【【Relief】―序章―】

走れども、走れども、何処までも【闇】だった。

逃げ出したかった、何かに追われる日々から。
それがなんなのかはわからない。
しかし、この闇の先に、確かに【光】があるのだ。

その、近いようで遠い光に手を伸ばす。
手を伸ばせば、いつか届くのだろうか‥‥

‘嫌なことから全部逃げて、適当に生きていく’

ーーそれで、いいと思っていた。‥‥本当に。

なのに、成り行きか偶然か、はたまたーー‥‥

【Relief】―序章―


(今日の買い出し分、確認しないと‥‥)

そう思い、深い緑色の髪をした青年は、ガチャッーーと、玄関の扉を開ける。
‥‥ここは、自宅‥‥アパートの一室のはずだ。
しかし、靴を脱ぎ、足を踏み入れた瞬間、何やらごちゃ混ぜになった臭いが鼻をつく。

(うわ‥‥何これ)

台所のテーブルに広がる惨事に、青年は目を細めた。
食べ終えたカップ麺の空、飲み残した飲料が入ったグラス、灰皿の中には無造作に吸われたタバコの山、散らかる紙の切れ端ーー挙げ句、椅子には脱ぎ捨てられた女性物の下着。

余りにも目を覆いたくなるような光景に、青年はうんざりしたが、

(‥‥ん?)

とある一枚の紙の切れ端に目を‥‥思考を奪われた。

◆◆◆◆◆

「いらっしゃいませー」

ガッーーと、コンビニ内に置かれている『ご自由にお取り下さい』と書かれた求人冊子を鷲掴みにし、これだけ取るのは忍びないと、雑誌コーナーに置いてある週刊漫画を購入する。

(最悪だ)

顔色を青くしながら青年はそう思い、

(とうとうあの人、借金に手を出したな‥‥金貯めよう、自立の為に‥‥)

コンビニから出て、トボトボと自宅への道を歩く。
その道中、街中に設置されているテレビモニターから流れる情報番組にちらっと視線を向けた。
そこに映るのは、一人の若い男。

『私は父の様な社長を目指しています』

そう言って、画面越しの若い男は落ち着いた笑みをたたえていて‥‥。
どうやら、金持ちの息子がインタビューを受けているようだ。

『現在、高校に通われつつお父様のーー‥‥』

と言う、内容。
モニターの前に若い女の子が二人並び、

「写メったー」
「後で送ってー!」
「高校生だってー!ヤバくない?!」

画面越しの男をまるでアイドルか何かのように捉えている光景。

高校生ーー。
自分より若い、そんな生まれた時から成功者である画面越しの男から目を逸らし、

(今更、他人と比べたところで何も変わらないーー下らない)

そう、思った。自らの人生を諦めるかのように目を閉じ、

(早く帰ろ)

再び前を向いて歩き出そうとしたところで、

ドンッーーと、肩に何かがぶつかる感触と、

「わっ!!?」

と言う、女性の声が重なる。
青年が「あっ」と言った時には時遅く‥‥どうやら女性とぶっかってしまったようで、彼女はその場に尻餅をついてしまっていた。

「ちょっ‥‥あなた!!どこ見て歩いてっ‥‥!!」

女性は顔を真っ赤にして青年を見上げたかと思えば、

「あーーーーー!!」

と、弾みで落としてしまったのであろう買い物袋の中身を慌てて覗く。
彼女は顔を真っ青にし、

「嘘‥‥全部、割れた」

そう、絶望的な声で言って、まさかの割れ物だったのか、と、青年はため息を吐き、

(はぁ‥‥めんどくさい。こういうのは早いところ片づけておこう)

