人間界の昼3

ネヴェルはカトウを守りながら墓標の場で黒い影の数を減らし、更にその先の通路でハルミナは黒い影の数を減らす為に残った。

そして…

「こ、これは…?」

一本道の通路の奥に隠された岩壁の扉の先。
そこで目にした光景にジロウは驚く。

そこは、先程までとは全く違う空間だった。
銅鉱山などではない、ただの真っ白な、何も無い一室。

ただ、その一室の壁に、一つだけ光を放つものがあった。

「これが、英雄の剣の欠けた部分です」

その光を指差してレーツが言う。

「これ、が?こんな小さな…石が?」

ジロウは拍子抜けしていた。
その光を放つものは、紅い、小さな宝石のようなもので…

「少年よ。英雄の剣の柄の部分をよく見て。窪みがあるでしょう?」

レーツに言われ、ジロウは確認する。
確かに、気付かなかったが小さな窪みがあった。

それを、隣で見ていた、偶然ながら巻き込まれ、英雄とか天界、魔界とか、まだなんの事情も知らないユウタが、

「もしかして、あの石をここに入れるのか?」

そう言って、

「ええ」

と、レーツは頷く。

「なあ、レーツ。教えてくれ。あの石はなんなんだ?」

英雄や、英雄の剣の成り立ちは、多くの犠牲、多くの実験の上に出来上がったものだ。
ジロウは、妖しい光を放つ紅い石に、妙な違和感を感じる。

「かつての時代では、人間にも簡単に魔術を扱えた。英雄リョウタロウは独自で魔術を学び、優秀だったのです。だから、彼にはその剣は簡単に扱えた」

レーツはそう語る。そして、ジロウを真っ直ぐに見つめ、

「ネクロマンサー達は、魔力を補完する道具も造っていたのです。しかし、先ほど言ったように、リョウタロウにはそれは必要なかった」
「その、魔力ってのを補完する道具ってのが、あの石か?」

尋ねたのはユウタで。
それに、レーツはコクリと頷く。

「…なるほど。ってか、あんた状況に馴染みすぎじゃないか?状況知らないくせに」

ジロウがユウタに言えば、

「ああ。英雄とかなんだとかさっぱりさ。でも、ヤバそうな雰囲気だからな、落ち着いてから色々話を聞かせてくれよ。それまでは知ったかぶっとくよ」

なんて、妙に落ち着いている友人に、ジロウは渇いた笑いを漏らした。

「そういえば、テンマが言ってたな…英雄の剣なしに、リョウタロウは自分の力で魔界の扉を開き、オレを魔界に落としたって…。それ程、リョウタロウは優秀な人間だったんだな…」

ジロウはそこまで言い、

(そのせいで、リョウタロウは死んだって…テンマは言っていた…)

