24唯一君にしてやれること

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***


寝室の扉が閉まるのを確認すると、テンゾウは俺が眠っていた間の事を話し出した。


「…まず先輩が意識を失っていた期間は2週間です。その間に名前さんは"コエ"を聴こえないようにする事、また伝わらないようにする術を身につけました。」

その報告を受け、思わず安堵の溜息が漏れた。

「そうか…よかった。」


正直こんなに早く習得するとは思ってなかったが、きっと理解者がいる事への安心感で気持ちに余裕が生まれたのだろう。
これで一先ず、以前と同じ生活を送れるようになったということだ。

(……それに、声も出せるようになった……)


……しかし問題はその"声"だ。
あれ以降名前は声がでなかった為、その力が発揮される事はなかった。

でも今は、もう声を出すことができる。

そうなると今度はそれがいつ、どの条件で発生するのかを確かめなければいけない。

しかしそれを調べるのは、俺と名前が2人になる時しかできない。


(…果たしてそんな少ない時間で、その力の事を知ることができるだろうか。)


そう自身の中で考えていると、黙っていたテンゾウが静かに口を開いた。


「……先輩、あの事件の日に起こった出来事は、ボクもこの目で見ています。」


唐突に発せられたその言葉に、体がピクリと反応する。


「……なんのこと「名前さんの"声"の事ですよ。」


はぐらかそうとする俺の目を見据え、テンゾウが話を続ける。


「…彼女の"声"は、彼女自身が理解できていない能力です。それをそのままにするのは余りにも危険だ。…先輩は今後どうするつもりですか?」

「…………」


(…よりによって1番知られたくない奴に知られるなんてな。)


テンゾウは合理主義者だ。ここで納得のいく説明をしなければきっと上に名前の力の事を報告するだろう。

それだけは、何としても避けなければ……


「……俺もまだ、名前のあの"声"の力がどんな時に発生するのかわかっていない。…ただ、あいつはあの時俺を"守る為"に必死だった。それは確かだ。人を傷つける目的であの力が発揮されるとは俺は思わない。」

「そして名前のその力の事は、カブトが名前に"他者の血"を用いて何をしたかを調べれば自ずと答えは出ると考えてる。…まずはそれを調べていこうと思ってる。だからテンゾウ、この事は他言無用で頼む。上には、報告しないで欲しい…」


その面の下でどんな表情をしているのかはわからないが、せめて俺の思いが伝わっているようにと願った。

暫く沈黙が続き、やがてテンゾウが静かに口を開く。


「……結局のところ分かっている事は何もないけど、それを今後調べて対策を練るって事ですね?」

「……ま、要約するとそういうことだ。」


きっと今の言葉ではテンゾウは到底納得しないだろう。そう分かっていても、それ以外言える言葉が見つからない。

他にテンゾウを納得させる材料は……
何か、何でもいいから言わなければ―――



「…わかりました。上には報告しません。」



………………へ?



「……え、テンゾウ…お前今ので納得できたの?」


まさかあんな言い訳じみた回答でテンゾウが納得するとは思っていなかった為、つい間抜けな声が出てしまった。

するとテンゾウは小さく息を吐くと、自身の考えを口にした。


「まぁ、元々ボクも上に報告する気はなかったんですけどね。名前さんがその力と向き合い、心を強く持つと約束してくれたんで。それにボクも名前さんを守っていくと以前彼女に誓いましたし。それでも一応先輩の気持ちは確認しておこうと思いまして。」



………ちょっと待て。

あのテンゾウが?
名前がその力と向き合うと誓っただけで、里の掟に背いてまで彼女を守るって?


「……お前ってそんな奴だったっけ?」

「それは先輩にも言えることだと思いますけど」


……それは否定できない。


しかし、どうしてもテンゾウの考えがイマイチ分からずモヤモヤしていた時。


「まぁ、好きな女性を守りたいって思うのは当然ですよね。」

「………………は?」


小さく呟かれたその言葉を理解するのに、少しだけ時間がかかった。

「え、いやテンゾウ…お前「でも少し行動に移すのが遅すぎました。まさかあれだけボクが励ましても声を出せなかったのに、先輩が目を覚ました途端出せるようになるんですから。」


混乱する俺をよそに、淡々と話すテンゾウ。
そして「でも…、」と言葉を続け徐に面に手をかけその素顔を晒すと


「もう少し…悪あがきしてみようかと思います。まだボクにもチャンスはあるかもしれませんし。」


そう言って、爽やかな笑顔をこちらに向けた。


「……ちょっと待て。なんで話がそっちにいくんだ。っていうか面外して何す「名前さん、もう入ってきてもいいですよ。」

「……っ!おいまだ話は終わってな……!」


未だ話の内容が理解できていないところへ、名前が扉をノックし『入りますね。』と扉を開ける。

『あの…お話が終わったのであれば何か飲み物を―――』



言いながらテンゾウの方へ視線を向け、言葉を途切らせた名前。


そして―――――


『……え!?あ、ヤ、ヤマトさん!?』


テンゾウの素顔を見て、驚きの声を上げた。



(……は?ヤマト?)


名前が発した名前に疑問を抱いているとテンゾウが名前に話しかける。

「名前さん、ボクは面をつけている時はテンゾウと名乗っているんです。あの時は面を外していたので、ヤマトと名乗りました。騙したような形になってしまいすみません。」


(……あの時?あの時ってなんだ!?)


