ラダンとカーラ
「うっ……ひっく、…ぅ」
「泣くなやエメラ!」
「だって……だって…!カーラが…」
いっつも強気なエメラが泣いているのには驚いた。
まあ、そんだけカーラに気があるってことやけどな。
カーラが異分子の嬢ちゃんを人間界へ行かせた責任追及の話を、今、ややこしいミルダ先輩とマシュリが天長に持っていっとる。
まあ、正直、俺とウェルさんもカーラと嬢ちゃん庇ったみたいなもんやから、俺らも何かしら罰せられるやろな。
まあ、自分でしたことやからええけど。
「たっ、大変です!」
すると、そんな声がして、
「どないしたんやウェルさん!そんな慌てて…」
それはウェルさんの声やった。物凄い走って汗かいとるのに、顔色は青い。
「か…カーラさんが……」
ウェルさんがそこまで言えば、
「カーラ!?カーラがどうしたのよ!?」
「うをっ!落ち着けやエメラ!」
エメラが当然食いつく。
「わ、わたくしも、カーラさんとハルミナさんを庇ったのに、なのに、カーラさんが、罰は自分だけ受けるって、ミルダさんに…。そっ、それを、ミルダさんが受け入れて…」
「なんやて!?カーラ何しとるねん!」
「それで!?カーラはどうなるのよ!?」
「っ!」
エメラがウェルさんに詰め寄る。
「し……しばらくは、城の地下に投獄されるそうです…」
「なっ、なんですって!?」
城の地下牢には、厳重に魔術封じの魔術がかけられている。
せやから、いくらカーラといえど、牢屋の中では無力…
「せっ、先輩達!」
すると、また新たな声。
「今度はマグロかよ!お前までどないしたねん慌てて!またカーラのことか!?」
俺が聞けば、マグロは大きく頷く。
「か、カーラ先輩が投獄されて……その、上級天使達には最後の面会を許すって、マシュリ先輩が……」
「最後って何よ!」
「わっ、わかりませんよ!」
エメラに詰め寄られ、マグロは首を横に振った。
「オレだって…さっきから、わからないこと、だらけなんですよ……。オレは、ハルミナさんはなんの苦労もしてないただの異分子としか思ってなかったのに……なんか、色々と背負ってそうだったし……マシュリ先輩が、なんか、おかしくなったし……、カーラ先輩が……投獄…」
マグロの頭ん中はごっちゃになっとるようや。
まあ、マシュリは前から性格悪いけど、マグロの前では今まで本性を出してなかったんやろな。
マグロはマシュリに憧れとったし、色々ショックやろな。
しかし、今の問題はカーラや。
「と、とにかく、城へ……カーラさんに会いに行きましょう!」
ウェルさんが言って、俺らはようやく動き出した。
――…
―――……
「おや、これで全員かな」
城へ行くと、マシュリの野郎が居てそう言った。
「私はカーラに用はないから君達だけで行っておいで。君達がカーラに会うのはこれで最後だろうしね」
「どういう意味なのよマシュリ!?」
エメラが言えば、
「言葉通りだけどな。エメラ。君も所詮は頭が空なのかな?」
「なっ!」
マシュリの嫌味に、エメラは怒りで顔を真っ赤にしとる。で、やっぱり憧れのマシュリの本性に、マグロはソワソワしとるし…
「おいエメラ。はよ行くぞ。そんなガキ放っとけ」
俺はエメラに言う。
すると、マシュリがニヤニヤと笑って俺の方を見たが、俺はそれを無視して地下牢へと向かう。
所詮、マシュリも嫌味なただのガキなんだ。って、俺は思うことにしとる。
