森の中の施設2

「ミルダよ。お前は昔からそうじゃったな」

と、拳の動きを止めずにヤクヤが言う。

「お前は強く頭も賢かった。じゃが…昔からフェルサの意思を尊重し過ぎておる。幼馴染みであり恋仲だったとはいえ…本当はわかっておるのじゃろう?こんなことに荷担するのは間違っておると――!!」

ギンッ――!
ヤクヤの叫びと拳をミルダは剣で受け止め、

「誰もが同じ思想を描けるなどと自惚れるな、バーサーカー」

冷ややかにミルダは口を開いた。
振り上げた剣から白い閃光が四方に飛び、ヤクヤを目掛ける。
その閃光をヤクヤは目で追い見切りながら高く跳躍した。
閃光は全てドンッと大きな音を立て、床を裂く。

「…自惚れた思想じゃと?」

すとっ、と、ヤクヤは床に着地し、ミルダを見て聞いた。それにミルダは、

「ああ、そうだ。誰もが起きた悲劇を受け入れ、前を向いて進めるわけではない。やりきれない思いを抱え、それが膨らみ憎しみに変わる…」
「…それがフェルサか?」
「そうだ。昔からフェルサは飄々としていただろう?だが、本当は誰よりも…脆い。自身の描いていた未来を壊されたフェルサは、それを受け入れることが出来なかった」

そのミルダの言葉を聞き、ヤクヤは眉間に皺を寄せる。

「ならば、何故お前が諭さなかったのじゃ。お前が傍に居て、何故、何も変えれなかった?」

そう問われ、ミルダは数秒だけ目を閉じた。

まだ、全ての種族が共存していた時代に。
穏やかな未来を想像して止まなかった時代に。
善だろうが、悪だろうが、フェルサのすることを手伝うと――…あの日、誓ったことを、その時のフェルサの驚いた表情と、そして紅く染まった頬を、今でも鮮明に覚えている。

「…貴様には、いや、誰にもわからない事だ」

その場に意識を戻し、ミルダは剣を構え直して再びヤクヤを睨んだ。

――…
――――…

「マシュリ先輩。オレは戦いに来た訳じゃないんです。どうしても、あなたと話がしたいんです」

マグロは言う。

「何度も言うけど、君と話すことなんかもう何もないよ、マグロくん」

マシュリが言い、

「で?どうすんだ?オレらはいつでも戦う準備は出来てるけどよ」

と、ラザルはウェルに聞いた。

「…わたくしも、どうしてもマグロちゃんとマシュリさんにはちゃんと話をしてほしい…けれど…」

マシュリには更々その気はなく、フェルサの為ならば何もかもを敵に回すと言う威圧感すら醸し出していて、どうしようもない事態にウェルは俯く。

「ならば、まずはあの天使…マシュリだったか?彼と戦い、彼の動きを止めるしかないな」

ムルがラザルに目配せし、それに「だな」と、ラザルは頷いた。

「…マシュリさんは強いです。けれど、マシュリさんを、その…あまり、傷付けないであげてほしいんです」

ウェルの言葉にラザルは目を細め、

「テメェは戦えないんだろ、黙ってオレらのやり方に任せてろ」

そうラザルは言い、ムルと共に前に出る。

「おい、天使のガキ」
「え?」

ラザルに言われ、マグロは振り向いた。

「君も戦えるか?まずはあの天使の動きを止めて…話をしたいのなら、それから話せばいい」

ムルがそうマグロに言い、

「…そう、ですね。戦わずに、なんて。そんな簡単に…マシュリ先輩は話を聞いてくれませんよね…」

マグロは苦笑して、それからマシュリを見て、剣を構えた。

「マシュリ先輩。どうしてオレがあなたに憧れているか…あなたは知っていますか?」
「憧れている、尊敬している。なら、それだけでいいんじゃないかな?理由なんて興味もないし、何も意味を成さない。言葉なんて幾らでも取り繕えるからね」

マシュリは冷笑し、小柄な身体を活かし、素早く前進してマグロに剣の突きを向けようとしたが、それを黒い刃が受け止める。

「魔術の刃か…ふむ」

剣を受け止められたにも関わらず、マシュリは冷静に言って。
それはラザルが魔術で作り出した黒い刃だった。

「ハハッ、状況判断してる場合かよッ」

ラザルが笑うと、マシュリの背後に黒い翼を羽ばたかせ、球体状の紫色した魔術を手に溜めたムルが居て、マシュリは挟み撃ちにされる。

「なるほど。魔族と戦うのは初めてだけれど、そうか…これが、フェルサ義姉さんを苦しめた魔族の魔術か…」

圧倒的に不利な状況であるにも関わらず、静かな声で言うマシュリに、ラザルとムルは何か違和感を感じた。
そして、マシュリは握っていた剣の切っ先を地面に突き刺す。
その行動の意図はわからないが、ラザルもムルも即座にマシュリに攻撃しようと動いた――だが、

「っぐ…!」
「ぐがっ…!?」

ラザルとムルの呻くような声が同時に響く。

「二人とも!!」
「ラザルさん、ムルさん!」

マグロとウェルは驚愕を交えて叫んだ。
先程マシュリが床に剣を突き立てたと同時に、床から光が吹き出し、その光はラザルとムルの体を切り裂く刃となる。
幸い、二人はすぐ後退した為、致命傷には至らずに済んだ。

