08言わざる本音
***
自分の腕の中で静かに眠る名前。
あの後泣き疲れてそのまま眠ってしまった。
その目元に僅かに残っていた涙を優しく拭い、名前の顔を見つめる。
――『独りで…生きなきゃなんです…!』――
――『独りは……怖い……っ!』――
――『…彼と約束したんです…っ』――
彼女の言葉、表情、そして…….涙。
一体、元の世界で名前はどれだけ孤独だったのだろう。そしてその理由はなんなのか…
写真の"彼"は支えとなる存在ではなかったのか。
「……教えてくれ、名前。」
独りは怖いと言いながら、それでも独りで生きようとする、その理由を。
起こさないよう、そうっと抱き抱え寝室に行きベッドに寝かせる。眠る彼女の頬をそっと撫で、部屋を後にした。
***
『……ん、』
目覚めると、カカシさんのベッドの上だった。
体の気怠さと目蓋の重みで中々起きれなかったが、なんとか目を開き窓の外を見ると陽は沈みかけ、夜の気配が訪れようとしていた。
自分は何故寝ていたのだろうと少し考え、
そして―――
(……っそうだ、私カカシさんと話してて、沢山泣いて、そのまま……)
……カカシさんは、今どこにいるの?
急に不安になり、急いで寝室の扉を開ける。
「…あ、起きた?」
そこには、ソファで寛いでいるカカシさんがいた。
『カカシさん…』
(どうしよう…なんて声をかければいいかわからない。)
そう思いその場で立ち尽くしていると彼がソファから立ち上がり洗面所の方へと向かう。
暫くして戻ってきた彼の手にはタオルが握られていて、こちらに近づいてきたカカシさんが私の手を握る。
『…っなん「こっち、座って。」
そのまま手を引かれソファに座らされ、戸惑う私にカカシさんは持っていたタオルをこちらに差し出して。
「目、腫れてるよ。暫く冷やした方がいい。」
『あ、ありがとうございます……。』
それを受け取り目に当てると視界が遮られ、彼の表情が見えない為言い知れぬ不安が身を襲う。
沈黙は気まずいと思い何か話そうとしたが、彼の方から話し始めた。
「名前、お腹空かない?」
『…へ?お腹ですか?ちょっと空いてますけど…』
「そう?じゃあもう少ししたら何処か食べに行こうか。」
『……こんな目が腫れてる時に外に食べに行こうなんて鬼畜ですね。』
「……ゴメンナサイ。」
タオルを目に当てながら、隙間からカカシさんの方を見るとしゅん、と項垂れていた。
(…そっか、きっとカカシさんも同じなんだ。)
何を話していいかわからなくて…でも私に気を遣わせないように、必死に普通を装って。
『…この後、お夕飯の買い物に行きましょう。』
「……作ってくれるのか?」
『作りますよ。……これからも。』
目からタオルを離し、カカシさんの方を見る。
『だって……ここが私の帰る場所、ですから。』
自分から出て行こうとしたのに、なんて勝手なんだろう。それでも…もう自分の心に嘘はつきたくない。
ここに居たいと思う、この気持ちを。
「…俺、名前に謝らなきゃいけない事がある。」
カカシさんが小さく声を発した。
『……?なんですか?』
「俺が任務に行っている間…その、絡まれたんでしょ?昔の…俺の…、」
言葉を濁しながら居心地悪そうに言うカカシさんを見て、何が言いたいのか理解した。
きっとこの間公園で会った女性達の事を言っているんだと。
『…あぁ、あの人達の事ですか。…まったく気にしてない、って言ったら嘘になりますけど…でも、あんまり気にしてないです。』
これは本当の事だ。
確かに言われた言葉で多少傷付いた。でも、それよりも蓮や自身の想いで頭がいっぱいでそれどころじゃなかった。
「……そうなの?俺てっきり、それが原因であんな…、"触れないで"って言ったのかと…。」
私の返答が意外だったのか、戸惑いを見せるカカシさん。
「じゃあ……なんであんな事言ったんだ…?」
『そ、それは……』
その問いかけに、今度は私が言葉を濁す。
"私に触れないで"……そう言ったのは、蓮への後ろめたさもあったが、1番の理由は…カカシさんに対するこの想いが、触れる事で彼に伝わってしまう事を恐れたから。
惹かれている自分自身に歯止めをかけなければ…そうしなければ、溢れ出てしまいそうだから。
『……言えません。』
彼の顔を見ずにそう答えると、暫く沈黙が続き
「……そう、わかったよ。」
と、彼が小さく呟いた。
この時、私はカカシさんの方を見るべきだった。
彼が私の言葉で、どれだけ傷付いたか。
その顔を見たらわかった事なのに。
私たちは、"いつも通り"を装いながら2人での生活を再度始めた。
…互いの気持ちがすれ違っている事に気付かぬフリをして。