17伝えたい言葉

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***


…あの後、カカシさんは戻ってはこなかった。

私はされた事への恐怖心と、彼が私に向けていた感情の事が頭から離れずその日は一睡もできなかった。

…初めてだった、カカシさんに恐怖を抱いたのは。

いつもは優しい目で見つめてくれる彼が、あの時は人が変わったように怒りに満ちた目で私を見て。


(……なんで?私、何かした…?)


彼の纏っているものは"嫉妬"も含まれていたが、それ以上に"憎悪"と"怒り"の感情が溢れていた。


(…あのまま、"コエ"を聴いていたら理由がわかったかもしれない。)


でも、彼の心を知るのが怖かった。
私に向けるその感情を知り、更に心で何を思っているのかまで分かってしまったら、きっと私は耐えられなかったから。

そんな事を考えていた時。



――ピンポーン………


玄関のチャイムが鳴り、続けて声が聞こえた。


「…名前?私よ、紅。迎えに来たわ。」


(…そういえば、昨日紅さんが迎えに来るって言ってたっけ。)


未だパジャマ姿だった為急いで着替え、紅さんが待っている玄関へ行き扉を開けた。


『…紅さん、おはようございます。』

「名前、おはよう…って、どうしたの?」


紅さんが私の顔を見るなり、眉を潜めてこちらを覗き込んで。

『……何がですか?』

笑顔でそう答えたが紅さんの表情は一層険しくなる。

「何って……顔色がすごく悪いわよ。
…それに酷い隈。昨日ちゃんと寝たの?」

『…ちょっと考え事をしていて。あまり眠れなかったんです。』

「………そう。とりあえず準備してらっしゃい。暫くは私の家に居ることになるから。」


紅さんは何か言いたげな顔をしていたが、結局私に準備をしてくるよう促すだけで、それ以上聞かれる事はなかった。

        






「どうぞ、上がって。」
『……お邪魔します。』

泊まる為の準備をした後、紅さんの家へ足を運んでいた。
「座って待っててくれるかしら。」と言われソファに腰を下ろし待っていると、暫くして彼女がお茶の入ったグラスをお盆に乗せてこちらに戻ってきた。

そのお茶を受け取り、昨日から気になっていた事を聞く。

『あの…カカシさんは1ヶ月も何処に行ってしまったんですか…?それにカカシさんがいない間、紅さん達にお世話になるって…。私、1人でも大丈夫なのに…。』

その言葉を聞いて、紅さんは驚いた表情を浮かべて。

「昨日、カカシに聞かなかったの?」

『えっと……はい。』


紅さんは大きくため息を吐き、
私をまっすぐ見つめその質問に答えてくれた。


「…カカシは、今サスケと一緒にいるわ。サスケは本戦に出場する事が決まったから、その為の修行でもしてるんじゃないかしら?場所まではわからないけれど…。」

「それと、この家に来た理由は……今、中忍試験の関係で里内に他里の忍達も沢山出入りしているの。だから万が一を考えて、名前を極力1人にしないようにとカカシから言われたのよ。…護衛もいるけれど、私達も近くにいた方がより安全だから。」


(……そうだったんだ。)


カカシさんは、私の事を考えてくれていたんだ。

それが嬉しくなると同時に、じゃあ昨日のアレは何だったのかと更に疑問が生まれる。

私が昨日の事を考え、また気持ちが沈んでいると


「……昨日、カカシと何かあった?」


紅さんにそう聞かれ、ピクリと体が反応する。


『……いえ…何も。』


顔を上げずにそう伝えると、紅さんは暫く沈黙し再度口を開いた。


「名前、別にあなた達2人の事を詮索するつもりはないし、無理には聞かないわ。…でも貴女が1人で苦しんでいるのを見るのは、それは私が辛いの。」


その言葉に、顔を上げ紅さんを見る。彼女はいつもと変わらない優しい顔で微笑んでいて。

その表情を見て、昨日の気持ちが溢れてきてしまった。


『……っ、私…わからなくなったんです。』

「……何が?」

『カカシさんの…気持ちが……いつも優しく接してくれてたのに……、昨日は、何故か凄く怒ってて……。わ、わたし…何かしたんじゃないかって…でも、考えても分からなくって…。』

