届かぬ声と涙で
嬉しかったんだ、本当は。
友達だって言ってくれて。
友達なんて、いなかったから‥‥
この国に来て、それが本当に、嬉しかったんだんだよ?
「レイラちゃん」
夜風が静かに肌を撫でる。
今夜は、夜空に美しい星々が輝いていると言うのに、その星を眺める気もしない。
こんな気分は初めてだ。
ーー悔しいだとか、憎いだとか、ましてや‥‥
本気で、力が欲しい‥‥だとか‥‥
「レイラちゃん、見える?お城が燃えているのが‥‥」
勢いの弱まらない紅蓮。この公園からでも、それははっきりと見えた。
「レイラちゃん、女王様が殺されるのは知らなかったんだよね」
リオは左足の痛みのせいで何度も倒れそうになるが、意地でも立ってみせる。
「‥‥お母様が殺されること‥‥私、知らなかった‥‥」
レイラは体を震わせながら、涙を溢した。リオはそれを信じる。
「だけど、お城が燃やされることは知ってたんだね?」
「あ‥‥」
リオの責めるような言葉に、レイラは言葉をなくした。
「君には止めることが出来たんだ‥‥女王様の死を。それなのに、どういうこと?レイラちゃんは、何をしようとしてるの?あなた達は、何をしようと‥‥」
リオは苦しくなる。レイラを責める以外の言葉が‥‥今は浮かばないのだ。
「んなことより‥‥」
ロナスが口を開き、
「どういうことだ?お前、片腕と片足‥‥動かせる状態じゃないだろ?どーやってここに来た?」
「あ‥‥」
ロナスのその言葉に、レイラがはっとした。
リオの右腕と左足から、血が流れ続けている。
「‥‥ロナス!!リオに‥‥リオに何をしたの!?」
レイラがロナスに掴みかかるが、
「何って‥‥あぁ、そうだなぁ‥‥くくっ」
「なっ、何がおかしいの‥‥」
ロナスの笑いに、レイラは不信感を抱く。
「レイラちゃん!今はそんなことどうでもいい!私は‥‥君の目的が知りたいんだ」
「そっ‥‥それはーー‥‥」
「外の世界への興味、だろ」
レイラの代わりにカシルがそう言うので、リオは首を傾げた。
「この女は産まれてからずっと、この国に居た。国の外を知らない、ただの王女なんだよ。だから、約束してやったのさ。外の世界に連れて行ってやると。その代わり、俺達に協力しろとな」
カシルが言ったことを聞き、リオは思い出す。
『私も、皆と一緒がいいの。王女なんて立場よりも‥‥』
あの時は、何気なく聞いていた。
彼女はずっと、自由を求めていたのだと。
もっと、もっと早くに気付いていれば、こんなことにならずに済んだのに‥‥
もう、遅かった。遅かったんだ‥‥
「レイラちゃん‥‥国の外へなら、私が連れていってあげるよ?私は‥‥地名とか、そんなのよく分からないし、地図だってうまく読めないけど、それでも、連れていってあげることぐらい‥‥私にだって、できる。だから‥‥」
リオはレイラに手を差し出す。
差し出された手を、レイラは迷い混じりの目で見つめていた。そして、
「ちっ‥‥違う。違うわ、リオ‥‥そうじゃない。それだけじゃ‥‥ないの」
「えっ」
「あなたは私の大切な友達。初めてできた、大切な‥‥だけど、けど‥‥」
レイラが何を言おうとしているのか、リオには分かったような気がした。
理解して、ちくりと胸が痛む。
「そっか‥‥そう、だよね。友達よりも、やっぱり、好きになった人の方が‥‥大事だよね‥‥」
レイラはリオではなく、カシルを選んだのだと。
「やっぱり、おかしかったんだ。出会ったばかりで‥‥それで友達なわけ、ないよね」
リオがずっと抱いていた疑問。
出会ったばかりで親しくなるなんておかしいーーと。
友達なんて、形だけ。
リオはそんな考えに至った。
「‥‥ちっ‥‥違っ」
レイラは必死に首を振る。
「けど‥‥けどね、レイラちゃん。友達とかそんなの関係なく、私は約束したんだ」
リオは女王が最期に言った言葉を思い出し、
「女王様が言ったんだ。レイラちゃんは大切な娘だと。レイラちゃんが一人になっちゃうから、守って、助けてあげてって。女王様は、君を‥‥最期まで、愛していた」
リオはだんだん、呼吸するのがきつくなってきた。
片足、片腕から未だ血が流れ出ているのだ。これに耐えるだけで、かなりの体力を消耗する‥‥
立っていられるのが、本当に不思議で仕方ない。
リオが伝えた言葉で、レイラの強張った表情が少し和らぎ、先程よりも更に涙が溢れ出ていた。
「だから、私は‥‥なんとしても‥‥」
「お前、本当に綺麗事ばかりだなぁ」
ロナスが言って、
「綺麗事なんかじゃなく、本当に‥‥」
「グダグダうるせえ!!オレはテメェみたいなのが大嫌いなんだよ!」
そう怒鳴られて、リオはビクッと肩を揺らす。
そして彼は魔術で軽く槍を作ってみせた。
当然、それはリオに向けられる。
「っ‥‥」
リオは避けることすら出来ない状態であった。
足の痛みが酷い。
このまま、あの槍の直撃を受けるしかないのか‥‥
「んだよ、そんな睨むなよ。文句ないだろ、カシルさんよぉ。このガキ一人排除したってさ」
「‥‥カシル様っ」
レイラは助けを求めるようにカシルを見つめる。
ロナスは笑い、槍を出した手を高く振り上げた。
リオはその光景に歯を軋ませ、
(シュイアさんーー‥‥!!)
