青春の爪痕

22 あしたも大好き

 ベスト8。
 これが、白鳥沢学園高校バレー部にもたらされたインターハイの結果だった。準々決勝で優勝候補筆頭と囁かれる井闥山と当たり、フルセットまでもつれ込んだが最後はエース佐久早のスパイクで、私たちは負けた。言い訳も何もない。優劣を決めるために私たちは試合に臨んで、そして負けた。ただそれだけ。
 でも人の涙腺というのは実に厄介だ。試合会場、宮城へ向かうバスの中では何も流れなかったくせして、いざ白鳥沢の体育館でミーティングをした後に流れてくる。幸いにも試合で使われたボトルを洗っている最中だったから、誰かに見られることはなかったけれど。情けない、情けない、と強く瞼を擦る。チームが負けたところを見るなんて、何も初めての体験じゃないのに、みんなの努力を知っているから、知ってしまっているから、こらえようにも抑えきれない。

「……みつけた」

 辺りに、泣いているのがバレないようにするための水音と、籠にボトルと一緒に入っていたタオルに顔を埋め、小さくない嗚咽を漏らす音、蝉の大合唱だけが響いている中、水面に雫が一滴垂らしたような、声が鼓膜を震わせた。振り向かずとも誰か、なんて分かりきっている。嘘。そうだったらいいな、と思う人だ。

「………賢二郎」
「ひでえ顔」
「負けたことも勿論悔しいけど、情けない自分にも嫌気が差す……」

 それなりに酷い顔なのは自覚がある。大泣きとまではいかないが止まらない涙のせいで頬は真っ赤で、眉は顰められ、お世辞にも可愛いとは言えない顔。隣にやってきた賢二郎が蛇口を閉め、水音が消え馬鹿みたく泣く私の声だけがこだまする。と思ったら今度は無造作に置かれているボトルを賢二郎が洗い始め、再び水の流れる音。訝しげに視線を向ければ、じゃばじゃばといつもと変わらぬ表情でボトルを洗う賢二郎は、一瞬こちらに視線をやってくれたが、すぐに手元に落とされた。

「別に、泣くのは情けなくないとは思うけど」

 そう、ぽつりと吐き出された言葉。それは慰めの言葉にも、突き放すかのようなものにも聞こえるが、この場合は前者だと、付き合いが二年目に突入する私にはわかる。わかるからこそ、

「………ふふ、」
「なんだよ」
「まさか、賢二郎から慰めの言葉が飛び出すなんて、思ってもなくて」
「は? 今のどこが慰めなんだよ」

 不服そうに、それでいてどこか嬉しそうな賢二郎に笑いが溢れる。

「ふふ……ごめんね」
「笑いながら謝られてもな……」
「ボトル、代わるよ」

 最後にもう一度だけタオルで涙を拭って、本来は私の仕事であるボトル洗いを代わろうと手を伸ばすが、渡す気がないのか一向に届く気配がなく、少し間をあけて再び伸ばすも届かず。そんな攻防を繰り返した後、他のことをやれと暗に告げる賢二郎の瞳に押し負け、渋々手を下ろした。だが他のことと言っても選手のユニフォームやタオルの洗濯などは宿泊先のホテルで済ましてきているし、今日は自主練もなければ授業もない。完全に手持ち無沙汰となってしまったため、水場に背を凭れさせて体育座りをすることに。
 じゃばじゃば、じゃばじゃば。聞き慣れている音のはずなのに、なんだか耳慣れない音のように聞こえる。とっくに夏休みに入った学校敷地には人の気配はせず、たまに聞こえてくる野球部の掛け声やバットから鳴る甲高い音を眺めながら、私は静かに息を吐いた。

「賢二郎」
「………」
「ありがとう」
「おう」

 一人でうじうじするよりも、誰かといた方が気が楽。そういつだったか言ったのを賢二郎は覚えていてくれたらしい。まさか覚えているなんて思わず、最初は訳がわからなくて首を傾げたけど、白布賢二郎という男はこういう奴なのだ。私は、だから彼が好きなのだ。
 クールかと思いきや意外と熱血で、口は悪いが人一倍努力は怠らない、そんなひと。

「紅花は笑ってればいい」
「……なんだか私がいつもヘラヘラしてるような言い草だね?」
「違わないだろ」
「あ、ひどい!」
「暗い顔は似合わねえって言ってんだよ気づけよ」
「わかってますー! 賢二郎こそ眉間のシワとれなくなるよ?」
「は?」

