救われない腐った魂


「あいつじゃちょっと頼りないからね」

と、出会った頃よりも年齢を重ねたシャイが言う。
今はすっかりと彼女の方が年上だ。

「あの子はミモリであり、ロスなのよ。私の弟であり‥‥シスコンだったあの日の少年」

クスクスと笑い、

「だから、私がこんなこと言える立場じゃないけど、あんただったら守ってくれるでしょ。ロスに自分自身を重ねてたあんたならさ‥‥根源は変わらない。罪滅ぼしなのよ」

仕方がなかったとはいえ、ミモリから親も住む場所も奪ってしまった自分。
あの頃、弟に抱いている感情は愛情なんかじゃなく、罪悪感‥‥罪滅ぼしだった。
だって、愛情を理解できていなかった自分が、誰かに愛情を向けることなんて出来るわけがなかったから。

『誰かに、ずっと一緒にいた女の子に‥‥お礼を言われた気がする。大好きだって。幸せになってって。この世界で、自分の為に生きろとか‥‥』

そんな彼に愛情を与えたのは、システルだった。
ロスはミモリが作り出した存在とはいえ、限りなく同一に近い存在。
ミモリもロスの記憶に触れ、システルの愛情に触れたのだ。同時にヴァニシュからの愛情も。

「私は最期まで、ミモリに愛情を向けてあげれなかった。だから、今ここにいるあの子を、大切にしてあげたい‥‥ふふ。あんたは相変わらずね。人の話を聞いてるのか聞いてないのか‥‥なんにも言ってくれない。でもわかってる。何も言わないけど、あんたは約束を守ってくれるって知ってるから。あんたは、私が愛した男なんだからね」

それだけ言って、無言を貫いた男に背を向けた瞬間、

「絶対に、裏切らない」

その言葉が背中に突き刺さる。
遠い昔に聞いた言葉だ。

『絶対に、裏切らないから!』

彼がくれた言葉だ。

「違うだろ、シャイ。お前が今でも愛してるのは、あいつなんだろ?」
「‥‥」
「それに、愛ってのは、色々あるだろ?ヴァニシュもお前を友人として愛してる。あの馬鹿ーー囚人も一途にお前を愛してる。俺が言えた立場じゃねーが‥‥愛ってのを重く捉えすぎなんだよ、お前は」
「‥‥ほんと、変わったね、あんた」

もう一度だけ振り返ってみれば、赤い目の彼は少しだけ微笑んでいて‥‥

「でもやっぱり‥‥私ーーあたしは、もうちょっとあんたと一緒に居たかった。あんたの隣にいれないのは今でも悔しいけど‥‥いや‥‥これ以上は、ワガママだね」
「そうだ。ワガママだ。システルとクルエリティが抗ったからこそ俺達は生きている。たぶん、ミモリやリフェ、囚人の家族って奴等も抗った。そして、お前が愛したコアも。お前の夢を打ち砕き、世界は元に戻ったーー‥‥ククッ、口にするだけで意味わかんねーけどな」

彼ーーディエはシャイを見つめ、

「システルはロスの幸せを。クルエリティはマーシーの幸せを願った。なら、俺達がそれを叶えなきゃなんねーんだろ?ヴァニシュと囚人から小うるさく言われてる。頼まれなくても守ってやるよ‥‥だから、そろそろ罪だけを背負って生きるのはやめろ。幸せに生きてみな」
「‥‥」

その言葉に、涙が溢れる。心が救われた気がする。

「助けてくれて、ありがと‥‥」
「別にお前を助けたわけじゃねーよ」

あの日、出会った二人が交わした言葉だ。
二人での旅が始まった、あの日。
あの日と今のお互いの変わりように、二人は笑う。

異常に支配され、自分自身を見失い、人を傷つけてばかりいたディエ。

愛に狂い、名を変え、姿を変え、夢の世界に生き続けた魔女、シャイ。

「ディエ‥‥出会えて、良かった」


◆◆◆◆◆

『さあ、呪いましょう。私達の代わりに、幸せに生きなさいって。幸せに生きて、人生を全うして、そうして死になさいって』
『幸せになりなよ、本当に。呪って呪って、呪い続けて‥‥安息なんて与えないからね。幸せになる為に、日々をもがき、必死に生きてみればいいさ』

ーーそんな声が、聞こえた気がする。


雪が降る街を赤髪の少女は駆けた。何度か滑って転んだが、構わない。

‥‥嗚呼。
これが、赦された証なのだろうか。全てを狂わせた自分が赦された証なのだろうか。

救われない腐ったこの魂が、救われてもいい瞬間なのだろうか‥‥

全てが赦された億万の果て、懐かしい銀の髪を持つ少年の元に辿り着き、

「やっと‥‥見つけた」

少女は涙を浮かべ、幸せの涙を頬に伝わせた。


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