変わらないものと変わるもの
私は幸せだったんだよ。
あなたに会えた。皆に会えた。
だから、何も後悔はない。
絶対に、あなた達を忘れない。
本当に、ありがとう。
これから変わって行く新たな世界でどうか、生きて。
出会えたのが、この時代で良かった。
ここにいれて、良かった。
あなたに‥‥出会えたから。
『君は独りじゃないよ。君にはいつだって仲間がいて、オレも一緒にいる』
あなたのその言葉を胸に、支えに‥‥私は生きて来れた。
クリュミケール君ーーリオ君。
私は大昔に、世界を守る為に過ちを犯した。
だから、ザメシアを、サジャエルを、あの日々の皆を‥‥苦しめてしまった。
創造神としての罪の記憶と、ただの人間としての幸せな記憶。
それでも、赦されるのならば。
皆とのあたたかくて優しい思い出を夢見ながら‥‥
◆◆◆◆◆
失われたものや壊れたものが元通りになった頃ーー神々が消滅した日から二年が過ぎた。
ニキータ村も完全なる復興を遂げる。
アドルとキャンドルはニキータ村の同じ家に暮らし、そこにはカシルもいた。
新しい住人達も何人か移住しに来る予定である。
年がら年中、暖かい気候のニキータ村だが、その日は雪が降ってきた。
◆◆◆◆◆
「ラズ、のんびりしていていいの?今日はレイラ様と会う予定でしょう?」
家の中からぼんやりとレイラフォードの街並みを見ているラズにフィレアが言う。
「あら?珍しいわね‥‥雪なんて。もう、冬なのね‥‥スノウライナ大陸を思い出すわね‥‥まだ、ハトネちゃんがいた‥‥」
そこまで言って、フィレアは慌てて言葉を止めた。
「はは‥‥気にしないでよ、フィレアさん。彼女は僕が殺したようなものだ‥‥」
ラズは椅子から立ち上がり、
「じゃあ、女王様の暇潰し相手をして来るよ」
そう言って、彼は家から出て行く。
それを見送った後、フィレアは小さく息を吐いた。
(ハトネちゃんの話をしてしまうと、まるでラズを責めてしまうような気持ちになる。そんなつもりはないのに‥‥難しいわね。あれからもう、二年も経ったのにね‥‥)
そう感じながら、最も多くを共に過ごした‥‥リオとハトネとラズとの旅を思い浮かべる。
一年前、アドル達がレイラフォードに遊びに来た時に、シュイアとリオラが再会した話を聞いた。
それを、とても嬉しく思った。
シュイアはもう、孤独ではないのだと。
だが‥‥やはり寂しくもあった。
ーーしんしんと降る雪が肌に溶け、冷たさが皮膚に伝う。
ラズは物憂げな表情をしながら街中を歩き、
(いつまでも大人げないな、私は。フィレアにはまた、いらない気を遣わせてしまった。この道を選んだのは私なのだから、しっかりしなければな‥‥謝る、のもおかしいか‥‥)
ぐるぐると考えていると、
「あら、どうしたのラズ。暗い顔をして。フィレアさんと喧嘩でもしたのかしら?」
そう声を掛けられて顔を上げれば、公園のベンチに座るレイラの姿が目に入った。
昔と同じように町娘の格好と眼鏡を掛けたお忍び姿のつもりたが、国民達にはもう見慣れた光景となり、またレイラ女王が城を抜け出しているーーなんて、日常話に成り下がっている。
そう考えるとラズは口には出さないが呆れるような気持ちになった。
ラズは公園に入り、レイラの隣に腰を下ろす。
「さて、今日は何を話しましょうか」
と、ラズは言った。
カシルがレイラフォードを去ってから、ラズは度々レイラの元を訪れ、未だ世界に憧れる彼女に色んな話をしてみせた。
見聞を広めることは、女王としての質を上げることにも繋がる。
それに、レイラはクリュミケールの親友だ。
だから、クリュミケールがいない間、できるだけフィレアと共にレイラを見守ろうと決めた。
本当はカシルが適任だが、こればかりは仕方が無い。
