13境界線
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カカシさんに私の力の事が知られてしまったあの日…彼はそれでも離れないと、独りにしないと誓ってくれた。
それがどうしようもなく嬉しくて。
こんな私に居場所を与えてくれた事が、
泣けるほど嬉しくて。
彼に好きだと言われ、キスをされたのも。
蓮への罪悪感と戸惑いがある中、
嬉しさが心を満たしてしまった――――……
「じゃあ、行ってくる。」
『はい、いってらっしゃい。』
いつものように、任務に行くカカシさんを見送る。
この見送りも毎日しているので、もう見慣れた光景だ。
でもあの日彼が私を受け入れてくれてから、カカシさんと離れる時間が寂しいと思う自分が出てきてしまった。
そしてその寂しさを隠さず言葉にするようになったのは、彼が私に「自分の気持ちを伝える努力を」と言ってくれたからだ。
『……早く、帰ってきてくださいね。』
ゴンッ
そう伝えた瞬間、彼が玄関の扉に強く頭を打ちつけた。
『どっ、どうしたんですか!?』
「いや、気持ちを伝えろと言ったのは俺なんだけどね…ちょっと言葉の破壊力が凄まじくて…」
そう言って「自制心…忍耐力…」とブツブツ呟いているカカシさんを見ていた時、ある事を思い出した。
『あっ!カカシさん、私今日自分が働くお店の下見に行ってくるんですが、護衛の方と一緒に行く形になるんでしょうか?』
そう聞くと、カカシさんは扉につけていた頭を起こしてこちらに振り向いた。
「あぁ、それはないよ。以前監視していた時と同様、影から守る形になる。だからアイツは姿を見せないから、名前はそのお店に1人で行けばいいよ。」
『そうなんですね…でもせっかく護衛して頂いているのに、ご挨拶できないのは残念です。』
前は監視としてだったが、今は護ってもらう方だ。きちんとお礼を言いたいのに…と思っていたら頭上から聞こえた不機嫌な声。
「…別にわざわざアイツに会わなくてもいーでしょ。名前はそういうの一々気にしすぎ。」
顔を上げてカカシさんを見てみると、彼の纏っているソレは若干"嫉妬"が見え隠れしていて。
『…お名前だけでも知りたいんですけど、聞いていいですか?』
そう問うとソレはより一層色濃くなり、顔も益々不機嫌になる。
「……テンゾウ。」
ボソッとその人の名前を呟くと、彼は「…行ってくる。」と私の顔を見ずに扉を開けて出て行ってしまった。
(…嫉妬されて嬉しいなんて、私って性悪かも…)
嬉しく思う自分に少々後ろめたさを感じつつ、いつもの公園で歌う為準備を始めた。
『……ふぅ。』
公園での練習を終え、少し休憩する為ベンチに腰を下ろし空を見上げる。
今日は雲一つない晴天で、歌っていてとても気持ちが良かった。
(こうやってここで歌うのも…当たり前になっちゃったなぁ。)
最初は見知らぬ場所に来て戸惑う気持ちが大きく、人と関わりを持つ事を恐れる私がこの場所で生きていけるか随分不安になった。
でも今では、ここでの生活が居心地がいいものになっていて。
それは周りの…カカシさんの優しさのおかげ。
(できることなら…ずっとここに居たい。)
そう思うのは、欲張りだろうか。
逃げていることに…なるのだろうか。
蓮は、こう思う私を許してくれるだろうか――
『……っ』
暗く深い思考の闇に溺れそうになるのを必死に振り払い、再度歌う為ギターを持ち立ち上がろうとした。
その時、ふとある事を思い出す。
(そういえば…護衛してくれてる人って近くにいるのかな。)
周りに人の気配は感じないが、それはきっと相手が忍だから。
なんとなく近くにいるような気がして、声をかけてみた。
『…テンゾウさん、毎日…ありがとうございます。これからも…迷惑かもしれませんが、よろしくお願いします。』
私の声は空気の中へ溶けていった。
辺りは木々が風に揺れ、木の葉が擦れる音しかしない。
(…返事は、返ってくるわけないよね。)
少し期待をしていたが、それは仕方のない事。そう自分に言い聞かせ、また歌う為ベンチから離れた時。
――――――ズズッ
後ろから何か地割れのような音が響いた。
振り返ってみると、先程私が座っていたベンチから少し離れたところに一本の木が姿を現していて。
(…え?今ここに木って生えてなかったよね!?)
茫然とその木を見つめていると、今度は徐々に花が開花していく。
それは鮮やかなピンク色の花。
枝先に小さな花が纏まって穂のように咲いている。
『これって…花木?綺麗な花……』
でもなぜ急に木が…?と思い、はっと気づく。
(…もしかして、テンゾウさんが…)
『…すごいです!こんなっ…手品みたいです!ありがとうございます…っ!』
姿も見せず、声をかけてくれるわけでもない彼。それでも私の言葉に応えてくれたのが嬉しくてどこかにいるであろう彼にお礼を述べた。
ここの人たちは、本当に温かい。
暫くその花を眺めていたが、お店へ行く時間になった為その場を後にした。
――――――・・・
今より少し前、ギターを片付けこの場を離れようとする名前を影から見ていたテンゾウは……
(……今のは反則だ…っ)
突然名前に声をかけられた事、そして自身が出現させた花木で笑顔を見せてくれた事に面の下で顔を真っ赤に染め狼狽えていた。