シナリオの中
この世界はどこかおかしい。
決められた道をただ歩むだけ。
決められたシナリオをただ進むだけ。
有り得ないほど淡々と進むシナリオ。
国の名前すら分からない。
数少ないキャラクターが登場するだけ。
ーーもしかしたら、私はもっと前から気付いていたのだろう。
だって時折、疑問や違和感を感じていたから。
この世界の真実に、ほんの少しだけ、気付いていたのだろう。
でも、それを認めたくは、なかったのだろう。
◆◆◆◆◆
「シェイアード・フライシルが死んだのか」
あの魔物がとうとう目の前に現れた。
フライシル家と、ファインライズ家の仇の魔物だ。
「お前は‥‥!」
ナガは剣に手をかける。
「ーーとなれば、必要な血はあと一人分だ」
魔物はナガとルイナを交互に見た。
「ファインライズ家の生き残りか、フライシル家の生き残り‥‥くくくっ。そうだな、ここにいる全員を殺してしまえば早いことだな」
「私はあなたを許しません。必ず、息の根を止めてみせます!」
ルイナが杖を構える。
「‥‥かかって来るがいい!我等が長、ドラゴンの復活の贄となれ!人間共!」
魔物の言葉を聞いた後、リオも剣を構えながら、
「悪いな、ハトネ、カシル。いきなりで意味がわからないかもしれないけど‥‥力を貸してやってくれ」
「うん!意味はわからないけど、リオ君の為ならなんにでも力を貸すよ!」
ハトネは笑って答え、カシルは何も言わないが、剣を抜いた。
まずはナガが魔物に駆け寄り斬り掛かる。
「馬鹿め、以前お前達の攻撃は通じなかったであろう」
と、魔物は嘲笑って言った。
確かに魔物の言った通り、以前同様ナガの攻撃は全く効いていない。
「くっ‥‥」
「ナガ、下がってください!」
ルイナはそう言い魔術を放った。魔術は魔物に命中したが、魔物は怯みもしない。
成す術もなく、ルイナ達は攻撃の手を止めた。
「人間‥‥貴様らは所詮、その程度なのだ。我等は神の加護に守られている。我等が神は封印されても尚、我等を見守っておられるのだ!」
「神‥‥」
リオは呟く。
「リオ君まさか‥‥」
ハトネが何かを察し、
「リオ君ダメだよっ!不死鳥はこの世界じゃ‥‥」
「違うよ、ハトネ。不死鳥の力じゃない。この世界ではきっと不死鳥の力は強すぎて‥‥きっとまた、さっきみたいになる‥‥」
リオはカシルとハトネを交互に見て、
「‥‥この世界では、私達三人は死なないんじゃないかな?」
「えっ‥‥」
それに、ハトネは困ったような顔をした。焦るように、視線を泳がせている。
「この世界では、私達ならあの魔物や神の力に対抗できるんじゃないかな‥‥」
そのリオの言葉を聞いたカシルはため息を吐いた。
「なんとなくだけど、わかってたから。あの激流の中で‥‥たぶんサジャエルがこの世界に私を送り込んだんだろうね。律儀にこの世界の砂浜に。そりゃあ錯覚するよ、元の世界だって‥‥」
リオが悔しげに笑うと、
「詳しい話は後だ。俺達の攻撃は確実にあの魔物に通用するだろう。だがそれはまた、この世界のシナリオを大きく変えるのかもな」
カシルがリオを見て言って、
「シナリオって‥‥この世界の結末、知ってるの?」
「ああ。興味もないのに、道を狂わす者に見せられた」
「ハッピーエンド?」
「実際に自分の目で確かめろよ」
そのカシルの言葉に、リオは小さく頷く。
(‥‥シナリオを大きく変える、か。じゃあ、シェイアードさんは本当は死ななかったんだろうか?私さえ居なければ、生きて‥‥)
俯くリオの背をカシルが強く叩き、
「やるぞ」
と、低い声で言い、彼は剣を構えた。
「お前は後方から魔術を撃て」
「えっ、はっ、はい!」
カシルに言われ、ハトネは慌てて頷き、
「小僧は俺と前方へ出ろ。とっとと終わらせるぞ」
だが、リオはまだ考え込んでいて‥‥
「小僧!」
怒鳴るように呼ばれ、慌てて顔を上げながら、
「あっ‥‥ああ、すまない‥‥わかった!」
意識を戻し、リオも前方へ走った。
「リオ!前へ出すぎては危険です!」
ルイナが言い、
「無駄なことを」
と、魔物が鼻で笑う。
そんな魔物を、まずはカシルが斬り付けた。
「ーー!?」
カシルの攻撃は魔物に効き、リオとハトネ以外が驚いている。
「なっ、何故だ!?我等は、魔物は人間などに‥‥」
「ーー私達がこの世界の住人ではないからさ!」
次にリオが大きく剣を凪ぎ払い、同時にハトネの魔術も重なった。
「グァアアァアアァアァーー!!!」
断末魔の叫びと共に、魔物は呆気なく姿を消していく。
「これだけ、か‥‥呆気ない、淡々としてるね‥‥」
リオが言うと、
「歯応えもないな」
と、カシルは腰に剣を収めた。
「あっ、あんたら、一体!?」
意図も簡単に魔物を倒してしまった三人に、イリスが驚きを見せる。
リオが口を開こうとしたら、ガラガラガラッーー‥‥と、城内が揺れだし、
「ああ、忘れていた。さっきの魔物を倒した時点でこの城は崩れるんだったな」
カシルが思い出すように言って、
「なっ、なんだって!?」
リオが叫び、
「あー!そっ、そうだったぁ!」
続けてハトネが言ったので、リオは二人を恨めしそうに睨んだ。
「とっ、とにかく話は後にして、今はここから抜け出そう!」
リオがそう言い、ルイナ達は頷く。
ーー魔物の城から抜け出す間、走りながら、リオはルイナとナガに、
「ルイナ様、ナガ‥‥本当に‥‥ごめんね」
と、謝罪の言葉を投げ掛けた。
「リオ?」
「なんだよ急に」
なんの謝罪だと、ルイナとナガは不思議そうな顔をする。
「私のせいで、シェイアードさんは‥‥」
リオは苦しそうな表情をし、唇を噛み締めた。
「まだあなたはそんなことを‥‥いいですか?あなたは何も悪くはありません」
ルイナは笑い、
「アイツは、あれで救われたんだよ、きっと‥‥お前のお陰だ」
ナガも笑う。
(でも、私さえいなければ‥‥)
二人の笑顔を見つめ、強い強い罪悪感が胸を締め付けた。
ーーそうして、城を抜け出した先には、もう枯れ果てた草木など見当たらず、快晴の空と緑が広がっている。
この世界。
この物語の中の世界。
『つくりもの』の世界。
真実はリオにとって、寂しいものだった。