レイラ自らがカシルを行かせたのだから。
その点は、クリュミケールを諦めたラズ、シュイアを諦めたフィレアと共通する。
あとは、個人的にフォード国は思い入れがあった。ザメシアとして生きていた頃に、たくさんの思い入れがあった。
「どうしようかしら、あなたの話はどれもためになるから‥‥」
「はは。僕の話は、僕が生きて来た時代のつまらない‥‥僕が知ってる世界の話ですから」
「私は広い世界に憧れているんだから。だから、あなたの話、私は大好きよ!冒険心をそそられるわ!」
レイラは女王らしからぬ興奮したような口調でそう語る。
「でも最近はあなたとフィレアさんの関係も気になるわ」
「は?」
「だって、ほぼ一緒に暮らしているじゃない」
「あれは‥‥僕の母さんを‥‥」
しかしレイラは興味津々にその話題を掘り下げようとしてくるので、ラズはなんとか話題を逸らそうと必死だった。
ーーフォード国。今は、自分の名前であるレイラフォード国。
対立しあっていた貴族と貧困街の人々は、レイラが死んでいる間に手を取り合い、新しい国を築き上げた。
(リオ‥‥私が出来なかった事をあなたが‥‥)
レイラが二歳の頃、庶民であり、王となった父は殺された。そのため、レイラは父親の記憶がない。
今は、貴族や庶民なんて関係ないのだ。
母が憎むようなものは、もう何もないのだ。
(リオ‥‥あなたが、変えてくれた。あなたにはたくさんのものを貰ったわ。私はあなたに酷いことをしてしまった。でも、そんな私をあなたはずっと友だと言い、私のことを諦めなかった。大切に、思ってくれた。あなたのその思いが、私をもう一度この国に、世界に、私という存在にーー命をくれた)
レイラは雪空を見上げ、
『女王様が言ったんだ。レイラちゃんは大切な娘だと。レイラちゃんが一人になっちゃうから、守って、助けてあげてって。女王様は、君を‥‥最期まで、愛していた』
あの日、リオから聞いた母の最期の言葉を思い出す。
(リオ‥‥お母様の最期の言葉をずっと守ってくれてありがとう。でも、一つだけ。カシル様のことは悔しい。あなたが帰って来なかったら私、諦められないじゃない)
クスッと笑うレイラに、
「レイラ様?さっきから話、聞いてます?」
ラズに言われ、
「あっ‥‥あなたとフィレアさんの話よね!」
「違います!全く‥‥それにしても冷えてきましたね。何かあたたかい飲み物買ってきます」
そう言って、ラズはベンチから立ち上がり、近くにある飲料店に向かった。
フィレアとの関係を追求されるのは恥ずかしいのだろう。
クスクスと一人で笑い、レイラは雪を見つめる。
「‥‥?」
ヒラヒラと、雪に紛れて黒いものが舞い降りた。無意識にそれに手を伸ばすと、黒い、鳥の羽だろうか。
再び顔を上げれば、夕日色が視界に映った。
◆◆◆◆◆
「おおー‥‥雪だね」
草原にテントを張りながらカルトルートは感心するように言った。
「そういえばレムズ、この前レイラフォードに行った時さ、フィレアさんの家の庭にあるお墓の前に立ってたよね」
「‥‥ああ」
「知り合いなの?」
「‥‥」
しかし、レムズは何も答えず、代わりに困ったような顔をする。
「まあ、なんでもいっか」
テントを張り終え、カルトルートは中に入り込み、
「またニキータ村にも行かなきゃねー」
そう言った。
二年前、アドルが冗談混じりに提案したように、レムズはニキータ村に友の墓を建てた。
【仮の墓】‥‥という名目だが。
今も、レムズは綺麗な場所というものを探して旅をしている。
(最終地点は‥‥俺と彼が、最後に言葉を交わした場所‥‥彼の、本当の墓)
レムズは手のひらで舞い降りる雪を掬い、
