10大きな確信

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***


今日はずっと引き伸ばしにしてきた飲み会の日。
きちんと名前を紹介すると言っていた為断ることもできず今に至る。

まぁ名前に告白をしたガイを呼ばない条件を出していたし、何か問題が起こる事もないだろうと、そう思っていた。

―――思っていたのに。


「……なーんでガイがここにいんの。」

そこには紅、アスマ、アンコ…そして何故かガイの姿があった。


「しょうがないじゃない、今日の事バレちゃったんだから。そもそもいつも集まるお店で隠せるなんて思ってる方がおかしいわよ。」


悪びれる様子もなく紅が答える。その横でアスマがタバコをふかしながらニヤリと笑みをこぼして。
その姿を見て2人に文句を言おうとしたが、ガイの言葉によって遮られた。


「カカシィィイ!!貴様、俺を差し置いて飲み会をするとはどういう了見だ!!!」

「あーはいはい。もう少し声抑えてちょーだい。そうやって一々大声出すから嫌だったんだよ。」

「な、なにぃ!?そんなのいつもの事ではないか!!だいたいお前は――……」


尚も文句を続けようとしていたガイの言葉が途切れた。視線は俺の後方を捉え目を見開いている。
そして数秒固まった後、


「あ、ああああなたはいつぞやのお嬢さん!!!」


先程よりも一際大きな声で叫んだ。


「カ、カカシなぜこのお嬢さんがここにいる!?お前は幽霊を連れて歩く趣味でも持っていたのか!?」

「は?何、ガイもしかして俺が言った嘘今の今まで本当に信じてたの?」

「う、嘘だとぉ!?じゃあ…目の前にいるこのお嬢さんは…」

「正真正銘生身の人間だよ、俺の親戚。名前は…」


そう言って紹介しようと名前に視線を向けた時。


『…カカシさんだったんですね、噂の根源。』


冷たい目をした名前が小さく呟いた。


「…え?あの、名前…?」

『そうですか、カカシさんの耳には私の歌声は呪いの歌に聴こえてたんですね。よーくわかりました。』


………まずい、これはまずい。

そこには以前のように顔を真っ赤にして怒るのではなく、静かに…しかし今まで見た事がない程怒りに満ち溢れた目でこちらを見る名前の姿があった。
…冷や汗が、たらりと垂れる。


