afterward(ミルダとフェルサ)

青い空、一面を覆う雲の絨毯。
遥か下には地上――否、人間だけの世界。

生き残った天使達は空に追い遣られた…

ミルダ、フェルサ、カーラ。
そして、戦えず避難していた天使達。

天使は絶望した。
遥か空に追い遣られたことに。
天使の一部は自分達を棚に上げ、憎んだ、恨んだ。
人間を、魔族を。

しかし、地底に落とされて行った魔族達の境遇よりはマシだろう。
そう思う天使の方が圧倒的に多く、天使達は遥か空の上で静かに暮らそうと決めた。

だが、一人。
たった一人、色濃く根付いた憎しみを消せない者がいた…


「うんうん、ちゃんと家は残ってるなー」

カーラは自らが暮らしていた場所が無事であることを確認し、なんとか生活していけそうだなと安心する。
それから後ろに振り向き、

「ミルダ先輩、フェルサ先輩は?」

冗談めかしくそう呼んでミルダに聞いた。
あの戦いで左目を抉られ失ったミルダは、痛々しくも包帯を巻いたまま…

「…フェルサはあれから閉じ籠りっきりだ」

と、ミルダは答えた。

「そっか……フェルサ…」

カーラは俯いて小さく言い、それからすぐに顔を上げ、

「あれから会えてないけど、やっぱ会うのは難しい?」
「…」

真っ直ぐな少年の目の色は、本当にフェルサを心配している眼差しだった。
会えるものなら会わしてやりたい、だが…

「そうだな……今は、そっとしておいてやった方がいい」

絶望しきったフェルサの姿を、カーラに見せるわけにもいかなかった。
カーラはまた俯き、「そっかぁ」と、小さく言う。
それからギュッと拳を握り、

「ミルダ先輩……彼女のこと、任せたよ。君にしか、任せられないから…」

そう、悔しそうに言って、カーラは家の中に入っていった。

ミルダは平和だった頃、フェルサと共に決めていたことを思い浮かべる。

カーラを自分達の養子にするということ。

だが、結局、いつまでたっても伝えることは叶わなかった。
それ以上に、カーラはフェルサを一人の女性として愛してしまっていることを、ミルダはずっと知っていた。

(どうすることが、我々の幸せになるのだろうな…)

ミルダはフェルサのこともカーラのことも、口にはしないが大切に思っている。
ずっと一人で、自分達はどうすればそれぞれ幸せになれるのかを苦悩し……結局、こんな世界になってしまった。

ミルダが家の中に戻ると、そこはしんと静まり返っていて…
フェルサは部屋の中に閉じ籠ったままである。

――そうして数年。

いつからかフェルサはようやく部屋に閉じ籠ることをやめたが、それでも彼女の中には暗い影が宿っていた。

「人間の英雄なんてバケモノのせいで私達は、無惨に負けた。わけのわからないまま、世界は切り離された。私達は空に追い遣られ、新しい生活を始めざるを得ない。私達はあんなに奪われたのに……カーラ少年も傷付き、ミルダも左目を奪われた。なのになぜ、二人は人間と魔族を憎んでいないと言うの?私は忘れないわ。平穏を奪った奴等を。誰が言い出したのかなんて知らない。誰が始めたのかなんて知らない。あの、奪い奪われる、愚かな戦いを私は忘れない。あの憎しみを、絶対に」

フェルサはうわごとのようにそれを繰り返す。
ミルダは何も言わずそれをただ、聞いていた…

――それから更に数年。

フェルサはマシュリという少女と出会った。
両親を亡くした、身寄りの無い少女だった。
あの時代が終わった後に生まれた少女。
だが、暗い、暗い目をした、闇を抱えている少女。

闇を抱えたままのフェルサはマシュリの闇に惹かれたのか、マシュリを引き取ると言い出した。

だが、ミルダは反対する。なぜか、危険だと感じた。
だが、フェルサはやはり聞かない。だから、ミルダはいつものようにすぐ諦めた。

フェルサは娘としてマシュリを引き取ろうとしたが、マシュリはフェルサを'義姉さん'と呼んだ。
彼女には姉が居たらしく、不慮の事故で亡くなったらしい。
だから、義妹として引き取ることとなる。

そのことに関しては、ミルダは安心した。
自分達が本来、養子として迎えようとしたのは、もはや叶わないことであろうが、カーラだったのだから…

フェルサはもう、そのことを忘れてしまっているのだろうが…

――そうして更に数年。

天長なんて存在が急に現れ、天界を統治し始めた。

天長の出現と同時に、人間界へ行き来できる扉なんてものも出現する。
しかし、その扉を通れるのは天長に特別な翼を与えられた上級天使のみ。

同様に、人間界には魔界と天界に繋がる扉。
魔界には人間界に繋がる扉も用意されているらしい。

姿すら見せない声だけの存在、天長。
その存在に天使達は疑問を抱くが、その力を神と讃え、疑問は容易く消えていった。

そして、天使には力量や役割によって階級が付けられる。

上級天使、中級天使、下級天使…

あの戦いで生き残ったミルダ、フェルサ、カーラは天長の計らいにより、順次、上級天使の階級が与えられることとなった。
だが、カーラは「興味ない、面倒」と言い、その階級を蹴り、下級天使止まり。

