炎の中で(後編)


扉の先にいたのは‥‥

「女王様‥‥!?」

部屋の中では女王が床に倒れていた。リオは急いで駆け寄る。

「女王様‥‥!しっかりして下さい!女王様!」

リオは女王の体を抱き上げ、自分の膝に頭を乗せてやった。
女王の目がうっすらと開かれる。

「女王様!よっ‥‥良かったぁ!さあ、早くここから出ましょう!」

リオはそう言って立ち上がろうとしたが、

「‥‥うし、ろ‥‥」

女王が弱々しい声でリオの背後を指差した。
疑問に思い、リオは振り返ろうとしたが‥‥


ズブッーーと、体に違和感が走る。

「ーーっあ!?」

右腕に何かが突き刺さっているような痛みだ。
リオは今度こそ後ろを振り返る。

「ーーっ!!誰!?」

リオの目に、見覚えのない顔が映った。
そして、恐る恐る自分の右腕を確認する。
そこには太い針のような物が刺さっており、血が流れ出ていた。
自分自身のそれを見て、リオは気分が悪くなってくる。

「誰ーー?って、笑えるなぁ。カシルだとかレイラから聞いてねぇの?オレのこと」

男が可笑しそうにそう言って、

「え‥‥?カシルさん‥‥レイラちゃん‥‥?」

リオは痛みを堪えながら、疑問の声を上げた。
そして、男の姿をしっかりと確認する。

(人間じゃ‥‥ない?)

見た目は人間の男だが‥‥耳は細長く尖り、なぜだか背には黒い羽が生えていた。
炎のような夕日色の髪に、夕日色の目。

この男を見て、瞬時にリオは『危険』だと思った。

「いっ‥‥一体‥‥!?」
「んー?」

リオが何か問おうとしてきて、男は面倒臭そうな声を上げる。

「オレのことが知りたいの?それともオレとカシルとレイラの関係?それともこの現状のこと?さぁ、どれだい?『リオ』ちゃん」

男はそう言うと、嫌味に笑った。
自分の名前を呼ばれ、リオは驚く。

聞きたいことは確かにたくさんある。

この男のこと、この男とレイラとカシルの関係、この現状のこと。
どうして自分のことを知っているのか‥‥

だが、リオが今、一番聞きたいことは、

「レイラちゃんは‥‥どこですか」

守ってみせるとカシルに宣言したばかりなのだ。
レイラのことを、リオは守ってみせると‥‥

「‥‥はぁ?そんな質問?まあ、今はカシルと一緒にいるってのは確かだぜ。ちなみに、残念でしたー!もうこの城に二人はいないぜ。今頃は街の方で計画を進めてるはずだからな。無駄足だったなぁ、リオちゃん」
「えっ?計画‥‥?」

リオの、なんのことだかさっぱりわからないーーと言うような態度に、男はまたも面倒臭そうにする。

「なんだよ、カシルの奴‥‥マジでなぁんにも話してないのかよ‥‥まあ、いい。どうせ‥‥」

ズブブッーー!!

「ぐぁあっーー‥‥?!」

男はリオの右腕に刺さった太い針のような物を、人差し指をくいくいと動かすだけで引き抜いた。
引き抜かれた部分から鮮血が流れ、苦痛のあまり、リオは右腕を押さえながらきつく目を瞑る。

「どうせ女王もお前も、この国の奴らも全員、ここで死ぬんだからな!」

男は楽しそうに笑って言った。

「‥‥レイラに‥‥レイラに何を、したの、です‥‥」

女王が息も絶え絶えに男に聞くと、

「何を?何もしてないぜ?あの女がカシルに惚れて、勝手にカシルの言うことを聞いてるだけだからな」
「‥‥レイラ」

女王は悲しげに、娘の名前を口にする。
その様子にリオは思った。

(この人は、この人にはちゃんと‥‥心がある!この人はちゃんと、レイラちゃんのことを‥‥)

