えふえふ | ナノ



変わる体と変わらぬ心2



 コンコン、コンコン。
小鳥の声をかき消す、戸を叩く音で微睡から目覚めた。昨夜はやっとお互いの気持ちを打ち明けあい、両思いになれたことはぼんやりとした頭で覚えている。短いようで、とても長い時間だった。混乱した知略担当の大先生が、まさか女の姿をとるとは思わなかった為、次の問題はどうやって彼を元に戻すまで守るかである。
大きく伸びをして、欠伸を漏らせばずっと音を発し続ける扉へと目を向ける。ルームサービスを頼んだ覚えてもないし、理知的な叩き方から酔っ払いが部屋を間違えてやってきたとも思えない。横へと目を向け、ウリエンジェを隠す為に布団を手にしたときだった。
彼がいない。

「どなたでしょうか?」

 もうすでに布団を抜け出した彼が、寝ぼけて目を擦りながらも上履きへ足を通すのが見える。別段彼が出ることには問題ない、と寝起きの頭で考えたときだった。異様に丸く、大きな臀部と、ぽよんと揺れる下着の付いていない胸。そこで重大な問題を思い出した。彼は今、女であると。

「あ。待て。ここは俺の部屋……」

 静止の声は間に合わなかった。肌けた衣服で開けられた扉の向こうで、短い悲鳴が聞こえたのは聞き逃さない。慌てて跳ね置き、熱さで脱ぎ捨てた上着も気にする間もなく彼女の腕を引いて下がらせた。
相手の顔を確認し、知人であることにまず大きな安堵のため息。次に表情を引きつらせている父親の風格を持つ男に、作り笑いを浮かべては手で挨拶を交わす。

「おはようサンクレッド」
「お前……、アイツが好きとか言いながら、ついに女を連れ込んだのか……」
「違う違う。誤解」

 茶化されるのも癪であるが、何よりも状況がわかっていない彼女より誤解が生まれることが一番危険である。案の定、案外抜けている天然な先生が疑問符を浮かべては、男たちの顔を交互に見る姿よりイヤな予感は的中する。

「女性を連れ込んだ前歴があるのですか?」
「ちーがーう! アンタ、今の姿を鏡で見た方がいいぞ」

 呆れたサンクレッドもため息をついてから、何かおかしいと首を傾げる。まるで女性である自覚がないような者いいより、奥歯にものが挟まる感覚になるのだ。

「……ウリエンジェ?」
「はい。私とわからなかったのですか?」
「女になってるとは思わないだろ。幻想薬を使ったのか」
「その通りでございます」

 深々と一礼をするだけで、引っかかっていた上着がはだけ、魅惑の峡谷が露わになる。慌てて自分のシャツを押し付ける冒険者と、顔を赤くしながら抑える惚れ気に当てられた男。そして当の本人は訳もわからずキョトンと無防備な姿を晒すのである。

「どうなさいましたか?」
「いや。無意識な小悪魔に当てられただけだ」
「下着、買いに行こうな」

 可愛らしいレースや、色気のあるラグジュアリーを想像しては、溢れ出す欲望と衝動を抑えてるが、ニヤつく顔は抑えられない。思い切りサンクレッドに肘で小突かれたのだが、彼も目が泳いでいるために妄想をしているのだろう。鼻の下が伸びているのが丸わかりである。元が男だとはわかっているが、元より丁寧な仕草のせいで混乱するのだ。改めて状況がわからず慌てる彼女の姿を見ては、感嘆の声が漏れてしまう。
 昔なら、このままの勢いで口説いていただろう。でもサンクレッドはわかっている。昨晩のうちに2人の仲は進展している。久しぶりに見た、嬉しそうな友人の甘い表情を見せられては、悔しいが認めざるを得ない。この世界にきてずっと、寂寥感と自責の念に潰されそうだった彼の泣き顔を笑顔に変えれたのは、太陽のような光の戦士だけであったと。
このままだと歳のこともあり、感傷的になりかねない。話を逸らす為に戯けて口を開いた。

「……巨乳美人だな」
「柔らかさも見た目以上だ。俺専用だぞ」
「ぶん殴っていいか?」

 胸ぐらを掴んでは真顔で告げれば、わざとらしく怯えては顔の前で手を交差させる。一応本当に殴る気であることは伝わっているらしく、必死に鼻を守ろうとしている姿は滑稽である。一発を殴っては勢いよく手を離せば、そのまま重力に身を委ねては床へと倒れ込む。心配は多少すれども、体は丈夫な男である。両手を広げて助け起こしてくれるのを待っているが、無視を決め込めばいい。露骨に首を逸らしてはため息をつくと、大袈裟に心配したウリエンジェが助け起こすのだ。両手を背中に回し、必死に抱きつく平助には頭痛すらしてきた。

