21差し伸べられた手

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***


……あの日から3日。

カブトが去った後、俺とガイが三代目の元へ駆けつけた時には既に息を引き取っていた。
そして三代目の葬儀も終え、今は里の復興の為木ノ葉の忍は各々の役目を果たしている。

そんな中、俺のもとに一つの知らせが届いた。

…あの日から眠り続けていた名前が、目を覚ましたということだった。

それを受けるとすぐさま病院へと駆けつけ、医師が話があるというので足を運ぶと―――……


「……声が、でない?」


眉を潜め硬い表情をする医師に、先程言われた言葉を呟く。


「…喉に多少の炎症は見られますが、声が出なくなる程ではありません。…精神的なものが原因だと考えられます。」

それに…、と医師は言葉を続ける。

「苗字さんが目覚めた後、彼女はすぐにパニックを起こし暴れた為鎮静剤を打ちました。今はまだそのおかげで眠っていますが…また起きた時にどうなるか…」


その言葉を聞き、あの時の名前を思い出す。


――『この世から消えて』――


(……きっと名前も気付いてる。)


自身の身に起こった変化に。そして…その力を使って"何"をしてしまったかに―――


その時、突然医師と俺がいる部屋の扉が開いた。


「…っ先生!苗字さんがいなくなりました!」

「な…っ!?もう目を覚まし…はたけさん、どこへ行くんです!?」


その言葉を聞き、すぐに部屋を飛び出した。








(……どこだ、名前……っ!)

最初は家に帰ったのかと思い自宅に向かったが、そこに名前の姿はなかった。
その後店に行きマツバさんを訪ねたがそこにも姿はなく、今はいつも歌っている公園へと向かっていた。

そして漸く公園に辿り着き、中へ足を進めると――


(…よかった…無事か。)


そこには、公園の隅にある木の影に膝を抱え込むようにして蹲っている彼女の姿。

そしてゆっくり名前の元へ近づく。
すると―――……


―― 『……――っ……』――


まるで叫ぶように泣いている名前の"コエ"が頭に響く。それは彼女に近づくにつれて、どんどん大きくなる。


「……名前」


俺の声に、ピクリと肩を揺らす。
しかし名前はこちらに顔を向ける事なく、ただじっとそこに蹲ったままで。


「名前」


もう一度、名前を呼ぶ。
すると泣き叫んでいた彼女の"コエ"が小さくなり、


―― 『……っ、こないで……』 ――


変わりに聴こえてきたのは、嗚咽まじりの"コエ"。


「………。」


名前のその"コエ"を聴き、その姿を見て、堪らず腕を引き身体を抱き寄せた。


『―――……っ!!』
『…離して……っ!』


腕の中でもがく名前をきつく抱きしめる。


『…っ、お願い、ひとりにし「ひとりになんかしない」

「俺は…お前を独りにしないって言ったでしょ」

そのコエを遮り、以前言った言葉を名前に伝えると、また頭の中に名前の泣き声が響いて。

『私の"声"が…っ、人を…人を傷つける…っ』
『わ、私は…っ一体"何"なんですか……っ?』

腕の中で震える彼女を抱きしめながら、自身の想いを言葉にした。


「……名前は、名前だよ。」

『………っ!』

「…人の気持ちに敏感で、そのせいで臆病になったり、人と関わる事を恐れたりする事もあるけど、何より人の心を大事にする子だ。」

それに…、と話し続ける。

「名前の歌は、聴く人全てを倖せにするんだ。…だから名前のその"声"は…"人を守る力"が宿ってるんだと俺は思う。」

『…でも…っ、あの人は私のせいで「違う」

「あれはお前が俺を守る為にやったことだ。…そうだろ?それに、どの道俺がやってたさ。あの男の未来は変わらなかったよ。」


「だからもう…そんなに自分を責めないでくれ…」


あの出来事は、名前の心に深く傷をつけた。
それは一生癒える事のない傷として、深く。

それでも…少しでもその傷が癒えるように、
俺は想いを言葉にして伝え続けよう。


「……守ってくれて、ありがとうな。」

『―――……っ!!』


その言葉を聞いて、名前は暫く泣き続けた。


そして―――……


『…カカシさん…っ』

「……なに?」

『家に……帰りたいです……っ』

「………」

『病院はイヤなの…"コエ"が沢山聴こえるから…だから家に 「あぁ、帰ろう。」

「……俺たちの家に帰ろう……名前」









あの後名前を家に連れて帰り、影分身を残して病院へと向かった。医師に話をすると、外傷はない為心のケアを第一と考え自宅療養する事が認められた。

家に帰れば多少名前も落ち着くだろうと、そう考えていた。

……しかし、あの日から名前は毎晩うなされるようになった。


『―――……っ!!』

声にならない声で眉を潜め苦しんでいるその姿を見て、何度も抱きしめて落ち着かせた。
そうすると安堵の表情を浮かべ、すぅ、とまた眠りにつく彼女を抱きしめたまま、俺も眠る事が多くなった。

