青春の爪痕

10 隠すほどの秘密なんて

 確かに頭を使う授業だった。久々についていけないかもしれない、と必死に食らいついた。半分以上は理解できたがあとで細かいところは賢二郎に聞いてみよう。ああ、そうだ今日週番だった───、

「っ、ごめんなさい!」
「い、いえいえ、大丈夫?」

 思考を飛ばしていたら机と人の鞄が派手にぶつかったらしく、閉めきられていなかった鞄から中身が床にぶちまけられていた。タメ口なのは彼女の履いている上履きの色が一年の色だから。教科書やノートを拾っていると、視界の端に部室にも置かれているあるものを見つけ、無意識にそれを持っていた。

「ねえ、バレーが好きなの?」

 バレーのことが詳しく特集されている雑誌、月バリ。今月号は確かインハイ予選が近く強豪と呼ばれる高校が特集されていたはず。牛島さんもインタビューを受けていたし。さらに彼女の雑誌にはご丁寧に付箋まで貼ってあって、私はピンときた。

「……中学、少しだけやってました」
「もしかしてセッターだったりする?」
「え……どうして分かるんですか」
「指先が綺麗だし、テーピングの日焼けが僅かに残ってるから」

 全ての荷物を鞄に入れ終え、改めて彼女と向き合うと私より身長が高く、心なしか体つきもいい。優秀なセッターだったに違いない。ちらりと隣を見ると牛島さんと大平さんと話をしている賢二郎が見え、まだ大丈夫だと判断した。
 ちなみに、先程手伝っていた拾いでプリントの名前を見てしまった。彼女が一学年トップの、萩沼優だ。

「あ、私は鷲谷紅花。バレー部のマネージャーをやってるの」
「萩沼優です、鷲谷先輩……?」
「やだな、名前でいいって」

 性格もいいし勉強もできる。容姿も校則から大きく外れてはいないし、どころかネクタイをきっちり締めている辺り好感が持てる。
 うん……私、今なんじゃないかな。この子いい。いや、この子“が”いいな。きっと賢二郎も太一も、三年生たちも歓迎してくれそうな子だ。ガシっと萩沼さんの手を両手で握り、戸惑いの表情を浮かべる後輩に向けて一言。

「バレー部のマネージャー、一緒にやりませんか」


▽▽▽


「で、逃げられたと?」
「逃げられてはない、ただちょっと考えさせてくれって」
「それ逃げるときの常套句じゃん」

 もぐもぐと特大おにぎりを頬張る太一からきつい現実を突きつけられ、あーー、と机に突っ伏した。
 そうなのだ。勧誘をしてみたところ、少し表情に翳りを見せた萩沼さんは、歯切れ悪く「考えさせてください」と言って自分のクラスへ帰ってしまったのだ。まさか反応を待たず帰るとは思わなくて呆然としていたら、いつの間にか話し終えていた賢二郎に呆れられた。

「顔が怖かったんじゃねーの」
「失礼な!」
「いや誰だって手を握られて迫られたら怖く感じるでしょうよ」
「まじかー……」

 どんどん気分が沈んでいく私を尻目に、二人は「可愛かった?」「あー、まあ品行方正ってああいう子を言うんだろうなって」とか会話をしている。賢二郎の発言に関しては私も大いに頷ける。清楚な感じの黒髪に立ち居振る舞い、そして何気ない仕草も同性の私ですら見惚れてしまった。

「で?」
「で……って?」
「だから、紅花は萩沼さんにやってもらいたんだろ?」
「うん」
「これからどうするの」

 どうする? そんなもの私が知りたい。勧誘はしたけれどもあれは完全に乗り気ではない。おそらく何かと理由をつけて断りを入れてくる。それが家の都合とか、私たちではどうしようもないものだったら潔く諦めるのだけれど、何故だかそうではないと思ってしまう。
 ……そういえば、

「彼女、片膝にサポーターつけてた……」

 屈んでいた時、右膝に黒いサポーターを巻いていたのを思い出した。

「怪我?」
「セッターって言ってたから、怪我でやめたのかな」
「ああ……そういう人、あまり関わりたがらないよね」

 まだまだこれからだという時にどこかを痛めて、ずっとやっていたスポーツから身を引く話はありえる話だ。そして、自分が活躍するはずだった場所で違う誰かが活躍しているところを見るのは、あまりにも辛い。そう思って携わっていたものから一切断ち切る選手も多いと聞く。彼女も、そうなんだろうか。でも雑誌は持っていたし……。

「……おせっかいかもしれないけど、萩沼さんに粘ってみる」

 過去の傷を抉るような真似をしないように気をつけながら。そういえば二人も頷いて、この話は終わりだと言うように話題を切り替えた。マネの仕事が厳しい時は大抵、賢二郎と太一が無言で手伝ってくれる。もちろんそれは有り難いけれど二人には二人の練習もあるだろうから、かなり罪悪感を感じていたのも事実で。せめて春高予選までには何とかしなければ。

「でもさ」
「ん?」

 焼きそばパンをかじりながらこちらを見る賢二郎。

「萩沼さんのクラス知ってるわけ?」
「アッ」
「アウトじゃん」

 春高予選までとかそんな話の次元ではなかった。え、どうしよう。ひとまず監督には年内に獲得できたらいい方ですと報告しておこう。これはまた五色に内密な調査を頼むべきだろうか……ああいや、彼は目立つ。いろんな意味で。

「一学年の主任ってだれだっけ?」
「鷲匠監督」
「あ、おわったわ」
「頑張れ」




執筆日:2018/11/01
公開日:2018/11/05
 完全オリジナルキャラ・萩沼優(はぎぬますぐる)ちゃん初登場。ここから1、2話はマネ獲得話になると思います。


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -