それでも守ったつもり


キンッ、カンッ、ジャキンッーー!!

剣と剣が交わる音。
シェイアードの剣圧の重さに、彼は本気だとリオは感じる。
その逆で、本気で戦えない自分がいた。

「シェイアードさん‥‥!あなたは一体、何を‥‥!」

剣を振る手を休めず、リオは聞く。
一瞬でも剣を休めれば、その隙をつかれ、確実に急所を狙われるであろう。

「すぐわかるさ」

シェイアードはそう言い、リオに向かって剣を振った。

ズブッーーと、

「ーーぐっ!」

リオの腕から軽く血が飛び散る。

「リオ君!!!」

ハトネが駆け寄ろうとするが、

「ハトネさん‥‥でしたね?ここはリオに任せてあげて下さい」

ルイナは震える体を自らで支えながら言った。


ーー二人の交える剣声は止まない。
言葉を交わすこともなく、ただ、なんの意味があるのか剣を振るうばかりで‥‥

「シェイアードさん、覚えてる?」
「何をだ?」
「初めて会った時、シェイアードさん『その娘の分もだ』って言って、お金を払ってくれたの」
「‥‥ああ」
「私ね、よく男に間違われるから、だから、女の子だってわかってもらえて、すっごく嬉しかった!」

そんな会話をしながらも、二人は剣を交えたままだ。

「家に招いてくれたのも、傘を持ってきてくれたのも、他にも、色々‥‥あなたの優しさが、すっごく‥‥嬉しかったから」
「‥‥俺は楽しかったな。お前といる時間は」
「楽しい?」
「ああ。家族を失ってから、ハナとしか関わらなかった。だから、俺を知らないとはいえ、無邪気に接してくれるお前といるのは、楽しかった」
「‥‥っ」

