24唯一君にしてやれること
あの後テンゾウさんはいつも通り影から護衛すると言い、姿を消してしまった。
私は火影様のお墓からの帰り道を一人で歩いて、カカシさんの待つ家へと急ぐ。
そして家がちょうど見えてきた時、扉の前に見覚えのある人物がいる事に気付いた。
(……ガイさん?)
それともう1人、綺麗な女性がそばに立っている。私が小走りで2人に近づくと、ガイさんがこちらに気付いた。
「名前さん!!よかった、声をかけても家から出てこないので心配しましたよ!!」
そう言われ謝ろうとしたが、今"コエ"を伝えるのは女性がいる為答える事ができない。
どうしよう…と私がオロオロしていると、ガイさんが察してくれた。
「…ああ!そうでした、今声が出ないんでしたね!!とりあえず鍵を開けてもらえますか?この方がカカシを治してくださいますよ!」
その言葉に驚き女性を見つめると、その人が不思議そうにガイさんに尋ねる。
「ガイ、この娘は誰だ?カカシの女か?それに声が出ないって……」
「あ〜、それは俺から言うより、カカシから聞いた方がいいかと。とにかく早くカカシを起こしてやってください!」
女性はあまり納得がいっていないような表情をしていたが、「まぁ、アンタの話はカカシから聞くとするよ。」と言い私が鍵を開けた家の中へと入っていった。
いきなり現れたその女性とガイさんの後ろに続き、先程ガイさんに言われた事を頭の中で反芻する。
──────・・・・
「この方がカカシを治してくださいますよ!」
──────・・・・
(…カカシさんが…目を覚ましてくれる…っ)
鼓動の音が早まるのを必死に落ち着かせながら寝室へ向かうと、女性は眠っているカカシさんの頭に手をかざし、暫くしてゆっくり手を離した。
すると今まで固く閉じていた目蓋が小さく揺れ動き、遂に彼が目を覚ましてくれた。
体を起こし、まだ頭がぼんやりしているのか一点をぼぅっと見つめるカカシさんに女性が声をかける。
「たかだが賊2人にやられるとは…お前も人の子だねぇ。天才だと思ってたけど。」
「……綱手様……」
その女性を見て小さく呟いた彼。
久しぶりにその声を聞いて、一気に想いが溢れてしまった。
ゆっくりベッドに近づくと彼が私に気付き、優しい笑みを浮かべて。
「……名前、心配かけたな。」
そう、いつものように私の名を呼んでくれた。
『………っ!』
瞬間、息が詰まり胸の奥が熱くなる。
涙が次々と溢れて、止まらなくなる。
そしてどうしようもなく彼の名を呼びたくなった。心の"コエ"ではなく…自分の"声"で。
『……カ、カシさ……』
あれだけ声を出すことに恐怖心があったのに、彼の名前を呼びたいと強く思ったら自然と声が口からこぼれ落ちた。
私の声を聞き、ガイさんとカカシさんが目を見開く。
「…名前さん!声が……!!」
ガイさんの言葉に答えられずベッドの側にしゃがみ込むと、その縁に顔を埋め嗚咽を交え彼の名を呼び続けた。
『カカシさ……っ!カカシさん……!!』
彼の瞳が私を映しただけで。
私の名を呼んでくれただけで。
こんなに胸が苦しくなるなんて思わなかった。
泣きながらカカシさんを呼び続ける私の頭に、彼が手を乗せ優しく撫でてくれて。
「……悪かった。もう大丈夫だから。」
そんな私たちを見て、今まで黙っていた女性が口を開いた。
「……カカシ、この娘はお前の女か?それに声が出ないと聞いていたが…」
「え?あ〜、いえ…そういうんじゃないんですが…声は、精神的なものが原因で今まで出せなかったんですが…出るようになったみたいですね。…それと、綱手様がこの里に戻られたという事は…」
「ああ、五代目火影として正式にこの里に戻ってきた。」
"五代目火影として"
その言葉に反応し、顔を上げ女性を見る。
「……綱手様、少し時間を頂けますか?彼女の事でお伝えしなければいけないことがあります。」
カカシさんがその女性…綱手様にそう言葉をかけた。五代目火影様となる人であれば、私の素性を話さなければならない。
……もちろん、この力のことも。
しかし彼女は私とカカシさんを見つめ、小さくため息を吐いた。
「……いや、今日はもういい。お前も起き抜けでまだ頭も回ってないだろう。それにこれからガイの弟子を診なければいけないからね。だから今日はその娘をちゃんと安心させてやりな。そのかわり、明日説明に来ること。いいね?」
きっと、私たちに気を遣ってくれたのだろう。
カカシさんは綱手様に「…ありがとうございます。」と頭を下げた。
自身も涙を拭きその場に立ち上がり、彼と同じように頭を下げる。
『あの…っ、カカシさんを治してくださってありがとうございました…っ!』
そう伝えると綱手様は「どういたしまして。」と笑顔を見せてくれて。
その後、痺れを切らしたガイさんが「早く次は我が弟子リーを!!」と叫んだ為病院へと向かう2人を玄関まで見送る。
すると家を出る直前ガイさんがこちらに振り返り、
「名前さんの声が聞けてよかったです!!
