毎日を限りある命で


以前より少しだけ短くなった金の髪が、陽の光を浴びて鮮やかに輝く。
揺れる青い光をじっと見つめた。
隣では、落ち着きなく深呼吸をしているアドルが立っている。

「よしっーー!じゃあおれ、会いに行ってきます!すみませんカシルさん、わざわざ‥‥兄ちゃんは心配性なんだから」

アドルはそう言って、ファイス国の街並みを見渡した。
祖母であるルアに会う為に、アドルは再びこの国に訪れたのだ。
魔物もいなくなった世の中だし、一人で行くと言ったのだが、何があるかわからないとキャンドルが言い出し、今日は何も予定のなかったカシルがキャンドルに頼まれて付き添うことになった。

「あっ‥‥カシルさんはどうします?何時になるかわからないし、先に‥‥」
「俺はその辺をぶらぶらしているさ。先に俺が帰ったらキャンドルがうるさいだろ」
「あはは‥‥すみません。じゃあ、終わったらまた」

そう言ってアドルは屋敷の方へと足を進める。

その背中を見つめ、あの日ロナスに立ち向かったアドルの姿を思い出した。
元々、芯の強い少年だったのだろう。

アドルは毎日あの人形を、リウスを見つめている。
何を思っているのかはわからない。その後、しばらくしたら、空をぼんやりと見つめる。
それは、毎日毎日欠かされない。もしかしたら、本人も気づいていない内の、無意識の行動なのかもしれない。
しかし、それまるで罪悪感のようにも見えた。
だからこそ、キャンドルはアドルをますます気に掛けているのだろう。
カシルも、まだアドルとキャンドルのことをよく知りはしないが、毎日そんな様子の彼を見ているのは、胸が痛んだ。


◆◆◆◆◆

また来ると言ってから、数ヵ月が経った。
屋敷の前でもう一度深呼吸をし、アドルはベルを鳴らす。

しばらくしてから、ガチャーー‥‥と、ドアが開けられ、中からルアが顔を出した。

「あっ‥‥えっと。久しぶり、おばあちゃん!」

緊張しながらも、アドルはすぐに笑顔を作る。ルアは驚くように大きく目を開け、すぐにアドルを中に招き入れた。

ルアは鼻唄を歌いながら紅茶を入れ、焼き菓子を皿に盛り付けてソファーに腰掛ける。

「アドル‥‥あの日、あなたがここに訪れた後、しばらくしてからニキータ村のことを耳にしました‥‥一度、見に行ったのですよ。そしたら、村は焼け焦げて、たくさんの墓標が建てられていて‥‥」

ルアは指で涙を掬い、

「でも生きていたのですね‥‥もしかしたらと悪いことばかり考えていて‥‥では、アスヤさんも‥‥」

アドルは目を伏せ、首を横に振り、

「母は、あの火事で‥‥」

そこまで聞き、ルアは「そうですか‥‥」と、小さく言い、視線を落とした。

「結局‥‥アスヤさんと話せないままでしたね‥‥アドル、あなたは今、どうしているのですか?」
「今は、幼馴染と友人とアガラの町にいるんだ。レイラフォードの女王様の支援で、ニキータ村は再建途中で‥‥終わったら、またニキータ村で暮らそうかと思って」
「そう‥‥アドル、ここに住んでもいいのですよ」

ルアの言葉にアドルは微笑み、

「ありがとう‥‥でも、友人との約束があるんだ。再建したニキータ村で、また会うって‥‥」

そう言いながら、父の形見である短剣を取り山し、

「もう、戦うこともなくなった。この短剣で、守るべきものを守った。だから、父の形見を是非、おばあちゃんに‥‥」

そう言って、ルアの前に差し出した。ルアはそれを受け取り、そうしてアドルは話した。
ニキータ村の経緯を、クリュミケールのことを、キャンドルや皆のことを。
信じられないかもしれないけれど、魔術や神様の話ーー自分が体験した、旅の話を。

ルアは疑うこともなく、黙ってそれを聞いてくれた。

互いに、残された唯一の家族。
過ごした時間なんてものはなく、会うのはこれで二度目だ。
しかし、互いにむず痒くも、あたたかい空気を感じ取っていた。
何も包み隠さず、正直に話そうーー‥‥そんな気持ちになる。

悲しい話の後で、他愛のない楽しい話をした。
二人は、笑い合った。


◆◆◆◆◆

ファイス国のカフェテラスで、カシルは再び揺れる青を見つめる。
光を保ち続ける、約束の石だ。
あの日、リオとレイラがお揃いだと言って買っていた光景を、カシルは思い出す。

レイラは言っていた。
以前まではたったの50ゴールドの石だったが、近年、この鉱石は希少品となり、見つからなくなったそうだ。

ーーレイラは以前、約束の石にリオが生きることを願った。リオも言っていたのだ、レイラの声がした、レイラが約束の石に願ったんだと。

ならばなぜ、リオは、クリュミケールは約束の石に何も願わなかったのだろう。こんな、光を持ったままずっと。
いや、恐らくは、思い出の品だからだろう。大切な親友との思い出。
だからこそ、色褪せたレイラの約束の石でさえ、大切に持っていたのだろう。

