天長の元へ2

「ハルミナか。待っていたぞ。頭を上げろ」

天長と呼ばれた、玉座に座る男が、跪き、頭を垂れたままのハルミナに言った。
ハルミナは立ち上がり、頭を上げる。

「…待っていた、とは?」

ハルミナがそう問うも、

「しかし、まずはお前に対して皆が物言いたそうだな」

天長はそう言った。

「…な、なんで嬢ちゃんがおんねん…」
「…人間界…魔界に行ったはずじゃ?」
「…それに、髪が短く…」

下級天使であるハルミナは自分の力で天界に戻ることは出来ない。
その為、ラダン、マグロ、ウェルの三人はヒソヒソとそう言った。

「理由は知らないけれど、よくノコノコと戻って来れたね、モルモット。確か君は、天長に許可を取らず、無断で人間界への扉を通ろうとして、カーラを囮にして逃げたはずだよね?」

マシュリが嫌な言い回しをするが、ハルミナはマシュリを一瞬だけ睨み、すぐに天長の方へ視線を戻す。

「天長。私はあなたに用件があり、この場に参りました」
「おい、貴様、天長に対して無礼な…」

ミルダが言うも、ハルミナは言葉を止めず、

「まず聞きたいのは、何故、彼までこの場に居るのですか?」

銅鉱山に居た、ジロウを傷付け、テンマと手を組むことになった男……スケルを指す。すると、スケルが眉を潜め、

「貴女は確か、先程の銅鉱山に居ましたね?それはこちらも同じこと。貴女こそ何故ここに居るんですか?」

そう問われるので、

「あなたには聞いていません。私は天長に聞いているんです」

ハルミナがピシャリと言うので、スケルは肩を竦める。

(な、なんや嬢ちゃん、強なっとらへんか?ってか、俺もあの男が誰だかわからんし…)

ラダンはそう思った。

「さて、私もその人間が誰だかは知らないな。上級天使を呼んだだけなのだが、影武者がその人間をどこからか連れて来たようだ」

天長がそう答える。

(影武者の中身は黒い影…でも、フェルサと呼ばれていたとエメラさんは言っていた。スケルさんはフェルサさんと協力関係にあると言っていた。だとしたら、影武者の中身は、本当にフェルサさんなの?)

ハルミナがそう考えていると、

「それで、ハルミナよ。聞きたいことはまだあるのか?」

天長にそう言われて、

「…ええ、沢山、あります」

ハルミナは真剣な面持ちで言った。

天長はハルミナのことをどう捉えているのか、フェルサのこと、現在の世界の状況…

他にも、沢山の疑問がある。けれども、

――魔王と天長だったか。それに会うことが出来れば恐らくは…何かしらの真実に辿り着けるだろう

リョウタロウの言葉が脳裏に宿った。

「天長…あなたは、私を待っていたと言いましたね。私がここに来ることをご存知だったのですか?」
「それは勿論。私は天界の長だ。お前の…いや、お前達の行動は全て知っている」

その天長の言葉に、

「なら、私の魔界と人間界での行動も、存じていますか?」
「さすがにそこまでずっと知りはしないが、少しは知っている」

天長はそう答える。

「お前は、人間界で出来た友人を救いたいのだろう?」
「!」

言われて、ハルミナは思わず身構えた。

「英雄が本当の意味で消滅したことも知っているぞ」

天長が言い、

「おや。あの後、リョウタロウさんは本当に死んでしまったのですね」

スケルが言う。それに、

「リョウタロウだと?奴はまだ生きていたのか?」

ミルダが反応を示した。

「確定事項だけ言えば、私はお前の大切な友人を救う術を知っている」
「…!」

天長のその言葉にハルミナは驚き、

「その方法は、一体?」

恐る恐る尋ねる。

「しかし、そうだな。先程マシュリが言ったように、お前は無断で下界した罪を償っていないな」

そう言われ、ハルミナは無言で天長を見た。

「それに、その際に、ウェル、ラダン。お前達二人はそれの手助けをしたと聞いたが?」

話を振られたラダンとウェルはビクリと肩を揺らす。

「待って下さい、二人は関係ありません。あれは私が…」
「ハルミナ、お前がウェルとラダンを処分するか、それともお前が二人に処分されるか…どちらかを選べ。そうすれば、お前の友人を救ってやろう」
「…はい?」

天長の言葉の意味が理解できずに、ハルミナは疑問を返した。

「言葉通りの意味だ。さあ、早く選べ」

急かすように天長が言うので、

「天界の神とは思えないようなお言葉ですね…」

と、ハルミナは言う。

「あ、あの、話の流れが掴めないんですけど……ハルミナさんの友人?そ、それに、処分って…」

マグロが困惑するように言い、ラダンとウェルも当然、意味がわからずに現状に固まった。

「天長、申し訳ありませんが、どちらも断ります。友人を救う方法を…別の道を、探すまでです」

ハルミナが言うが、天長は否定をする。

「それは無駄な努力だ。私にしか、あの封印は解けないと思うぞ?」
「…天長、あなたは一体、何がしたいのですか?」
「ん?」
「あなたはさっき言いましたよね?天界の長だから、私達の天界での行動は全て知っていると。ならなぜ、黒い影のことを黙認してきたのですか?」
「黙認?私は黒い影を討伐する任を与えているが?」

