャエルが語った真実。
リオラが水晶の中で眠る理由‥‥
「リオラは自らの手で世界を新しくすることを嫌がったのです」
「世界を、新しく?」
フィレアが聞くと、
「この世界はいずれ滅びます。不死鳥から聞いたのではないですか?魔術を手に入れ、不老となった者の使命を」
サジャエルに聞かれ、少女は思い出す。
「魔術を使える者は、代償として不老になる。後の世に起こると予測されている【争い】もしくは【宿命】に関わる必要がある、と。いずれ、愚かな人間は世界を滅ぼすでしょう。ですから私は考えたのです。いつか人間達の愚かな戦争により世界が崩壊するのなら‥‥今この世界にいる全ての存在を消し去り、新たな世界を創ればいいと」
あり得ない、考えられないサジャエルの発言に、少女達は目を見開かせた。
「そして、女神【見届ける者】こそが、世界を壊すも救うも‥‥そんな力を秘めているのです」
「シュイア様はそんなことをさせる為にリオラを目覚めさせるの!?それに、世界が滅びるとか‥‥結局、死んでしまうんじゃ‥‥」
フィレアが問い掛けると、
「リオラは人間に殺された」
ーーと。そのシュイアの言葉に、サジャエルとカシル以外は絶句する。
「神なんてものは普通、人前に姿を見せない。だがリオラはかつての人間達の争いを見て、それを止めようと自らその争いの場に姿を見せた」
シュイアは目を閉じ、
「リオラは優しすぎた。自分が神だと人間に話してしまった。それを知った人間共は彼女を気味悪がり、殺した。だから、私は人間を赦さない。こんな世界すら、必要ない。リオラが生き返り、目覚めるのなら、この命も必要ない」
シュイアはそう言い放った。
とうとう、フィレアはその場に崩れ落ちてしまう。
ずっと好きだった人が、優しかった人が、信じていた人が、ずっと、そんな気持ちでいたなんて‥‥
ずっと、そんなことを考えていただなんて‥‥
少女は小さくなったフィレアの背中を見つめ、
「女神とか、色々と頭が追いつかないけど‥‥それは人間の前に姿を現したリオラが悪い。リオラが人間達を放っておけば良かったんだ」
少女が言うと、シュイアは無言で少女を睨んだ。
「でも、リオラはそれが出来ない優しい女神様だったんだね。大切な人を奪った人間が憎い‥‥その気持ちは、よくわかるよ。でも、泣いてまであなたを想う人だって、ここにいるんだよ。それに、リオラが可哀想だよ。死んで‥‥こんな水晶の中に‥‥」
少女は優しい顔をして、だが、強い声で言う。しかし、
「お前に何がわかる‥‥」
シュイアは憎しみ混じりの声を少女に向けた。
「私は‥‥俺はずっと、お前を憎んできた、殺してやりたかった。お前のせいでリオラは苦しんでいたんだ‥‥だが、リオラが目覚めるには、お前が必要だった」
「‥‥」
話の流れが、わからなくなってきた。
(え‥‥今、なんて?私の、せい?シュイアさんが、私を‥‥憎んで‥‥)
少女は思いも寄らなかった彼の言葉に全身の力が抜けきってしまう。瞬間、
「やめてーー!!!」
咄嗟に、ハトネが叫んだ。
少女がハッとして前をみると、シュイアが魔術の閃光を少女に向けて放っていて、少女は慌てて剣を構えるが、こちらに向かってくる閃光は最早、避けられないと確信する。
それでも、受け止めなければならないと感じた。
「嫌よ!やめてシュイア様‥‥!!」
フィレアはシュイアに駆け寄り、
「くそっ‥‥!!」
ラズは少女に駆け寄ろうとした。
しかし、バチィッーー!!と、まるで電気が走るような音がして、少女は目を見開かせる。
「あ‥‥あぁ‥‥」
少女は顔を青ざめさせ、視線を泳がせた。
「ーーシュイア。今度こそ、決着をつけてもいいんだぞ‥‥今なら、お前を殺せそうだ」
と、少女の肩を抱き寄せながら、カシルが言う。
「お前が庇うとはな‥‥そんなにも‥‥」
シュイアはため息を吐いた。
少女に向けて放たれた魔術からカシルが少女を庇い、彼はその一撃を右腕に食らっていた。
彼の真っ黒な長袖が裂け、まるで火傷のように、魔術を食らった部分の肌が赤く染まっていく。
「カシル‥‥なんで、なんであなたがこんな‥‥なんで、シュイアさんが‥‥わたっ、私を‥‥」
ガタガタと震える少女の体を、カシルは更に強く抱き締めた。
「シュイアさん‥‥あの日、私に剣を教えてくれた時‥‥次に会う時は強くなっていろと、シュイアさんと剣を交えれるようにと‥‥それまで死ぬなと‥‥こんな日の為に、言ったんですか?私と話すと、あなたは時々、苦しそうな顔をした‥‥私はずっと、あなたを苦しめていたんですか‥‥?」
震えた声で問う少女に答えることもなく、見ることもなく、
「サジャエル」
と、シュイアは言い、
「わかっていますよ。では、リオ‥‥すぐに、迎えに来ますから。仲間との別れを惜しんで下さい」
サジャエルはそう言って、何か呪文を唱える。
ーーしばらくすると、辺りの景色が砂漠に変わった。水晶で眠るリオラの姿も、シュイアとサジャエルの姿も‥‥遺跡の建物さえもなくなっていた。
「ふん、身を隠されたな」
カシルは少女の体を離し、負傷した腕を支えながら言う。
一同は重い沈黙に包まれていた。
「‥‥とりあえず、ラタシャ王国に戻ろ?ね?」
ハトネが言って、
「それが、いいね」
ラズが答える。
ーーそれからしばらくの時間が経ったが、やはり皆、心の整理がつかなかった。
「シュイアさんは本当に私のことを器としてしか見てなかったのかな?どうして、憎まれていたの?わけが、わからない‥‥私、シュイアさんのこと‥‥好きだったのに」
少女は唇を噛み締める。
悲しいのだろうか、悔しいのだろうか。こうなって初めてシュイアへの気持ちに気づいたが、それはもうどうでも良かった。
ただ、今までの絆が偽りだったことが、とても苦しい。
「今も、信じられない。シュイアさんは私に魔術を向けた。私の存在理由だって、シュイアさんやサジャエルが私のことをそんな目で見ていたなんて‥‥それに二人が協力関係にあったなんて‥‥カシルも知ってたんだよね?」
「全てではないが、少しはな」
カシルは頷き、
「でも、カシルは世界を壊そうとしてたんじゃないの?ロナスと‥‥」
「ロナスはな。俺にあの話を持ちかけて来たのもロナスだ。だが、あの時は俺もそうだったのかもしれない。シュイアやサジャエルの都合のいいように世界が壊されるのならいっそ俺が‥‥そんな風に思ってしまっていた。昔、色々あったからな‥‥」
カシルは遠くを見る。
「はは‥‥カシルはさ、自分が世界を殺す者で、シュイアさんが世界を生かす者とか言ってさ、全てが憎いとか言ってたのに‥‥逆じゃないか、シュイアさんとカシル、逆じゃないか‥‥」
少女は俯いた。
なぜ、シュイアなのだろうか。
目の前にいるこの男ならば、憎みきれたかもしれないのに‥‥
「ロナスが言ってたね。世界の絶対の神である不死鳥さえ殺せば、同時に世界は壊れるって。でもサジャエルは世界を壊すも救うもリオラの手の中だって言ってた。本当は、不死鳥を殺しても世界は崩壊しなかったんじゃないかな?」
「全く。記憶力がいいな」
カシルは微笑した。
「じゃあ、あの時は何をしようとしていたんだ?」
「世界を救うつもりだった、と言ったら?」
まさか、カシルの口からそんな言葉を聞くことになるとは‥‥
「お前が大切な友人を失ったあの遺跡は【破滅神の遺跡】という名の遺跡だ。かつて、紅の魔術師という者が作り上げたものらしい。生と死を握る不死鳥‥‥奴の亡骸をあの遺跡の祭壇に捧げていれば‥‥サジャエルは消えていた」
そう言った。
「命を司る神である不死鳥。奴をあの場所で殺すことにより、他の神も死ぬ仕組みらしい。不死鳥は全ての神の命を握っているようなものだからな」
「じゃあ、あの時、世界は崩壊するのではなく‥‥救われるはずだったの!?」
少女は真実を知り、声を上げる。
「シュイアが俺を追う理由は、俺がシュイアの目的を邪魔するからだ。サジャエルも俺の動きを見て、害を成すと思えば邪魔しに出てくる。あの時も結局、サジャエルに邪魔されたからな‥‥どこにでも現れてくる」
カシルはため息を吐いた。
「じゃあ、なんでサジャエルは私に不死鳥に力を借りるよう言ったんだろう?自分の命を預けたようなものじゃないか」
少女が眉を潜めると、
「ーー器と不死鳥。お前を不死鳥と契約させることにより‥‥死んだはずのリオラはお前の命と、命を司る不死鳥の力を借り、生き返ることが出来る。だからお前は不死鳥と契約させられた。全部、奴等の思う壺だ」
「‥‥くっ」
確かに、違和感はあった。サジャエルの手の上で躍らされている感覚は、あった。
「しかも厄介なことに、お前は不死鳥の力を封じられているようだな?恐らく、サジャエルにしか解けない術だろう。何か‥‥サジャエルの口車に乗せられて、まんまと不死鳥の力を封じられたんだろうな」
「うん‥‥気付いたら、不死鳥の声が聞こえなくなって、さっき、魔術が使えないことに気づいたんだ‥‥一体、いつ‥‥」
少女は悔しげに拳を握り締める。
「カシル‥‥本当にごめん。カシルの行動を邪魔しなかったら、世界は保たれてたんだな‥‥レイラも、死ななかったのかも‥‥」