「だ、大丈夫なのですか? 回復魔法は必要ですか?」
「んーん、大丈夫。このままぎゅっと抱いてくれてたらすぐ治るって」
「ふふ。しょうがないですね」
「おいウリエンジェ。離れろ。邪な気を感じないのか」

 鼻の下を伸ばしては胸へと顔を埋めようとする姿に怒りを覚え、角を思い切り引っ張る。美女に甘えるのは男の理想だが、天然な優しさを持つ女にセクハラをしている姿は許せるものではない。特に親しい友人となれば、嫌悪感も仕方ないだろう。

「行くぞ。今日はお前から誘ってきたんだろうが」
「そうだった」
「何のお話でしょうか?」

 ウリエンジェの細くなった目に浮かぶのは明らかな嫉妬。「私を誘わず、サンクレッドだけ……」と恨めしい声が聞こえてきそうだ。
だが、冒険者も意地悪で誘わなかったのではないし、悪いことをしているとも思っていない。涼しい顔をしながら無言で頭を撫でて誤魔化してくるのだ。
その様子に不安を駆られ、ため息を着きながらもサンクレッドが捕捉を入れる。

「いや、コイツが釣りを手伝ってくれってさ」

 小さい頼まれごとであるが、陽気な冒険者にとっては誰か話し相手が欲しいところ。食料調達兼戦力、そして重要な話し相手として手の空いているサンクレッドとリーンに声を掛けることにしたのが、昨夜のことである。勿論、目の前できょとんと目を丸くする先生に誤解されたら困る為、声をかけてはいなかった。それが仇となるとは思いもしなかったからである。

「あの、私も同行してよろしいでしょうか?」

 少し思案してから、懇願するように手を組み見上げてくる。だが、一見完全無欠のようにすましている彼であるが、泳げないのである。もちろん一緒に行きたいのはお互い山々なのであるが、何かの事故があり足を滑らせるなどがあってからでは遅い。そう、溺れたら助ければいいというだけでは済まない問題があるのだ。

「いやいやいやいや。釣りに行くの。万が一濡れて透けたら襲うけどいいのか?」
「遠くで見ております故、問題はございません」
「雨、降ったら?」

 目的地は嘗て英雄御一行を乗せた白鯨の見える桟橋である。周囲には雨風から守ってくれるものは何もない。言い返す言葉もなく、押し黙ると呆れたような深くため息とは裏腹に、諫めるように優しく頭を撫でるのだ。

「な? だから、先に下着を買って欲しい」
「仕方ありません。では私は買い出しと下着の調達をしてまいります。今はサラシでよろしいですか?」
「うーん、それもそれでエロいからダメ」
「しかし、何も付けないと胸が揺れて痛いのですが……」
「何もつけないのはもっとダメ!!!」

 わがままで心配性な恋人の杞憂と被害妄想が始まり、ああでもないこうでもないと準備に時間がかかったのは外でもない。やっと扉へと手をかけた時には、サンクレッドの訪問から一時間は過ぎていたのだった。

**

 結果的に、散々「エッチだから人前に出すのはダメだ」と喚き散らかしていた闇の戦士であったが、サンクレッドが鉄拳で黙らせたことで一悶着を終えることとなった。下着を借りようにもヤ・シュトラも馴染みの里へと出かけているし、サイズも合わないだろう。ライナへと声をかけようかとも思ったが、知人には頼み辛いとウリエンジェも渋る。結果、急ごしらえの女性用水着を彼氏が作り上げたのだが、どうして胸のサイズがピッタリなのかという言葉を飲み込むしかない。静かに目を見開いて睨みつけてくるサンクレッドだが、器用な製作者は見て見ぬふりをしてくるのだ。勿論、受け取った彼女も特に気にしている様子がなかったから納得がいかない。
 さて、やっと仲間たちと星見の間の前で合流したのだが、今日は先週から出ているヤ・シュトラの姿と、昨日夜までユールモアへと出かけていたアルフィノの姿がない。研究中のベーク=ラグも奥に引っ込んでいるし、ライナも見張りで忙しい。長い階段を上りきれば、嬉しそうに顔を綻ばせるリーンと目があって手をあげ挨拶をしたが、駆け寄ってこようとしたところで横の女性に気がついて金縛りにあったように固まるのだ。
無理もない。見知った格好ではあるが、性別が違うのだ。驚くなというほうが難しい。だが当本人は気にした様子もなく「おはようございます、リーン」と朗らかな笑顔を浮かべるのだ。アリゼーと水晶公だって開いた口が塞がらず、3人を順に見つめるだけである。

