03心に蓋を

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***

今日はカカシさんから里を1人で出歩く許可が出たということ、更にギターまで戻ってきたのもあり嬉しさで少し浮かれていた。

だから監視対象なのだからと普段遠慮していたのに、今日はずっと気になっていた事を聞いてみた。

……それなのに。

(……あんなに笑うなんて、ひどい!)


お皿をガチャガチャ洗いながら先程の会話を思い出す。
カカシさんからしたら私は5歳も年下だけれど、あんな風に子供扱いされるのはとても心外だった。

(それに、結局素顔は見せてもらえなかった…)

この2週間で彼が呼び捨てで私を呼ぶようになったこと。私に対しての、彼の取り巻く"気"が随分穏やかになったこと。

監視対象者である自分に少しは気を許してくれているのかと思うと、それがなぜだか凄く嬉しくて。だからきっと素顔も見せてくれるとどこかで期待していたのだ。

洗い物を終えソファに腰掛け、深くため息をついた。


(私、いつの間にこんな欲張りになったんだろう…)


両手で顔を覆い、目を閉じて考える。

この力のせいで、人と深く関わる事を避けてきた。相手を知れば知る程、相手の言動と心が違うとショックを受ける自分がいたから。

また負の感情が心を覆い尽くす。


(やっぱり…こんな風に傷つくくらいなら深く知ろうとしなければいいんだ)


そもそも彼にとって私は監視対象者。
それ以上も以下もないんだから。

そう無理矢理自分に言い聞かせていた時、お風呂場の方から扉の開く音が聞こえた。


「名前、上がったから次どーぞ…って、え?なに、どうした?」


私の異変に気付いたのか、カカシさんが慌てた様子でこちらに駆け寄り、ソファに座る私の前にきて跪いた。


「もしかして…泣いてるのか?あれか?さっき俺が笑ったからか?」


手で顔を覆っている為カカシさんの顔は見れないが、その声色からとても慌てているのがわかる。

実際泣いてなんていないし、笑われた事にももう腹を立てていない。でもなんだか慌てるカカシさんが面白くて、そのまま顔も上げずに無言を貫いた。


「あ〜…そうだよな。あんな笑われたらそりゃ嫌だよな。…ごめん」


きっと今、しょんぼりと頭を項垂れているに違いない。そんなところを想像したら笑いがこみ上げてきた。

『………っふふ!あはは!』
「………え?」

泣いてると思ってたのにいきなり笑うものだから、カカシさんはビックリしたのだろう。


『別に泣いてなんかいませんよ?でも、笑われたのが悔しかったのでちょっと仕返しを…』


言いながらカカシさんの方を見て、言葉が途切れた。目を見開いて、目の前にいる彼を凝視する。

そこにはいつもの口布はなくて。
素顔を晒しているカカシさんがいた。


『カ、カカシさん……顔、なんで…』

「え?…あぁ、さっき名前を怒らせちゃったでしょ?だからそのお詫びにって思ってたんだけど…」


そう言い、じとっとした目つきで私を見た。


「……仕返しなんて、しちゃうんだ?」

『あっ…いえ、これは、その…っ!』

「俺は名前に機嫌直して欲しくて顔晒したのになぁ〜」

いつの間にか立場が逆転していたがその事にまったく気付かず、素顔のカカシさんを直視できずに膝の上に置いている手をぎゅっと握りしめ俯く。


「…名前、見たかったんでしょ?」


尚も無言で俯く私の手に、カカシさんの左手が重なって。
ビクッと、小さく肩が揺れる。


「…名前、こっちむいて」


顔を上げると、カカシさんと視線が交わる。お風呂上がりの濡れた髪やスッと通った鼻筋、口元のホクロがやけに色っぽくて。

一気に顔に熱が集まるのがわかる。きっと、耳まで真っ赤になってる。

カカシさんの右手が私の顔へと徐々に近付く。
自身の心臓の音が、やけにうるさく聞こえる。


ダメ、力が、コントロールできな―――



―――「名前」―――


彼の手が私の頬へ触れるか触れないかの距離にきた時、ガタッと勢いよく立ち上がった。

『わっ、私お風呂入ってきますねっ!』

彼には一切目もくれず、逃げるようにお風呂場へ行き扉を閉めると、そのまま扉に背をつけズルズルと座り込む。


(び…っくりした…!)


まだ心臓がバクバクしている。

マスクの下は、ナイショって言ってたのに。
なのに、あんな不意打ち……っ!

カカシさんの素顔を思い出し、また顔に熱が集まる。

先程まで深く関わるのはやめよう、傷つくだけなんだからと思っていたのに…ふいに聴こえてきた彼の"コエ"が、私の名を呼ぶ、その"コエ"が。

とても切なげで、私の心を締め付けるものだから。

乱れる心を落ち着かせるように、深く深呼吸をする。彼の事をもっと知りたいと思う反面、これ以上深く関わるのはダメだと頭の中で警鐘が鳴る。

ポケットからパスケースを取り出し、写真を見つめた。

『…………、蓮…………』

彼への想いを確かめるように、目を瞑り彼を想う。思い出すのは彼が私を呼ぶ声、ぬくもり、笑顔。それらを想うとすぅっと心が温まる。


(…大丈夫、ずっと一緒。私は、貴方との約束の為に生きていく…)


揺れ動く心に気付かぬフリをして、貴方との"約束"だけを胸に秘める。


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