「…くっ、ハハ、天使様ってのもなかなかやるじゃねえかよ!!楽しめるってもんだ!!」

腕から流れる血を手で荒く拭き取りながらラザルは言い、

「あまり挑発するなよ、ラザル」

と、ムルは口の端に滲んだ血を指で拭う。

「幸いこっちには回復の能のある天使様が居るんだ、いくらでも戦ってやろうぜ」

笑い掛けながら言ってくるラザルにムルはため息を吐き、

「お前の場合は吸血種だから再生方法はいくらでもあるが、俺はそうもいかない。慎重に行くさ。まあ、ラザルが言った通りだ。だから、今はあなたは下がって、後の我々の傷の手当てをしてくれ」

そう、ムルは居ても立ってもいられず、戦いの場に駆け出そうとしたウェルに振り向いて言った。

「お二人共…」

どれほど変わりたいと決意しても、自分には何も出来ない状況を目の当たりにし、ウェルは顔を青くする。

「ウェル先輩」

マグロは彼女の肩に片手を置き、

「ウェル先輩の治癒術は最強なんですから!綺麗さっぱり痛みもなくなるし、傷痕もなくなる。怪我を治してもらう度に、家に帰って来たー!って感じの…そう、オレの帰る場所なんですから。あなたが居るから、安心して戦えるんですよ」

と、マグロは屈託なく笑った。
そのマグロの言葉を、ウェルは天界で何度も聞き、何度も勇気づけられ励まされて来た…

「マグロちゃん、ありがとう。どうか、皆さん気を付けて……どんな傷も、わたくしが必ず治癒しますから」

ウェルはようやく、柔らかく微笑む。
それにマグロはニコッと笑い、ムルは微笑み、ラザルは居心地が悪そうに視線を逸らした。

「やれやれ。弱者同士の傷の舐め合いか…全く、見苦しいね」

光景にマシュリが言い、

「いいえ、弱者同士なんかじゃありません。仲間同士です。だから、オレ達は強い。あなたや、ミルダ先輩、フェルサさん達よりも!」

マグロはそう反論して声を上げる。そんなマグロをマシュリは、やはり冷めた表情で軽視した。

――…
――――…

「カーラ少年。昔と同じさ。君に私は救えない。君と私は、視野が違うんだ、思考が違うんだ。決して、相容れないのよ」

フェルサは両手を宙に広げながら言う。

「僕はもう少年じゃない。百年以上生きた。君の背だってとっくに抜いているよ」
「私からしたらいつまでも君は少年のまま。出会った頃のあのまま…」

それを聞き、カーラは目を細め、

「君の時間は止まっているんだ、フェルサ。未来を見ようとせず、取り戻せない過去ばかりを見て…。なぜ、出来ない?君が過去を受け入れ、未来を見ない限り…ミルダ先輩――いや、ミルダもマシュリも君の為に止まらないんだよ」

それに対してフェルサはふわりと笑い、

「君にはわからないわね。君には何も変えられないわ、カーラ」

…と。フェルサはかつてカーラと対峙した時と同じ台詞を言った。少なからずとも、それはカーラに動揺を与える。

「私には私の思いがある。君には君の思いがある。わかり合えないのは仕方のないことよ」
「…」

フェルサの言葉にカーラは歯を軋めた。
確かに、フェルサのその言葉には一理ある、だが…

「フェルサさん」

そこで、ハルミナが口を開く。

「あなたにはあなたの思いがある。カーラさんにはカーラさんの思いがある。それなら…、あなたは自分を正しいと思っている。でも、私達はあなたを間違っていると思っている。…そう思うのも、自由ですよね?」
「ふふ、それはまた…随分とひねくれた事を言うのね、私のハルミナは…」
「いいえ」

それに、ハルミナは首を横に振り、

「あなたは笑いますが、私達は本気です。本気で、あなた達を止める為にここに来た。そして何より、あなたに対してはカーラさんが一番本気なんです」
「ハルミナ…」

真っ直ぐフェルサに発言するハルミナを、カーラは眩しそうに見た。

「それに私も、あなたとは…あなたとミルダさんとはちゃんと話をしたい。いえ、しなきゃならない」
「そう」

フェルサは短く言い、

「所詮、君にもわからないわね、私のハルミナ。いつまでも続くと信じてやまなかったものを容易く奪われた――…そんな憎しみ、わからないわね」

そう、続けるので、

「フェルサ、君は…」

カーラは今の言葉の真意を考える。

「いつまでも続くと信じてやまなかったもの…。かつての時代のことですか?そうだとして……今でもその中に、ミルダさんとカーラさんは含まれていますか?」

ハルミナの問いに、フェルサは静かに微笑んだ。返答はない。
そしてフェルサは他の面々の方に視線を向け、

「争いは回避できない。いつの時代も。だからこそ…私は終わらせたいのよ。世界が滅びれば、そうすれば…憎しみ合う必要もないだろう?そうすれば…」

そう、未来も希望も宿していない、過去の絶望や憎しみしか映さない目をして言った。


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