リオは唇を噛み締め、

「女王様‥‥戻りましょう!あんな制度なんかなくして、レイラちゃんの元に!女王様‥‥あなたは‥‥貧乏人も、余所者も、この国の人達のことも、本当はちゃんと、愛せる人ですよーー!」

リオはそう確信しながら言って笑う。

「ククッ‥‥ハハハ、ハハハハハハ‥‥!!」

リオの言葉を聞いていた男が、嘲笑うかのような声をあげた。

「あー、おかしい!!とんだ綺麗事だなぁ?今更やり直せると思うか?その女王は貧困街の奴らに散々恨まれるようなことをしてきた女だぜ?だからさぁ‥‥生きてるよりも‥‥」

男の体が黒い光に包まれる。

「‥‥え?何‥‥!?まさか、魔術なの!?」

リオがとっさにそう言うと、

「正解!」

男は笑ってそう言い、黒い光は鋭い刃になって、女王とリオを目掛けて放たれるーー!

「ーー女王様!!」

リオは女王を守ろうと、女王の体に覆い被さろうとした。

ドスドスドスドスーーッ‥‥
何度も何度も、体に突き刺さるような音が響く。

「痛ッ‥‥!!‥‥え!?」

微かな痛みと光景に、リオは目を見開かせた。
魔術が放たれた直前、女王がリオに覆い被さったのだ。

「女王、様‥‥?どうして‥‥」

女王に守られ、リオは足に少しだけ刃が刺さる程度で済んだ。だが、女王は‥‥

「ハハハハハ!!これは傑作だな!?情でも湧いたのかい?女王様よ!だが、今更‥‥遅いよなぁ?ハハハ!!」

男は愉快そうに笑う。リオは体をガタガタと震わせ、

「何がおかしいんだーー!!」

そう叫び、男を睨みつける。

「おぉ恐っ‥‥やっぱ女は怒るとこわいなぁ。まあ、この火の回りを見る限り‥‥放っておいても死ぬな」

男はそう言うと、

「冥土の土産だ、リオちゃん。オレの名はロナスだ」

それだけ言うと、彼の姿はすうっと消えた。

(なんだったんだ‥‥)

リオはそんなことよりも、慌てて女王を見る。

「女王様‥‥女王様!どうして私なんかを庇って‥‥」

リオの目から涙がこぼれた。

「わからないわ‥‥私は‥‥最低の母親で‥‥貧困街の者達にとっては、最低の女王だったのでしょうね‥‥」
「女王様は‥‥どうしてあのような制度を作ったんですか?やはり、王様の件を引きずっているのですか?」

リオが聞くと、女王はただ、静かに微笑んで、

「リオ‥‥と言ったかしら?レイラを、あの‥‥娘を‥‥お願い。あの娘は‥‥私の大切な、娘なのです。あの娘を‥‥守って‥‥助けてあげて。あの娘はもう‥‥一人なのです。私は‥‥もう、大丈夫‥‥あなたを、あなたなら‥‥信じ、られ‥‥」

ーー急に、沈黙が走る。

「女王様?」

女王の言葉が止み、女王の目が開かなくなった。

「女王様‥‥?」

リオは何度も呼び掛けるが、返事はない。

「えっ‥‥?嘘‥‥まさか、これが‥‥死‥‥?」

リオは涙をぼろぼろと溢し、口に手を当てた。

「待って下さいよ‥‥!まだ、あなたがどうして余所者や貧困街の人達を憎んでいたのか‥‥まだ、あなたの口から本当の理由を聞いていません!それに、レイラちゃんにはもう、あなたしか‥‥」

リオはただただ、泣き続けることしかできない。

ーー負傷した右腕が動かない、負傷した左足が動かない、煙のせいで声が掠れる。
ますます強くなる火のせいで、腕などに僅かに火傷のような跡が出来た。

「げほっ‥‥レイラちゃんの、所に‥‥」

立ち上がろうとしても、足の痛みのせいで上手く立ち上がれない。それに、

(女王様を、置いていくわけには‥‥)

