リボン女とコートの人


その日はよく晴れた一日だった。
いつもと変わらない普通の日、普通の毎日。

学校終わりに彼女は、少し洒落た店が並ぶ通りを歩き、いつも通うパン屋に寄る。そして、いつもと同じパンとカフェオレを買う。
焼きたてのパンが入った紙袋を両腕で包み込むように抱え、彼女は帰宅するよりも先に、噴水広場にあるベンチに座って焼き立ての内にパンを食べて帰るのだ。

雪のように真っ白なフランスパン。外はカリッとしていて、中はふわふわやわらかい。
人通りの多い中、彼女は人目も気にせずパンを頬張る。

「‥‥む?」

ふと、奇妙な光景が目に入り、パンを頬張る口を止めた。
確かに冬は近づいているが、まだそこまで寒くはない。制服だってまだ半袖で、来月から長袖になる。
それなのにーー。

真っ黒な厚手のコート、首には灰色がかった、これまた暑そうなマフラーを巻いた人の姿が目に入ったのだ。

(物凄く暑そう‥‥)

彼女はそう思い、道行く人々もコートを着た人物をチラチラ見ている。
その人は広場の端で立ち止まり、掲示板を見ていた。

(もしかして、観光客なのかな?)

彼女はパンを食べ終え、カフェオレをストローで吸い上げる。
見終えたのか、コートの人物は掲示板から離れ、すたすたと洒落た店が並ぶ通りに行こうとした。だが、

「わーん、わぁーん!!」

ーーと。広場に子供の泣き声が響く。
幼い男の子が大きな木を見上げ泣いており、母親がそれを宥めていた。
どうやら手にしていた風船を男の子が手放し、高い木の枝に引っ掛かってしまったようだ。

(さすがにあれは届かないなぁ。木に登るとしても高さがちょっと‥‥)

彼女はそう思い、食べ終えたゴミを纏めて立ち上がる。すると‥‥

「わあぁあ!!風船ー!!ありがとう!!」

彼女がゴミを纏めている間に、男の子のそんな歓喜の声が聞こえてきた。
そちらに振り向くと、コートを着た人物の手には高い木の枝に引っ掛かっていた風船が握られているではないか。
男の子に風船を手渡し、男の子は歓喜しているが、しかし母親の方は驚いたように目を丸くしているし、道行く人々も驚きの声を上げたり、なぜか拍手喝采していたり‥‥

(え、何?私が少し目を離した隙に一体何が‥‥)

なんだか置いてきぼりされたような気持ちになる。
コートの人物は男の子にヒラヒラと手を振って、広場から離れて行った。

「今の何だ?仕掛けがあるのか?」
「まさかあの高さまで跳ぶとはなぁ、運動神経が良いなんて話じゃないし」
「ってかさ、あれ、剣背負ってたのか?コスプレ?」

そんな会話が聞こえてきて‥‥
どうやらあのコートの人物はジャンプをして木の枝に引っ掛かった風船を取った‥‥ということなのだろうか。

光景を見ることは出来なかったが、終わったことだ。彼女も広場から立ち去り、次の寄り道場所へ足を向ける。

パン屋へ行った後は必ず雑貨屋に寄って、それからようやく家に帰るのだ。

洒落た通りの裏通りにある、小さな‥‥まるで小屋みたいな雑貨屋。
店主である老婆が一人でひっそり商売をしている。

可愛いペンダントや指輪、小物‥‥色々な物があるが、彼女の目当てはリボンだった。

明るい茶色の髪に赤いリボンを一つ、右手首に赤いリボンを一つ、制服のスカートに赤いリボンを一つ、上着はリボンかスカーフを選べたが、もちろん赤いリボン、鞄にもリボンを巻いてある。
今日は赤で統一。
リボンは日替わりで、毎日いろんな色をつけていた。

「そうだ、お婆ちゃん。もうすぐsnow・e・o・wだね。一年‥‥あっという間!」

店主と親しいのか、彼女は老婆を『お婆ちゃん』と呼んで会話を楽しんだ。
今日はピンクと青のリボンを買い、ラッピングしてもらった小さな袋を下げ、老婆に挨拶をして彼女は雑貨屋から出る。

ーードンッ!

「きゃっ!?」

店を出た瞬間、彼女は何かにぶつかり、店の前で尻餅をついてしまった。

「おっと‥‥すまない、大丈夫かい?」

どうやら人にぶつかったようで、相手が心配そうに声を掛けて来た為、

「は、はい‥‥だ、大丈夫、です」

老婆と話していた時とは違い、彼女はか細い声で返事をする。顔を上げて相手を見れば、

「!?」

心配そうにこちらを見る人物ーーそれは、先程の黒い厚手のコートを着た人物だった。

「どこか痛むかい?」

彼女が驚くような表情をした為、コートの人物はそう思って尋ねる。

「い、いいえ!私、全然どこも大丈夫です!」

彼女は慌てて立ち上がり、

「そ、それじゃあ‥‥」

そのまま慌てて立ち去ろうとしたが、

「待って。何かお詫びをするよ。かなり久々にこの街へ来たものだから詳しくないけれど、この辺に何か店があるかな?君に時間があればなんだけど」

そう言われて、

「あ‥‥え、えと‥‥」
「ああ、いきなり知らない人にこんなことを言われても困るよね」

言葉を詰まらせる彼女の様子に、コートの人物は困ったように笑った。

「い、いえ‥‥ただ、その、ぶつかっただけですし‥‥あなたが悪いわけでも、ないですし‥‥」
「お嬢さんに尻餅をつかせてしまったんだ。私に非があるよ」

コートの人物は申し訳なさそうに言葉を紡ぎ、

「私はレト。制服姿‥‥君は学生だよね。若いねー」

コートの人物ーーレトは青い髪を揺らし、彼女にそう名乗った。一方で、

(若いって‥‥そんな歳も変わらないような‥‥)

これが、彼女とレトの少し変わった出会いだった。
冬になる少し前の、出会いだ。


【プロローグ】



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