封印されし空間より1
「な、なんでこんなことになるんだ…」
紅い魔剣を片手に握り、負傷したネヴェルは呼吸を荒くしていた。
「ネヴェル!呆けている場合ではないだろう!お前に与えられた魔剣は、あの人間の剣に対抗できるんだろう?!」
同じく負傷したヤクヤがネヴェルに言うも、
「かと言って、ヤクヤ…もはや、ネヴェルにも…お前にも、私にも…アレに対抗できる力など…ない」
隣に居たもう一人の負傷した青年がそう言う。
「うーん、あー…僕の方も駄目だなぁ」
三人とは違う、白い羽を羽ばたかせながら、天使の少年が三人の横に立った。
「カーラ!お前はどっち側なんだ結局!」
ヤクヤが怒鳴り、
「一応、僕は天使だからね。でも、あんなバケモノが居る以上…今はアレをどうにかするしか…」
「カーラ少年。君はまた魔族の傍に寄り添って」
カーラの隣に、女性の天使が歩み寄る。
「いやいやフェルサ先輩。僕は真面目に天使ですってば」
「その言い回しがよくわからないがな」
「うーわ、ミルダ先輩まで来たー」
三人の魔族と三人の天使がそんなやり取りをしているが、六人ともボロボロだった。
立っているのもやっとだった。
そして、'アレ''バケモノ'そう称される者。
後に、人間の英雄と呼ばれる男。
人間により人生を歪められた、リョウタロウと呼ばれる、空間すら歪めさせることの出来る英雄の剣を手にした青年。
――…
―――……
「俺だって、あんなことをしたくはなかったんだ」
世界が別れ、英雄の存在が神話になった後の世で、リョウタロウはそう嘆いていた。
「俺はこんな身になりたくなかった。あの頃は皆、力を求め、争いが絶えず、おかしくなっていた…」
必死になっておかしくなっていたからこそ、非道なことを人々は容易く出来てしまったんだ。
そう、リョウタロウは力無く言う。
「…君も、かつての時代の記憶を受け継ぎ、生まれてしまった、被害者だ。かつてのネクロマンサーや占術師達は、後の世にも自分達の功績を遺したいと、遺伝子すら弄った」
リョウタロウは隣に座る女性を見た。
「…断片的な記憶だろうが、それでも重たいものだろう。だから、せめて君は、過去に縛られず、英雄なんて存在も忘れて、今の時代を平和に生きるといい。俺に関わる必要は…」
「…いいえ、リョウタロウ、私は…」
――…ん、……し…く…
誰かの嘆きが聞こえた。
誰かの慈しむ想いを感じた。
深い眠りのような空間で、ジロウは思う。
しかし、その眠りは阻まれ…
「おーい、新米くん」
「!?」
掛けられた声に、ジロウはハッと目を覚ました。
キョロキョロと辺りを見回せば、何も無い真っ白な空間。
そして、
「テンマ!?」
目の前に立つ人物の名前をジロウは叫ぶ。
「あ、あれ?えっと……何があったんだっけ…。何か、今、夢みたいなのを…」
ジロウは先ほど見た、英雄達の夢みたいなものを思い出し、額に手を当てた。
英雄リョウタロウや、若いネヴェルとヤクヤ、知らない人達…
「…い、いや、確か、オレはスケルって奴に刺されて、テンマ、あんたに…。ハルミナちゃんやネヴェル…カトウにユウタ、レーツは…?」
気を失っていたジロウは、あの時、リョウタロウやレーツがどうなったのかを知らない。
「それより新米くん。なかなか大変なことになっているよ?」
「な、何がだよ…」
含み笑いをするテンマをジロウが訝しげに睨むと、テンマは何も無い空間に目一杯、両腕を伸ばし、右手は赤、左手には金色の光が灯った。
その光は見る見る内に真っ白な空間の上へ上へと伸びて行き、何かしらの光景を形作る。
「!」
ジロウはそれに目を見開かせた。
その光の中に…
赤い光の中にはネヴェルやヤクヤ、英雄の剣を握るカトウ達。
金色の光の中にはハルミナやスケル達が映し出されている。
「な、なんなんだ?」
「ネヴェルと商人さんは魔界に。ハルミナと…君の友達くんは天界に行っているんだよ」
「え?!」
テンマの言葉にジロウは驚いた。
「リョウタロウが作ったこの空間を破壊する術を探す為にね」
「リョウタロウが作った…空間?」
ジロウが首を傾げれば、
「あー、そっか。君はリョウタロウが現れた時はすでに気を失っていたんだよね。なら、まあ別にそこはいいか。それより、よく見てみなよ」
テンマはそう言って、魔界と天界の光景を手で促した。
「それで?答えは決まったのか?ネヴェルよ。目の前の生者を選ぶか、大切だった女の亡骸を選ぶのか…」
魔界の光景では、天幕で顔の見えない男がそう言っていて…
「早く選べ、ハルミナ。自分が死ぬか、ここに居る他の者が死ぬか、カーラが死ぬか…。どれかを選べば、お前の友人を救う術を教えてやろう。と言っても答えはもう決まっているだろう?」
天界の光景では、天幕で顔の見えない男がそう言っていて…
「な、何が起きてんだよ?!ってか、どっちの世界にも居る顔の見えない男はなんなんだ!?…同じ、声をしてるけど…」
状況はわからないが、なぜか生死を賭けられている光景にジロウは瞬きを数回する。
「面白いだろう?」
「!?」
そう言ったテンマにジロウは振り向いた。