 口が悪いのは継続中ですがね。これも愛情の裏返しというかなんというか……下手に猫を被られるより素を見せてくれた方が何倍も信頼されていると知ることができるから、特段問題はないのだが。寧ろ丁寧口調の賢二郎がより一層怖いというか……最低限の敬意の裏に正直な言葉を含ませていることがあるから、その、先輩からしたら可愛くない後輩なんだろうけども。

「……牛島さんは?」
「監督に止められて寮にいる。だからこっちに来れた」
「賢二郎って牛島さん第一だもんね」

 言い方に若干の語弊があるけれど、だいたい合っているから訂正はしない。むしろそうじゃなきゃ賢二郎じゃないというか。

「次こそは、全国制覇するぞ」
「うん。私たちも全力で支えるから」

 目指すは春高。気を引き締めていこう。


▽▽▽


「いや、あの……本当に紅花先輩って白布さんのことが好きなんですね」
「ぶふっ!!」

 体育館前で賢二郎と別れた後、寮に戻って優ちゃんとばったり会って私の部屋でゆっくりしようって話になった時。事の顛末をかいつまんで説明すると、冒頭のセリフが放たれて私は盛大にむせてしまった。自室に置いてあった煎餅の小さな欠片が変なところに入った……!

「ぐ、っ、否定は……げほ、しないけど」
「ああまず水を飲んでください。落ち着いてから話しましょうよ」
「うん、ありがとう……」

 お礼は言うが原因が原因だからあまり腑に落ちない部分もあるが、まあいい。吹き出す直前に手で口元を押さえたから周りの被害は最小限で、常備しているティッシュで拭く。

「…………わかりやすい?」
「とても。……といっても、私は部活中でもよく一緒にいることが多いからかもですけど」
「三年生にバレなければいいや、特に天童さんには」
「ああなるほど」

 天童さんにバレたらどんな風にからかわれるのか。考えただけでも鳥肌ものだ。……別に部活恋愛禁止だとか、そんなルールはないけども、文字通り青春を全て打ち込んでいるあの人たちの邪魔だけはしたくないというのが本音。もっとこのチームで勝ち続けたい。勝ち続けた者しか見ることが出来ない頂の景色を、みんなと見てみたい。

「まあ私の話はもう置いといて! 私は優ちゃんの話が聞きたいな!」
「え……なにも、面白い話なんてありませんよ」
「東京にいる彼氏くんの話でもいいのよ?」
「最初からそれが聞きたかったんでしょう……」

 変な濁し方はしないでください、と注意をする彼女にごめんごめんとあまり謝意が感じられない返事をしながら、続きを促す。

「……先輩と同い年ですよ」
「二年?」
「はい。でも幼馴染みですし、あまり先輩後輩とか気にしない間柄でしたけど」
「へえ素敵! どんな子?」
「どんな………一言でいえば、そうですね、ゲーマーかな……?」

 意外や意外。ゲーマー少年が優ちゃんの心を射止めたのか! でも幼馴染みか……漫画とかでよくある設定や関係だけど、実際にそういう人がいるって素敵だと思うんだよ。いとこは、幼馴染みと少し違う関係だから。

「時間さえあればゲームばかりしてる人です。あと、人と接するのがあまり好きじゃありません」
「ん? 人見知り?」
「しかも極度の」

 なんと。人見知りの子が優ちゃんと付き合うことになるのも驚きだったが、その子を話すとき結構幸せそうな顔をしているから、まあいいかな、なーんて思ってしまうのだ。好きな人のことを考える時は、心安らぐことなんてもう私は知ってしまっているから。

「親の転勤がなければ、たぶん同じ高校に進学していたんだと思います……バレーに関わっているかは、分かりませんが」
「連絡とかは」
「適度に取り合ってますよ。息災らしいです」
「息災て」
「たまに通話なんかもしますしね」

 やはり恋話は素晴らしい。自分のことでからかわれるのは少しだけ遠慮がしたくなるけれど、こうして気のおけない人と話していると妙に勇気が湧いてくる気がするのだ。もちろん、気休め程度の勇気だろうが。
 それでも、乙女に恋話はつきものなのだ。




執筆日:2019/01/10
公開日:2019/01/14
 超が付くほどお久しぶり過ぎる更新ですねすみません。サイト開設した頃の一日一更新が異常だっただけで、こちらが私の素となります。甘いお話ってどう書けばいいんでしょうか……。


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