リオは事切れた女王を見つめる。

「ーーリオ。言った通りになりましたね」
「!?」

今度は声だけじゃない、姿がはっきりと見えた。

「道を開く者‥‥さん」
「これからあなたはきっと、数々の者達の死を見ることになるでしょう。あなたは【見届ける者】なのですから」

そして彼女はリオに問掛ける。

「それでもあなたは、生きて行けますか?」

思いもよらない女性の言葉だ。
だが、今は迷っている暇なんてない。

「私は女王様と約束しました‥‥レイラちゃんを守ると。カシルさんにも、そう伝えました。レイラちゃんが何をしようとしているのかはわからないけど‥‥」

リオは呼吸を整え、

「だから、私は生きます。友達だから。レイラちゃんを守り抜くことが出来るまで、私は、死ねません」
「‥‥そうですか。ならば、生きる決意をしたあなたに、私は手を貸しましょう」

辺りが眩しく光る。

すると、涼しい風が吹いた。
少し、体の傷に障る風だが‥‥

(いつの間に外に‥‥)

リオは燃える城の中ではなく、フォード国の街中にいた。
道を開く者の姿はない。

(この前のハトネさんと同じような力だ。これも、魔術‥‥)

見る度見る度、いろんな人が簡単に魔術を使って見せる。

(魔術って、いったい‥‥)

リオは顔をあげ、景色を見た。
そこは、見慣れた場所で‥‥
レイラと初めて会話した公園に、リオは飛ばされていたのだ。

リオは負傷した左足を引きずりながら、ゆっくりと歩いてみた。ズキズキと体に響き、地面には血の足跡が出来る。

「‥‥あれは‥‥」

すると、見覚えのある、一つにくくられた紫色の美しい髪が、風に揺られているのが見えた。
リオは痛みに耐えながらも、ゆっくりと近付く。

レイラの周りに、他にも人がいた。
カシルに、先刻の男ーーロナス。

三人はまだ、リオに気付いていないようで、何か会話を続けている。

「カシル様‥‥わっ、私‥‥」

レイラは声を震わせていて‥‥

「なんだぁ?王女さん。まさか、怖じ気づいたのかよ」

ロナスがレイラを睨み、

「ーーはっ。ただの人間のお前には、もうすぐ価値がなくなる。価値がなくなったら、お前を楽に殺してやってもいいんだぜ?お前の母親や‥‥お友達のようによぉ!」
「!?」

ロナスの言葉にレイラは目を見開かせた。

「お母様に‥‥リオに‥‥何を、したの!?」
「あー?気になるか?」

ロナスは可笑しそうに笑う。

「ーーロナス。俺達の目的はこの国に混乱を起こすだけのはずだろ。女王を殺すのは計画通りだが、その他に何か勝手な真似をしたのか?」

カシルがロナスを睨みつけた。
ロナスはそれにはビクっと肩を揺らして、

「いっ‥‥いや、それはーー‥‥」
「待って下さい、カシル様!お母様を殺すのが計画通りって‥‥?」

どうやら、レイラは知らなかったようだ。
少しだけ、リオは安心する。安心して、

「そうですか‥‥これはやはり、あなた達が仕組んだこと‥‥なんですね?」

リオが苦しそうに呼吸をしながら言った。

「ーーリオ!?」

傷だらけになったリオを見て、レイラは驚きのあまり言葉を失う。

「なっ‥‥はあ!?嘘だろっ、お前、生き‥‥!?」

ロナスも驚いていた。

「りっ‥‥リオ‥‥」

少しだけ、怯えるようにレイラがリオに駆け寄ろうとするが‥‥

「来るなっ!!」
「ーー!?」

レイラもカシルもロナスも、リオのその反応に驚いた。

リオは涙を流しながら、守ると決めた大切な友達を見つめた。
エメラルド色の瞳を強く強く輝かせ、僅かに、憎しみのこもった目で。


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