青春の爪痕

18 本当にありふれてる

「今回の開催地ってどこ?」
「富山だよ。7月29日の開会式に間に合うように現地入りして翌日の初戦に控えるの」
「富山かー、土地勘ねえわ」
「大丈夫たぶん全員ない」

 宮城県内ならともかく、県外なんて以ての外。細かく言うと県内でも滅多に行かない方面なんて市の名前すら言えないこともある。そんな高校生が富山の土地勘があるはずがないのだ。

「ただ厄介なのが開会式と閉会式の会場と、試合が行われる会場って別なんだよ」
「へー、どこ?」
「氷見市と高岡市」
「わかんないわ」
「だろうね」

 さっきも言ったように、県内も把握していない人に県外の市名を言っても無意味である。さて、なぜ他クラスである太一とこんな会話をしているのかというと、本日、球技大会がアリーナと体育館で行われているのである。マンモス校の白鳥沢には学年に付随しているクラスの数が多く、8クラスある中でふたつのクラスを併合させてチームを作るのだ。結果、私のクラスの4組と太一が属する5組が同じチームになったという。

「てかいいの? こんなところにいて」
「いーのいーの。どうせ選手交代はないし」

 幸運なことに男子はバレーボールで試合を行うこととなり、強豪と言われるバレー部のレギュラーの賢二郎と太一は周りの希望もありAチームに名を連ねている。公式ルールに則ってスタメンが六人、控えが六人の計12名で構成されているが、そこは学校行事として生徒会側からバレー部は本来のポジションではない役職につくことをルールとして提示した。目的は選手の力を半減させることだろうが、部活ではポジションで行われる行動の練習だけではなく、普通にレシーブやサーブ、ブロックなども跳ぶのであまり意味がないと思ってしまった。
 たぶんこれ考えた人、バレー部のことをよく知らない人だな。実際私の考えを裏付けるように経験者の賢二郎が力を遺憾なく発揮している。あ、スパイク決まった。

「ナーイスキー、賢二郎ー!」

 バシンッと大きな音を立てて決まったそれはマッチポイントだったようで、相手チームとお辞儀をしてそれぞれ休憩に入っている。私が試合で使われる賞賛の言葉を送っていると、太一が小さくぼやいた。

「にしてもスパイク打ってるの珍しいわ」
「部活だと基本的にトスかブロックだしね」
「周りの奴らより跳んでるし」
「心なしか賢二郎にボールが集まってるような……」
「内心、トスしたくてしょうがなかったりして」
「あり得る」

 くすくす笑い合いながら控えベンチに視線を戻すと、賢二郎が普段からノリの良いクラスメイトに頭を撫で回されていたところだった。部活であんなことされたら怒るだろうな、特に瀬見さんに対しては常に不遜な態度だし。でもやっぱり全国大会常連校のスタメンといえども賢二郎も太一も普通の男子高校生。悪ノリにのるときもあったりする。本当にごくたまにだけど。
 防護柵に囲われた時計を確認して、次の試合が午前中最後だなとぼんやり思う。女子のバドミントンも一試合終わったようで、何人かが昼休憩に先駆けて体育館から出ていくのが見える。その視界に、以前賢二郎に手紙を渡してほしいと頼んできた女の子と取り巻きが見え、露骨に嫌な顔をしてしまい、太一に気づかれた。少し身を乗り出して女子を凝視する彼は……なんというか、その、変人だと思う。

「………紅花の方がカワイイと思うケド」
「は!?」
「うるさ! そんな大きな声出せたのお前」
「太一が変なこと言うからじゃん!」

 相変わらずの無表情なのにその口から飛び出たのは女の子を喜ばすための言葉で、ギャップが凄まじい。でも一年弱一緒にいるからかこの無表情は若干にやつきを含めた顔で、先程の言葉はからかいを入れたセリフというのはわかってしまうから、慣れって怖いのだ。

「少なくともあいつらよりは性格かわいいよ」
「そりゃドーモ……」

 褒められるのは嬉しくないわけじゃない。しかもそれがあまり接点のないクラスメイトではなく、部活が一緒で学年が同じだからか一緒にいる機会が多い人に言われるとなると、間違いがないと信じているから。……これを賢二郎に言われるとなると相当ハードだと思うんだよね。
 ……え? 言われることあったら……顔赤くなってバレるのでは?? それだけは勘弁です。

「あ、昼飯行くぞー」
「おあーす、賢二郎呼んでくるー」
「任せた」

 日程に組まれている昼食の時間を知らせるチャイムが遠くの校舎から聞こえ、すっくと立ち上がる太一に急かされるように得点板の近くにいる賢二郎の元へ駆け寄る。
 ちらっと見えたんだけど25-13って……大差をつけて勝っている。それはもう経験者がいるのといないとで割り切らなければならないのかもしれない。あとはハンディを来年はきちんと設定するとか。足音に振り向いた賢二郎にお昼とだけ伝える。

「何食べる?」
「しらす丼」
「ほんと好きだねそれ」
「は、紅花こそ」
「毎日エクレア食べてるみたいに言わないで」

 校舎へ続く渡り廊下で太一と合流して食堂に足を踏み入れると、そこは学年が入り混じりごった返していて、食券を買うのですら一苦労そうだ。長蛇の列最後尾に並び、他愛のない話を続けていく。

「そういえば、期末テスト大丈夫なんだろうな」
「………さあ」
「……………太一」
「たぶん大丈夫だって。太一もやればできる子なんだしさ」
「母親か」
「テスト週間入ったら詰めるぞ、赤点とったらはっ倒す」
「うっす」