灰暗い地下へと続く階段を降り、地下牢へと着いた。
「誰も居ないですね…」
マグロが言い、
「そうね。牢屋なんて、滅多に使われないもの」
ウェルさんが答える。
「カーラ!」
すると、一番に見つけたのはやはりエメラ。
「ん?勢揃いでどうしたの?」
なんて、ヘラヘラした声。
近付いただけでわかる。
カーラの入れられとる牢には、厳重な程の魔術がかけられとる。
やけど、当の本人は平気そうに牢の中にあるベッドで横になっていた。
「カーラ!あんた何を呑気に寝てるのよ!!」
エメラに言われ、カーラはゆっくりと起き上がる。
「あれ?どーしたの。エメラが泣いてるなんて珍しいね」
「あんたのせいでしょう!」
「そうやでカーラ!お前、なに一人で背負っとるねん!俺とウェルさんだって…」
俺がカーラに言えば、
「嬉しかったなー。二人がハルミナの味方をしてくれて」
なんてことを、カーラは言う。
「カーラ、お前アホやでほんま!お前、こんなとこ閉じ込められて!それに、嬢ちゃん一人、人間界へ行かせて!もう一生会えへんかもしれんで!?その……あっ、あ……愛し……すっ、好きやったんやろ!?結局!」
先刻の、カーラが嬢ちゃんに向けた言葉を俺は思い出す。
――…君を愛しているんだ、ハルミナ。
なんて!こっ恥ずかしい台詞を吐きやがって!
「うん。もう会えないよな、きっと。寂しいね」
カーラは言う。
「うっ……うぅ……」
するとまた、エメラが泣き出した。
こりゃ、ややこしいな。
エメラはカーラが好きで、カーラは嬢ちゃんが好きで、しかしエメラは嬢ちゃんが嫌いで…
どっ、どうなるんや…
「ごめん…!ごめんなさい、カーラっ……」
「エメラさん?!」
謝るエメラに、ウェルさんが驚く。つか、俺もビビった。
「あたしが!あたしが……あの小娘なんか、居なくなったらいいのにって!いつも思ってたから!あたし、あたし、あんたの気持ちをなんとなく知ってたから……なのに、あたし、さっき、あの小娘が居なくなって、嬉しかった。なのにっ、違った!違った……うっ、うぅ…」
泣きわめくエメラの背を、ウェルさんが優しく擦る…
「なんでエメラが謝るかな。当然の反応だよ。ハルミナのことは異分子扱いしなければ、皆、天界では生き辛くなる。だから、エメラの思いは間違いじゃないだろう?」
「か、カーラ……じゃあ、あんたは?ずっと、あの小娘の傍に居て、生き辛く、なかったの?」
そりゃ、そうやろ。その答えはとっくに出とるやないか…
わかってて聞くんかいな、エメラ。
いや、確かめたいんやろな。カーラの口から……
カーラはエメラに頷き、
「逆に、生きるのが楽しくなったよ。彼女を見守って。挙げ句、好きになっちゃってさ。本当は、一緒に逃げ出したかったな、一緒に、行きたかった。ハルミナは優しいから、一人でちゃんとやっていけるか心配だ。でも、僕は天界に留まって、ハルミナの分も、ラダンとウェルさんの分も、罪を引き受ける。だって、全部、僕の責任だからね」
そう言ったカーラの言葉に迷いはなかった。
「水臭いわ、カーラさん…」
ど、どないしよ…
ウェルさんまで泣き出しちまった。
俺も泣くべき?
「カーラ!あたし、絶対にあんたをこっから出してあげる!それで、あの小娘にまた、会わせてあげる!」
ええ!?どないしたねんエメラ!
