語られる真実2

「君達が'あの時代'とか呼ぶ日々…そう、今から百年も前だ。僕はその時代に生まれていた」

テンマはそう言いながら、ミルダ、ヤクヤ、ネヴェルを順に見る。

「…なんじゃ?お前もあの時代の生き残りじゃと言うのか?」

ヤクヤが首を傾げれば、

「…はは」

と、テンマは苦笑し、

「生き残り、ね。そう例えていいのか……僕はリョウタロウと同じだった」

その彼の言葉に、

――あの男は……俺と同じ。だから恐らく、誰にも殺せはしない。

「奴も……リョウタロウもそんなことを言っていたな。貴様と奴は同じだと」

ネヴェルは、銅鉱山でリョウタロウがテンマを封印しようとした時の言葉を思い出した。
ハルミナはそれを聞きながら、

「…同じ……まさか、あなたも人間に造られた…?」

そう言って、テンマを見る。
テンマは息を一つ吐き、

「……。そう、僕は予備だった」

間を空けてそう言った。

「予備って…な、なんなんですか?」

カトウが不安気に聞き、

「英雄の、だよ。リョウタロウが失敗した場合の予備……すなわち保険さ」

テンマはにっこりと笑って答える。

「なっ……笑って言えるような話じゃないじゃないか…」

ユウタは、予備だの保険だの…そんな言葉に笑うテンマを奇妙に感じた。

「でも、リョウタロウは失敗しなかった。彼は元より優秀な力を持っており、英雄の剣を与えられ、ますます最強だった。…なあ?脅威だっただろう?敵わなかっただろう?…バケモノ並みだったろう?」

テンマは再び、ネヴェル、ヤクヤ、ミルダにそう投げ掛け、三人は無言でテンマを睨む。

「それに比べ……僕はなんの才も無い、弱者だった。ただの泣きじゃくる子供だった。大人達はただただ我が身が可愛いだけさ。自らを犠牲になんて出来なかった。ちょうどね、僕は死に掛けてたんだよ。魔族だったか天使だったか…どちらの攻撃かはわからなかったけれど、それに直撃してね…」

そこまで話したテンマの次の台詞を、一同はなんとなく理解した。

「魔族と天使からしたらただの家畜に成り下がった人間は、争いが絶えない時代に力を求め、必死になっておかしくなって、非道なことを容易く考えてしまえたんだよ」

テンマはいつも長い前髪で隠れている右目の辺りに軽く手を当て、前髪を持ち上げる…

「――ッ!」
「……ぁ」

いち早く反応したのは、ジロウとカトウだった。
テンマの右目…のあるはずの部分に、それはなかった。…空洞だった。

「…僕にはリョウタロウみたいに魔術の才も無い。だから人間達は天使や魔族からなんとか奪った四肢やら…目やらを、僕に移植したのさ。わざわざ僕自身のそれを切り離して、抉り取って…ね」

そこまでテンマは言い、

「ねえ、ネクロマンサーくん。君の記憶にあるんじゃないの?血みどろの記憶がさぁ…」

と、再び前髪を下ろしながらスケルに言って。

「成る程……薄々は感じていましたが。それで貴方は、ネクロマンサーが反吐が出るほど嫌いなんだと、あの時に仰られたのですね」

スケルは何かを理解したかのように笑った。

「一体、なんなんだよ?」

ジロウが口を挟むと、

「ジロウさんが倒れていた時に、レーツさんが言っていました。彼はネクロマンサーの血を受け継ぐ最後の子孫だと。そして、彼は百年も前の時代の僅かな記憶を持って生まれた…と」

ハルミナがジロウの疑問に答える。

「おやおや…レーツさんはそこまで話しましたか」

スケルが呆れるような声音で言い、

「記憶を持って生まれるとか、そんなのアリかよ?!」

今度はラザルが疑問を口にし、

「あの時代のネクロマンサー達が遺伝子に何かを仕組み、それが偶然そいつに宿った。レーツはそう考えていると言っていた」

次にネヴェルが答える。

「まあ……そうなりますね。なぜ、私が選ばれたのかはわかりませんが、私としたら、断片的にとはいえ、色々な知識を得られて愉しいですがね。そういえば、レーツさんはどうなさったのですか?」

スケルはそう尋ねた。

「あの人は…俺らを天界と魔界に送ったら、自分もリョウタロウの元へ逝くと言ってたよ……お前のこと、よろしくって言ってな」

ユウタがスケルを睨みながら言えば、

「レーツが?!」

事情を知らないジロウが驚き、

「ふふ。やっと彼女も成仏する気になりましたか」

と、スケルは笑う。

「お、お前…っ…」

そのスケルの反応に、ユウタとハルミナは怒りを感じた。
レーツはスケルの身を…案じていたのだから。

「そんなところで火花を散らさないでよ」

そう、テンマが言い、

「まあ、話を戻せば、僕はかつての人間、特にネクロマンサーに人権を奪われただけって話さ。ミルダ、何か思い当たることは…ないかい?」

言いながら、ミルダに笑い掛ける。

「…貴様の目、抉り取られたと言ったな。その左目は…俺の目だと言うことか?」

ミルダは自らの左目に巻いた赤い布に手を触れ、それから同じ色をしたテンマの目を見た。

「…そ。百年前の戦いの最中、君は人間共に左目を奪われたはずだ。それが、僕に移植された」

と、テンマは語る。

「な、なんやて…?」

ラダンが恐る恐るミルダの方を見て、

「ミルダさん…左目はずっと負傷していただけだと…」

そう聞いていたウェルもミルダを見つめ、

「じっ…じゃあ、左目は…」

マグロが言い、

「そのテンマって男と同じく、ミルダくんの左目は空洞になってるよ。しかしまさか…人間がそんなことをしていたとはね。ますます気に入らないよ」

マシュリが目を細めてテンマを睨む。

「ふふ。…散々、人間共は僕の身体を弄り、しかし僕は結局、何にも使われなかった。リョウタロウの力で争いは終わり、英雄の力と同じくらいのものを持つ僕を、復讐すると思ったんだろう。人間共は恐れ……僕はネクロマンサー達により、封印された。自分達で造り上げたって言うのに、ねえ?あははは」

そう、笑うテンマに、

(本当にあんたは、笑えてるのか…?)