 まあテスト週間に入ってから勉強を始めるのではなく毎日こつこつやり続けたほうが身につくが、太一はそれに合わず、賢二郎もそれを知っているからこその判断だ。テストは約二週間後。来週から部活動は禁止され(自主練は例外)本格的に期末考査ムードとなる。成績表の評定が最後“1”をとらなければ基本的に留年することはないのだが、一学期二学期の積み重ねから計算される五段階評価をあげるためには今から頑張るしかない。
 まあスポーツ推薦といえども軽い学力検査があったからそれを突破できているから特に心配はしていないけれど、授業中寝ることが多いという太一は何が出るか何が注意なのかわからないのだ。

「部活禁止っていつからだっけ」
「明後日」
「明日の大学校との試合で最後だな」

 だいぶ前から予定が立てられていた明日の練習試合。テスト週間に入る前の最後の活動。

「賢二郎、日曜あいてる?」
「ひとりでやれ」
「ええ……最後の追い込みというか見てよ」
「………はあ」
「紅花は?」
「私予定あるから、少し出る」

 私の返答にえ、という表情をした二人。なんだろう、私に友達がいないって思ってんの。いるし。中学からの。
 つい先日。毎日の習慣と化している大地とのLINEで「影山の勉強を見てくれないか」と打診され、理由を聞くと7月の東京遠征に被った赤点補習回避のためだそうで。特にやることがないので二つ返事で了承した。烏野と白鳥沢だと授業進行度も違うし一年前の授業を覚えていない気もしなくもないけれど、教科書を見ればわかるかなぁ。

「あ、あそこ席空いたしとってくる」

 一年生のグループが席を立ったところを狙って鞄を置く。あまりよろしくない行動ではあるが今日くらいは許してほしい。賢二郎にはカレーを頼んであるからここで待機だ。スマホを確認するとLINEの着信とメール1件が入っており指紋認証でアンロックすると、LINEは大地、メールは影山くんの明後日の勉強に対するお願いのメール。大地には後で返すとして、きちんと面を合わせて会話をするのが久しぶりな影山くんにはちゃんと返さないと。

「何してんだ?」
「メールの返信」
「今どきにメールて」
「仕方ないじゃん、相手ガラケーなんだから」

 聞きながらも興味ないのか奥の席に座る太一を見、私も頼んだものを取りに行くために立ち上がる。向かえば案の定賢二郎がムスッとしながら「遅い」と言っていて、食堂のおばちゃんからトレーを受け取ってふたりで席へと歩く。
 腕時計の針が指すのは12時51分。午後に開始されるのは13時半。約30分で食べなければならない。

「で?」
「でって?」
「どこいくんだよ、明後日」

 どうやら賢二郎はなかなかに明後日の予定が気になっているようだ。

「中学の後輩に勉強を教えに行くだけ、門限には間に合うよ」

 同じ中学だったから家からさほど離れていない場所に影山宅はあり、自転車で五分程度の場所にある。白鳥沢からは少し遠いが別に行けない範囲ではない。予定としてはお昼をそちらで戴いて17時には家を出る感じ。

「………人に教えるのもいいけど自分の勉強も怠るなよ」

 影山くんの普段の出来がどうなのかはわからないから明後日の勉強会で初めて知るんだけれど、大地が他校である私に頼ってきたということは言いたくないが結構まずい部類に入っているわけで。賢二郎の言葉に頷いてカレーを食べ始める。
 ……だ、だいじょうぶかな……。分かりやすく教えられることができるんだろうか。

「アッレ、トリオじゃ〜〜〜〜ん! ここ座っていい? 座るね!」
「自分で聞いて自分で答えないでくださいよ……」
「牛島さんたちは?」
「若利クンはもう食べ終わって第一体育館、隼人クンと英太クンは食券を買ってる〜」
「つまり、単なる暇つぶしですか」
「紅花ちゃん大正解〜〜〜!!」

 凄まじい早さで頭を撫で回してそう言う天童さんは楽しそうだ。本音とか内心とかは知らないけれど。この先輩ほど胸の内が読めない人はいない。牛島さんもわからないところもあるけど、割と表情に出てくることがわかってそれからはなんとなくだがわかるようになってきている。
 あ、その点だけは賢二郎と太一も一緒だ。一年弱一緒にいるし、案外判別しやすい時もあるからすべて同じだとは言えないけど。特に賢二郎は思いを寄せる人であるわけだから。

「いや〜〜〜毎度のこと思うけど、本当きみら仲いいね」
「そりゃあ、同じ部活ですし」
「味方内で仲が悪いってやりにくいですし」
「じゃなきゃタイミング合わせづらいですし」
「三者三様のありきたりな理由をどうもありがとう!」

 そういうのが聞きたかったんじゃない! と大きな声をあげる天童さんはいろんな意味で目立っている。このおふざけが天童さんらしいというか、無くなったら微かに寂しさがあるというか……。話すだけ話して興味を失ったのかふりふり手を振って三年生たちのもとへ戻っていく。げ、ゲリラ豪雨だな。

「あっ!? あと十分しかないじゃん!」

 とりあえず今は、目の前の料理を食べきることを最優先と行こう。




執筆日:2018/11/24
公開日:2018/12/02
 インターハイ開催地は2012年に実際に行われていた富山県にしました。6月29日、球技大会の二年生たち。紅花、賢二郎、太一は一緒にいるところが多く目撃されるから、よく同級生や周りからは“バレー部トリオ”なんて呼ばれていることがあるとかないとか。


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