「う、ウリエンジェさん?!」
「はい、なんでしょうか」

 候補の名前を呼べば、間髪淹れずに返ってくる返事で正体はわかったが、納得がいくものではない。水晶公は初々しい少年のようにを赤らめるし、アリゼーは口をあんぐりと開けたまま、胸を、腰を、そして敬愛する冒険者を見つめては口元を引きつらせる。見ている分には面白い反応である。

「そ、その格好は一体……」
「一時的ですが、女性の姿をしております」

 戯けてくるりと回ってみせれば、ロングスカートが美しくはためき宙を舞う。大きな胸部も、丸い体つきも、高い声も立派な女性のもので、どうしてそうなったかよりも美しさに気をとられてしまう。その視線に気がつき、何も言わずにカリアは彼女の前に立っては視線を遮る。幼稚な嫉妬と独占欲にサンクレッドは頭を抱えるが、注意したところで止めるような性格でもないのは知っている。早々に諦めるしかなかった。

「しばらくレディーのままなんだと」
「おっちょこちょいな俺のハニー、可愛いだろ?」
「うるせぇ。のろけんな」

 腰を抱き寄せれば、体の力を抜いて寄り添ってくれるのが可愛らしい。高価な薬なのと、何故か運悪く在庫を切らしてしまったらしく、すぐに手に入らないことによりこのまま過ごすことを強いられてしまった。それもウリエンジェは覚悟していたようで、特に困った顔もせずに逆に嬉しそうである。
 女扱いしすぎると渋られたのだが、愛しの人と一緒にいられることは嬉しいらしい。何よりも「恋人だ」と言われると口元を綻ばせる。

「でも、悪い虫が付かないか不安だな」
「それは俺も思ってた。今からマーキングする?」
「子供がいる場所で何言ってんだお前」

 何も考えずに広い襟首を掴んでキスをしようとするものだから、長い角を引っ張っては引き剥がす。色恋沙汰と縁がなかったウブな博士だ。てっきり嫌がっていたのだと思い込んでいたが、を染めてはいそいそと衣服をただしているあたり、満更でもないらしい。チラチラとパトロンに捕まっては痛めつけられる冒険者を見つめては、頭をまとめあげては首筋を見せつけもするのだ。お互いに砂を吐きそうなほどに円満な両想いである。

「ゴホン。確かに見れば見るほどいい女だからな」
「サンクレッド、寝ぼけているのですか?」
「俺は本気だが」
「レディーたちにフラれているからと言って、そんな……」
「お前らなぁ」

 しかも、カレ以外の男からのアプローチに対しては無反応ときた。真っ直ぐ目を見て、真剣な面持ちで伝えたというのに、心底心配した表情で言うのだ。ふざけてくれた方がマシである。

「俺の恋人に色目を使うなら、仲間でも容赦しねぇぞ」

 だが、カレの方は冗談ではない音色。仮面の下からでもわかる鋭い眼光が赤い殺気を持って輝き、無防備で純真無垢な彼女を強く抱き寄せる。急な抱擁が愛情表現とはまた違うことに、流石の天然も気づいている。威嚇をする手のかかるトカゲと本日何度目かわからないため息をつき、深い眉間の皺を押す保護者を見比べるだけだ。
そして喧嘩の原因が自分であると悟った。ただ問題なのが「原因がなんであるか」を完全に理解していなかったことである。
すぐさま体をひねっては、まとわりつく腕の主に身を寄せて言い聞かせるように囁くのだ。

「私は、貴方以外に目移りいたしません」
「アンタは言い寄られたら断れないだろ。そんな優しいところが好きだけど、取られるのは嫌だ」
「ご安心ください。貴方を裏切ることはもういたしません」

 前触れもなく抱き合ってはキスをして、イチャイチャを始める2人に周囲は辟易するばかりである。それでも付き合ったばかりの初々しいカップルに「冷静になれ」も無理は話である。ため息を1つ漏らしながら男の方の頭を叩くと、有無を言わせずに胸ぐらを引っ張るサンクレッドである。ハラハラと彼氏を心配する女には、あえて何も言わないのが意地が悪い。

「ほら。馬鹿やってないで行くぞ。遅くなると魚が釣れるかどうかもわからない」
「今日は魚の調達か。皆の為にありがとう、代表で礼を言う」
「いやいや。気にすんなって。自由に動けるようになったら一緒に行こうな」
「ほ、本当か!?」

 嬉しそうに耳をピンと立てる水晶公に笑いかけ、引きずられてバランスを崩しながらも闇の戦士は手を大仰に振り続ける。傍ではソワソワとしているウリエンジェが後へ続こうとしているが、先ほどの言いつけもある。今日はまず恥を忍んでは女性の下着を調達しなければならないのだ。遠くなっていく男2人へと深々と頭を下げては寂しそうな表情で言うのだ。