それを思い出して、視線を真っ白な床に落とす。
そんなジロウを見ていたレーツが、少しだけ悲しそうな視線をジロウに向けていたことに、ジロウは気付かなかった。

「…それで、その石をこの窪みに嵌めれば、魔術ってのが使えないオレでも、この剣の力を引き出せるのか?」

ジロウは再びレーツを見て、

「恐らくは。いえ…、話に聞いただけですが…きっと」
「…そっか。そうすりゃ、ハルミナちゃんとネヴェルを元の世界に連れてってやれるんだな…」

ゴクリ、と、ジロウは、壁に埋め込まれた紅い石を見つめ、

「でも、英雄の剣といい、この石といい、なんでこの銅鉱山にあるんだ?ってか、この銅鉱山、一体全体どうなってんだ?」

素直な疑問を口にする。

「この銅鉱山こそが、かつての時代の、ネクロマンサー達の実験場だったからなのです。…さあ、少年よ。長話が過ぎました。早くあの石を取り、成すべきことを成しましょう」

レーツに促され、ジロウは頷いた。

まだまだ有り余る疑問も何もかも、それは後で聞こう。
ハルミナとネヴェルとカトウの元に戻ってから聞こう。
…ジロウはそう思い、紅い石へと足を進めた。

――…
―――…

「こんなものか」

そう、澄ました顔で言いながらも、ネヴェルは肩で息をしている。

「わ、わけがわからないけど……凄い」

それが、カトウの素朴な感想だった。
ネヴェルはカトウを守りながらたった一人でこの場に現れ続けた黒い影を殲滅していって、今ようやく、この場は落ち着いていた。

「もっ、もう現れませんかね?」

岩影に隠れていたカトウは恐る恐る顔を出しながら聞き、

「わからん。何処から現れているのか、全く予測もつかんからな。しかし、今の内に先を急ぐか…」

ネヴェルはジロウ達が進んだ道を見る。

「何をしている、早く来い、人間の女」
「あ、は、はいぃ!」

しかし、カトウはそう返事しながらも、膝が震えてその場に座り込んでしまった。

「…何をしている」

ネヴェルが冷めた目でカトウを見るので、その視線に、

「わっ、わざとじゃないんですよー!だっ、だって、気持ちの悪い黒いうじゃうじゃが消えて、なんかホッとしたら、ち、力が抜けて…」

それから、カトウは先刻のネヴェルの、

――荷物だ。捨てて行け

――こいつは足手まといになる、ここに置いておけ

その言葉が脳裏に浮かび、

「…う。確かに、ネヴェルちゃんの言う通りです……私は多分、いえ、絶対に足手まとい…。何か出来るわけでもなく、ただ足を引っ張っちゃうだけ。うう……私のことは置いて、ネヴェルちゃんはジロウさんとハルミナさんを追って下さい!」

そう、カトウは精一杯叫ぶ。そして、ネヴェルは…

「あぁ?」
「ひ、ひいっ」

ネヴェルが心底、苛立ったような呆れるような見下すような…
そんな相槌を返してきたため、カトウは怯えた。

「貴様、あの村での勢いはどうした」
「え?あ…?」
「ジロウと共に、あの得体の知れん男にまた会いたいんじゃなかったのか?」
「そ、それは…」

カトウは、なんと言い表したらいいかわからない気持ちを抱きながら、テンマのことを思い浮かべる…

「でも…。ネヴェルちゃんの戦いを見て思ったんです。ジロウさんも、テンマさんも…皆、手の届かないような存在だなって。何も出来ない私は…誰の役にも…」
「はあ…」

すると、カトウの言葉の途中でネヴェルがため息を吐いた。

「何も出来ない役立たず。それが、今の時代の人間だろうが。だから、そんな貴様が何も気にする必要…」

そこまで言って、ネヴェルは言葉を止める。

「……う、うぅっ…」

なぜなら、カトウが泣き出していたから。
その様子に、ネヴェルは魔界でのハルミナとのやり取りを思い出した。

「何故、泣いている」
「だって、だってぇ……ぐすっ…」
「…おい」
「だって、ネヴェルちゃんは悪魔さんなのに、優しいから…」
「……。…………は?」

我ながら、間の抜けた声を出してしまった、と、ネヴェルは思う。

「足手まといの私を、守ってくれたり、励ましてくれたり…」
「おい待て。いつ守った?いつ励ました?」
「黒いうじゃうじゃから守ってくれたじゃないですかー!それに、足手まといになるのを気にするなって、今、励ましてくれたじゃないですかー!」

と、泣きながらカトウは叫ぶように言って…

「おい、待て。人間の女。貴様の脳はどうなっている…」
「さっきから、'貴様'とか'人間の女'とかやめて下さいー!私はカトウですー!」
「っ!?」

魔界の城の牢屋でのハルミナの台詞と全く同じで、ネヴェルは絶句してしまった。

(近頃の女は、天使も人間も同じ脳をしているのか…)

