青春の爪痕

17 そんな無邪気に触れないで

 全国高等学校総合体育大会。通称、インターハイ。その本戦行きを決めた我が白鳥沢学園高校男子バレーボール部は本日も朝は早くから、夜は遅くまで厳しい練習をしていた。もちろんマネージャーも例外ではなくドリンクやビブスの用意、スコアブックへの記入など目まぐるしく一日が過ぎていく。これだけでも休む暇もないというのに、今日からもう一つ仕事が増えるのだ。

「紅花」
「はい!」

 鷲匠監督に呼ばれ回収したビブス片手に向かうと、何やら部活用のiPadの画面を見せられ不思議に思いながら覗いてみると、そこには各都道府県ごとに定まった代表校の名前が記されていて、結果が出たのだと知る。

「斎藤からも指示が行くだろうが、去年と大して変わらん」

 持ち出し名簿に名前を書きつつiPadを受け取り、精密機械のために急いで部室に置いているトートバッグにしまってマネージャーの仕事に戻った。
 そう、増える仕事というのは全国大会に進む代表校らのチーム分析を監督コーチとともに行うことだ。各々選手たちもマークしている人を分析することもあるだろうが、私は全チームの分析を任されていて、去年は卒業した3年マネさんと一緒にひいひい言いながらこなしていたのを思い出す。今年は優ちゃんもいるけど、夜なべ確定だな……。
 手はテキパキ動かしながらぼんやりと考えていると「鷲谷!」という山形さんの鋭い声が響き、ハッと顔を上げて迫ってきているボールを、瞬時に片手を上げて弾いた。しかしボールの勢いに負け、押し倒されるように尻餅をついてしまう。たんたんたん、と床に転がるボール。どうやら牛島さんのスパイクを拾おうとしてミスしたボールが飛んできたらしい。

「すみません! 大丈夫です!」
「集中しろあぶねぇだろうが!!」
「はい!」

 飛んできたボールを籠に入れて、気合を入れ直す。そうだ集中しなければ。選手たちが本気で挑んでいるのに私が気を抜いてどうする。五色のストレートも日に日にキレを増してきているし、賢二郎のセットアップも精度が上がってきていて、天童さんと太一のブロック反応の早さも目を見張るものがあった。彼らの成長を、自分の都合で潰してはいけない。
 ランドリールームに向かう際、優ちゃんからさっき使った洗濯機の時間が十分切ってることを伝えられ、それを念頭に入れてふたつめの洗濯機にまとめてビブスを投げ込む。柔軟剤を流し込んでから息をつく。現在時刻は20時を回っている。残り50分。全国大会が間近に迫ってくると21時過ぎまで拡大され、本当に寝る間も惜しんで練習をするのだが、別に苦ではなかった。青春はバレーに捧げると決めている。

「片付けー!」

 大平さんの掛け声が響くやいなや部員たちが洗練された動きで元の場所へと戻していく。私と優ちゃんも明日使用するであろう道具類は取り出しやすい場所に片付けていき、タイミングよく洗濯し終えたビブスを畳んでかごに入れて部室へ運んで、牛島さんの一言で解散した。「夜は少し冷えるね〜」「風邪引かないでくださいよ」「私に言うの!?」と着替えを済ませて鍵をしめて更衣室を出ると、既に制服に身を包む賢二郎と太一が立っていて不思議に思うがすぐにその意味を悟った。入寮している私と違い、優ちゃんは白鳥沢学園高校から徒歩五分の自宅より通っていて、どれだけ近くても女の子を一人で帰すなという監督のお達しにより、一週間交代制で部員に送らせているのだ。そして今週は二年が担当だった。

「でもなんでふたり?」
「俺が萩沼さんを送って、賢二郎は紅花に用事」
「私に?」
「監督から代表校知らされただろ、見ておきたい」

 ああ、と言葉をもらして太一と優ちゃんを見送るために校門まで歩みを進める。春を超えて夏に入りかかってる季節とはいえ、まだまだ夜は肌寒い。薄い水色のシャツの上に私物の紺色のパーカーを羽織っている私と違って、賢二郎と太一は夏用の袖なしセーターを着てるだけだ。激しく身体を動かしたあとで火照っているというのもある。現に賢二郎はシャツ袖を肘あたりまで捲っており、かすかに暑そうにしていて。体つきを見たら周りのバレー部より細身だと思われがちだが、脹脛や腕にはしっかりと均等に筋肉がついていて嫌でも賢二郎は男であることを認識させられてしまう。い……いや別にそこばっかり注視しているわけではなくて、セッターとしてトスを上げる賢二郎のどこを見るのと聞かれればそれは指先と腕であって、……自分でも言い訳くさいな、これ。

「んじゃ送ってくっから、あとで詳細頼むわ」
「おー」
「ばいばい優ちゃん」
「はい。先輩」

 背を向けて歩き出すふたりに手を振りながら、さて、と肩からずり落ちかけている鞄を持ち直して声をかけた。

「どこで見る?」

 寮には男女共有スペースはなく、原則は立ち入りを禁止されている。何か緊急を要するものや理由があれば入れなくもないがあまり認められることはない。賢二郎は数秒黙り込んでから、