「名前?あの、俺別にそういう意味で言ったわけじゃ『ガイさん、お隣いいですか?』


俺の言葉を無視して、笑顔でガイの横に座る名前。ガイはガイで顔を赤く染め、しどろもどろしている。


「え〜っと名前、ちょっとだけ話を聞いて『嫌です。もうカカシさんとは口聞きません。』

『…それに明日からお夕飯は毎日天ぷらにします。』

目も合わせず発せられたその言葉に絶句してしまった。

「すみませんでした名前さん。俺が悪かったからそれだけは勘弁して。」


深々と名前に頭を下げ、何としてでも機嫌を直してもらわなければと考えていた時、大きな声が響いた。


「あ〜っはっはっはっは!!あのカカシをここまで尻に敷くなんて!!アンタ最高!気に入ったわ!!」


それは既に顔を赤く染め出来上がった状態のアンコで、その笑い声に全員がアンコに注目し、名前も我に返ったようで慌て始める。


『あ…っ!す、すみません!お見苦しいところをお見せしましたっ!』

「い〜のよ!そんなこと!!それよりアンタ名前は!?」

『苗字名前と申します。よろしくお願いします。』

「名前ね!!私はみたらしアンコ!あ〜本当面白いモンが見れたわ!!当分話のネタになりそうね!!」


言いながら、アンコは手に持っていたビールを一気に飲み干す。そんなアンコから視線をずらし、名前は紅とアスマに声を掛ける。


『紅さん、アスマさん。以前助けて頂いた時すぐにその場を去ってしまってすみませんでした。あの時は本当にありがとうございました。』

「そんな事気にしなくっていいのよ。改めて宜しくね、名前。」

「宜しくな、名前。」


アスマと紅への挨拶を終えた名前は、最後に横にいるガイに視線を移して。

    
『…それと、ガイさんも。あの時は驚いて逃げてしまってごめんなさい。改めて苗字名前と申します。よろしくお願いします。』


ふわりと、ガイに微笑む名前。
そんな彼女を見て先程と同様顔を赤らめるガイ。


「あ、あぁ!名前さんというのですね!!また貴女とお会いできて光栄です!!では、貴女と俺の再会を記念して乾杯するとしましょう!!!」

「…別にガイと名前の再会に乾杯なんかしなくてもいーでしょ。それより名前お酒弱いみたいだからあんまり飲ませないでね。」


2人のやり取りに若干イライラしながら、ガイが名前にビールの入ったグラスを手渡そうとした為周りにそう伝えると、『飲みすぎさえしなければ大丈夫ですよ。』と彼女がこちらに笑顔を向けてくれた事で安堵の溜息が漏れた。

(よかった、もう怒ってなさそうだな…)

先程の名前の目がとても怖かったので今後二度と怒らせまい、と密かに心に誓う。

「まぁなんでもいいから早く乾杯しようじゃない!はい、カンパーイ!!」

そうして既に酔っ払っているアンコのグダグダな掛け声で、飲み会は始まった。






「名前さん!!俺は貴女の歌声に感動しました!!貴女の歌は、本当に素晴らしい!!!」

『そう言って頂けて本当に嬉しいです。ありがとうございます。』

この場に到着してから30分。既にガイはアンコ同様酔っ払い始め、名前の歌声を何度も褒め称えていた。そんなガイに対し名前は笑顔で答え、手にしたグラスを口に運ぶ。

名前はお酒が弱いと公言していた事もあり、あまり飲まないようにしていた。時折アンコから無理やり呑まされそうになっていたがそれもやんわりと断り、酔わないように少しずつ飲み進めていた。

「俺はまた貴女の歌が聴きたい!!またあの公園で歌ってくれますか!?俺の為に!!」

彼女の事ばかり気にしていた時、ガイのありえない言葉が耳に届き、危うく酒を吹き出しそうになる。


「…っガイ!!お前どさくさに紛れて何言ってんの!?」

「うるさい!元はと言えばカカシ、お前があんな嘘をつくから俺はそれ以降名前さんの歌を聴けずじまいだったのだ!!これくらいの願いバチは当たらんだろう!!」

「…違う。そもそもの原因はガイ、お前が名前に会った早々告白なんてするのが悪いんだ。あれの所為でこっちは被害被ってるんだよ。むしろ謝って欲しいね。」

『お2人とも落ち着いてください。ガイさん、また歌いますのでいつでも聴きに来てくださ……あ、そういえば!』


名前を間に挟んでガイと言い合っていたら、彼女が何かを思い出したかのような声を上げた。


『カカシさん、まだ詳細は決まってませんが私働くことになりました。』

「……え、何その話。」


初めて聞かされる話に驚きを隠せないでいる俺に、名前は話を続ける。


『以前住み込みで働くと言っていた所で、有難いことに働ける事になりまして。レストランでホールスタッフもやりつつ、そこに設置されているピアノを演奏し歌うお仕事なんです。』


そこまで言い終え、ガイに視線を移す名前。


『ですから、ガイさん。私が働き出したら是非そちらのお店へ来てください。その時に歌を披露しますので。』

「……っ、はい!!!絶対に行きます!!」


ガイが名前の言葉に顔を赤らめ答えていると、それを聞いていた紅が口を開く。


「それって、私達も行ってもいいのかしら?名前の歌声を一度聴いてみたいと思っていたの。」


その言葉に名前の顔がぱあっと明るくなる。


『是非来てください!聴いて頂けるのなら、こんなに嬉しい事はありませんから!』


そんな2人の会話を一部始終聞いていたが、俺自身は全然嬉しくない、と思っていた。


(…そんな大勢の前で歌ったりなんかしたら、変な男が寄ってくるのなんて目に見えてる。)