「…おい、テンゾウ。俺が知らない間に名前と会ったってことか?しかも面を外して?」


声を低くし凄みながら言う俺を見て、名前が慌てて"あの時"の事を説明をする。


『あっ…!カカシさん違うんです!以前私が男性に言い寄られていたのをヤマ…テンゾウさんが助けてくれただけです!」


その言葉に「なんだ、そんな事か…」と思うが、そこで面を外す理由がわからない。


「なんでわざわざ面を外したんだ。暗部として護衛しているなら外すべきじゃないだろう。」

「そうですけど相手が一般人だったのもありますし、名前さんもいきなり面をつけた男が現れたら余計怖がらせてしまうと思って。」


テンゾウのその言い分に、漸く納得をする。


(ま、そういう事なら別に咎める事もない――)


「まぁ、暗部としてじゃなくボクを知って欲しかったのが一番の理由ですけどね。」

「………」


その爆弾発言に言葉を失っていると、テンゾウはゆっくり立ち上がり名前と向かい合う。

「名前さん、先程の話の続きですが…なぜ貴女に優しくするのか…それは、貴女のことが好きだからですよ。」

静かに、そう言葉を紡ぐテンゾウ。
それを聞き名前の顔がみるみる赤く染まっていく。


『……えっ、あのテンゾウさ「なので名前さん、」

言いながらテンゾウは名前に近づき、頭を少し下げ耳元へ顔を寄せる。


「先程した事は謝りませんので。ボクの事、少しは考えてくれると嬉しいです。」


途端、名前の顔が更に赤く染まった。


「……っテンゾウ!お前何言っ「じゃあ先輩そういう事なんで。先輩も起きた事ですし今日はもう帰りますね。」


俺の言葉を最後まで聞かず、「では名前さん、また明日。」と部屋を出て行った。

その後2人して沈黙していたが、名前がはっと我に返り慌て出す。


『あっ…えっと、カカシさん何か飲まれますか!?ずっと眠ってたので喉渇きましたよね?今持ってくるので待っ「そんなのいい。」


「……名前、テンゾウに何かされたの?」


名前の肩が微かに揺れたのを見逃さず、
ベッドから立ち上がりゆっくり彼女に近づく。

『あの、その…やっ、やっぱり何か飲み物持ってきま…』


言いながら部屋を出ようと、扉の取手に手をかけた名前。
しかしその手を自身の手で包み込み、逃げられないようにもう片方の手を扉につく。


「ダメ。何されたか言うまでこの部屋から出さない。」


扉の方を向いている為、名前が今どんな表情をしているか確認する事はできない。
しかし髪から少しだけ出ているその耳が真っ赤に染まっているのがわかった。


(アイツ…っ、俺が寝てる間に何したんだ…!)


盲点だった。
テンゾウが名前に気があるのは知っていたが、まさか気持ちを伝えるとは思っていなかった。

 
『あの…本当に、その、一瞬でしたし…別に言うほどのことじゃ「いいから言って。」


フツフツと湧き上がる怒りを鎮めながらそう伝えると、名前が観念したように小さく呟いた。


『少しだけ、抱き寄せられま…カカシさ…っ』

「……あー、俺全っ然学習能力ないかも。」


後ろからキツく抱きしめ、首筋に顔をうずめる。



……あんなに誓ったのに。
俺のものにならなくても、そばで笑ってくれるだけでいいと。

そう己に強く誓ったのに、名前が他の男に触れられたと思うだけで、こんなにも簡単に理性は脆く崩れ去る。


「…悪い、ホント自分でも情けないと思うけど…どうしても嫌なんだよ。お前が他の男に触れられるのは…我慢できない。」


言いながら、口布を外し以前と同じように首筋にキスを落とす。


名前の身体がピクリと揺れる。


きっとまた、あの時と同じように
拒絶の言葉が聞こえ―――――――



『…あ……っ』
―― 『カカシさん……っ』――



名前の声と頭に響く"コエ"を聴き、目を見開くと同時に密着させていた体を勢いよく離した。


『え…なん「名前だめ、今俺の方見ないで」


こちらに振り向こうとする名前を必死に止め、扉を開けてリビングの方へ押しやる。


『カ、カカシさん…?どうし「悪かった、お前の嫌がることはしないって言ってたのに。
…ちょっと頭冷やすから1人にして。」


戸惑いの声を上げる名前をそのままにし、寝室の扉を閉めるとそのまま背をつき口元を手で覆いながらズルズルと座り込んだ。


(………今のは、ヤバイ。)


あんな甘い声を出されるとは思っていなかった。しかもそれが"コエ"としても、頭の中にまで響くものだから―――……


「…あ〜、くそ……っ」


頭をガシガシ掻きながら自身の想いを必死にかき消す。

深く息を吸い、ゆっくりと吐く。
それを何度か繰り返し漸く気持ちが落ち着いてきて、そのまま天井を仰いだ。


(……いいかげん、諦められたらいいのにな。)


どうしたって手に入らない名前の心を、未だに"もしかしたら…"なんて淡い期待を抱いて想い続けてしまう俺は、なんて滑稽で無様なんだろう。

それでも…彼女の存在はもう、俺の中から消える事は決してない。


……だからこそ。


(……命をかけて、お前を守るよ。)


それだけが唯一、俺が名前にしてやれることだから。



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