「………。」


泣きそうになるのを必死に耐え自身の気持ちを伝えると、紅さんが少しの間を置いて静かに話し始めた。


「…カカシは、不安だったんじゃないかしら。」

『……不安?』


聞こえたその言葉に疑問を抱くが、尚も紅さんは話し続ける。


「昨日の貴女はとても綺麗で、歌声も素晴らしかったわ。そんな貴女を見て…今まで名前の唯一頼れる存在だった自分から、急に離れていってしまうんじゃないかって不安に思ったのかもしれないわね。」

これはあくまで私の考えだけどね。

そう言って、ふわりと微笑む紅さん。


(……カカシさんが不安になる……?私が離れる事に対して……?)


『…そんな、ありえないです。私がカカシさんに対してそう思うことはあっても、彼は私が離れても…きっと何も思いません。』


好きだと言ってくれたけれど、私にはこの力がある。こんな面倒な女、きっといなくなってもすぐ忘れるはずだ。

そう思い気持ちが沈んでいると、隣でふふ、と笑う声が聞こえた。そちらを見ると紅さんが笑顔で私を見つめていて。


『……?なんですか?』

「……名前が初めてなのよ、カカシがこれだけ夢中になった女性って。」

その言葉にびっくりして声を詰まらせる。

『……そ、そんなはず……!』

「あら、これでもカカシとは長い付き合いなのよ?だから当たってると思うわ。…それにいつも特定の人も作らずフラフラしてたのに、名前と出会ってパッタリ無くなったの。」

本当、分かりやすいわよね。

そう言って可笑しそうにクスクス笑う紅さん。


(……本当に?私が、初めて……?)


未だ信じられないと思っていると、先程まで笑っていた紅さんが突然真剣な表情に変わった。

「…少しカカシの昔の話をしてもいいかしら?」

『昔の……?え、でもそれって…私が聞いてもいい話なんでしょうか?』

「"名前だからこそ"聞いて欲しいのよ。…それにアイツは、きっと自分からは話さないだろうから。」


そう言って、遠くを見つめながら静かに話し始めた。



―――――――・・・・



「…これが、カカシが背負っている過去よ。」


話を終え、紅さんが息をつく。
私はそれを聞いて、暫く言葉を発する事ができなかった。


カカシさんの父親も私の母同様、自ら命を絶っているということ。
自分を庇ったせいで親友が死に、そしてその親友との"最後の約束"を守れなかったこと。

大切な家族を、友を、師を、全て失ってしまったこと―――


『………っ……』


私には到底計り知れない悲しみを、彼は抱えていた。それなのに彼は私にずっと優しい言葉をかけ続けてくれた。

(……私は…本当に自分のことばかり……っ)

止まらない涙を隠すように両手で顔を覆う。そんな私の背中を、紅さんが優しくさすってくれる。


『…私に…っ、何ができるんでしょうか…?』


悲しみと孤独を独りで背負う彼に、私には一体何ができるのだろう。


「……側に、いるだけでいいと思うわ。」
『……側に?それだけ…?』


それは以前、慰霊碑前で私がカカシさんに言った言葉。…そして彼が私に言ってくれた言葉でもある。


「…カカシは、今まで自分の気持ちを表に出してこなかったの。だからそれを表現するのが下手で、きっとまた今回みたいにお互いぶつかる時が来ると思うわ。それでも、名前がいいと思うのなら…側にいてあげて。」


「きっとそれが…カカシにとって何よりの強みになるわ。」


その言葉に、更に涙が溢れ出す。


(…カカシさんに、会いたい。)



貴方に会って、伝えたい言葉が沢山できました。


1ヶ月…まだまだ遠いその日をただ待ち続けよう。
この気持ちが届くようにと、歌を歌いながら。


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