新たな旅立ち


彼は【たったひとつの想い】の為に生きていた。
【彼女が生きる為】だけに彼は生きていた。
【ひとつの犠牲】が出ると最初から知っていても、憎悪混じりの感情を抱きながらも、彼は、その為だけに【少女】の傍にいたのだ。


◆◆◆◆◆

「リオ殿、本当にありがとうございます」

一人の老婆が、肩まで伸びた金の髪をした少女、リオに言った。

「いえ、これが、私の望みだったから」

そう言って、リオは柔らかく微笑む。

ーーレイラの死から三年の月日が流れた。
その三年間、リオはフォード国に戻り、国の再建に尽力していた。
この国は初めての親友と出会った大切な場所だから。

ーー話は三年前に遡る。

「ーーあんたはっ‥‥」

一人の男が、再びフォード国に訪れたリオを見て驚くように言った。

「確か、王女を助けると言った子だよな?」
「レイラ王女は!?」
「無事なのよね‥‥!?」

他の国民達も次々に尋ねてくる。その必死さを見て、レイラがこの国で愛されていたことを、よく理解できた。

嬉しさが、あった。しかし同時に、救えなかった罪悪感が募る。リオは唇を噛み締め、震える声で全てを話した。
非難の声を浴びせられると覚悟の上で。
ーーだが、

「そう、なのか‥‥」
「いや、あんたはよくやってくれたよ!」
「そうよ、私らなんて何もしなかったんだから‥‥」
「こんな小さな体で、よく頑張ったね」

浴びせられたのは、優しい言葉ばかりだった。
本当に、この人達はあの日の国民達なのだろうか。
ラズを傷付けた、彼らなのだろうか‥‥
皮肉にも、女王と王女の死が、彼らを変えたのだろうとリオは思い、静かに目を閉じた。

「俺達はこれからこの国を新たに建て直そうと思うんだ」
「貧困街の人達とも、平等に暮らせる国にしたいんです‥‥」
「あまりに、私達は彼らを傷付けてしまったから。今更、受け入れてもらえるかわからないけれど‥‥」

その言葉にリオは顔を上げ、国民達の顔を見る。
国民達の考えが良い方向に行きつつあることが、リオには嬉しかった。

だからこそ、シャネラ女王の為にも、レイラの為にも、不老となったこの身だ、何年掛かってもいい。
この時間を、フォード国に捧げようと思った。


◆◆◆◆◆

三年前を思い出しながらリオは小さく笑み、

(この三年‥‥とても長く感じられた)

今、ようやく貧困街だの金持ち達の街だの‥‥そんな二つに分かれないような、新たなひとつの国が完成したのだ。

「これで、迎えに行けるな」

男は笑顔で言う。
貧困街の人達は、彼らを援助してくれているファナの村に移住していた。
新たな国が完成した今、ようやく彼らを迎えに行く事ができるのだ。


◆◆◆◆◆

「リオさん‥‥!?」

ファナの村には、当然ラズやフィレア、アイムもいた。
誰よりも早くリオに気づいたラズは、泣きそうな顔をしながらリオに駆け寄る。

「リオさん‥‥無事だったんですね!リオさん、本当に良かった‥‥」

そう言いながら、思わず彼はリオを抱き締めた。
三年経ち、ラズは十五歳とすっかり成長し、身長も同じ背丈になっている。

「ラズ‥‥大きくなったね」

出会った頃のか弱い小さな少年はすっかり立派になっていて、リオは彼の背中にぽんぽんと手をあてた。

「ああ‥‥っ、リオちゃん‥‥!」

騒ぎを聞き付け、フィレアもリオの側に歩み寄り、その隣にはアイムがいる。

「フィレアさん、アイムさん‥‥」
「もう、諦めていたのよ、あなたのこと。だけど、生きて、いたのね。生きていてくれたのね‥‥シュイア様もきっと心配しているはずよ」

フィレアも優しくリオを抱き締めた。アイムはその様子を、傍らであたたかく見守っている。
そんな三人の様子にリオは申し訳なさを感じ、

「会いに来るのが、遅くなってごめんね‥‥」

そう、小さく言った。

ーーしばらくして、リオやフォード国の国民は、フォード国を再建していたことを話す。
その話を、貧困街の人達は噂では聞いていたようだが、戻ろうとは思わなかったそうだ。
やはり、今までの仕打ちのせいか、彼らを今更、受け入れることなど出来はしない。

わかりきっていたことだとリオは感じ、それでも、

「でも、彼らは本当に心を入れ替え、あなた達と手を取り合い生きていくという選択肢を見つけ出したんです。許せない気持ちはよくわかります、私だって‥‥嫌な思いをした。けど、過去は変えられないけど、未来は変えられるんです」

リオは訴えた。
フォード国は、リオの中では大切な国。
その国を良くしたいと、リオは心から願っている。
女王と王女の代わりに‥‥

「リオの言う通りじゃよ。未来はこの手でつくっていけるんだ」

一番にそう言ったのは、アイムだった。

「昔、貧困街から私を連れ出そうとしてくれた人がいた。じゃが、私は逃げ出せなかった。たとえ貧しくとも、私の故郷だから」

アイムはリオをじっと見つめ、リオの両手を皺だらけの骨ばった手で包み込み、

「今でも鮮明に覚えておるよ。その人が『たくさんの世界を見て回って、たくさんの知識を身に付けて、貧困の差なんか無い、そんな世界を作りたい』と話してくれたことを‥‥リオ、それをお前が、叶えてくれたのじゃな‥‥本当に、ありがとう‥‥」
「‥‥アイムさん、そんな‥‥」