「昼食を用意して待っております。どうかお気をつけて」

 2人が階段の下へと姿を消したのを見届け、やっと彼女は頭をあげた。次は迷いなくアリゼーへと視線を向けると、新しいライバルたる大人の女の姿にたじろぎを見せる。ライバルもなにも、もう闇の戦士と付き合っているのだ。冒険者に憧れる少女と恋人であると、もう勝負はついている。それがまた彼女の対抗心に火をつけた。

「あの、アリゼー様。よろしければ、女性の下着について教えていただきたいのですが……」
「な、何よ! そんなに大きなサイズなんて貸せないわよ!」

 まるで野良猫のように目を釣り上げて威嚇してくる少女と慌てる保護者の姿に、水晶公の表情に乾いた笑いが浮かぶ。身内の幸せを素顔に祝いたい気持ちと、憧れの人がとられたという嫉妬心がせめぎ合い、幼い彼女はどうしていいのかわからないのだ。同じく水晶公としても複雑な気持ちであるが、下手に邪魔をする方が彼に嫌われて遠ざかられてしまうと言う危険性が伴うのは知っている。見た目は若いが、伊達に年はくっていないのである。

「性格もお淑やかだし、背も高くてスタイルもいい。頭もよくて、美人で、胸も……勝ち目ないじゃない!」
「そんなことございません。アリゼー様はお若くいらっしゃる。それに、元気のよい女性は好感が持てますよ」
「ただの勝者の余裕だわ!」

 身体をチラチラと見ながらも牙を剥く姿は、ミコッテであれば全身の毛が逆立っていただろう。
確かに、今の彼はスタイルの良い美女である。それはライバルであっても認めざるを得ない。柔らかく丁寧な物腰も、優しく天然な性格もこの生死に関してシビアな世界では珍しい。1人にするには不安な純粋さに頭を抱えるが、本人に伝えたところで首を傾げるだけである。
通りすぎる男たちが、だらしなくを緩めながらも凝視してくる様子に、水晶公自らが目を光らせながらも手を広げて精一杯の妨害をする。その様子に気がついた天然産の美女は、胸を隠すように前で腕を手を組むのだ。

「やはり、この姿は目立ちますか。皆さんにお見せするのも恥ずかしいです……」
「私は、2人のイチャイチャを見てるだけで恥ずかしいかったよ」
「イチャイチャなどしておりませんが」
 
 その言葉がまたアリゼーの琴線に触れては癇癪を起こし始めるのだが、今日はストッパーになるアルフィノも、保護者のサンクレッドもいない。彼女の怒りの絶叫で騒ぎが大きくなることを懸念して、杖で床を叩いては静止をかけようとしたときだった。

「あら。面白いことになってるじゃない」

 不意に聞こえてきた凛と通る声は、暁の中でも常識人であり保護者のような立ち位置のヤ・シュトラである。クスクスと仲間たちの奇行を見ては笑い、中でも変わり果てた姿となった歴史学者へと視線を向けては珍しく目を見開いては、口をあんぐりと開ける。頭の先から足の先までゆっくりと目線を動かし、状況を理解しようと首を捻るが答えなんて出るわけがない。

「ええっと、ウリエンジェ?」
「はい。ご明察です」
「何をしているの?」
「お色気作戦です」
「こちらにきてから、随分と愉快な発想をするようになったわね」

 まるで母親のような優しい目だ、と言えば照れ屋でクールな彼女はまた怒るのだろう。見慣れない女性の正体もわかったところで、再び全身を舐め回すように見つめては自由でわがままな胸で視線が止まる。
目を細めるだけで猫目が怪しく光り迫力がでるのだが、彼女は怒っているわけではない。思案するように顎へと手を当てては首を捻っていたのだが、自分の予想の確信を得たのだろう。大きなため息をついたと思えば、怯える高身長の女性の肩へと手を置いた。

「水着は下着ではないわよ」

 先に反応を示したのは水晶公である。気がつかなかったと改めて胸部を凝視すると「女性の体をまじまじと見るのは、マナー違反ではなくって?」とお母さんに睨まれてしまった。横では気の強い娘も睨みつけてきており、男性1人ではどう足掻いても勝ち目はない。耳を垂れ下がらせては大人しく身を引き、近くの壁へと身を隠しては震えるのみである。
 目に見えて怒り心頭な彼女をなだめる目的があったわけではない。恐れ知らずにも口を挟んだ天然な先生は、可愛らしくを染めながら、俯きながらギリギリ聞こえる程度の声音で呟くのだ。

「その、下着についてよくわからないので、教えていただけないでしょうか」
「そういうことね。いいわ。一緒に選んであげる」



++++
23.1.16

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