…天界をより良くしていく為に、天使達はそれぞれの任務を果たす。

勿論、フェルサも。

ミルダはそれに安心していた。少しでも、過去のことをフェルサが忘れてくれればいいなんて、安易に考えていた。

だが…
フェルサの闇は、膨らみ続けていた。
彼女は空に追い遣られてからずっと、実験をしていた…

人間、ネクロマンサー達が人間の英雄を生み出したみたいに、死者の体を使い、復讐の為の武器を造っていた。
平穏を奪った、人間と魔族への復讐だなんて名目で。

そうして、ミルダとマシュリもフェルサの実験に協力する経緯となる。
マシュリは純粋に、フェルサを敬愛して…

ミルダは、フェルサを止められない自責の念を抱え、いつか、いつかと、フェルサが穏やかな心を抱いてくれることを願い…

実験が完成に差し掛かった頃、フェルサはミルダの子を身籠った。


ミルダ、フェルサ、カーラ、マシュリ、そしてウェル。
それぞれが出会った後に、カーラもフェルサが実験を行っていることに気付く。
そして、カーラはフェルサを止めようと…
以前からフェルサの闇に気付いて止められなかった自分と、ずっとフェルサの側に居たのに黙認していたミルダに嘆き、全てを止める為に、フェルサを殺すつもりで彼女を撃った…

しかし、全てはフェルサの想定の上。

カーラに殺されたように見せ掛け、フェルサは姿を消した。

カーラだけでなく、ミルダとマシュリ、自分以外の全てを騙す為に。

実験のもと、念入りに造った黒い影に自身の腕輪を付け、その黒い影に産まれたハルミナを預け、ミルダとマシュリの元へと放った。
フェルサは自分が生きていると気付かれないように、人里離れた天界の地で過ごし…実験道具共々、人間界へと移る。

数年、人間達の様子を観察し、何も知らず、幸せそうに生きる奴等に反吐が出た。
そして、英雄リョウタロウが生きてることを知り、更には彼に似た存在もさ迷っている。
フェルサは彼らに気付かれないように数年身を潜めた。

そして、フェルサはネクロマンサーの末裔であるスケルに出会い、彼の脳に遺されていると言うかつてのネクロマンサー達の実験をもとに、更に実験を進める。

フェルサは憎悪に狂いつつも願った。
自分の大切なもの全てが幸せになる道を創る為に…

その為ならば、自分の身体も弄った。
食物すら必要としない身体に造り変えた。


ミルダの後悔は増すばかりである。
今までずっと、自分は本気でフェルサを止めたことがなかった…と。
全てにおいて、フェルサの意思を尊重してきたのだから。
不安定な彼女の支えになる為に…

フェルサの面影を遺した影武者の腕に抱かれた赤ん坊、ハルミナ。

ハルミナが3つになる頃までは、ミルダはハルミナを一人育てていた。

だが…

――ハルミナを魔界に落とし、魔族に近い体に造り変える。

――ハルミナを兵器に育て、まずは魔界で暴れてもらうに仕向ける…


フェルサが語っていた実験の言葉の数々が脳裏を過る。
拍車をかけるように、フェルサを敬愛しているマシュリが早く早くと、早くハルミナを魔界に落とせと訴えてくる。

ミルダはもう、わからなかった。
何を尊重すればいいのか…

ハルミナが産まれて4年。
長くを生きる天使の4年は、まだ赤ん坊だ。
独りで生きることなど出来ない。

4年間、ミルダは苦悩し……

ミルダはハルミナを強く抱き、そうして、人間界へと赴き……魔界に落とす。
結局、フェルサの願いの為に。

そうして数年、実験の成果を見る為にミルダはハルミナを迎えに行った。
しかし、実験は失敗したようだ。

ハルミナは魔界で真っ直ぐに育っていた…

金の髪は魔界の影響でか緑に染まり、もはや天界で暮らせるような身ではない。異分子と蔑まれるだろう。

ミルダはハルミナを人里離れた天界の深い森の中の小屋で暮らさせることとした。

もはや、父親と名乗る資格すらなく…
ミルダは自分の中で娘の存在を抹消することとなる。

あれは異分子だ、モルモットだ――と。

冷徹な仮面を被り、身体の中身には後悔ばかりを孕ませて…

それでも時に、ミルダは思いを馳せる。

ネヴェル、レディル、ヤクヤ、メノア。

彼らが居てくれたなら……自分もフェルサも、正しい道を歩めたかもしれない…と。


――天界が空に追い遣られて百年余り。

森の中に佇む施設。
もはや原型を留めていない施設の瓦礫の山の下。

ミルダもフェルサも、不器用だった、愚かだった、孤独だった、繊細すぎた…

正しいと信じた道はあまりに脆く、幸せを望みながらも、その幸せを自らの手で壊してしまっていた。

二人の本心は、結局、誰にも知られぬまま、語らぬまま、瓦礫の山の下。

――瓦礫の山の下、ミルダの腕の中には、フェルサとマシュリが強く、抱き締められていた。


それは、盲目すぎて、あまりに間違えすぎてしまった者たちの末路。


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