16心に想う人
***
瞬身の術を使い、辿り着いたのは自宅の玄関前。ポケットから鍵を取り出すと扉を開錠し、中に名前を押し込む。
『…っカカシさん、さっきからどうし───』
名前が何か言いかけたが、その言葉を聞かずに身体を壁際へと追いやる。
そして両の手を自身の手で押さえ込み、半ば強引に唇を重ねた。
『……んっ…』
――――――………ああ、足りない。
こんな口布越しのキスなんかで、満たされるわけがない。
掴んでいた手を片方離し口布を下げる。
名前に素顔を見せるのは、これで二度目だ。
……これを彼女の前で外したら、
もう止まれないと思っていたから。
再度キスをしようと顔を近づけるが、名前は怯えた表情をし顔を背けた。
(……なんで、そんな顔をするんだ。)
その態度に、更に自分の中のドス黒い感情が心を支配する。
「…っは、何ソレ…抵抗してるつもり?」
顔を背けたことで露わになった首筋に顔をうずめ、ツゥ…と舌でなぞる。瞬間、彼女の体が強張りビクッと反応した。
『…っいやぁ!カカシさ…っやめてください!私が嫌がることはしないって…っ言ってたじゃないですかっ!』
「…イヤなの?なんで?こないだキスを受け入れたのは名前でしょ?」
俺の手を必死に振り解こうとする名前。その両手首を纏めて頭上に縫い付け空いた手で顎を掴み上向きにすると、互いの視線が交わり名前の瞳が俺を映した。
(………そうだ、俺だけ見ていればいい。)
未だ怯える彼女に、徐々に顔を近づける。
俺から離れるなんて…許さない。
誰にも渡さない。
誰にも触れさせない。
お前の声も、ぬくもりも全て
俺だけの―――
―――『……蓮……っ』―――
唇が触れる寸前、ピタリと動きを止めた。
それと同時に顎を掴んでいる手に温かいものが流れ落ちる。
はっと我に返り彼女を見ると、両目からぽろぽろと涙を流していた。…途端に、全身から血の気が引くのを感じる。
(……俺、何して……)
すぐに名前から体を離し距離を取ると、彼女はずるずるとその場にしゃがみ込んで。
「…悪かった…少し…頭冷やしてくる…」
そう言って玄関の扉を開けようとしたが足を止め、背を向けたまま彼女に声をかけた。
「…明日から1ヶ月、俺帰らないから…その間アンコと紅に世話になってくれ。…それと、他里の奴らが里に沢山いるから、不要な外出は控えて。」
『………』
そこまで伝えると扉を開け、逃げるように外に出た。
顔を上げる事なく、ただ静かに泣いている彼女を残して。
扉が閉まる無機質な音が響き、その扉に背をつけ自分がしてしまった事の愚かさを悔いる。
(……何が"居場所を作る"だ、何が"守る"だ。)
名前を1番傷付けているのは…俺じゃないか。
そう思うと同時に、先程の彼女の"コエ"が脳裏をよぎる。
―――『……蓮……っ』―――
(…結局、心に想うのはソイツなんだな…)
近付いたと思っていた距離は、まったく近付いてはいなかった。
自身の名前に対しての黒い感情…そして彼女の心にはどう足掻いたって入れないという事実が頭の中を支配し、暫くその場から動けなかった。