【This time reality】
逃げ出したかった。
奴に追われる今日という日。
手を伸ばせば届くのだろうか。
奴から全部逃げて、平和に生きていく。
それで良いと思っていた。
ーー‥‥だなんて、どこかで読んだことのあるようなカッコつけたモノローグを浮かべながら、現実逃避してみる。
「豊くーーーーーん!なんで逃げるのーーーー?」
「うわぁああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
金髪碧眼、見た目は満点、中身は三点な友人が物凄い勢いで俺を追ってくるッ!!!
「今日の俺はッ!お前から逃げるって決めたんだぁぁぁぁぁぁぁ」
「どうしてーーーーーー?」
「どうしたもこうしたもッ!」
走りながら、くるりと友人ーー誠人に振り返る。彼は両手に虫かごを持っていて‥‥
その中には大量の虫が入っていた。
「お前がそんなもん持って追っかけて来たら誰でも逃げるわっ!」
「豊くん!今日がなんの日か知らないのーー?」
「知らねーよ!」
「六月十二日!恋人の日だよ!恋人や家族、友人がお互いに贈り物を交換して愛と友情を深める日だよ!」
「それとこれとがなんの関係があんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」
再び俺は全速力で走り出す。
「だから、俺の永遠の恋人である虫達を親友である豊くんに贈って友情を深め」
「深まんねーよ!?お前が追い掛けて来る度に広がる一方だから‥‥ぶふぅっ!?」
前方不注意で、俺は何かにぶつかり、足を止められてしまう。
「いっ‥‥てて。なんだよ‥‥」
顔を上げれば、眼前にはスーツ姿の胸板。
更に見上げれば、いかついグラサンがギラリと光り、ツルツルの頭がキラリと光る‥‥いかにもヤクザ的なおっさんにぶつかってしまったようだ。
俺は‥‥‥‥白目を剥いて固まる。
「豊くーん!やっと止まってくれた!って‥‥豊くーん?」
誠人が追い付いた時には、いかついおっさんの姿はなくなっていたそうだ。
しかし、俺はなぜか、あのいかついおっさんを知っているような気がした‥‥‥‥が、
「はい、豊くん!俺からの友情、受け取ってね!」
誠人はそう言うと、虫かごの蓋を開け、
バサハサバサバサバサバサッ‥‥‥‥と、俺の頭上に大量の虫を雨のように降らせた。
俺は‥‥‥‥泡を吹いてぶっ倒れた。
「豊くーん!?そんなに嬉しかったのー!?」
気を失う間際‥‥誠人の嬉しそうな声が俺の頭の中に響き続けた。
(こいつ‥‥‥‥狂ってやがる‥‥ぜ)
ーー場所は変わり、都内にある大きなビルの中。
「ヒィぃぃぃいいいいッ!?」
この会社の御曹司は書類を運んで来た部下を見て悲鳴を上げる。
「どうされましたキョウマ様!先程、悲鳴が!」
その悲鳴を聞き付け、別の部下ーー鴉が慌てて室内に駆け付けた。
「人様の悲鳴聞いて満面の笑顔して来るんじゃねー!いやっ、それより壇上が‥‥」
「壇上さん?ああ、さっき廊下ですれ違いましたが?」
「壇上が‥‥ニヤニヤしながら書類を持って来た。あの鉄仮面が‥‥ニヤニヤしてたんだぞ!?」
「ああ‥‥そういえば。最近よく夢に出てくる子供に現実で出会った‥‥とか、一義さんに話していましたね」
「子供!!!!?夢に出てきた子供!!!?壇上アイツ、そんな趣味があったのか!?」
「なんでもキョウマ様とさほどしか歳の変わらない少年‥‥」
「ヒィィィィイイイイイィィィィィィ」
その日の夜。
目覚めた俺は自室のベッドの中にいた。
(あれ?俺‥‥ヤクザのおっさんにぶつかって、虫のシャワー浴びて‥‥んん?そういやあのおっさん、何度か夢で見たような。なるほどな!今回も夢か!ああ‥‥良かった良かった!)
そう安心し、俺は二度寝した。
‥‥眠るベッドの上に、払い切れなかった虫が数匹いることに気づくことなく‥‥
end
This time reality→これが現実だ