そう言った天長に、ハルミナは静かに首を横に振る。

「そうじゃなく…黒い影を生み出している根元を黙認して来ていたのですね、と言いたいんです」

ハルミナはミルダとマシュリ、そして影武者を横目に見た。

「…ふぅ」

すると、天長がため息を吐くので、ハルミナは首を傾げる。

「…全く、どちらも使えないな」
「え?」

天長がボソリと言った言葉が聞き取れずに、ハルミナは疑問を返すが、

「なら、そうだな、カーラを先に処分しよう。まだ息をしているようだからな」
「…」

カーラの名前を出され、ハルミナはチラリと扉の方に目を遣る。
扉の外にはエメラとユウタが居て、カーラの名前に反応してエメラが動き出すのではないか、そう、ハルミナは思った。

「…なぜ、そこでリーダーの名前が?」
「お前を手引きしてきたのは奴だろう?お前に罪がない、ラダンにもウェルにも罪がない。なら、消去法だ」

なんて言う天長に、思わずラダンが身を乗り出しそうになったが、

「ラダンさん、落ち着いて下さい」

ハルミナが冷静に言うので、

「っ?!」

ラダンはピタリと動きを止める。

「天長…あなたの言動は何か急いでいる、いえ、焦っているように見えます。あまり、あなたにお目見えしたことはありませんが、天長らしくない…そう、私は感じます」

ハルミナはそう言い、

(本当に、英雄とレーツさんが言ったように、天長に会えば真実に辿り着けるの?到底…そうは思えない…)

くるりと天長に背を向けた。

「何処へ行くのだ?」

天長に問われ、

「…友人を救う、他の方法を探します」
「そんなもの、無いと言うのに?」
「…」

言葉を詰まらせるハルミナを見て天長は笑い、

「ならばこうしよう。お前がこの部屋から出たならば、ここに居る者達は皆殺しだ」
「――?!」

それこそ、天界を統べる神らしくない言葉にハルミナは絶句した。
それに、先程までは感じなかった大きな魔力の流れを天長の中に感じ…

「あ、あなたは一体?!」

慌てて振り返りながらハルミナが問うも、

「何を焦る?いいではないか。天界の住人はお前を異分子だと蔑んで来たのだぞ?お前が心配する必要はないだろう?」

そんな、神の…
天長の言葉に、

「カーラ先輩の…言った通りだ…」

マグロが目を見開かせて言い、ラダンとウェルも同じことを考えていた。
牢屋で、天長を信用しない方がいいと、カーラが言っていたことを…

「行くなら行くがいい、ハルミナ。お前にはどうでもいい奴等だろう?」

天長がそう言葉を紡ぐので、

「私は無関係では?」

スケルが言うが、天長はそれを無視する。

「…」

その場に無言で立ち尽くすハルミナに、

「…そう、だよな。俺は、嬢ちゃんのこと、異分子だからって…見てるだけやった」
「わたくしも…ハルミナさんが皆から蔑まれていても、何も行動できなかった…」

ラダンとウェルが俯きながら言い、

「オレも…ハルミナさんのこと、下級天使で、何の努力もせず任務に就いて…魔界で暮らしてて気味が悪いって…思ってました。ハルミナさんのこと、何も知らなかったのに…」

マグロは悔しそうに涙を滲ませ、自分の汚い感情に唇を噛む。

「ふーん?モルモットの逆襲、みたいな?私達は君に殺されるのかな?」

なんて、嫌味に笑ったままマシュリがハルミナを見て言った。

「…フェルサさんの話を、聞きました。マシュリさんとの間柄も」

ハルミナがそう言うので、マシュリの表情から笑みが消える。

「フェルサさんは、人間と魔族を憎んでいたんですよね。それで、黒い影なんて言う兵器を造り出す実験を生んでしまったんですよね」

そこまで言ったハルミナをミルダが厳しい目で睨み、

「貴様…何をどこまで聞いた?」

そう問われたので、ハルミナは思わずミルダから目を逸らしてしまう。

(ミルダさんが…私の、父。でも、ミルダさんはまだ、私がミルダさんを父だと知っていることを知らない…)

ハルミナはその事実は敢えて伏せ、

「あ…あなたとマシュリさんが…フェルサさんの意思を継ぎ、人間と魔族に復讐する為に、黒い影を生み出し続けていた元凶…なんですよね」
「だったらなんだ?」
「…」

表情一つ変えずに言葉を返して来るミルダが、今まで通りと同じく、ハルミナに威圧感を与えた。

「まあ、そろそろ話を先に進めよう」

天長が言い、

「早く選べ、ハルミナ。自分が死ぬか、ここに居る他の者が死ぬか、カーラが死ぬか…。どれかを選べば、お前の友人を救う術を教えてやろう。と言っても答えはもう決まっているだろう?」

言われて、ハルミナは顔の見えない天長を真っ直ぐに見た。

「お前は憎いはずだ。恨めしいはずだ。お前を忌み嫌っていた、何もしてくれなかった…天界の住人のことが。そうなんだろう?」

天幕で上半身はすっぽりと隠れ、足元しか見えはしない、天長と呼ばれる男がハルミナに問う。

ハルミナは瞳を閉じ、

(天長はなぜ、誰かを殺そうとしているの?何か意味があるの?)

そう、考えた。

異分子と蔑まれて来た日々は、確かに辛かった、逃げ出したかった。

けれども、天界の中に、救いだってあった。

そして、ハルミナとネヴェルの為に行動し、今はテンマと共に封印されてしまっている、ジロウ。

ジロウを救う術を知ると言う天長に、ハルミナは…


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