それはカシルも同じだった。
あの日、クリュミケールから貰ったものだからこそ、ずっと持ち続けている。それにこんなものに願わなくても、自分の力で再び会うんだと躍起になっていたのだ。

ーーだが。
カシルの姿を見つけたアドルがこちらに駆けて来る。
そう‥‥自分だけじゃないのだ。
クリュミケールの帰りを待っているのは自分だけではない。

「婆さんとは話せたのか?」
「はいっ!またいつでも来ていいって‥‥へへっ、お菓子まで持たされました。帰ったら一緒に食べましょう!」

と、黄色い紙袋を下げながらアドルは言った。
二人はファイス国を後にし、アガラの町への帰路を辿る。

「でも、今も不思議な感じです。まさか、カシルさんとこうして過ごすことになるなんて‥‥だって、クリュミケールさんの繋がりがなかったら、カシルさん絶対おれ達のところになんて来ませんよね」

アドルがそう言うので、カシルは気まずそうな表情をした。

「ニキータ村はまだ取り戻せていないけど、でも、カシルさんももう家族ですよ!」
「?」
「ニキータ村では皆、家族!」

旅の最中でも、アドルとキャンドル、クリュミケールがそんな話をよくしていたことをカシルは思い出し、微笑する。

アガラの町に帰って、そんな話をキャンドルを交えてアドルがすれば、

「ははっ!手の掛かる弟が二人増えたってもんだ!」

と、キャンドルは笑い、

「俺はお前より遥かに歳上だぞ」

と、カシルは指摘する。しかしキャンドルは違う違うと言い、

「俺はいつだって皆の兄貴気分だってことさ!ちなみにニキータ村が復興したら、お前らの食事の面倒も見ることになるだろうしな!」

なんて、胸を張って言った。
苦笑するアドルと、不服そうにするカシルを見つめ、

「でもよ、楽園ってのはさ、こういう事を言うんだろうな」

なんて言うので、アドルとカシルは不思議そうにキャンドルを見る。

「あの女神達の塔は楽園って言ってたろ?時が止まったみたいな場所でさ。でもよ、俺達は日々を必死に生きて、友人や家族と生きてるんだ。不老なんて俺にはわかんないけど、カシル、お前も今は普通の時間を生きてるんだ。それって、最高に幸せじゃないか?」

そう言われて、しかしカシルは黙ったままキャンドルを見ていた。

「うーん。まどろっこしいか‥‥じゃあ直球に。今日から俺達は家族だ。同じ時間を生きて、自由に生きる!クリュミケールが帰って来たら、四人暮らしだな!」

うんうんとアドルも頷き、

「カシルさんと家族って言うことは、カシルさんと家族のシュイアさんも家族になるのかな!」
「シュイアはクリュミケールの父親みたいなもんなんだろ?だったらそうなるのかもな!」
「‥‥」

相変わらず、勝手に盛り上がる二人を呆れるように見つめた。

(不老になったからこそ、あの日から彼女を捜し続け、こうして会うことができた。だが‥‥その最中、いろいろなものを切り捨て、全てを遠ざけた。不老はーー孤独だ。あいつ‥‥ラズはもっと孤独だったのだろう‥‥だが、そうだな)

目の前の、人としての全うな時間を、今を生きる二人。
人は皆、いつか命尽きるものなのだから。
だからこそ、その限られた命で毎日を精一杯、生きるのだ。

(これからは俺も‥‥だな)

クスッとカシルが笑ったので、アドルとキャンドルは話を止め、彼を見る。

「そうだな‥‥最初は彼女も、お前達のようだった。無知で、無鉄砲で、バカだった」
「はあー!?誰と比べてんだよ!俺はバカじゃねーし!」

カシルの言葉にキャンドルはバンバンとテーブルを叩き、アドルも文句を垂れていて‥‥

『じゃあ、私がレイラちゃんのことも、世界も守ります』

ーー‥‥十二年前。
無知で無鉄砲でバカだった少女は、出会って間もない、しかも王女様のことも、世界なんて大それたものも守る宣言をしたのだ。
そうして‥‥どちらも本当に成し遂げてしまった。

きっと、目の前の二人も同じなのだ。

何十年も遠ざけてきた温もり。人の輪。
もう、それに溶け込んでもいいのだ。
自分も、シュイアも。

それから、創造神ーーハトネを思い浮かべる。
本の中の世界で、ラタシャ王国で、リオを捜す手伝いで‥‥何かと共に行動することがあった。
自分の存在を忘れ、違う人格だったとしても、普通の少女として幸せそうに生きていた。
ただただ、リオを、クリュミケールを愛し、仲間達を愛しながら‥‥

『クリュミケール君は私を助けてくれたから、大好き‥‥!でも、今は、フィレアさんもラズ君も大好き!シュイアさんもアイムさんもカシルさんも‥‥カルトルート君もレムズさんも、出会った皆、すごく、大好き!クリュミケール君の友達のアドル君とキャンドルさんも、友達だよ!』

彼女はあの塔で亡くなる前日、ホワイトルヤーの宿屋でキャンドルにそう語っていたらしい。

(‥‥バカ、ばかりだな)

カシルはため息混じりに笑う。

あんな結末だったが、ハトネは‥‥満足に逝けたのだろうか‥‥そう、感じながら。


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