そんな考えに至り、

「弁償します。いくらですか?どうせ食器とかでしょ?」

自分がぶつかったにも関わらず、悪びれる様子もなく彼女にそう言うものだから、彼女に悪印象を与えることとなり、

「‥‥あのねぇ、その前に‥‥よそ見をした私も悪いけど、お金払えばいいってものでもないわよ!?」

ようやく立ち上がりながら、当然、青年の態度に女性はそう怒り、人差し指を突き付けた。
めんどくさい‥‥と、青年はうんざりした顔をして、

「だったらどうしろと言うんですか」

弁償すれば済むじゃないか、と思う。その、やはり常識のない青年の態度に女性は更にカチンとして、

「良い根性してるわね‥‥‥‥あら?」

再び文句を言おうとしたが、しかし、青年が下げている買い物袋の中から、先程コンビニで取ってきた求人冊子がちらりと見えて、

「あなた、バイト探してるの?」

そう聞かれて、青年はそれをサッと、背中に隠すものだから「何で隠すのよ」と、女性に突っ込まれる。
しかし、彼女は何か思い付いたようで、

「そうね「お金」はいらないわ」

なんて、急に言って、

「そ、それじゃあ‥‥」

青年は一瞬ホッとしたが、ガッーー!!と、買い物袋の中から求人冊子を取り上げられて、彼女はそれを左手に持ち、次に右手で青年の腕を掴み、

「良い話があるの。ついて来なさい」

なんて言われた。
いきなりの女性の行動に青年は戸惑うしかなくて、掴まれた腕をずっとぐいぐいと引かれたまま歩き、やがて一つの看板が掛かった店に辿り着く。

看板には【喫茶ホノカ】と、可愛らしいコーヒーカップの絵と共に書かれていて‥‥

(喫茶店‥‥?何故?)

青年が不思議に思っている間に、店内に連れ込まれてしまった。
中にはカウンター席とテーブル席、数人の客が入っている。

「あの‥‥一体、何をするんですか‥‥というより、手‥‥」
「あ‥‥ごめんなさい」

女性はいつまでも青年の腕を掴んでいたので、言われてやっと離してくれた。
少し照れ臭そうにしながら彼女は一つ咳払いをし、

「すぐ戻るからここで待ってて」

なんて言って、青年は「はい?」と言うしかない。

「いい?絶対待っててよね、三分程!!逃げないでよー?」

勝手にそんなことを言いながら女性は店の奥に行ってしまい、

(何をする気だ‥‥走って逃げれば良かった‥‥勢いに負けた‥‥今からでも間に合うだろうか)

なんて、青年がぐるぐる思考を巡らせていると、

「ねえ、君‥‥ほのかの彼氏くん?」

と、喫茶の店員であろうか。いつの間にか背後に居た男が青年にそう聞いて来て、

「えっ、いや、そんなんじゃありませんけど」
「ああ‥‥そーなんだ」
「あの、‘ほのか’って‥‥さっき‥‥」

青年が男に聞こうとすれば、

「あら、逃げなかったわね。お待たせ」

先程の女性の声がした。

「さあ、はじめましょうかね!」

彼女はエプロンを着用し、気合いの入った笑顔をしながらそう言ってきて、

「え、は、はい?」

わけがわからない、と、青年は瞬きを数回する。

「私、ここのオーナーをやってる宮内よ。一日よろしく」

なんて、勝手なことを言われて、勝手に一日スタッフ体験だのなんだのと、エプロンを押し付けられた。


ーー今思えばドタバタしていたが、これが、始まり。
これが、青年ーー19歳の大学生、篠崎ナギと、【喫茶ほのか】の22歳という若き女性オーナー、宮内ほのかの出会いだった。

「あなた、ウチ(喫茶)で働いてみない?」

この、自分には程遠かったはずの、まるで映画やドラマみたいな出会いから、篠崎ナギの止まっていた時間が、凍りついていた人生が動き出す。

その時はまだわからなかったが、思い返してみたら、もうすでに、僅かに射し込んでいたのかもしれない。
近いようで、遠い場所にあるはずの【光】が。

これは【喫茶ほのか】を取り巻く物語であり、彼の成長物語でもある。


・The story starts here・
ー物語は ここから 始まる――


【Relief】第一話をベースに、紹介といいますか布教をこめて、小説にて書かせて頂きました!
私自身、物語がどうなっていくのか楽しみで仕方ありません。


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