34離れゆく愛
風に靡く木々の葉音が、耳に届く。
もう何時間…この場に佇んでいるのかわからない。
目の前の石碑に後悔と懺悔を繰り返し、ただ、ただ……自分を戒める為だけに、俺は毎日この慰霊碑の場所に通う。
「…俺はいつも後悔ばかりだ。この眼があっても…ちっとも先なんて見えやしない。」
お前が生きていたら、
今の俺に何て言うんだろうな……
……なぁ、オビト。
「……またここに来てたのか。」
不意に、背後から声をかけられた。
振り返るとそこにはタバコを咥え、怪訝な表情をするアスマの姿。
「……何だ?なにか「"なんだ"も何もねぇよ」
「カカシ……お前この1ヶ月どうして名前のところに行ってやらねぇんだ。」
「………。」
………そう、あれから1ヶ月が経った。
サスケが里抜けをし名前が攫われたあの日から、1ヶ月という月日が。
そしてあの日言われた綱手様の言葉を思い出す。
―――――――・・・・
「…脳に酷い損傷が見られた。意識を取り戻す可能性は…低いだろう。それに喉も炎症が酷く、内部で焼け爛れたような痕が見られた。奇跡的に意識が回復したとしても…声が元通り出るかはわからない…」
―――――――・・・・
あの日から名前は植物状態になり、今も眠り続けている。
アスマ達は代わる代わる名前の病室に訪れ彼女に声をかけているみたいだが、俺はあの日から名前の元へ行けずにいた。
「…お前、また何かめんどくせぇ事で悩んでるな?」
何も言わない俺に痺れを切らしたアスマが、立て続けに言葉を発する。
「いいか、名前はな…"生きてる"んだ。まだ死んじゃいねぇし、俺達の声だって本人に聞こえてる。ただ反応がないだけで、ちゃんとそこに存在してるんだ!!」
「それにアイツが1番待ってるのは…カカシ、お前だ。俺たちじゃなく、お前なんだ。それをわからねぇ訳じゃねぇだろ!!」
捲し立てるように声を荒げるアスマ。
それでも俺は、何も言えずにその場に佇む。
(……そんな事は、分かっているんだ。)
名前はちゃんと生きてる。
心臓は脈打ち、呼吸をし、そこに存在しているんだと教えてくれる。
ただ、それでも――――――
「……っおい、聞いて「怖いんだよ。」
「アイツが消える瞬間を見る事になるかもしれない…それに目覚めても、俺を忘れたままかもしれない…そしたらもう、俺の側には…」
それを目の当たりにするのが、ただ怖いんだ。
暫く互いに黙り込み沈黙が続いたが、やがてアスマが小さくため息をつき静かに口を開いた。
「…なら、また始めればいいじゃねぇか。最初から。」
その言葉に顔を上げアスマを見ると、タバコをふかしながらいつものように笑う姿が目に映る。
「二度目の"はじめまして"も悪くねぇんじゃねぇか?それに名前が忘れても、お前や俺らが覚えてるんだ。何とでもなる。」
「…ただな、会わなきゃ何も始まらねぇ。思ってるだけじゃ伝わらねぇ。前にも言ったよな?これ以上後悔したくねぇんなら、ちゃんと名前の顔を見て自分の気持ちを伝えてこい。」
それは以前にも聞いた言葉。
その時と同じように、俺の目をまっすぐ見て言葉を紡ぐアスマ。
(…本当に、俺はいつも間違ってばかりだ。)
「……ありがとな、アスマ。」
「素直なお前は気持ち悪ィな。」
「……それテンゾウにも言われた。」
サァ…と、あたたかな風が、俺達の間を吹き抜けていった。
あの後アスマと別れ、ある場所へと足を進めていた。近づけば近づく程、自身の心臓の音が早くなっていく。
その場所に辿り着くと扉の前で深く深呼吸をし、取っ手を掴む。
そしてゆっくりと扉を開けると――――………
「………名前」
……ベッドの上で静かに眠る、名前の姿。
彼女の側まで行き、置いてある椅子に腰掛ける。そして温もりを感じられるよう、その手を握りながら寝顔を見つめた。
「……来るの、遅くなって……ごめんな。」
最後に会った時と同様、瞼は硬く閉ざされ俺の声に反応する事はない。
しかし1ヶ月という期間意識がないせいか、少し痩せたように思えた。
そんな彼女の寝顔を見ながら、静かに語りかける。
「名前、お前のいない家は…やっぱり寂しいよ」
いつの間にか当たり前になっていた、名前の
「いってらっしゃい」や「おかえりなさい」
その言葉がないだけで、名前の姿がないだけで。あの家はあんなに殺風景だったのかと思う程に彼女の存在が当たり前になっていた。
「…俺怖いんだ…お前に忘れられること。
…それでも、また初めからやり直してもいいかって思うんだ。」
それだけ、側にいて欲しいと思うから。
俺の隣で、笑っていて欲しいと思うから。
「なぁ……もし目が覚めたら、手を繋いでどこか出かけようか。結局デート出来ずじまいだったもんな。
それでお前の好きな甘いものでも食べに行って、ゆっくり散歩したりして。…あぁ、夜にはあの高台で星も見よう。それから―――……」
ここに来るまで1ヶ月もかかったのに、いざ名前を目の前にしたら伝えたい言葉が沢山出てきた。
想いが溢れて、言葉が溢れて、
どうしようもなく胸の奥が熱くなる。
「それから……またお前の歌が聴きたい。」
名前、もっと沢山話をしたい。
もっと沢山一緒にいたいんだ。
だから、頼むから。
お願いだから、
目を覚まし―――――………
その時微かに……でも確かに。
握っていた名前の指がピクリと動いた。