なんてことを、ジロウは思った。

「僕は憎しみが渦巻く中、長い長い年月を掛けて、少しずつ封印を解いていった。まずは意識だけが世界を行き来することが出来るようになったよ」

そう言ったテンマに、

「…意識だけ…まさか、それが、魔王と…」
「天長…?」

ネヴェルとハルミナが言い、

「そう。そんな幻影を生み出し、天界と魔界の様子を楽しく見たり弄ったりしていたのさ」

と、テンマは笑う。

「…なんの為になんだ」

ムルが低い声で聞くが、しかし、テンマはそれには答えず、

「そして最近になり、僕はようやく封印を解き、人間界に肉体を出せたのさ。……でも、百年前からずっと、リョウタロウは僕の存在を危惧してたんだね。力さえ封印され、更には僕が天界や魔界へ行けないように、英雄の剣の在る場所に辿り着けないように……人間界には様々な結界が張り巡らされていた」

そこで、テンマは悔しそうに歯を軋め、

「…惨めだったよ。何も出来ないまま僕は人間界を歩き回り、ようやく封印の地が記された石板を人間の旅人から手に入れてね。恐らく旧い時代に、誰かが興味本意で作った石板だろう。僕はそれに賭け、その地を目指し…」

それから、目を細めてジロウを見つめ、

「何度も言うけど、君の手助けにより、僕はようやく自由になれたんだよ」

そう言われて、ジロウはテンマから視線を逸らす。

「僕は戦争を始めた天使と魔族を憎んでいる。僕をこんな身体にした人間を憎んでいる。僕の存在を無意味にしたリョウタロウを憎んでいる。君たちの遠い遠い祖先が仕出かしたことなのに、何も償わずに今もまだ生き続けている君達が憎いよ」

…と、この場に居る一同にテンマは言った。

「で、でも、そんなの理不尽ですぜ…」

トールが視線を泳がしながら言い、

「そうなのかもね。今の君達には無関係な話かもしれないんだよね。でも、それでも僕は赦さない。だから、天界と魔界に様々な制度を作り、知らず知らずの内に滅茶苦茶にしていくつもりだったのさ…そして何より」

テンマはハルミナとネヴェルを睨み、

「さっき、君たち二人には人を殺める選択肢を与えたろ?まあ、ネヴェルはすでに同族殺しだけど……それでももし、君達がこの場に居るだれかを手に掛けていたら……新米くんは絶望しただろうねぇ」
「……」

言われて、ジロウは目を見開かせた。

「…リョウタロウが憎いから、代わりに君に復讐してやろうと思ったんだけど、そううまくはいかないなぁ」
「…オレが、リョウタロウの英雄の剣を持ってるからか?」
「んー…陳腐な発想だね」

リョウタロウとレーツが両親だということを知らないジロウはそう考えたが、当然テンマは首を横に振る。

「さて。大方、話したよ。満足したかい?」
「…なあ、テンマ。あんたは復讐の為に、今から世界を…壊すのか?」
「そうだよ」

その答えにジロウは俯き、

「あんたの境遇は、わかった。すっげえ、酷いことされたって、わかった……でも、リョウタロウだって苦しんでたんだ」

――俺はこんな身になりたくなかった。

過去の光景で垣間見えたリョウタロウは、嘆いていたから…

「彼はまだマシだよ。彼の存在は、肯定されてるんだから」
「……あ」

テンマの言葉に、ジロウは思い出す。

――なぜなら僕は全てを奪われたから。存在自体も、歴史に残されない程に…

あの時はさっぱりわからなかったが、テンマがそう、話していたことを…

「……や、やめろよ、テンマ。あんたの気持ちはわかる。でも、復讐なんか、するなよ」
「……はぁ?」

声を震わせて、そう言い出すジロウをテンマは呆れながら見て、

「あんたは、オレのパートナーだ。あんたの存在も、名前も、全部、オレが知ってる。カトウが知ってる……だから……」
「ジロウ…?」

ジロウの近くに立っていたナエラが、困ったような声で彼の名を呼ぶ。
ジロウはぼろぼろと涙を溢していたのだ。

「だから…一緒にこれからを考えようぜ。オレ、一緒に考えるから…」
「じ、ジロウさん…」

つられて、カトウまで泣き出してしまい、そんな優しい二人を見て、ハルミナも、ネヴェルも、心配そうな視線を送るしかできない。

「……新米くん」

すると、テンマがゆっくりとジロウの側まで歩み寄って、彼の肩に手を置き、

「…テンマ」

ジロウが顔を上げると、

「君って奴は……本当に……偽善も同情も要らないんだよ、気持ち悪い」
「……なっ…」
「それより毒、我慢してるんだろ?そろそろ死ぬんじゃないかな?あはは」

テンマは満面の笑みを作ってそう言ったのだ。
何一つ、ジロウの言葉も、カトウの想いも、届いていないという風に…

「あ、あなたという人は…!!」

テンマの態度にハルミナは怒りを露にする。

それから、もう興味が無いと言う風にテンマはジロウから離れ、スケル、ミルダ、マシュリに視線を送った…


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