青春の爪痕

21 二番目に、好きな人

「賢二郎ってぜったいカノジョ束縛しそうだよネ!!」

 きっかけは天童さんのこの言葉。
 今日も部活を終えて部室でいつものように制服に着替えていると、背後のロッカーを使用している天童さんから飛び出てきた言葉は噴き出すには十分の効力を持っていて。俺に向けられた言葉ではないのだけれど恐る恐る隣で時が止まったかのように動かなくなった親友を見やれば、

「天童さん地雷踏んでます」
「エー!?」
「太一うるさい」
「とばっちりなんだけど」

 それはそれは露骨に嫌悪感を表情に出す賢二郎がいて、言外にその話題はしないでくれと言ったつもりだった。が、やはりというべきか天童さんには通用せず俺も賢二郎にとばっちりを食らってしまった。これでもお前のことを気遣ったつもりなのに、とんだ空回りである。

「……どういうイメージなんですか、それ」
「だってさ! うちのクラスの女子が『白布くんって牛島くんに従順すぎるからその反動で自分の“もの”である彼女に対しては束縛的なんじゃないかな〜』って!」
「完璧な風評被害じゃないですか」

 先輩に対する最低限の敬意だけは外さずに、嫌そうな顔の賢二郎が受け答える。
 俺はというと、白布賢二郎という存在が三年生のバレー部とは縁遠い女子の先輩の間でも浸透していることに驚きを隠せなかった。てか、まじか。こいつまじか。まじかーー……。同性の俺から見ても賢二郎の顔は整っているし、バレー部では唯一スポーツ推薦ではなく一般入試で白鳥沢に合格するほどの頭を持っていて、正セッターとしてインターハイ予選を勝ち抜いた功績もありファンは少なからずいるだろうなとは思っていたが、まさかここまでとは……。

「太一? 早くしなよ、鍵閉めちゃうよ〜?」
「エ、あ、うす!」

 紅花に伝えるかどうかを考えていたら割と時間が経っていたらしく、慌てて制服に着替え終える。
 待っていた賢二郎と合流すればひらひらと手を振って先に歩いている天童さんが見え、小さく会釈をして隣の男を小突く。

「……なんだよ」
「いや、結構当たってるなと思って」
「周りの勝手な偏見だろ、そもそも紅花はモノじゃない」

 泣く子も黙るおっかない目で睨むように言ってのけたそれは、彼の中では揺るぎない真実なんだろう。俺もそう思っていたし。けど、自分で失言をしたことに気がついていないのは、らしくないな。

「誰も紅花をだなんて言ってないけど」
「……ハウス」
「ざーんねん、目的地は一緒だ」

 盛大な舌打ちが聞こえたがスルー。天童さんは“カノジョ”と言っただけでこれといった個人名は出していない。恐らくは自分の気持ちが知られている俺だけだったからという理由もあっただろうが。ああ、あと違和感を感じたのはアレか。

「なあ、なんか紅花とあった?」
「別に」

 だろうな。答えてくれねえわな、知ってた知ってた。だけど今日はこのままではいられないんだ。うちのクラスで可愛いと評される子が賢二郎に今日にでも告白するっていう情報があるんだ。……まあ、こいつは紅花が好きだから、受け入れることは無いだろうけども。違和感というのはなんだか最近、紅花に対する賢二郎の口調が崩れてきてるのだ。そんな目に余るものじゃないが、疑問を抱かせるには十分なものだった。

「話したらぶん殴るぞ」
「口は硬い」
「インハイ後に告ろうかなと思ってる」
「へー…………………は?」
「なんだよその顔」
「いやいやいや待て! 告るって、あの告るでいいんだよな!?」
「他にどんな告るがあんだよ……」

 汗を拭う賢二郎からは冗談の類は感じられず、今言ったことは事実のようだ。どういう心の変化があったのかは知らないが、驚いた。これは……協力すべきだろうか。それを聞く前に協力はいらないから、と釘を刺されてしまったので何もできないが。