それを想像して小さくため息をついてた時、ふいに視線を感じた。そちらを見るとニヤニヤ笑っているアスマの姿。


「……なーに見てるんだよ。」

「いや、うかうかしてられねぇな、と思ってよ。」

「……うるさいよ。」


茶化すようなその言葉を受け流し酒の入ったグラスを口に運ぶと、再度名前に声を掛けられた。


『ですので、カカシさん。たぶん夜に働く事になると思うので、帰られた時もしまだ私が居なかったらお夕飯は先に食べていてください。予め作って置いておくので。』

言いながら、テーブルの上に置いてあるつまみを頬張る名前。

「…いや、いい。待ってるから一緒に食べよう。むしろ帰りは極力迎えに行くから。」


そう彼女に伝えている俺を見て、アンコがとんでもない発言をした。


「………アンタらって付き合ってんの?」
『…んぐっ!』

瞬間、名前が口に入れていた物を喉に詰まらせる。

「ちょっ…!アンコお前いきなりなに言って…名前!水、水飲んで!!」

「疑問に思った事を言っただけじゃない。はい、コレ飲みなさい!」


コレ、と言われアンコに渡されたグラスを名前が受け取る。それは一見、水のように見えるが鼻がきく俺は瞬時に違うと悟った。


「名前飲むな!!それ水じゃなくて焼酎―――」


ゴクン。


喉に詰まらせたものを一気に流し込むように、名前はグラスいっぱい入ったそれを飲み干す。

「名前……?大丈夫か?」

何も話さない彼女を見て恐る恐る問いかけると、顔を上げた名前が笑顔を見せた。

『はい、びっくりしましたが大丈夫です。』

先程と変わりない姿に安心する俺の向かいで、アンコが落胆の声を漏らす。


「なによ〜名前、アンタ結構呑めるんじゃない!じゃあコレも呑みなさ「アンコ、それ以上名前に呑ませるな。」


殺気を向けながら凄むとアンコは断念し、彼女に渡そうとした酒を自身で飲み始める。


「つまんないわねぇ〜。で?アンタら付き合ってんの?」

『いえ、私はただの居候の身です。カカシさんとは何でもありませんよ。』


先程と同じ質問を投げかけてくるアンコに、名前はそう返事を返して。

(…いざ本人の口から全否定されると結構キツいかも…)

なんとなく居心地が悪くなり、その場から一旦離れようとトイレへ向かう為席を立った。








『あはは……っ!!ガイさん、そのお話本当ですか…っ!?』

「ハイ!!あれは俺とカカシのライバル勝負の時にですね……」

「……………」


……俺がトイレに席を立った、ものの数分。

その数分で名前は顔を赤く染め、ガイと楽しげに話をしていた。


「……どーなってんの。」

「見りゃわかるだろ。酔っ払ってんだよ。」


俺が名前とガイを茫然と見つめ呟いた言葉にアスマが淡々と答える。


「さっきからあの調子でガイの話に大ウケしてんだよ。名前、酔っぱらうと笑い上戸になるんだな。」

「……そんな冷静な分析いらないから。」


尚もガイの話を聞き、目尻に涙を溜めて笑っている名前を見て嫉妬心が膨れ上がる。

(…俺といる時はそんな笑った事ないくせに、なんでガイなんだよ。)

そんな俺の気持ちを知る由もなく、名前がこちらに気付き笑顔を向けてきた。


『カカシさん、おかえりなさい!お2人の勝負の話、ガイさんから聞いてて…っあはは!本当おかしいです…っ!お2人は仲がいいんですね!』

「…別に、フツーだよ。それより名前、もう酒はこれ以上飲むな。結構酔ってるでしょお前。」

『そうですか?でも言われてみたら…ちょっとふわふわするかもです。』


言いながら、顔を赤く染めふにゃりと笑う名前。その顔を見て一瞬息が詰まってしまう。

(…あ〜、早く連れて帰りたい。)

こんな無防備な顔、他の奴らに見せたくないという子供じみた独占欲が心を覆い尽くす。

そんな事を考えていたら名前が急に静かになった。
不思議に思い隣を見てみると、うつらうつらと舟を漕ぎ目蓋が今にも閉じそうになっている。


「えっ…ちょ、名前!?なんで急に寝そうになってんの!」

『ん〜……眠くなってきました……』


ちょっと待て、さっきまで大笑いしてたのになんでそうなるんだ。

「わかった、わかったからもう少し耐えて名前。アスマ、もう帰るからコレ俺たちの分のお金、払っとい…」

言いながらお金をアスマに渡した時。ぽすっと名前が肩にもたれかかった。

………俺ではなく、ガイの肩に。


「………ガイ、お前何やってんの。」
「お、俺は何もしていないだろう!!」

自身の肩にもたれかかった名前に体を硬直させるガイ。名前はというと、気持ちよさそうにすやすやと眠っている。


「いいじゃねぇか、暫くそうやって寝かしといてやれよ。」

「は?あり得ないでしょ。なんでガイに名前を任せなきゃいけないんだよ。」


そんな様子を見て面白そうにアスマが言うので全力で否定し、ガイにもたれ掛かり寝ている名前の肩を揺する。


「名前、名前起きて。ガイの肩でなんか寝てたら頭おかしくなるから。寝るなら俺が背負ってくから、ほら、帰るよ。」

『……う〜ん……は、い……。』


目を擦りながらガイの肩から離れたと思いきや、今度は俺にもたれかかる名前。ふわりと、彼女の頭からシャンプーの香りがした。

(…っ昨日の今日なのに、なんでこうなるんだ!)

ここ最近名前に触れるのを我慢していたのに、この2日で以前より近くに名前を感じてしまい動揺を隠せない。

なんとか平静を装い彼女を背負うと、アスマ達に別れを告げ店を後にした。






「………はぁ。」

家への帰り道、何度目か分からないため息を吐く。

(ほんと、2日連続でなんでこうなるかな…。)

俺の背中で気持ちよさそうに眠る名前を少し恨めしく思ったが、まぁ今日のはアンコが悪いから仕方がないかと彼女を背負い直した時、眠っていた名前が起きる気配がした。


『……ん、カカシさん……?』

「あぁ、起きた?もうすぐ家に着くからもうちょっと我慢してちょーだいね。」

『ごめんなさ…、迷惑、かけちゃって…。』

「気にしないの、これくらいどうって事ないから。それより、楽しかったか?」


そう聞くと、ふふ、と名前の笑う声が耳に届く。


『…はい、とっても。あんなに楽しかった飲み会は、初めてでした。』

「そ、楽しかったならよかった。」


俺も初めて大きい声で笑う名前を見れたから結果的に行って良かったかもな。
…ガイに向けての笑顔だったのが癪だけど。


そんな事を思っていると、名前が『……それに、』と言葉を続けて。


『私の知らないカカシさんが知れて…嬉しかったです…』


耳元で小さく紡がられた言葉に鼓動が高鳴り、思わず足を止めてしまう。

「……またそうやってお前は……、」

もういっその事、キスの1つでもしてしまおうか。そうすればこんな発言は容易にしなくなるかもしれない。

(…ま、そんな事して嫌われたらイヤだからしないけど。)

この天然発言はどうにかならないものか…と深いため息を吐き再度歩き出そうとした時。



『…わたし、カカシさんを嫌いになる事…ないと思います…』




―――ドクン。


「…………は……?」

俺は今…声に出してはいなかった。それなのに名前は俺が思っていた事への返事ともとれる発言をした。

先程よりも鼓動が早まり、音が直接耳に響いてくるようにドクドクと脈打つ。


(………名前?)

『なんですか?…カカシさん…、』


ふわふわと夢見心地で、そう答える名前。

急速に酔いが覚めていくのがわかる。そして今までの名前の言動を思い返し、自身の考える予想を確信へと変えていく。


『あぁ、私死ねなかったんだ』


―『あの子の目がとても怯えていたから』―


―『私、ガイさんの告白受けませんよ?』―


『…蓮、ごめ……、』


―『………"私に触れないで"………』―



しん、とした夜の静寂の中、鼓動の音だけが耳に響いた。





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