銅鉱山の最奥1
まるで誘われているかのように銅鉱山内の仕掛けは全て解かれており、ジロウ達は難なく地下への階段を降り、あの真っ白な一室へと続く薄暗い一本道を歩いていた。
「なんか落ち着くかも」
「まるで魔界みたい」
と、トールとナエラは言う。
「落ち着くですって?!有り得ないわこんなジメジメした場所!」
対照的にエメラはそう言った。
「魔界暮らしと天界暮らしの差ってヤツやな」
そう、ラダンが言って、
「あはは、あんた達、賑やかだな」
ジロウは笑う。
「あ!もうすぐですよ!確かもうすぐでしたよね!この辺りで私とネヴェルちゃんの友情が芽生え、お姫様抱っこで運んでもらったのをよく覚えてます!」
「お姫様抱っこー?!」
意気揚々としたカトウの言葉の数々にネヴェル以外の一同が叫んだ。
「ああ、確かそんなことを言っていたな。何なんだ?その、おひめ…なんたらと言うのは」
唯一わかっていない当の本人であるネヴェルに、
「ネヴェルさんって、天然なのか?」
ユウタが言い、
「魔界にはそんなメルヘンな言葉存在しないわけ?」
エメラがトールとナエラに聞き、
「いや、存在しますぜ。ただ、ネヴェルが疎いだけなのかな、と」
トールはぼそりと言う。
「って言うか!どういうこと!?ネヴェルちゃんがお前をお姫様抱っこ!?」
当然ナエラは驚いて叫んだ。しばらくその話題が続いた後で…
「しかし、俺もここにはいい印象がないな」
次にユウタが言い、
「そっか。ユウタはタイトさんに連れて来られたって言ってたな。タイトさんも黒い影に飲み込まれたのかな…」
「さあな、あんな野郎…」
そんなジロウとユウタの会話に、
「タイトって…」
トールは自分の知っている彼を思い浮かべ…
「あんたと同じような髪色した、いっつも黒いコート着てる無愛想な奴か?なんて…」
冗談混じりにトールは言ったつもりだが…
「なんでそれを?!」
「タイトさん知ってんのか?!」
物凄い形相でユウタとジロウに詰め寄られた為「え、そいつなの?」と、トールも困惑した。
「ああ、昨日あたしをシカトした奴ね」
「あれか」
と、エメラとラダンも思い出し…
「誰なんだ?それは」
タイトを知らないネヴェルとナエラ、カトウが聞いて、トールはフリーダムのタイトの話をする。
「あ、あいつが…魔族?トールさんやヤクヤさんの仲間…?さっきの城にも居て…エメラさんとラダンさんも会った…?」
「なんだよ!タイトさんオレ達に顔くらい見せてくれりゃいいのに」
あまりの急過ぎる話にユウタは頭を抱え、ジロウは不貞腐れるように言った。
「しかしこっちも驚いた。まさかタイトに人間の弟が居たなんて…あ、でも昨日、タイトが…」
――俺は人間でもある
そう言っていたな、と、トールは言い、
「魔族と天使のハーフであるカーラと同じく、そいつも魔族と人間のハーフなのかもしれんな」
ネヴェルが言う。
「あー…もうなんなわけあいつ…意味わかんねー」
項垂れるユウタを他所に、
「ここでしたよね!」
カトウが突き当たりを指して言った。
初めて訪れた時は岩壁であり、レーツやテンマの力によって扉が現れたが…
今はここまで来るのと同じく、すでに岩壁は扉となっていた。
「…明らかに来いと言われてるもんだな」
ジロウは言いながら扉を開こうとする。だが…
「待て待て!」
「待ちなさいよ!」
「待てって!」
「馬鹿ジロウ!」
「馬鹿め」
ラダン、エメラ、トール、ナエラ、ネヴェルが声を揃えてそれぞれに言ったので、なぜか扉を開くのを止められたジロウは不思議そうに振り向いた。
「お前が開けたらダメやろ」
「そうよ、弱いんでしょ」
「ここは戦える奴が前に出るからよ」