「まあ、応援してるよ賢二郎クン」


▽▽▽


 ───俺と鷲谷紅花はいわゆる、男女の友情によって結ばれている関係なのだと思う。多感なお年頃である周囲の学園生徒が聞けば有り得ないと口を揃えて訴えるようなものだが、真実なのだから受け入れてもらうしかない。確かに紅花は可愛い。ぶっちゃけると、うん、男の俺からしたら本当に超好みの顔をしていると言って、断言してもいい。さらに男女問わず気さくに話しかけ笑顔を絶やさないという正確美人も相まって、彼女は誰からも好かれるような(残念ながら、バレー部のマネージャーであることが響いてごく一部の女子生徒からは嫌われているのだが)立ち位置にいた。だから初めて彼女と会った時、たぶん恋に落ちるだろうな、と感情が分かりにくいと言われる顔の裏で俺は警鐘を鳴らしていた。
 だが、そうはならなかった。考えていた予感も彼女と接する度に鳴り響いていた警鐘も全てを吹き飛ばすかのように、彼女との関係性は“親友”が一番しっくり来たのだ。さっきも言ったけど紅花は可愛い。そう思っていたし、今も思う。紅花と本気で怒らせないギリギリのおふざけを賢二郎に仕掛けたり、SNSにアップされている動画を見て爆笑し合ったり、色気も何もない些細なことを共有し合うことが、しっくり来た。二年に上がるまでは同じクラスだったし何だったら俺が一番あの二人を見てたんじゃないかね。であるからにして、俺は賢二郎が燻る想いを自覚する前から『ああ好きなんだろうな』とぼんやりと考えたりしていた。まさか暫く経ったあとに二人が両思いであることを知ることとなるとは思わなかったけど。

「……あの、太一?」
「んー?」
「勘違いじゃなければ、もしかして私のことガン見してる?」
「もしかしなくともしてる」

 一学期を締めくくる終業式を終えて、部活に精を出す者とそうでない者と教室で別れる。他クラスの……俺のクラスメイトに呼び出しを受けた賢二郎は早々に教室を出ており、今は紅花と部室棟へ向かっていた。紅花との関係性について考えていたからか、初対面の時と同じ気持ちでジッとガン見していたらしく、彼女はわずかに居心地が悪そうに頬をかいている。

「やっぱり、告白……なんだろうね」

 俺がガン見していたことには大して触れることなく、訪れた静寂から逃れるように発せられた言葉には主旨がなかったために把握するのに時間を要したが、瞬時にそれが今この場にはいない男の呼び出しのことだろうと理解した。
 お互い好きあっているのに、部活でそれどころじゃないと臆病風に吹かれて何も変わらない二人。このままでは伝えることなく友達のまま終えるのでは、と不安に思う時も少なくはなかったけれど、紅花から心中を吐露するような発言と、表情を見て改めて彼女は賢二郎が好きなんだなあ、とどこか他人事のように視線を頭一つ分下にある紅花に向ける。

「そんなに気になるなら後尾けちゃえばよかったのに」
「ええっ、無理だよ、賢二郎にどやされる」

 まあ、分からなくもない。人の告白現場に運悪く遭遇すると、謎の罪悪感に襲われる。それが例え親友が受けている告白現場だったとしてもだ。ひた隠しにしてきた感情を当人のみにぶつけていると思っていたら、まさかの外野に聞かれていたなんてこと、考えただけでゾッとするんだろうな。俺はそんな気持ちないからわからないけど。
 ミンミン、と七月に入ってから本格的に喚きだしている蝉の大合唱に顔を顰めながらなお歩みを進めていると、隣を歩いていたはずの紅花が不自然に後ろで固まってどこかを凝視していたため、不思議に思い一度彼女のところまで戻って同じところを見れば目を凝らせしてようやっと見える距離に一組の男女がいた。慣れないな、といつ見てもそう思う。現代にはスマホと呼ばれる便利なものも開発されていて、LINEという本当に口頭で会話しているような気分になるアプリもあるというのに、昔から思いを伝えるときは面と向かい合ってはっきりと、そういうルールがあるのかないのか。恐らくは対面の方が本音をこぼしやすいという理由もあるんだろうが。
 部活開始時刻まで時間はある。が、ここに長居する理由がないため紅花の気をこちらに向けさせようとする。

「………」

 彼女は、彼女の瞳には今見ている男女がどう映っているんだろうか。俺には、彼女の瞳から憧れに似たような、そんなものを感じた。
 紅花と賢二郎が想い通わせたとしても、彼らは何も変わらないのだと漠然と思う。あくまでも俺たちの一番はバレーであって、全国制覇を果たすためにひたすら練習をし続けている。選手然り、マネージャー然り。