少女は今までの自分の行動を悔いた。だが、カシルは表情を曇らせ、
「いや‥‥あの時、成功しなくて良かったかもしれない。確信はなかった。だが‥‥さっきの出来事で確信できた。成功していたら、俺は取り返しのつかないことをしていたかもしれない」
「‥‥?」
少女は首を傾げる。
「それに、お前が謝る必要は何もない。小僧、お前がいたから、俺はここにいるんだ。シュイアも、な」
よくわからないことを言うカシルに、少女は更に首を傾げた。
「‥‥どんな形であれ、俺はレイラを巻き込み死なせた。レイラの母親も目的の為とはいえ、殺した。お前は俺を憎んでいればいい。俺はそれだけのことをしてきた」
少女は俯き、
「それは‥‥違うよ。あなたはレイラも女王様も殺してない。あなたはレイラに愛という感情を感じさせてあげたじゃないか。レイラは幸せそうだったよ、最期まで。だから、憎まない。私は彼女の友として、あなたを信じるよ。結局、カシルはレイラのこと‥‥好きだった?」
少女は以前も聞いたことを再度聞く。もしかしたら、今は変わっているかもしれないなんて思ったから。
「前にも言ったが、そんな感情はなかった」
「‥‥そっかぁ」
「俺には、昔からずっと、大切に想っている人がいるからな」
カシルが目を閉じてそんなことを言うので、
「えー?カシルに?想像できないなぁ。シュイアさんにも驚いたけど‥‥でも、誰も好きにならない、最後には裏切られるからとか言ってたじゃないか?」
「‥‥何でそんなに記憶力がいいんだ、お前。まあ、なんだ。それはあの時までのことだ。今ならわかる。俺は裏切られてなんかいなかったんだと」
カシルは微笑んで少女を見つめて、その見たことがない表情に少女は呆気に取られていた。
「その人は、一体‥‥」
少女は尋ねようとしたが、
「あーーーッ!!」
誰かの叫び声に遮られてしまう。
「‥‥ラズ?」
それはラズだった。彼はこちらを見て叫んでいたので、少女は首を傾げる。
「なんでカシルがリオさ‥‥じゃない!この人と一緒にいるんだよ!」
ラズが怒鳴るので、
「落ち着きなよラズ。どうしたんだ?カシルは私を助けてくれたし、もう敵じゃないよ」
ラズが怒っている理由がわからない少女は首を傾げるしかない。
「ラズ君は嫉妬中!そして私も小僧君を独占してるカシルさんに嫉妬してまーす」
次にハトネやって来て、笑いながら言ってきた。
「小僧、くん?」
「むーっ。だって、呼び方がないから‥‥」
ハトネが頬を膨らませると、
「新しい名前が必要なのかしら?」
いつの間にかフィレアもいた。
「うーん。別にいいかな。とりあえず、一人でゆっくり世界を回ろうかなって。その中で、きっと私の存在理由だとか、名前だって見つかるかも」
少女ができるだけ明るく笑ってみせれば、
「‥‥あなたがそれでいいならそれでいいんだと思うけど‥‥だけど‥‥」
急にフィレアはぼろぼろと涙をこぼす。
「ちょっ!フィレアさん!」
ラズが驚くように彼女を見た。
「今は、あなたを一人にしたくはないわ‥‥だって、シュイア様があなたにあんな酷いことを‥‥」
「フィレアさん‥‥」
少女は俯く。
「ぼっ、僕だって、あなたを一人にしたくないよ!」
ラズも言い、
「でも‥‥私はサジャエルの人形みたいなものなんだって。サジャエルの手の上で踊らされてきた、人形だ‥‥私は偽物でーー‥‥」
「バカッ!!!!」
ハトネは少女を怒鳴りつけた。
「それがあなたの本音なの?自分は人形?偽物?違うでしょ!?私達が今まで一緒にいたのは誰?リオラじゃない‥‥あなたでしょう!?」
「ハトネ‥‥もしかしたら、君が捜していたのは私じゃなく、リオラだったんじゃないかな?」
「違う!!絶対違う!!あんな人じゃない!!」
ハトネは、それだけは確信していて、必死に声を上げる。
自分が捜していたのは、紛れもなく目の前の人なんだと。
「‥‥ごっ、ごめん」
ハトネとフィレアが自分なんかの為に泣く姿を見て、少女は気まずそうにした。
呆れるように光景を見ていたカシルは、
「じゃあ俺はもう抜けさせてもらうぜ」
そう言ったが、
「駄目よ、今日はまだ残んなさい」
と、フィレアにコートの裾を掴まれる。
「‥‥何でだよ」
カシルが嫌そうに聞けば、
「傷心した女の子を置いていく神経がわからないわ。見たところ、あんたはなーんか、この子を守ってるように見えるし?」
ぼそりとフィレアに言われ、カシルは更に嫌な顔をした。
ーー少女はシュイアから貰った、腰に下げた剣を見つめる。
(私は、シュイアさんに、刃を向けなければいけないのだろうか‥‥)