とある港町で


「ここは港町カネラよ」

フィレアが海に面した町を指しながら言った。少し冷たい風が潮の匂いを運んでくる。

「ハトネさん、さすがにもうフォード大陸にはいないだろうから。ここから船に乗って別の大陸へ行く方がいいしね」

と、ラズが言った。
そう。恐らくもう、この大陸にはハトネもカシルもシュイアもいないと考え、一行は別の大陸に向かうことにした。
港町に入ると大きな船が一隻見え、リオはぼんやりと立ち尽くし、それを見つめる。

「リオさん、どうしたの?」

じっと船を見つめるリオに、ラズが不思議そうに声をかけた。

「いや‥‥なんだかついこの間、船に乗ったような‥‥そんなはず、ないのにね。シュイアさんと一緒だった頃、二、三回乗ったぐらいかな‥‥」

なぜかモヤモヤとしてしまい、リオは歯痒い気持ちになる。

「シュイア様と二人で船‥‥ああ、ロマンチック!羨ましい‥‥」

フィレアがうっとりするように言って、リオとラズは苦笑いをした。

「えーっと‥‥今からだと、ラタシャ王国方面行きの船が二時間後に来るみたい」

ラズが時刻表を見ながら言って、

「ラタシャ王国?へえ、シュイアさんとは色んな場所に行ったけど、まだ行ったことないな」

聞いたことのない地名にリオは首を傾げる。

「砂漠地帯に面する国よ。交易が豊かで、あの国に無いものはないと言われるくらいね」

フィレアがそう説明した。

「へえ。でも、二時間か。どこかで時間を潰さないとね」
「そうね、町を見て回るのもいいかもね」

リオの言葉に相槌を打ちながら、フィレアがチラリとラズを見るので、彼は首を傾げる。

「私、行きたい所があるから‥‥ラズはリオちゃんにこの港町を案内してあげたら?」
「‥‥え?ええーーーー!?」

フィレアに言われ、ラズは大きく声をあげた。

「そうだね。私、この港町は初めてだから、時間潰しにお願いしようかな」
「あ‥‥うっ、うん‥‥」

いきなりの流れにラズは動揺し、視線を泳がせる。そんな彼にフィレアはウインクをし、どこかに行ってしまった。


◆◆◆◆◆

リオに町中を案内しようと歩き出した矢先、

「あっ‥‥あの!リオさん!」
「ん?」
「あの‥‥そのぉ」

ラズは俯き、何かを言いにくそうにしたが、

「リオさんは、その‥‥シュイアさんのこと、す、好き、なの?」

やっとの思いでラズはそう聞いた。

「え?うん」
「即答!?」

すぐに答えられて、ラズは口を大きく開ける。

「だって、恩人だし‥‥嫌いだったら一緒に旅なんてできないよ」
「おっ、恩人とかじゃなく、れっ、恋愛対象としては‥‥?」
「はぁ!?」

ラズの質問に、リオは大きく目を見開かせた。

「何その質問‥‥いや、まあ‥‥どうなのかな。わからないや」
「えっ!?なんですかそれ!!」
「だって、恩人だし‥‥」

それしか言わないリオにラズは焦りつつ、

「じっ‥‥じゃあ、カシルは!?」

まるで切羽詰まるような勢いで聞いてきて、

「‥‥シュイアさんはまだしも、なんでカシル?」

リオは首を傾げる。

「だっ、だってその‥‥カシルのことはよく知らないけど、見た目が男の僕から見てもカッコ良いと思うし‥‥リオさんの知り合いだし?」
「カシルは、シュイアさんの敵だし‥‥フォードでの因縁がある。それだけだ」

リオがそう説明すると、ラズは何かに安心するかのような仕草をした。

「じゃあ、リオさんは今、はっきりと好きな人は‥‥いない?」
「‥‥」

そう聞かれて、リオは一瞬なにかが引っ掛かる。
旅の荷物の中に一緒に入れた、どこで手に入れたのかわからないエメラルド色のリボンが脳裏を過った。

「どう、かな。たぶん、いない、かな?だって、君達に会うまでは、ずっとシュイアさんと一緒だったから‥‥でも、どうしたんだ、ラズ?いきなりそんな話‥‥」

少しだけ困ったような顔をして、リオは苦笑する。ラズは何かを決心するかのように、金の瞳で真っ直ぐにリオを見つめ、

「あの、リオさん‥‥僕、僕、リオさんのこと‥‥」
「‥‥?」

リオはラズの言葉を待ったが、彼はそのまま言葉を止めてしまった。それから、静かにため息を吐き、

「リオさんのこと‥‥なんだか懐かしく感じてしまうんだ。ごめんね、意味、わからないこと言って‥‥」
「‥‥うん?」
「あ、はは。リオさん、せっかくだし、お茶でもしてからフィレアさんと合流しよう!時間、まだあるから!」