次はまた、ぜひ歌を聴かせてください!!」
そう言って、いつもの笑顔を見せ去って行った。
その言葉に心がほっと温かくなり、嬉しくて早く歌いたいという衝動に駆られた。
…でも今は、それよりもカカシさんの側にいたい。
そう思い急いで寝室へと戻ると、カカシさんは布団から出てベッドの縁に座りまだぼんやりとした表情で一点を見つめていた。
しかし私が入ってきたことに気付くと目を弓形にし微笑んでくれて。
「…名前の声、久しぶりに聞いた。やっぱりお前の声は聞いてると落ち着くよ。」
まだ少し掠れた声で紡がれた言葉に、止まったはずの涙が再度溢れ出す。
『……っカカシさん!!』
「え、ちょ…っ、名前待っ…!」
気付いたら、カカシさんに勢いよく抱きついていた。
彼は私のその咄嗟の行動に驚き、私を受け止めきれず2人でそのままベッドへと倒れ込む。
「え〜っと、俺一応病み上がりなんだけど…」
その言葉を聞いても涙を流し強く抱きしめていると、彼は小さく息を吐き「…しょうがないなぁ。」と私の腰に手を回した。
そして片方の手で頭を撫でてくれて、私が落ち着くまでそのままでいてくれた。
そうして暫く2人で抱き合っていた時。
コンコン
扉を叩く音がリビングの方から聞こえ、その音に漸く我に返り勢いよくカカシさんから離れる。
『あ……っ、えっとその……!
ご、ごめんなさい……っ!!』
顔を赤く染めしどろもどろする私に、カカシさんはフッと笑い体を起こした。
「…いや、俺としては嬉しかったからいいんだけどね?」
名前に抱きつかれることなんて滅多にないし、と小さく笑みを零しこちらを見る彼に、更に顔に熱が集まる。
『あっ、あの!テンゾウさんが呼んでると思うので行ってきます!!』
そうカカシさんに伝え寝室を出てリビングへ向かうと、やはりそこにはテンゾウさんがいた。
急いで扉を開け、テンゾウさんを中へ通す。
「綱手様がいらっしゃったって事は、先輩目を覚ましましたか?」
『はい、もう今ベッドから起き上がって体の方も問題なさそうです。』
私がそう言うと、彼が面の奥にある目を見開いた。
「名前さん、声…出るようになったんですね。」
『あ、はい…。色々ご心配おかけしました。
もう大丈夫なので…ありがとうございました。』
そう言って頭を下げるとテンゾウさんは暫く沈黙し、やがて静かに言葉を発した。
「……声が出るようになってよかったです。
きっと皆さんも喜びますよ。…あと、すみませんが少し先輩と2人で話をさせて下さい。」
今までの事も報告したいので、と言いながらカカシさんがいる寝室へと足を進めた。
そして寝室の扉を数回ノックし、中から「どうぞ。」と言われたのを確認しテンゾウさんは扉を開ける。
「先輩、起きて早々申し訳ないんですが今までの事を報告してもいいですか?」
「ああ、頼む。」
そんな2人のやり取りを見ていたら、テンゾウさんがこちらに振り向いた。
「じゃあ、また話が終わったら呼びますので名前さんは待っていてください。」
どんな話をするのか気になったが、2人で話したいと言われた以上何か聞く事もできず、そのまま寝室の扉を閉めてリビングで待つ事にした。