きみの瞳で朝を告げて

     



 闇の底へと引き摺り込まれるようにして途切れた意識が、次第に輪郭を取り戻していく。まるで水面に浮上するかのような感覚で、揺蕩うようにゆっくりと。
 瞼を開いて先ず目に映ったのは、見覚えのない天井。そして耳に届く水音。薄暗い空間の中首を巡らせれば、窓を覆うカーテンの隙間から外の景色が窺えた。

(……雨か)

 一体、今自分は何処にいるのか。あれから何日経過したのか。身体が重く鈍い痛みを感じる中、少しずつ回るようになってきた頭を動かし状況を把握しようとした、その時。


「ああ、目が覚めたんだね」


 扉の開く音と同時に聞こえた軽薄な声。聞き覚えのあるそれに反応して視線を向けると、予想通り一人の女が笑みを浮かべ立っていた。

「体調はどうかな?2日も眠ったままだったから喉が乾いたろう、後で水を持ってくるよ」
「……」
「ああそれと、一応傷口は縫い合わせてあるけど無理に動かない方がいい。折角塞いだ傷が開いてしまうからね…まぁその怪我じゃあ動きたくても動けないだろうけど」

 あの時と同じように、何も反応しない俺を気に留める様子もなく淡々と言葉を続ける女。意識を失う寸前既に視界がぼやけていたせいで女という事しか判別出来なかったが、今ならはっきりとその風貌を認識する事が出来た。

 肌は透けるように白く、ふっくらとした唇は紅を塗っているかのように色づいている。瞳の色は榛色はしばみいろで、胸元まで伸びた髪は緩く波打っていて。


……そしてそれは、やけに目を引く金の色をしていた。


「何か言いたげな顔をしているね。特別に三つまでなら質問に答えてあげよう」
「……アンタ、何者?なんであの場所にいた?それにここは何処だ」
「ふふっ、いきなり三つ全て使うとは…キミは好奇心旺盛だね」
「いいから、答えてくれる?」

 失礼なのは重々承知。だがこんな得体の知れないだろう男を…しかも血濡れになって死ぬ寸前の男を、こうして治療をし平然としている姿に、不信感を抱かない方がおかしいだろう。
 女は俺がいるベッドの横に椅子を持ち出し、そこに腰掛ける。そして唇に指を当てながら数秒思案した後。

「そうだなぁ…まずここは何処だという質問に答えよう。まぁ予想はしているだろうが、私の家だよ。それと何者かって事だけど…私は写真家でね、ちょうどあの付近で写真を撮っていたところ物騒な音が聞こえたから近付いた、それだけの話さ」

 俺の問いにスラスラと答えた女。だがその答えは不信感を更に煽るものになった。

「写真…あんな森の中で?それに"物騒"だと分かっていてなんで態々近付く必要があるんだ」
「本当によく喋るね。…でも言ったろう、質問は三つまでだ。今日はお終いだよ」

 表情は変えず、しかし有無を言わさないその言葉。今日は、ということは、明日に答えを聞き出せるのだろうか。それは定かではないが、どちらにしろ今はもう何を聞いても答えてくれる気はないらしい。そう判断し深く息を吐き出すと、女が椅子に深く腰掛けながら言葉を続けた。

「じゃあ君の質問には答えたし…私からも一つ質問いいかな」
「……なに」
「君の名前、教えてよ」
「助けてもらってなんだけど、生憎素性は明かせない生業でね」

 今は写輪眼を使えるほどのチャクラも残っていない、加えてこの傷だ。動けない以上この場にいるしか道はない。だが動けないからと言って女の事を全て信用するわけにもいかず、素性をバラすような事はしたくなかった為敢えて名乗らなかった。

 相手から情報を得、自分は何も与えない。不躾な態度をとっているにも関わらず、女は「なんだ、それは残念」と肩をすくめただけで機嫌を悪くする様子もなく。むしろ目を細め、椅子の肘掛けに頬杖をつきながら楽しそうに微笑んでいた。

(……調子狂うな)

 この女のテリトリーであることは確かだが、だからと言って場の空気まで支配されたくはない。そう思うのだが、自由奔放で掴みどころのない雰囲気に、どうにも調子が狂わされてしまう。


「ちなみに私は――」
「別にいいよ言わなくて。俺もアンタの名前に興味はないし」


 ぴしゃりと言い放った言葉に、女は声を立てて笑う。それは、雨音にかき消される程の小さなものだったけれど。

何故か耳に残り、暫くの間木霊するように頭の中に響いていた。

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