涙を流す老婆の姿になぜだか胸を締め付けられ、リオはアイムの背中をさする。
そんな育ての親の姿を、フィレアは滲む涙を指で拭いながら見守っていた。

「うん。きっと、女王様も王女様も望んでいると思う。フォード国の良き未来を!長かった、因縁の輪廻からようやく、解き放たれるんだ!」

大袈裟にそう言いながら、ラズは笑う。フィレアも大きく頷き、

「皆でまた、一から始めましょうよ!自分達の為にも!!」

貧困街の人達に振り返りながら、笑顔で言ってくれた。
人々は最初は複雑そうな顔をしていたが、

「そう‥‥だな!あの国は俺たちの故郷だもんな!」
「新しい国‥‥か。楽しそうね!」

顔を見合わせながら、次々に、賛同してくれた。
そして、

「母さん!」

と、ラズは母親に駆け寄る。

「母さん、僕らまた戻れるんだよ‥‥故郷に!」

ラズが嬉しそうに言うと、ラズの母は優し気に微笑みを返した。

ーーそうして、人々はフォード国に戻り、以前より少し小さくなってしまったが、それでも聳え立つ城を見上げる。
もはや主はいないが、それでも。


「え?名前‥‥?」

しかし、国に戻った瞬間、リオは国の新たな名前を決めてくれと国民達から頼まれた。

「せっかく生まれ変わったんですから!」
「レイラ王女もきっと、友人であるあなたに決めてほしいはずよ」

人々に促され、思いも寄らぬ出来事にリオは視線を散らつかせる。
だが、案外すんなりと口は開いた。

「‥‥レイラフォード、とか‥‥どうかな?」

リオは赤面し、照れ臭そうに言う。

「‥‥ぷっ!リオちゃんそれ、くっつけただけじゃない!」

リオのネーミングセンスのなさに、フィレアは思わず吹き出した。

「でも、リオさんらしいよ!リオさんは本当に、レイラ王女のことが好きなんだね」

そう、ラズがフォローして、

「レイラフォードか‥‥いいじゃない!それで!」
「ああ!新たな国の名前だ‥‥!」

国民達は嬉しそうに、新たな国の名を高らかに口にしていく。

(いっ、いいのかなぁ?)

ただ一人、リオだけが複雑そうに光景を見ていた。


【レイラフォード】
名を付けた者、国の再建に尽力した者『リオ』
それは後々の世にも、ずっと語り継がれることとなる。
リオは新たな国を満足気に見つめ、親友の姿を脳裏に浮かべながら国に背を向け、誰にも言わず、歓喜の声から抜け出し、草原を歩いていた。

すると、後ろから走ってくる足音がして、

「リオさん!どこに行くんですか!」

驚くようなラズの声と、

「そうよ!てっきり、リオちゃんは再建した国に残ると思ったのに!また黙って行っちゃう!」

フィレアの声だった。

「二人とも、どうしたの‥‥」

歩みを止めながら振り返ると、フィレアもラズも怒ったような顔をしていて、リオに答えを求めているので、

「そっ、そんなに睨まなくても‥‥ほっ、ほら、ハトネにも会いに行かないと。私のこと、生きてると信じて、また捜してるかもしれない」

リオが理由を話せば、フィレアとラズは顔を見合わせる。

「二人は、ハトネがどこに行ったか知らない?」

リオが聞けば、ラズは苦笑し、フィレアが呆れ口調で、

「リオちゃんが思ってる通り、崩壊した遺跡を見てすぐにリオちゃんを捜しに行くって飛んで行っちゃったわよ」

そう言った。
やっぱりなと、リオは肩を竦め、

「三年経ったけど、どうかな?」
「あの子のことよ。今この瞬間もきっと、あなたを捜してるわよ」

フィレアは以前もそうだったハトネの姿を思い出す。

「あとは、シュイアさんと‥‥それに、カシルにも会って話がしたいんだ」

何かが引っ掛かっているような気がして、何かを確かめなければいけないような気がしていた。
深刻な表情をしているリオを見て、

「仕方ないなぁー!」

と、ラズが言うので、リオは首を傾げる。

「私達も一緒に行ってあげるわ」

なんて言うフィレアの言葉に、リオは大きく目を開けた。

「え?なんで?アイムさんのことは‥‥?それに、ラズのお母さんだって‥‥」
「母さんやアイムさんが行ってきなさいって。大丈夫。今の国の人達は皆、頼れるし、何より信頼できるし‥‥ねっ?」
「私だってハトネちゃんに会いたいわ。それに、シュイア様にも長らくお会いしてないもの!」

ラズが悪戯に笑って言い、フィレアがウインクをしながら言う。そんな、変わらない二人を見て、

「はは、変わらないね‥‥」

リオはお手上げだと言う風に笑った。


ーー大切な友との思い出を胸に、忘れずに、リオは生きて行く。

しかしこれは、真実を知る為の旅立ちだということを、誰も知らない。


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