そう言ってラズはリオの手を取り、その手を引いて走り出した。


◆◆◆◆◆

「フィレアさーん」

リオは町中の装飾屋でフィレアの姿を見掛け、手を振りながら名前を呼ぶ。

「あら!二人とも、まだ一時間あるわよ!?」

想像より早くてフィレアが驚くように言えば、

「ラズとお茶して来たんだ。そしたらフィレアさんの姿を見掛けて」
「そ、そう」

フィレアは二人の間に何も進展がなかったのを察し、ため息を一つ吐いた。

「でも、楽しかったよ、リオさんと二人で話せて」
「うん、私も。ラズがラタシャ王国の話や色んな国の話を教えてくれて勉強になったよ。ラズ、物知りだよね」
「あはは、本で読んだだけなんだけどね」

そんな二人の楽しそうな様子をフィレアは見つめ、まあこれはこれで良かったのかと感じる。

「さて。じゃあ、あと一時間‥‥お茶しかしてないのよね?食事でもしようかしら?」

そのフィレアの提案に、

「食事って‥‥がっ、外食ですか?」

リオは目を輝かせた。その様子に、フィレアとラズは不思議そうにリオを見る。

「あっ、いや‥‥こういう風に、シュイアさん以外の人と外で食べるの、初めてだなって思って‥‥ほら、アイムさんの家で皆で食事を囲んだ時も楽しかったから‥‥その、仲間‥‥って、言うのかな?」

リオは困ったようにそう言った。
その言葉に、フィレアとラズは思う。
リオは今まで、シュイアとレイラにしか本気で心を許せていなかった。だが、二人がいない今は‥‥

「そうそう!僕らは仲間だよ!」

ラズは笑顔で言い、リオにピースサインを送る。フィレアも頷きながら、

(シュイア様がどこにいるかわからない今、レイラ王女がいない今‥‥私達がこの小さな少女を守ってあげないと。だって、リオちゃんは一人で動いてしまうし、それに、なんだか‥‥脆い気がするわ)

なぜだか、そんな気持ちになった。

すると、ざわざわと、港の方からざわめき声が聞こえてくる。ラズは住民に駆け寄り、話を聞いた。

「何かあったんですか?」
「いや、数時間前にラタシャ王国の方で馬鹿でけえドラゴンが現れたらしくてな‥‥ドラゴンなんて、本当にまだいたんだなぁ」

と、年輩の男が言う。

「ドラゴン!?」

リオはとっさに男に詰め寄った。ドラゴンなんて見たことがないずなのに、その言葉をどこかで耳にしたことがあるような、見たことがあるような‥‥そんな気持ちになる。

「おっ、おう。ドラゴンなんか絵本だのなんだのの存在だと思っていたんだが‥‥ほら、これを見てみな」

男が手にしていた一枚の記事をリオ達に見せ、三人はそれを見て大きく目を見開かせた。
その記事には、禍々しい大きな翼の生えた赤いドラゴンの写真が載せられている。
だが、その写真を見る限りでは、ドラゴンは傷付き、ぐったりと倒れている。

「これ‥‥ドラゴンの、死骸」

フィレアが呟くように聞くと、

「ええ!ラタシャ王国を襲おうとしたそのドラゴンを、金髪青眼、黒衣の剣士様が倒したんですって!」

住民の女性がうっとりしながら言った。

「へっ、へえ?金髪に、青眼、黒衣の剣士‥‥えっ、まさか‥‥」

リオは女性に、

「他にその剣士の情報は?」

そう聞くと、

「うーん、すぐに立ち去ったようだからね‥‥ただ、隣に長い黒髪の女の子がいたって噂よ」

それを聞いた三人は顔を見合わせる。


ーー船着き場でもうすぐ出航する船を待ちつつ、

「カシルとハトネ‥‥なのかな」

リオが言えば、

「わからないわ。二人が一緒にいるはずないし‥‥」

フィレアは眉間に皺を寄せ、

「どうせ今からラタシャ王国に行くんだ。きっとそこでわかるよ」

ラズはそう言った。


◆◆◆◆◆

払っても払っても落ちない砂埃を、それでも何度も払いながら、ハトネは肩を落とす。平然と前を歩く黒衣の剣士ーーカシルの後ろ姿を見つめ、

「あのー、カシルさん」

そう声を掛け、

「リオ君には言った方がいいんじゃないかなぁ?」
「そんな無駄なことはしない」

カシルはそう言葉を吐き捨てた。

「あの小僧はシュイアと過ごした時間の方が長い。それに小僧の前には以前、サジャエルが現れた。シュイアの様子からして、今も‥‥繋がってるんだろう」

カシルは一息置き、

「要するに、だ。小僧は俺の言葉は信じないだろうしな」
「うーん、そうかなぁ?」

ハトネの疑問を横目に、カシルは荒れ狂う砂嵐の中を進んで行く。ハトネはその後に続いた。


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