と、今はいない彼に助けを求めた。
「助けなんて誰も来ねぇよ!残念でし‥‥」
ガキンッーー!!と、鉄の音が響く。
「‥‥は?」
ロナスは間抜けな声を出した。
魔術で作った槍が、何者かによって一瞬で破壊されたのだ。
「ーーさて。お前か?この子を傷付けたのは」
その何者かが、リオの前に立って静かに言う。
「ーーシュイアさん!!!」
リオは久々に見るその姿に、歓喜にも似た声を上げた。
「‥‥シュイア」
なぜだか、ほっとしたようにカシルが言う。
「リオ君を傷付けたあなたを許さないんだから!」
よく見ると、ハトネやフィレア、ラズもいた。
「リオ、すまなかったな。私がお前の傍にちゃんといれば、お前がこんなに傷付くこともなかった」
シュイアがそう言うので、
「いっ‥‥いえ!私はっ、大丈夫で‥‥っ」
リオはシュイアの側に行こうとしたが、ズキッーーと、足の痛みを思い出してしまった。
「リオちゃん‥‥無理しないで。あとは、シュイア様に任せましょう」
フィレアがそう言いながら、リオの体を支えてやる。
(そっか‥‥そういえば、フィレアさんはシュイアさんと知り合いだった。それに、シュイアさんのこと、好きだって。だから、フィレアさんもシュイアさんのこと、信じられるんだな)
リオは痛みの中でそう思った。
「ーーなっ、なんなんだよっ」
ロナスは困惑するような声を上げている。
「ーーロナス、この国での目的は達成した。次の場所へ行くぞ」
「なっ‥‥」
ロナスは納得できないと言うような顔をした。
「レイラちゃん‥‥」
リオがそう呼ぶと、
「ごめんなさい、リオ‥‥私‥‥」
レイラは謝る。
それはもう、リオの元へは戻らないということを示す言葉であった。
掛けてやる言葉も、止めてやる言葉も、友達としての言葉も‥‥
リオは何も、言葉が出なかった。
リオはそんな自分に歯痒さを覚える。
「カシル、お前は何をしようとしているんだ」
シュイアがそう聞けば、
「この国にあるものに用があっただけだ」
カシルは答え、レイラの体に手を翳す。
すると、彼女の体から透明に輝く結晶が現れた。
「えっ‥‥あれは、何?」
フィレアが疑問げに言うと、
「世界を壊す為の鍵だ」
カシルの言葉に、リオ達は目を見開かせる。
当然、レイラも。
「この国の女王が管理し、女王しかこれの在処を知らない。だが、女王は口を割らないだろうと思った。だから、女王を殺せば‥‥」
「まっ‥‥まさか‥‥」
レイラは自らの胸に手をあてる。
「女王を殺せばその封印は解かれ、その場所が分かるーーそういうことだな」
シュイアがカシルを睨みながら言った。
「そう。だから俺はこの国に来て、女王の近くでずっと女王を殺す機会と鍵の捜索を続けていた。まさか、娘の中に隠しているとはな」
「カシル様‥‥その為に、私を‥‥」
利用されていたと知り、レイラはその場に膝をつく。
「だが、俺は約束は守る。お前に世界を見せてやる」
カシルはレイラに手を差し出した。
「カシル様‥‥信じて‥‥信じても?」
レイラの心の中には最早、カシルしかいなかった。
「ああ。信じていい」
カシルは答え、そして、彼女はその手を取る。
「れ、レイラ‥‥ちゃん」
リオは弱々しく、彼女の名を口にした。
「もう、いい。いいの。カシル様さえいれば、私は‥‥」
レイラにはもう、言葉など届かない。
もう、止める術は、なかった。
「酷い‥‥酷いよこんなの‥‥レイラちゃんの気持ちを利用して‥‥私は、許さない‥‥カシルさん‥‥あなたを許さない!!」
リオは涙でぼやけた視界の中で、憎悪の言葉を吐く。だが、自分に薄く微笑みを向けたカシルを見た。
そうして、カシルはレイラ、ロナスもろとも、姿を消した。
ーー炎が消えた城の中で、国民達は女王の亡骸を見つけ、当然フォード国は困惑の声で溢れ返る。
リオは、泣くしかなかった。それしか出来なかった。
悔しさと怒りと絶望と憎しみと悲しみと‥‥
今まで味わったことのない全てが、リオの心の中を埋め尽くす。
リオの傍にはシュイアがいて、ハトネ達は混乱した国を見て回った。
シュイアは、泣き続けるリオを静かに抱き締める。
泣き疲れと、傷の痛みで受けた疲労のせいか‥‥彼の腕の中でリオは眠った。
小さな体は、少し力を加えればすぐに壊れてしまいそうだと感じる。
「‥‥お前は、何も知らないんだろうな、リオ」
シュイアはそう言って、夜空を見上げた。
ーーあの日、レイラとお揃いで買った青色のストーンが、リオのズボンのポケットの中で悲しみの色を映し出している。
混乱の夜が、静かに終わっていった‥‥
〜第二章〜トモダチ〜〈完〉