「お前は下がってて」
「そういうことだ」
なんて、五人に言われ…
「オレって頼りないか?」
若干、涙目になりながらジロウがユウタとカトウを見て聞けば、
「いやいや、気に入られてるんじゃないか?」
「そうですよ!」
と、笑いを堪えながら言うユウタに、なんの悪意もなく言うカトウ。
ジロウはため息を吐き、
「いや、やっぱここはオレが開けるぜ。この更に先に行ったことのない扉があるから、そこを他の奴に任せる」
不服そうに言いながら、それで妥協した。
それから、ゆっくりと扉を開き…
以前訪れた真っ白な一室。そこには誰も居なかった。
「あれのこと?」
部屋に入りながら、ナエラは壁と同化したような扉を指す。
「ああ、あそこにはまだ行ったことがないんだ」
ジロウが答え、
「奴らかどうかは知らないが、確かにその先から何か気配は感じるな」
ネヴェルは言いながら扉の前に立った。
それから、八人はもう冗談混じりな会話や表情をやめ、真剣な表情で扉に目を向ける。
ネヴェルは何も言わず、ゆっくりと扉を開いた。
そこは…
同じく真っ白な部屋ではあるが、真っ白な椅子や机があり、様々な装置が置かれていて…
「研究室だか実験室だな…」
と、ユウタは呟く。
「やはりここには貴方が来ましたか、新米くん」
室内からそんな声がして。部屋の奥にある白い椅子に座り、こちらに背を向けてなんらかの装置を操作している男――スケルだった。
「テンマは居ないのか?」
ジロウが聞けば、
「先程まで居たのですが、私には彼の行動範囲はわかりませんから」
と、スケルは言う。
「で?お前は何をしてるんや?」
ラダンがいつでも動きを取れるよう構えながら聞くと、
「黒い影の最終調整です」
スケルは短く答え、
「お前がそんなことして何かメリットはあるのか?」
ユウタが彼の背を睨みながら聞けば、
「私はネクロマンサーの末裔です。世界を壊すと言うテンマさんやフェルサさんの思想。すなわち人類の終わり…そんな非科学的なものを目に出来るのなら…私には十分過ぎる行動原理です」
背を向けたままの彼の表情はわからないが…
彼の声はとても穏やかなものだった。
「でもそれって、あんたも死ぬかもしんないのよ」
エメラが言えば「それもまた、素晴らしい原理です」なんて、スケルは言う。
「…お前が何を言おうがアレだけど、ネクロマンサーとはいえ、人間だろ?この人数相手に、お前はお手上げするしかないと思いますぜ」
トールが言った。
しかし、それは脅しではない。目に見えてわかりきっていることなのだ。
しかし、スケルは臆することなく、作業の手を止めない。
「こいつ…」
ナエラが思わず苛立ちそうになるが、
「新米くん。テンマさんに会って、貴方はどうするおつもりですか?彼はもはや、貴方の言葉を聞きはしない。昨日の出来事でわかっているでしょう?」
スケルが質問を投げ掛けて来た為、ジロウは目を丸くした。
すると、スケルは作業の手を止めて椅子から立ち上がり…ようやく一同に振り向く。
「答えなさい。貴方に彼の何かを変える事は出来るのですか?」
ピシャリと、まるで叱るような口調でスケルはジロウに言い、
「変わるか変わらないかは、あいつ次第だ。でも…オレは憎しみしか知らないあいつに人間らしい感情を知ってもらいたい」
「それを彼が望まなくても?そして、全ての者が天長や魔王として君臨していた彼を受け入れるとでも?」
ジロウの返答にスケルは、ネヴェル、ナエラ、トール、ラダン、エメラを順に見て…
しかし、そんなスケルの問いに、誰一人として険悪な表情をしなかった。
「その話はとっくにケリがついている問題だ」