シェイアードのその言葉を聞き、彼の剣を弾きながらリオはぎゅっと目を閉じた。
まだ、戻れるかもしれない‥‥そう、思いながら。

ぽたぽたと、お互いの血が床に滴り落ちる。


「血の刻印、タシかに受け取ッた」

いきなりだった。
急に頭の中に、不死鳥の声が響いた。
だが、何か、違う。

リオの動きがおかしくなり、シェイアードは動きを止める。

ゴォオオォォオオッッ‥‥と、激しい音と共に、リオの体から炎が溢れ出した。

「えっ?何これ‥‥!?やっ‥‥不死鳥なのか!?何をする気なの!?」

すると、不死鳥はその神々しい姿を現した。
だが、やはり、おかしい。
不死鳥は焦点の合わない目をギョロつかせていて‥‥

「いったいどういうこと!?」

ハトネが叫び、

「奴は何者だ!?魔物なのか!?」

ナガは疑問げに叫ぶ。

「ーー恐らく、本来、神となる者は自分の存在する世界から離れてはいけない。そして今、無理矢理この異世界に姿を現してしまった‥‥これが、まさか奴の狙いか?」

カシルは何かに気付くように舌打ちした。

「えっ‥‥え?」

リオはカシルの言葉を聞きつつ、制御できない力に戸惑う。

「サァ、主ーー力を与えヨウ」
「ひっ!?」

不死鳥にそう言われ、リオは一気に顔を青ざめさせた。全身にいきなり寒気が走る。

「リオ!?」

ルイナが困惑するように名前を叫んだ。
リオが無造作に剣を振り回し始めたのだ。

「なんだ!?あの鳥のせいか‥‥!?」
「止めないと!!」

ナガとイリスが駆け寄って止めようとするが、

「今、近付けば殺されるぞ。あの小僧の力や動きは今、不死鳥のものだ。今行けば、神と戦うようなものだ」

カシルがふたりを制止する。

「そっ、そんな‥‥」

ハトネはリオを見つめた。


「くっ‥‥不死鳥!!私の体で、何をするつもりだっ」

リオが叫ぶと、

「世界と人間に破滅ヲ」

なんて、彼らしくないことを言うので、

「不死鳥!意識をしっかり保って!エナンさんだって、あなたの狂った姿を見たくないはずだよ!」

リオは必死にその場に足をつけ、体の自由を奪われないようにしていた。だが、リオの剣先がシェイアードに向けられる。

「ぐっ‥‥嫌だ‥‥やめてよ‥‥」

リオの手がガタガタと震えた。

「止めねぇとマズい!リオ、堪えろよ!!」

ナガがリオに走り寄るが、リオの腕は勝手に剣を振るってしまい、近付くことが出来ない。

「どっ‥‥どうすればいいんだ!?」

イリスも動くことが出来ず、見ていることしかできなかった。


リオは操られる体を懸命に動かそうとする。

「ーーリオ君!?」

リオのその行動にハトネは目を見開かせた。
リオが自らの体に剣を向けようとしているのだ。
どうせ、あの時に本当は死ぬ命だったのだから‥‥

「これしか‥‥手は‥‥」
「いや、手はある」
「え‥‥?」

そう言いながら、シェイアードがこちらにゆっくりと近付いてくるではないか‥‥

不死鳥がまた血を求め、再びシェイアードに剣先が向けられる。

「‥‥神、か」

シェイアードは笑い、

「不思議には思っていた。何か、違うなと。リオ、お前はどこから来たんだ?」

そう尋ねられ、

「‥‥こことは違う世界‥‥こことは違って、簡単に魔術を使えない世界‥‥」

リオはそう答えた。

「違う世界、か。なるほどな」

シェイアードはリオの前に立ち、リオは必死に首を横に振る。

「だっ‥‥」

カチャカチャカチャ‥‥
震えるリオの手と共に、彼に向けられた剣が小刻みに音を立てた。
するとシェイアードはとても穏やかな顔をして、とても穏やかな声でこう言った。

「‥‥お前に会えて、良かったよ」

ーーズブッ‥‥

生温い音。手に伝わってくる、不快感。
リオの瞳が揺れる。


「ーーシェイアード様ぁああぁあ‥‥!!」

背後で、ルイナの泣き崩れる声が耳に響いた。

「あっ‥‥ああっ‥‥」

リオは言葉が出ない。
シェイアードは、自らリオの剣を体に受け入れたのだ。

「大丈夫だ、リオ。最初から死ぬつもりだった。俺が贄になれば、弟か‥‥女王のどちらかが生き残れる」

シェイアードはそう言って笑うので、

「そんっ、な‥‥シェイアード様‥‥」

ルイナはただ、泣くことしかできない。
リオの体に自由が戻った。

リオの脳裏には今、かつて炎の中でレイラの母を看取った時にサジェルが言った言葉が駆け巡っていた‥‥

『これからあなたはきっと、数々の者達の死を見ることになるでしょう。あなたは【見届ける者】なのですからーーそれでもあなたは、生きて行けますか?』


ーーリオは倒れそうになるシェイアードの体を支える。

「シェイアード、さん‥‥私が、私が、この手で‥‥?」

震えるリオの背後から、

「‥‥シェイアード」

ナガがシェイアードに歩み寄ってきた。

「お前はそれで、俺とルイナを守ったつもりなのか!?お前の血が流れてもな‥‥結局、俺とルイナのどちらかの血は流れるかもしれないんだぜ!?もっと、何かあっただろう!?」

ナガの目から涙が溢れ、

「それにっ!!ルイナには、ルイナにはお前がいなきゃダメなんだよ!悔しいけど‥‥お前じゃなきゃ‥‥ルイナだけじゃねえ、こいつだって‥‥」

ナガは悲しさと悔しさの涙を流しながら、リオを見た。
すると、ルイナがゆっくりとシェイアードの元に近づいてきた。
リオはシェイアードを支える手を離し、代わりにルイナにシェイアードを支えさせる。

(これで‥‥いいんだ)

ーーと。

「‥‥すまないな、お前をずっと、憎んでしまって」
「いいのです、いいのです、シェイアード様‥‥」

ルイナはきつく、彼の体を抱き締める。

「私は‥‥あなたをずっと愛しています。これから先も、ずっと‥‥あなたを想って生きていきます‥‥でも‥‥」

ルイナはシェイアードの体を離し、リオを見た。

「リオ‥‥こちらへ」

ルイナに呼ばれ、リオは力なく傍に行く。
すると、彼女は再び、シェイアードの体をリオに委ねた。
リオは困惑するようにルイナを見たが、彼女はただ、静かに微笑み、頷いて‥‥

戸惑いながら、リオはシェイアードの頭を膝に乗せる。何を言ったらいいのかわからない。この手で、彼をこんな目に合わせてしまったのだから‥‥
すると、

「‥‥お前に渡すものがあった」
「‥‥え?」

シェイアードはズボンのポケットから何かを取り出し、リオの手に握らせる。

「あの雨の日、お前を先に帰らせただろう?その時に、買った。本当は‥‥大会が終わり、お前が発つ時に渡すつもりだったが‥‥」

手渡された小さな小袋の中には、黄緑色のリボンが入っていた。

「‥‥こんなの‥‥私に似合わないよ。髪だって、短いし‥‥」

リオはぎゅっと目を閉じる。

「伸ばしたらいい。お前の目の色に、似ていると思ってな‥‥」
「‥‥」
「あの時の、冗談の話だ‥‥」
「‥‥?」

シェイアードの手が、リオの頬に触れた。

「初めてお前を見た時、この金の髪と、エメラルド色の目を綺麗だと思った‥‥接していく内に、可愛らしい女だなと思った」
「‥‥!」

そんなことを言われたことがなくて、リオはシェイアードの胸に顔を埋める。

「シェイアードさん‥‥私‥‥私‥‥出会った時から、あなたが‥‥」
「‥‥お前が無事に帰れるよう、祈ってるよ」

彼はそれだけ言って、目を閉じた。
別れを惜しむ間もなく、ただ、静かに。


◆◆◆◆◆

「私のせいで、こんなことに‥‥ごめんなさい」

リオは力なく、しかし深々と頭を下げた。

「違いますリオ、あなたは悪くない」

ルイナは微笑んでリオを抱き締めた。彼女の目は、まだ赤い。

「ああ‥‥あんたのせいじゃないよ。アイツが決めたことだ。それにあれは、あんたの意思じゃないだろ」

ナガも微笑む。
その様子に、イリスがいつになく深刻な顔をしているので、

「‥‥んだよ、らしくねぇな!お前はなんも気にする必要ねえだろ!」

ナガはイリスを見て苦笑した。

「行きましょう、皆さん。魔物達の目的を阻止する為にも‥‥シェイアード様の為にもーー!!」

ルイナは前を向いて、力強く言った。


「‥‥リオ君、大丈夫?」

ハトネに聞かれ、

「‥‥うん」

リオは一言だけ相槌を打つと、スタスタと前に進んで行く。

「りっ、リオく‥‥」
「放っておけ」

カシルに言われ、ハトネは俯いた。

「どうせ、消えるんだからな‥‥」

カシルはそう言って、目を閉じる。


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