「僕と君はリョウタロウによって封印されたんだよ」
「封印…?」
「そう。リョウタロウは僕のことが手に負えなかったようで、僕を封印したんだ」
ジロウは首を傾げ、
「なんでオレまで?!ってか、オレを魔界に落とした時にリョウタロウは死んだってあんたが……」
「僕は、はなからリョウタロウがそう出ると思っていたからね、君の傷口に予め毒を流し込んだのさ」
「毒!?」
言われてジロウは慌てて自分の体を見た。
「って、あれ?傷が塞がって…」
「ああ、ハルミナが必死に君に治癒術をかけていたからね」
「ハルミナちゃんが…」
「でも、君の中に毒は流れたままなんだ」
そう、テンマは笑う。
「毒で死にかけていた君を封印することにより、体内を巡る毒は一時的に止まっている。でも、封印が解ければ僕と君が同時に目覚める上に、君の中で再び毒が巡り出す。そういうわけさ」
「じゃあ、オレは、し、死ぬのか?」
目を見開かせて聞くジロウに、
「ああ。多分、もうすぐ封印が解けちゃうからね…まあ、そんなすぐにではないけど。新米くんはどうしたい?目覚めて死にたいかい?それともずっと僕とここで眠りたい?」
「……」
テンマのその問い掛けに、ジロウは黙り込んだ。
「ん?どうしたんだい?いつもなら何か騒ぐ君が、やっぱり怖い?選べない?」
「…あの男は、あんたなのか?」
「…?」
しかし、驚くでもなく、恐怖するでもなく、冷静そうなジロウの反応にテンマは首を傾げた。
「あの男って?」
「ハルミナちゃんとネヴェルに問い掛けてる、顔の見えない男にだ」
「…ふーん??あれ、天界と魔界の神様みたいな奴等だよ?天長と魔王。なんでそれが僕…」
「問い掛けが、似てるからだ」
そう、ジロウは言う。
「死ぬか、生きるか、何かを犠牲にするか…。今のあんたの問い掛けが、あの男に似てる。いや…なんだろ、同じ…感じがするんだ。何かを愉しんでいるような…」
テンマのことを何も知らない。たった少しの関わり。
けれどもジロウにはなぜか、テンマの性格というものがなんとなくではあるがわかってきていた。
「…ふ」
テンマは小さく笑い、
「英雄の血を受け継いだ、資質かい?」
「え?」
テンマの言葉の意味がわからず、ジロウは首を捻る。
「誤算だったよ。僕も全く気付かなかった。ただの、馬鹿でお人好しな平凡なトレジャーハンターだと思ってたんだけど…。運命の巡り合わせ……因縁ってヤツかな?何も知らずに利用しちゃって、僕もバカだったのかなぁ…」
「あんた、何を言ってるんだ?」
「いや?ただ、そうだね。一つ言わせてもらえば…」
テンマはニコリと笑い、
「君はきっと、目覚める道を選ぶよ。なぜなら、ハルミナとネヴェルも危機的状況だから。彼らは何も知らないんだ。どこまでが僕の手の内なのかを…ね」
笑った後で、金色の目でジロウを捉え…
「じゃ、僕はちょっと忙しいから君から離れとくよ。目覚めた時に、また会えたらいいよね。君が無事に生きれるか、君が真実に辿り着くか…楽しみにしてるよ、新米くん。僕は君と同じ空間に居る。目覚めたいと思うのなら、強く願ってみなよ。少しばかり助力してあげるからさ」
テンマはそこまで言い、ふわりと姿を消す。
「…」
ジロウはそれを見つめ、残された、天界と魔界の光景に目を遣った。
「……ネヴェル、ハルミナちゃん、カトウ、おっさん、ヒステリック女!」
試しに叫んでみるが、あちらからこちらの光景は見えない…
繋がっていないようである。
「ってか、ユウタは何処に居るんだ?」
天界に行ったとテンマは言っていたが、姿が見えない。
そして、何があったかはわからないが、天長と魔王の問い掛けに悩むハルミナとネヴェルの姿。
(ハルミナちゃんとネヴェルが危機的状況……テンマの手の内…)
先程のテンマの言葉を思い浮かべ、
「…早く行かなきゃマズイ感じがするぜ…」
テンマが何をしようとしているのかはわからない。
それに、どうやって封印を解いたらいいのかもわからない。
ハルミナとネヴェルはジロウを救う為に行動しているという。
(目覚めたいなら、強く願え、か。でも、テンマの言葉を信じてもいいのか…?)
ジロウは眉を潜めた。
すると…
「返事がないな、ネヴェル。なら私がどちらかを選んでやろうか?」
「返事がないな、ハルミナ。なら私が誰を始末するか決めようか?」
魔王、天長が同時にそう言った。
魔王に対し、
「……」
ネヴェルは黙り、
天長に対し、
「!…待って下さい!なぜ、そんなに急いて、選ばそうとするのですか?!」
ハルミナはそう叫んだ。
その光景に、話の流れはやはりわからないが、本格的にマズイと思う。
誰かが死ぬのではないか…と。
目覚めたところで、ジロウでは天界と魔界へ行けはしない。
しかし、ここでただ見ているわけにもいかなくて。
「くそーっ!!わかんねぇが、テンマ!!助けてくれるってんなら助けてくれ!オレはここから出たい!あんたのこと信じるから、ここから出してくれ!!」
そう、叫んだ。
それに呼応するかのように、カトウの持つ英雄の剣と、スケルが持ち去った魔力の溜まった紅い石が輝き出す…