そして人々の"コエ"が聴こえるからと、家から一歩も出なくなった名前。声がでないため店も休み、俺以外の誰とも会わず1日を過ごしている。


「……じゃあ、今日も遅くなるから…。」


そう言う俺を見て名前は不安の表情を浮かべ、


『ちゃんと…帰ってきますか?』

そう"コエ"で伝えながら俺の胸に頭を預ける。そのままそっと彼女を抱きしめ、落ち着かせるよう優しく言葉をかけた。


「大丈夫、絶対帰ってくるから…約束する。」


本当はこんな"約束"…忍である俺がしてはいけない。
そう分かっていても、今はそれ以外彼女を安心させる言葉が見つからない。

暫くして身体を離し「じゃあ、行ってくる」と彼女に声をかけ家を出て扉を閉めた瞬間、背後から声をかけられた。


「……先輩、いいかげん教えてください。」


振り向くとそこには、怪訝な表情をしたテンゾウが立っていて。


「……何をだ。お前に教える事なんて何も「そうやって、ボクらにいつまで隠すんです?」


「名前さんに"何か"あるのは、もうわかってるんです。…そしてそれを、先輩が知っている事も。」

「……」

「…このままだと、彼女は心を病むばかりです。先輩はそれでいいんですか?」


そんな事、言われなくても自分が1番わかっている。俺だけでは…もう名前を癒す事はできないということも。

それでもどうにか、自分1人の力で名前を支えていこうと躍起になっていた。


(……バカだな、俺は。)


名前に今必要なもの…それは"理解者"だ。
…そして今目の前にいるテンゾウや、アイツらだということ。

「……テンゾウ、夜に少しだけ時間をくれ。それと、紅達にも声をかけて今から言う場所にそいつらと来てほしい。」

「……どこです?」

「場所は―――……」








「ただいま。」

任務を終え、家へと帰宅する。
すると奥からパタパタと足音が聞こえ、名前がこちらに駆け寄ってきた。


『―――』
『カカシさん、おかえりなさい。』

俺が戻ってきた事に安堵の表情を浮かべ、俺の胸に頭を預ける名前。
その身体をそっと抱き締め、頭を撫でながら彼女に言葉をかけた。


「……名前、今から星見に行かない?」

『…?星、ですか…?』

「そ、ずっと家にいたら息詰まっちゃうだろ?だから…前に行った高台に行こう。」

戸惑う彼女に笑顔を向け、そう提案する。
すると暫く沈黙した後、

『…はい、あそこなら"コエ"も届きませんもんね。』

そう言って、名前は久しぶりに笑顔を見せてくれた。

その顔を見て、ズキリと心が痛む。

「……じゃあ、行こうか。」

心で余計な事を考える前に、彼女を抱えそのままあの場所へと向かった。


        




『…やっぱり、ここは綺麗ですね。』

星空を眺めながら、名前が微笑む。
その横顔を見て、久しぶりに外にいる彼女を見れて自身も顔が綻んだ。


……しかし、この後のことを考えるとどうしても不安が頭をよぎる。


(……ごめんな、名前。)