「あいつの‥‥死に場所は‥‥何もない、嫌な場所。だから‥‥約束した。綺麗な場所に‥‥墓を建てると。随分‥‥時間がかかったけど‥‥そろそろ、終わりにしないと‥‥」
ゆっくりと話す彼の言葉を聞きながら、
「はは。相変わらず詳しくはわかんないけど、付き合うよ、相棒」
カルトルートはそう言って笑う。
二人の、レムズの旅はまだ続いていた。
それはまた、新たな物語の幕開けでもある。
◆◆◆◆◆
リオラはふらつく体を支えられながら歩いていた。
「大丈夫か、リオラ」
「ええ‥‥」
リオラは微笑み、雪を見つめる。
この二年、シュイアはリオラをたくさんの街に、村に、国に連れて行った。
初めて自分の足で旅をするリオラは、何もかも新鮮で、何もかもが楽しかった。
それは昔、シュイアが無知だったリオと旅をしていた時と似ている。
リオラの命の半分は、紛い物の【見届ける者】の力を使った時に削られてしまった。
それが半分なのか、それ以上なのかはよくわからない。
だが、この二年‥‥
リオラの体は弱っていく一方だった。
頻繁にめまいが起きている。
度々リオラは口にしていた。
リオが、クリュミケールが帰って来るまでは絶対に死なないと。
彼女と、話をしなければならないからと。
ーー悔しいし、悲しかった。
自分の命が本当に残り僅かかどうかなんてまだわからない。
だが、自分の体だ。自分自身でよくわかる。
出来るならこれからもずっと、自分がシュイアの傍にいたい‥‥
けれど、理解している。
それは、短い時間しか叶わないのだと。
クリュミケールに話すことは、この二年間でもう決まっていた。
リオラは昔と変わらずに隣にいてくれるシュイアの横顔を見つめる。
口には出さないが、きっと彼は、ニキータ村に行きたいだろう。カシルがいるから、クリュミケールが帰って来るかもしれない場所だから。
それでもシュイアはここにいる。
何十年も前。
外の世界を知らなかった少女を外の世界に連れ出した少年。
『一緒に外の世界に行こう。俺が君を守るから』
◆◆◆◆◆
「悪いな、こんなとこに‥‥それに、遅くなった」
キャンドルは謝りながら、二つの十字架をポンポンと撫でる。
ようやく復興したニキータ村の外れ。
そこには多くの墓標が建てられていた。
亡くなった、ニキータ村の人々の墓だ。
そこに新しく建てた二つの十字架。
それは、両親と妹のマリーの為の十字架と、ハトネの名が刻まれた十字架だった
「冗談でさ、クリュミケールの墓も建ててやろうって言ったらさ、アドルにマジ切れされちまったぜ」
キャンドルは笑い、
『ありが、とう‥‥私は‥‥皆が‥‥大好き、だ‥‥よ』
創造神が最期に話したハトネとしての言葉を思い出す。
キャンドルがハトネと関わった時間は短い。
明るく元気なハトネよりも、弱っていたハトネの姿の方が印象に残っている。
(‥‥ゆっくり、休めよな。ここで、クリュミケールの帰りを待とうぜ)
そう言って立ち上がり、
(そういや、この前レムズも墓を建てて行ったな。名前を見てなかった。どれどれ‥‥『我が親愛なる親友ーーロファース・フォウル』か)
レムズの親友だという存在の墓標を見た後、見渡せば、村人達の墓標。
キャンドルは軽くため息を吐き、静かに墓場を去った。
◆◆◆◆◆
キラキラと輝く青い石。
それを、目の前でせっせと畑作業をして働く少年の青い髪に照らし合わせた。
何をどう願えばいいのかはわからない。
だが、ニキータ村は在るべき形を取り戻した。
なら、もういいのではないか?
ちょっとした希望なんてものを信じてもいいのではないか?
あの日の言葉と共に渡してくれたペンダントが真実ならば‥‥
『もし、私と君が離れ離れになって違う道を歩んだとしても‥‥またいつか会えるように、いつかこうしてまた、同じ道を行けるように、約束をしよう』