「あんたの幸せは…あの小娘なんでしょ?もう、あたしに勝ち目なんてないじゃない。あの小娘が居なくなっても結局……あんたは、あんたの一番は、あの小娘だから」
「えー?いいよ別に。僕が望んで牢屋に入ったんだし、ハルミナには自由になってほしいし。ただまあ、天長の話だけどさ」
カーラの声音が変わる。
「あんま、信用しない方がいいよ。天長と、ミルダ先輩、マシュリには気を付けて。特にマグロくん。君だ」
「!?」
地下牢に来てから一人、黙りこんでいたマグロにカーラが言う。
「君は掟に忠実だからね。マグロくん、上級天使全員の名前を言ってみて?あ、ハルミナは無しでね」
「え?あ?」
マグロは質問の意味がわからず戸惑いつつも、
「マシュリ先輩、ミルダ先輩、ウェル先輩、ラダン先輩、エメラ先輩、カーラ先輩、……オレ」
「それで何人?」
「7人ですよね」
「んー、一人足りないね」
カーラが言い、
「影武者の話ですか?オレがまだ小さかった頃に、黒い影との戦いで命を落とした上級天使の話ですか?」
マグロが聞けば、
「そう。8人目の…いや、実質は、3番目の上級天使だ。僕とミルダ先輩、マシュリ、そして、ウェルさんしか知らない人」
カーラの言葉に俺は頷き、
「そやな。俺が上級天使になった時には、その上級天使は死んでて、もう影武者だったもんな」
「あたしも知らないわ」
エメラも言う。
「でも、おかしな話だよね。その上級天使の死は、公にされてない。影武者なんて作ってさ」
「それは…天界を護る上級天使が死んだ、なんてニュースは、あまり良いものじゃないからですよね。最強の階級が死んだなんて、民を不安にさせてしまいますから。だから影武者を…」
カーラの言葉にマグロがそう返せば、
「普通は、悼み、弔うのが常識なのにな。……さて、本当にその上級天使は戦いで死んだのかな?いつも頭から足元まですっぽりと白いフードを纏っている影武者って、いったい何者なのかな?」
「カーラさん?彼女は確かに…」
ウェルさんが首を傾げながら言えば、カーラはヘラりと笑うだけ。
「まあ、僕はこれからなんてもう興味ないし、ここでゆっくり寝て過ごすよ」
「お、おいカーラ!?なんやねん!これから何かあるみたいな言い方…」
カーラは俺の問いには答えず、再びベッドに横になる。
「だから!なんであんたはそんな呑気なのよ!閉じ込められてるのよ!出れないのよ?!」
泣きじゃくったままエメラが言うと、
「いや、出れるよ。このぐらいの魔術をかけた牢なんて簡単にね」
「うっ、嘘でしょう!?」
マグロが驚けば、「本当だけど」と、カーラは答える。そんなカーラを訝しげにマグロは見て、
「じっ、じゃあ、なぜ出ないんですか?」
「だから言ったろ?僕の責任だからね。ラダンにもウェルさんにも迷惑かけれないから」
「でも、一番は、ハルミナさんのことですよね」
「え」
ウェルさんが言って、カーラはウェルさんを見る。
「カーラさんのことですから、何か考えがあるんでしょう?ハルミナさんの為に。わたくし達は皆、知っているんですよ。カーラさんの頭の中はハルミナさんのことばかりだって」
「ちょっ……ウェルさん?」
珍しくウェルさんがからかうように言うもんやから、カーラはうろたえとる。
それに、こんな状況やのに、なんか俺も笑ってしもた。
カーラがもう、真面目な話をせんから、せやから、笑って、他愛ない話して、最後にカーラは言った。
「ラダン。君が、ここに居る3人を守れよ」
…なんて。
俺が、ウェルさんとエメラとマグロを?
何から?
でも、カーラはそれ以上は何も言わんかった。
それから数日。
――君達がカーラに会うのはこれで最後だろうしね
……マシュリが言ったように、マシュリの野郎とミルダ先輩は俺達をもう、カーラのとこに行かせてくれんかった。
地下牢への道に、結界を張りやがった。
ミルダ先輩とマシュリはたまにカーラの様子を見に行っとるようやけど…
なんなんや。
なんなんや、この、嫌な感じは。
なあカーラ。俺、どないしたらええねん。
嫌な、予感がするわ…