俺の心の"コエ"が聴こえたのか、名前がこちらに振り向いた。


『…?カカシさん、どうし――』



しかし言葉を途切らせ、目を見開き俺の後ろを見つめる。…そこにいる、テンゾウや紅達を。


「……名前、心配し―――」


紅の言葉を最後まで聞かず、逆の方向に足を進め逃げようとした名前。その腕を掴み、逃げられないようにする。


『―――……っ!!』
『イヤ!離して!なんでここに…なんで!?』


名前の"コエ"が聴こえたのだろう。俺の後ろで佇むアイツらが、息を呑むのがわかった。
尚も抵抗する名前の両肩を掴み、俺の方に体を向かせる。


「名前…っ!俺が前ここで言った言葉、覚えてるか?」


ピタリと動きを止めると、名前は涙を浮かべながら俺を見上げて。その目を真っ直ぐ見つめ、以前言った言葉を再度口にした。


「"人と関わる事を恐れるな"…"心を開く"んだ名前。大丈夫だから。コイツらはお前を見放さない。」

俺の言葉に、溜まっていた涙が名前の頬を伝う。


『…そんな確証…どこにもないじゃない…っ
何が大丈夫なんですか!?ねぇ、何が――』



「……名前…心配してたのよ、私たち。」


紅の言葉に、名前はビクッと肩を揺らす。
それに続いてアンコ達が言葉を紡いだ。


「ホンットに、意識が戻ったと思ったら家に引きこもって…どれだけ心配したかわかってんの!?アンタ!!」

「…声がでないって聞いてたが、あんまり支障なさそうでよかったじゃねぇか。それに名前の声が直接頭に響くのも悪くねぇな。」

「名前さん!!!俺はどんな貴女でも受け入れてみせます!!そして俺はそんな貴女と青春の1ページを「ガイ、アンタは黙ってなさい!」

「なぜだ!!なぜ俺だけ最後まで言わせてくれんのだ!!!」


アンコとガイが言い合っている中、テンゾウが名前に歩み寄る。


「…名前さん、ボク達は貴女を嫌ったりしません。貴女に"力"があっても、です。…だから名前さんもボク達を信じてください。」

『―――……っ!』


そのテンゾウの言葉に、名前は涙に濡れた顔を両手で覆いその場にしゃがみ泣き続けた。


「おい!そこの護衛の暗部!!何故お前が美味しいところを全て持っていくのだ!!解せん!!」

「…別にそんなつもりじゃ…。それとボクの名前はテンゾウです。いい加減覚えてくださいガイさん。」


その2人のやりとりから視線を外し、自身も
しゃがみ泣き続ける名前の背中をさする。


「名前…お前に黙ってコイツらをここに呼んだ事は謝る、すまない。…でも知って欲しかったんだ…俺たちがいるってこと。」


「お前はもう…独りじゃないんだよ名前。」

『―――……っ!』


名前はそれからも、ただただ泣き続けた。
俺たちはそんな彼女にもう言葉をかける事はなく、側にいてその"コエ"を聴き続けた。










「……お前ら、ありがとうな。」

あれから泣き疲れ眠ってしまった名前をベッドへと運び、家の外で待っていたアスマ達のもとへ行き感謝の意を伝えると、アンコが声を荒げた。


「べっつに感謝されるような事でもないわよ、あんなの。っていうかカカシ、もっと早く教えなさいよね!アンタいつから知ってたのよ!?」

「…悪かった。三代目と話してこの事はなるべく公にしない方がいいと言われてたんだ。」


そう伝えると、アスマが「なるほどなぁ…」と眉間に皺を寄せながら呟く。

「まぁ…感情が目に見えて触れると心の"コエ"が聴こえたり伝わったりなんてのは…あんまり広めない方がいいのは確かだな。中には悪い捉え方しかしない奴だっているだろうしよ。」

「…で、カブトに何かをされ、そのせいで触れなくても"コエ"が聴こえるようになってしまえば…名前が家から出なくなるのも無理ないわね。」

紅のその言葉に、俺は自身の考えを伝える。

「…以前は力のコントロールもできていたんだ。だから俺は…また聴こえないようにする事も可能だと考えてる。お前らに今回名前の力の事を知ってもらったのは、それに協力してほしいのもあったからだ。」

「"コエ"が聴こえるのか、聴こえないのか…力をコントロールするすべを身につけるには相手が必要だからな…」


その申し出に、同僚達は快く引き受けてくれた。
そして任務がない時等、極力家に来て名前と接する時間を増やす事を約束してくれた。


「…よし、じゃあ早速明日から頼む――「待て、カカシ」


今後の事も決めこれで話を終えようとした時、今まで黙っていたガイが突然口を開いた。


「なんだ?まだ何か聞きたい事でも「本当にそれだけか?」

「…本当にその力だけが原因で、彼女はあの大蛇丸に狙われているのか?」

「……どういう意味だ?」


そう問うと、ガイの鋭い視線が突き刺さる。


「あの大蛇丸が、そこまでして欲するような力だとは思えんのだ。…彼女には何か、もっと別の力があるんじゃないのか?カカシ…お前はまだ俺たちに何か隠してないか?」

「………」



それは俺も以前同じことを思っていた。そして実際に名前にはもう一つの力がある事がわかっている。


……それでも、これだけは。


「…ない。俺が知る情報はこれで全てだ。」


誰にも言わないと、心に決めた。
それがたとえ…里の掟に背くことになろうとも。



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