03心に蓋を

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彼女がこちらの世界に来て2週間が経った。

沈みかける夕日を背に、いつも通り任務を終え自宅の扉の鍵を開錠し開ける。
カチャカチャと奥から音が聞こえ、その音が止むと同時にこちらに駆けてくる足音。

『カカシさん、おかえりなさい』
「ただいま、名前」

最初こそぎこちなかったその挨拶も、今では自然と口からでるようになり、呼び名もいつの間にか名前、と呼び捨てになっていた。

いつもだとそこから今日の献立の話や任務は大丈夫だったか等名前が話してくれるのだが、今日は俺の手に握られているソレに釘付けになっている。


『カカシさん…それ…っ!』

「ああ、三代目がこれはもう安全だと判断されたから返してくれたんだ」


他のものはもう少し待ってね、と言い名前に手渡したもの。それはギターだった。

名前は嬉しそうにそれを受け取り『ありがとうございます…っ!』とこちらに笑顔を向ける。
その笑顔を見てこちらも嬉しくなり、思わず頭をぽんっと撫でた。

その瞬間ビクッと名前の肩が揺れるが、それでも先程と変わらない笑顔のままでこちらを見てくる名前。


この2週間で更に分かったこと…それは、名前は触れる度に一瞬怯え体を強張らせるということ。


最初は男性恐怖症なのかと疑った。だが本人にそれとなく聞いてみても『そんな事はないです』ときょとんとした顔で返されてしまって。

(…まさか、俺に触れられるのが嫌ってことか…?)

そう自身で考えて少なからずショックを受けていると、


『あの、カカシさん…?お部屋に上がられないんですか?』

「…!ああ、ごめん考え事してた」


不思議そうにする名前を見て我に返り、慌てて靴を脱ぎ部屋の中へと足を進める。と、もう一つ彼女に伝えるべき事があったのを思い出した。


「そういえば、もう一つ報告があるんだ」

『はい、なんでしょう?』

「俺が任務でいない間いつも家に居てもらってたけど、明日からは自由に外出していいって」


それを聞いた途端、名前の顔がぱぁっと明るくなる。


『本当ですか!?嬉しいです…っ!』

「まぁ、監視は解かれる訳じゃないんだけどね。この2週間何もなかったし、俺も名前を見ていて害はないと報告していたから」

『…カカシさんのおかげなんですね、ありがとうございます』

「いやいや、俺何もしてないじゃない。むしろお礼を言うのは俺の方だよ。炊事洗濯料理、全部任せちゃってるし」


名前が来てからというもの、昔とは比べものにならない程生活が豊かになった。

家に帰れば出迎えてくれる人。あたたかい食事、何気ない会話。とうの昔に忘れ去った、誰かと生活する事の温かさを、名前は与えてくれた。

相手は監視対象者だというのに、そんな事をつい忘れてしまうくらい、名前との生活は心地良かった。








そうしていつも通り名前の作った夕飯を2人で囲んでいた時、ふと感じる視線。
目を向けると、じーっとこちらを凝視している名前。


「…そんなに見られると食べづらいんだけど」

そう言ったが、視線は変わらない。

『……私、この2週間ずっと気になってたんです…カカシさん、どうやって食事してるんですか?マスクつけたまま』


(ああ、なんだそういうことか)

普段から人と食事をする時も無意識に見せないようにしていたから気付かなかったな。

「なに?そんなにこの下気になるの?」

そう言いながら人差し指を口布にあてる。

『…ここまで見れないと、気になるのは当然じゃないですか』


(まぁ一緒に暮らしてるし、名前になら見せてもいいかなぁとも思うけど…)


自分に興味を示してくれたのが嬉しくて、つい悪戯心が湧いた。

椅子から立ち上がり、身を乗り出し正面にいる名前に顔を近づける。突然至近距離になった事で名前は目を大きく見開いた。

「見せてあげようか」

口布に指を掛け、ゆっくりその指を下げる。名前は俺の目と口布を交互に見て視線を泳がせる。


そして―――………


「ざーんねん。マスクの下もマスクでした〜」

意外な事実に硬直する名前。その顔が面白くてつい笑ってしまった。俺の笑い声にはっと我に返った名前の顔が、みるみる赤くなっていく。


『かっ…からかったんですか!』

「ははっ、いや〜ごめんね?あまりに必死だったからつい」

『もう…っ私は素顔が見たいんですっ!』

「え〜……」


顔を赤く染めて言う名前を見ながら、人差し指を自身の口元にもっていく。

「ナイショ」

そう言ってニッコリ微笑むと、名前は諦めたようにため息をついた。


『もういいです…あ、でももう一つだけ気になっていた事聞いてもいいですか?」


いつになく質問をしてくる名前に内心驚きつつも、「いいよ、なに?」と答える。


『なんで左目も隠してるんですか?今は額当てをしてないですけど、それでも目を開けないのが気になっていて』

「あぁ、これは戦闘の時に使うものだから普段は閉じてるんだ。詳しくは教えられないんだけど…」

『その目が武器になるって事ですか?』

「ま、そういうことだ」


うーんと唸っている名前を横目に、食事を終え最後にお茶を啜る。
…この後の言葉で、お茶を飲んだことを激しく後悔する事も知らず。



『……目からビームが出たりするのかな……』



ブフッ!!!


飲んだ後口布は元に戻していた為、吹き出したお茶が思い切り口布を濡らした。それだけならまだ良かったが、中途半端に喉に通っていたお茶が気管に入り盛大にむせてしまった。


『ちょ……っ!カカシさん何やってるんですか!』


名前は慌てて洗面所にタオルを取りに行き、濡れた口元にタオルを当てゴホゴホとむせる俺の背中をさすってくれた。


「…っはぁ…、ありがとう。やっと落ち着いた…にしても…」


漸く落ち着いたが、今度は先程の言葉を思い出し笑いが沸々とこみ上げてくる。


「くっ……あははっ!目からビームって…っ!なんでそんな発想…っ!」


盛大にむせた後大笑いを始めた俺を見て名前は困惑した表情になる。


『えっ?だって戦闘の時に使うんなら、ビームがでるかもって思うじゃないですか!』

「ビームって…っくく、子どもじゃないんだから…っ!」

『…っもう!人を馬鹿にして!カカシさんなんて知りませんっ!』


笑いすぎて涙が出てきてしまい、それを指で拭っていると顔を真っ赤に染めた名前が顔を背けて食器を片付け始める。


「…っはぁ、笑った。ごめんごめん、別に馬鹿にした訳じゃないんだよ?名前の発言があんまり可愛くて」

『大笑いした後そんな事言われても全然説得力ありません』


(あ、これは本格的に怒ってるな…)

いつもより感情的になる名前を見て更に嬉しくなるが、今は機嫌をどう直すか考えるのが先だ。


「…とりあえず濡れちゃったし、お風呂入ってくるね」


そっぽを向く名前にそう告げ、風呂場へと足を運ぶ。
脱衣所で服を脱ぎながら先程のビーム発言を思い出し、また笑いそうになるのを必死に堪えた。

こんなに笑ったのはいつぶりだろうか。


(……参ったなぁ)


自分の中で、彼女の存在が大きくなる。そして大きくなればなる程、叶わないものだと実感する。

…だからこの気持ちには、そっと蓋をして。

いつか彼の元へ帰ってしまうその日まで、せめてこの世界にいる間は俺が1番近くにいれるようにと願った。




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