ネヴェルが言い、
「ああ。昨日、話し合ったとこやしな」
ラダンが続ける。
そう言ってくれる彼らにジロウは力強く頷き、
「そういうことだぜ。でも…もし、どんなことがあろうとも、オレだけはあいつの前に何度でも立ってやる。それで、何回でもオレの意思を伝えてやる。…あいつに届くまで、絶対に」
真っ直ぐにスケルを見て、そう言った。
「私も一緒ですよ、ジロウさん!私もずっとずっと、ジロウさんやテンマさんの味方ですから!」
と、ジロウの隣でカトウは言う。
そんな彼らの、ジロウの言葉に、
「なるほど」
と、スケルは言った。
「新米くん。いえ、ジロウ」
「…うぇ?」
急に名前で呼ばれ、ジロウは間抜けな声を出す。
「貴方はもう少し、自分の価値を知るべきだ。貴方の存在についてや、テンマさんが貴方に対してだけは、どのように振る舞っているのかを…」
なんて、少しだけ感情のある優しい声音でスケルが言うので、一同はなんだか拍子抜けした。
「オレの価値?存在…振る舞い?」
しかし、ジロウはわからなくて、首を捻る。
「ってか、お前…敵、なんだよな?」
ユウタがスケルに言えば、
「テンマさんにも言いましたが、私はいつだって、死に近い道を辿る方々の味方です」
そう言って笑うので、
「はあ?あたし達が死ぬって言いたいわけ?」
エメラが目を細めて言えば、
「…そして、人の心理の味方でもあります」
スケルの返答に、一同はやはり首を傾げた。
「テンマさんやフェルサさん。憎しみや破壊しか知らない狂っている方々の心理を本当に変えることが出来るのか…そういうのも見てみたい気はしますね。黒い影で世界を壊すのも大変魅力的ではありますが…まあ、本当にそうなってしまっては、死体にも触れれなくなりますし、ね」
と、スケルは微笑む。
「こいつ、言ってること無茶苦茶だな」
ナエラが言い、
「でも、じゃああんたはどうするんだ?結局…テンマに手を貸すのか、やめるのか…」
ジロウが聞けば、
「もう少し貴方達が早く来てくれていたら良かったのですが、実はこちらの実験は全て完成しています」
なんて、スケルが言うので、
「何だと?」
と、ネヴェルは彼を睨み付けた。
「ただ、これはフェルサさんが行っている実験と合わせて完成するもの。ですから、残りの方々はフェルサさん達の元へ向かっているのでしょう?その方々がフェルサさん達の意思を変えれるのならば、皆さんの勝利です」
そう、スケルは言う。
「じゃあ、俺らもヤクヤさん達を追い掛ければ…」
トールが言うが、
「場所がわからんな。カーラしか知らないんだろう?」
ネヴェルがラダンとエメラに聞けば、二人は頷いた。
「あ、でもでも、スケルさんなら知っているのでは?!」
カトウが言うと、
「ええ。知っていますが…さて、彼は許してくれませんね」
スケルは言うので、その言葉に一同は'彼'を思わず探す。
「やれやれ、よくもまあ、堂々としてくれるねえ、ネクロマンサーくん」
…と。
スケルの側にある大きな装置の後ろから、テンマは現れた。
「いっ、居たのかよ?!」
トールが驚き、
「相変わらず気配を感じさせない奴だな…」
と、ネヴェルは言う。
「お前、テンマが居るのを知ってて、さっきまでべらべら喋ってたのか…?」
スケルの本心がわからずに、ユウタは言った。
「いやー、ネクロマンサーくんもだけど、君も随分好き勝手言ってくれるね?僕が人間らしい感情を知らないとか、酷いな、新米くんは」
そう言って笑うテンマの笑顔は、やはり心からの笑顔ではないとジロウは思う。そして、
「そうだぜ、テンマ。あんたは…人間らしくない」
真っ直ぐに彼を見て、ジロウは言った。