「紅花は、さ。タイミングを待ってるんだろ」
「タイミング? ……なんの」
「告白だよ、告白」

 バッと顔を向けてきた紅花は、なぜ、という気持ちを全面に出していて少し笑える。

「どうせ『あんな風に強い女の子のほうが、賢二郎に似合うんだろうなあ』とか思ってたりしてるんだろ」
「ぐっ……」
「アホらし」
「太一不機嫌?」
「誰かさんのおかげで」

 正直に言おう。はよくっつけよめんどくせーな、と思ったときはかなりある。
 まあ……その、何かをしくじってこいつらが悲しんだり苦しんだりする光景を見る方が精神的にきついけど、果ての見えない惚気に似たものを聞かされるこっちの身にもなってくれ。

「そろそろ部室行かないとまずいな」

 校舎に設置されている時計の針はちょうど11を指していて、部活開始まで約30分だ。

「何かあったら相談ぐらいには乗るし、賢二郎の様子も教えてやるから、そんな難しく考えんなよ。好きなら好きって、胸張って生活すりゃいい」

 胸を張る……、まだ少し暗い顔をして鸚鵡返しをする紅花に背を向け、ひとりでもと部室へ歩く。大して気温は変わらないはずなのに屋内と屋外では暑さが違い、鞄から取り出した下敷きで扇いでいると部室前に山形さんが見えた。

「お疲れさまです」
「おう川西、白布と鷲谷は?」
「紅花ならあそこです、賢二郎は、まあ部活までには来ますよ」
「告白か」
「わかってたんすか」
「空き教室で白布見かけたからな、声かけようと思ったら女子が見えて『あ、アカンやつ』って察して逃げてきた」

 互いにロッカーを開けながら、続く会話。確か今日は対人パス練習が最初だったな……。なーんてことをぼんやり考えていると扉が開く音がして振り向けば、やはり賢二郎がエナメルバッグを背負って立っていた。それはいつもと変わらないんだが……表情は人ひとり殺せそうなほど歪んでいて俺も山形さんも首を傾げる。

「あー……どうした白布」

 ビビりつつも山形さんが不機嫌の理由を問う。勇者だ。

「女って面倒だなって思っただけです」

 わざとらしくため息をつく賢二郎は疲れた様子で練習着を取り出している。それにピンときた俺はロッカーの死角を利用してLINEを賢二郎に送った。端的に『紅花?』と。スマホを確認してちらりと視線を寄こした賢二郎だけど、口は山形さんと話をしていた。

「何かあったのかは察せれる」
「ありがとうございます」

 賢二郎からの返信が来た。

『紅花と付き合ってんの?って聞かれた』
『なんて返した?』
『付き合ってない。そう言ったらいきなり紅花をディスってきたからとりあえず思ったこと吐き出した』
『なんとなくわかるけど、例えば?』
『人を貶すお前と付き合うくらいだったら紅花と付き合うって言った』
『まじかよお前勇者だな』

 これはどっちもどっちなことだなあ。変な噂立たない? 大丈夫なのか?
 それ以上は話す気がないのかスマホをロッカーに仕舞ってTシャツに着替える賢二郎を横目に、開いたままのトーク画面にあることが思いつき、家で飼っているという猫のアイコンをタップして、短く文章を送った。俺がまだスマホから目を離さないのに気づいた賢二郎が怪訝そうに見てきてるのがわかるけど、流石に見せられないのでとっとと電源を落として仕舞う。彼女が部活前あまりスマホをいじらないのを知っているからこその行動。
 やっぱり、自分と親しい人間が幸せになるのは、なんだかとてもとても誇らしく思えるのだ。

「川西ってどんな彼女がいいんだ?」
「紅花みたいな可愛い子がいいっす」

 機嫌がいいからこんなことも言えた。めちゃくちゃ隣から殺気めいた視線を感じるけど。いやだって本当のことだし、比較対象が他にいないだけでまじで紅花みたいな子がいい。
 当然だけど、山形さんが部室を出たあとに賢二郎には足を強く踏まれましたけどネ。




執筆日:2018/12/02
公開日:2018/12/08
 ある程度一緒にいる時間が多い太一から見たふたりのこと。それから太一の紅花に対する気持ちのこと。
最初はあ、好きになりそうとか思っていたけど、話して仲良くなる内に恋愛はしっくり来なくて、逆に友情の方がしっくり来るときがあるんです。うちの川西くんはそんな感じなんですよ〜、と言いたかっただけ。


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -