17伝えたい言葉
紅さんのお家にお世話になってから変わった事がある。それは、普段午前中は公園で歌っていたが不要な外出は控えるようにと言われてたのでそれが無くなった事。
また夜働いてから紅さんのお家に帰る時、必ずアンコさん達が交代して送ってくれるようになった事だ。
(…そんな毎日送ってもらわなくても、護衛の人もいるのになぁ。)
今日の仕事を終え、更衣室で着替え帰る準備をする。皆さんだって任務で疲れてるだろうにと、申し訳なく思いながらお店を出た時、異変に気づいた。
『……あれ?』
いつも誰かが待っているはずのお店の外。でも今日は誰の姿もなかった。
(…今日は確か、アンコさんが送ってくれるって言ってたよね?)
もしかしたら任務で来れなくなったのかもしれない。そう納得し、今日は1人で帰ろうと歩き出そうとした時。
「……あの、すみません。」
突然声をかけられ、体がビクッと反応する。
振り向くと1人の男性が立っていて、よくお店に来てくれるお客さんだと直ぐに分かった。
『…あ、いつもお店に来てくれる方ですよね?』
そう言うと、彼は顔を綻ばせながらこちらに近づいて来て。
「お、覚えててくれたんですか!?嬉しいです!!俺、ずっと貴女と話がしたくて……でも、いつも誰かと帰られているから声をかけれなかったんです!」
言いながら、突然私の手を握る彼。
驚いて咄嗟に後ずさったが、その手は力強く握られ振り解けない。
『……っ、あの、手離してください…!』
そう彼に伝えても一向に手を離してくれる気配はない。それどころか更に体が近づいてくる。
「俺、貴女が歌ってる姿を見て一目惚れしたんです!よければ俺と付き合って頂けませんか!?」
(……この人、全然私の話聞いてくれない…!)
尚も笑顔で話しかけてくる男性に、恐怖を覚える。
『あの、ごめんなさい…それはできません。』
「何故です?お付き合いされている方でも?」
『それは……いませんけど……、』
「じゃあいいじゃないですか!俺は貴女を必ず幸せにしますから!!」
恐怖で体が強張り動けずにいると、私の手を握っていた彼の手が腰に回り、そのまま引き寄せられそうになる。
『〜…っやめてくださ…!』
その時、腰に回っていた手の感触がなくなり、変わりに男性の呻き声が聞こえた。
「……っぐ!!…な、なんなんだアンタ!」
顔を上げると、そこには男性の腕を捻じ上げ彼を睨み付けるもう1人の男性の姿。
「…貴方こそ、嫌がる彼女に何をしているんですか?」
そう言って掴んでいた手の力を強めたのだろう。男性はまた小さく呻き、弱々しく呟いた。
「…す、すみませんでした。つい感情的になってしまい…」
その言葉を聞くと、彼は漸く腕を離し男性を解放した。
「…次はありませんよ。さぁ、もう行ってください。」
男性は再度「すみませんでした。」と呟くと逃げるように去っていき、その姿が見えなくなった事を確認した彼が私と視線を合わせる。
「…大丈夫でしたか?怪我はありませんか?」
『あっ、はい!大丈夫です…あ、ありがとうございました。』
そう言って頭を下げると、彼は「怪我がなくて良かったです。」と微笑んだ。
(……額当てをしてるから、忍の方?)
でもカカシさん達と若干服装が違い、緑色のベストも着ていない。黒とグレーが主体の服で、両肩が露わになっている。
「夜道は危ないですし、よければこのままお送りしますよ。」
その言葉に若干戸惑ってしまった。
助けて貰ったけれど、初対面の人に送ってもらうのは大分気が引ける。
私が警戒しているのを悟ったのか、彼は慌ててこう答えた。
「えっと…実はボク、カカシ先輩の後輩でして。貴女の事も少し話は聞いてるんです。」
『え?カカシさんの後輩さんなんですか!?』
「ええ、まぁ昔の話ですけどね。今は部署が違うのであまり顔を合わせませんが…。」
『そうだったんですか…。あの、お名前を伺ってもいいですか?』
そう聞くと、彼は戸惑いの表情を浮かべた。
「あ〜…、テ…じゃなくて、ヤマトって言います。」
『ヤマトさん…あの、本当にありがとうございました。』
思いがけずカカシさんの知り合いの方と会い、少し嬉しさが込み上がる。
「いえ、そんな大した事は…。じゃあ、もう遅いですしこのまま送って……」
ヤマトさんはそこまで言い、途中で言葉を途切らせた。
『……?ヤマトさん?』
「……ボクが送る必要はないみたいですね。もうすぐ、ここに迎えの方が来ると思います。」
そう言って、遠くの方を見つめるヤマトさん。しかしすぐに視線を戻し、先程と同じ微笑みをこちらに向け言葉を発した。
「では、ボクは行きますね。…あぁ、あと1つだけお願いがあるんですが…ボクと会った事、カカシ先輩には内緒にしてください。」
『え?内緒に…ですか?』
「ええ、バレるとちょっと…いや、かなり面倒くさいので。お願いできますか?」
『わかりました…』
何が面倒くさいのか聞きたかったが、あまり聞ける雰囲気ではなかったのでそのままその要望を聞き入れた。
「ありがとうございます。では、もう行きますね。おやすみなさい、名前さん。」
彼はそう言うと、フッとその場から姿を消した。そしてヤマトさんが居なくなったと同時に、遠くから聞こえた私を呼ぶ声。
「名前〜っ!!遅れてごめ〜ん!!」
それは、こちらに向かって走ってくるアンコさんだった。
『アンコさん!来てくれたんですね!』
「来るに決まってんじゃない!ちょっと任務で遅くなっちゃったけど…ってアンタまさか、1人で帰ろうとしたんじゃないでしょうね!?」
『え?え〜っと……はい……痛っ!』
そう言うと、おでこに鋭い衝撃が走る。詰め寄ってきたアンコさんに何故かデコピンをされてしまった。
「何の為に私達が毎日送ってると思ってんのよ!もう少し周りを警戒しなさいよね!!それと、今回みたいに誰かが遅くなったりしたら店で待たせてもらいなさい!わかった!?」
『うぅ……ごめんなさい。』
アンコさんのデコピンが予想以上に痛くて、涙目になりながらそう答える。
「わかったならいいわ!ほら、じゃあさっさと紅の家に帰るわよ!!あ、明日私休みだからそのまま紅の家に泊まろうかしら!女子だけで今夜は楽しみましょー!!」
酒飲むわよ、酒ーー!!
そう言って、元気に歩き出したアンコさん。
その姿を見てこちらまで笑みが溢れる。
(…アンコさんは、一緒にいて元気をもらえる人だな。)
……飲むとちょっと距離感近いけど。
そんな事を心の中で思いながら、アンコさんと紅さんのお家へ足を進めた。