ネヴェルはため息を吐き、

「…そう、だな。名前は大事だな。挨拶の基本だな。だから行くぞ、カトウ」

ひきつったような表情をしながら、ネヴェルはあの時のハルミナの言葉を復唱しながらカトウの名前を呼んだ。

「ね、ネヴェルちゃん……私は今、猛烈に、ネヴェルちゃんに熱い友情を感じています!!」

カトウは目を輝かせながら言う。

「わかった。わかったから早く立て」

心底疲れたようにネヴェルは言うが、

「…じ、実は、また腰が抜けてしまいました…」
「…」

キレそうになった。
ネヴェルはキレそうになったが…

(こいつを殺せばジロウは俺に反発するだろう。…魔界へ帰るまでの辛抱だ…)

苦虫を噛み締めるような表情を作り、ネヴェルはバサリと黒い翼を出し、腰を抜かしたままのカトウの前まで行く。

そして、そのままカトウのことを持ち上げ、宙を飛んだ。

「ネヴェルちゃん!?」
「貴様の脳内はもう理解した。まともに歩けない貴様を俺が助けたと思ってるんだろうが、勘違いするな。貴様を待っていたらまた黒い影が現れるかもしれんからだ」

そう、ネヴェルは言い、ジロウ達が通った隠し扉の階段を飛びながら降る。

「しかしお姫様抱っこを経験する日が来るとは思いませんでした!」
「……おひめ…?なんだ、それは」

先程まで大泣きしていたカトウであったが、今はもういつもの調子を取り戻していた。

(私はただの商人。何も出来ないけど、ジロウさんと一緒に……テンマさん、あなたにもう一度会って…ちゃんと、助けてくれたお礼を言いたい…!)

――…
―――…

「くっ…」

ハルミナは岩壁に凭れ掛かる。

(一体ずつ地道に消すか、黒い影の行動を遅らせるか、避けることしか、私にはできない…、黒い影のこの数…割に、合わないっ…)

そんな行動の繰り返しのせいで、すでにハルミナは体力を消耗していた。

(でも…私が、決めたんだ!ジロウさんを、守りたいって…!)

キッ、と、ハルミナは顔を上げ、再び地道な行動を再開しようとして、しかし、足を止めた。

黒い影達の行動が、急に停止したのだ。

「…な、何?」

しかし、それがまた異様な光景に感じられて、ハルミナは周囲に視線を散らつかせる…

そして、

「っ!!」

ある一つが目に入った。
さっきまでは、確かに居なかった…
動きが停止した黒い影の中心に、人が立っていたのだ。

それは、金色の髪をして、上級天使の服に身を包んだ、女性…

「て、天使…?なぜ、こんな所に…」

ハルミナが見知らぬ女性に問い掛ければ、女性は柔らかく笑う。

「警戒する必要はないよ、私のハルミナ」
「!?」

警戒するなと言われたが、名前を呼ばれ、当然ハルミナは身構えた。

「あはは、成功したんだね。流石は…私のミルダ。私のハルミナ。君は最高傑作だよ…!」

まるで、実験動物を見るような目で、女性はハルミナをうっとりと見つめる。

「あなたは…何者ですか」

ハルミナが退路を確認しながら女性に聞けば、

「そうだね、わからないよね。君にはわからないわね」

女性は可笑しそうに笑う。
その笑みが、とても不気味だった。

「ふふ。カーラ、と、名前を出したら君はどう反応するかな?」
「…!?なぜ、リーダーを…それにさっき、ミルダさんの名前も…」
「ミルダ'さん'…か。よそよそしいのね、ハルミナ」

女性はまた思わせ振りに笑い…

「そうね…。こう言えば、君はどう反応するかな?」
「…さっきから、実験みたいな言い方…」

ハルミナには女性の言葉がそう感じられた。

「ふふ。まあ、聞きなさい。カーラはね、あなたを愛していたわけじゃないのよ?カーラは私を愛し、そして、私を…君共々殺そうとした、未熟な坊やなのよ」
「…は?」

気持ち悪い、気持ち悪い…

堪らなく、この空間が、この女性が、ハルミナにとっては気味の悪いものであった…


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