「たしか……南校舎の裏手なら、死角になったはず」
「じゃあそこだね」

 そうと決まれば善は急げ。トートバッグ片手に後を追う。22時半近くになるというのに外は完全な夜というわけではなく、僅かに夕方の影が見え隠れしていた。冬だったらこの時間帯は暗闇に包まれていただろう。寮の食堂閉館の時刻は23時。少なくとも22時までに終わらせれば大丈夫だな。

「えーっと、さっき軽く確認してみたんだけど今年の春高優勝校の井闥山はもちろん、木兎さん擁する梟谷、桐生さんがいる狢坂、双子の稲荷崎も代表枠だった」
「稲荷崎……」

 兵庫の強豪校の名前を聞いた瞬間、眉間に皺が寄る賢二郎の脳裏には恐らく春高で観戦した試合がよぎっているんだろう。試合っていうか、高校ナンバーワンセッターと言われる宮侑のことだろうけども。何かにつけて牛島さんに張り合おうとする五色に冷たい対応をする彼だけれど、同じポジションにいる選手を意識している、負けず嫌いってやつだ。前回は稲荷崎とは区画が別だったため、直接対峙こそしてはいないもののその力は人を惹きつける何かがあった。

「でも、賢二郎にとったら初めてのスタメンで全国大会じゃない? 緊張とか大丈夫?」
「馬鹿にしてる?」
「エッ」
「………どうだろうね」

 初めてスタメンになった練習試合を覚えてるからこそ心配だったが、そんな思いを露ほど知らない賢二郎は好戦的な笑みを浮かべてそう言う。

「私は、だいじょうぶだと思うよ」

 ふと、そんな言葉が漏れる。
 視線を膝においているiPadに落として、隣から見られている感じがしつつも目は合わせない。

「だって努力したんでしょ? 賢二郎が努力してるところ私知ってる。誰よりも努力家で負けず嫌いだってこと知ってるもん。だから、大丈夫」

 紛れもない本心で事実を述べているだけなのに、少しだけ緊張した。なんの根拠もないけれど、緊張で潰れることがないと信じきっている。選手じゃないからコートでの緊張や息苦しさを私は知らない、でも長いラリーや何度も助走してスパイクを打って汗を流している彼らを見るとこちらも苦しい。そこまでして掴み取りたいのは全国制覇の四文字。
 そう思って呟いたんだけど、ぜんぜん賢二郎の反応がなくて流石に不安を抱いておそるおそる首を向けると、

「け、賢二郎?」

 見たことがないような、慈しむような顔でこちらを見ていた。あっけにとられて呆然とする。

「……さんきゅ、紅花」
「あ、う、うん……どういたしまして」
「そろそろ戻ろう。寮まで送る」

 一瞬でいつもの顔に戻った賢二郎が先を歩き、私も慌てて荷物を持って追いかける。横に並ぶまであと三歩というところで、賢二郎の色素の薄い髪から覗く耳先が赤くなっていることに気づき、あ、と息をもらした。同時に、胸の中でこそばゆい気持ちが芽生えて、気づかれないようにそっと笑いをこぼして隣に並んだ。

 ああ、やっぱり私、この人が好きだ。


▽▽▽


「いつも思うんですけど、どうして白布さんは紅花先輩に言わないんでしょうか?」
「え?」
「ですから、気持ちをです」
「ん? 待って、萩沼さんあいつの気持ち知ってたの?」
「ええ、白布さん本人が言ってました」
「マジで? じゃあ紅花のは?」
「聞いてはいませんけど、見てれば分かります。ほんの些細な表情の変化」
「………萩沼サンって結構周りが見えてるんだネ」
「元セッターですし」
「は〜〜セッター怖い。賢二郎もそうだけど萩沼さんも怖い」
「そんなことを聞くってことは川西さんはどちらかの思いを告げられたんですか」
「どっちというよりか、両方」
「仲介人じゃないですかそれ。お疲れ様です」
「強かすぎる。下手に口出ししたら俺の命が危ない」
「ただの恋愛に命のやりとりとか」
「いやマジでしくじるとやばいんだって」
「ご愁傷さまです」
「とにかく、あのふたりにはふたりなりのスピードがあるんだよ。外野がなにか言って結論を急かせても納得しないものかもしれないし」
「…………私にはおふたりが奥手なだけに見えると思うんですけどね」
「ウンそれは俺も思うから平気」


「ーーっくしゅ!」
「この時期に風邪はやめろよ」
「たった一回のくしゃみで風邪認定はやめて、誰かに噂されてるかも知んないじゃん」
「紅花、噂になるほど何かしたわけ?」
「それは遠回しに貶してません?」
「まさかーーーくしゅっ!」
「…………賢二郎」
「くしゃみじゃない」
「そこはくしゃみと認めようよ!? 誰がどう見ても完璧なくしゃみだったよ!?」
「うるさい早くしろ」
「理不尽!!」




執筆日:2018/11/21
公開日:2018/12/01
 こんな感じですよって言いたかっただけ。第二部、始動。


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