えふえふ | ナノ



変わる体と変わらぬ心1

※漆黒
※後天的にょた
※うち光→←ウリ♀
※うちの子名前あり




 暁の血盟たちが召喚された、滅びゆく鏡世界「第一世界」。ここは、原初の世界と違う環境で成り立つ場所。一日中白き光に包まれ、闇を望む世界。誰もが平等にいつ訪れるかわからない脅威に怯え、懸命に生きる白い大地。
住んでいる種族、流行りの食べ物や武器、モテる人物像などは元の世界と同一の認識であるが、主に水晶公により広めれた知識と思われる。そして、英雄として崇める存在も、同一だった。
 その世界の中でも安全な街の一つ、クリスタリウム。透き通ったガラスの向こうの空を見上げると、薄い魔力の壁を隔てた先に少々曇った灰色の空が見える。それでも小さな市場は活気を見せては人の横行が途絶えない。子連れの母親もいれば、剣を携えた自警団もいる。苦労は絶えない生活状況であるが、光が去り闇夜が訪れるようになったここでは今、皆の笑顔が徐々に増えているのが見て取れる。
 増え始めた品を前に、真剣に献立を考えている母。「可愛いイヤリングを買ってくれ」と男にねだる女。氷菓子を頬張り、笑い駆ける子供。そして、着慣れた衣服を身に纏った熟練の戦士がここに3人。冒険者の風貌をした者は、ここでも故郷でも知らぬ者はいない、闇の戦士である。
今日は珍しく男3人で買い出し当番の日。いつもは一緒にいるリーンも部屋に残しては、仲睦まじく会話をしながらの散歩状態なのだ。

「でさ。その時のコイツの驚いた顔と言ったら、お前にも見せたかったぜ」
「はは。それは是非とも見たかったな」
「サンクレッドも人のことは言えないでしょう。昔フラれて頬に赤い紅葉を作って帰ってきた時の顔も負けてませんよ」
「その話はやめろ!」

 品のない笑い方であるが、周囲も目を輝かせてその姿を見送る。時折手を振ってくる女性ににこやかなファンサービスで投げキッスを送っては、楽しそうに大股で歩く。普通ならただの威勢のいい冒険者止まりの印象であるが、なんせ世界を救った一行。イヤでも人の目を集めてしまう。
それに身長が高い男たちとなれば、人混みの中でも目立ってしまうのだ。今更気にしているほど繊細な心も持ち合わせていない。
 今日も簡単な頼まれごとを終え、珍しく自由に買い物をしていた闇の戦士様を見つけたのは、暁の父親のような箔がついてきた男。イル=メグからの資料を運ぶためのウリエンジェの手伝いをしていたらしく、両手に資料を抱えながらもペコリと頭を下げる大先生の姿もある。
あとは書庫へと古書たちを寄付をして、掃除は終わり。そのまま特に理由もなく3人で仲良く買い物を再会したというわけである。そして、しばらく談笑をしながらもぶらぶらしていた冒険者の足を止めた露天には、並んだ色鮮やかな小瓶に入った薬。食料品と比べて零が多い商品を見て、カリアは楽しそうに笑った。

「おー。ここにも幻想薬ってあるんだな」
「幻想薬?」
「冒険者の間で有名な薬。知らないのか?」

 名前は違うようであるが、店頭に書かれた効力を読んでは同一のものだとわかる。
「容姿を変えることのできる、不思議な薬」
屈んで小瓶を手に取り、自然にできるとは思えない青い液体を揺らせば「破損した場合は買い取りになります」と抜け目のない商人が笑顔で釘をさす。すぐに固まった表情のままゆっくりと机へと戻し、ガラスにヒビすらないことに安堵のため息をつけば、再び自慢げに胸をはるのだ。一連の行動を見ていては台無しである。

「見た目だけでなく性別までも変わる薬。ま、俺も聞いた話しか知らないけどな」

 ケラケラと笑う様は、特に興味があるわけではない。ただ酒の肴になる程度の話題だ、都市伝説レベルとも言っていい。希少な薬である故に、原初世界でも現物を見ることはほとんどなく、裏で高価な取引されてをされているという噂話くらいである。

「書物では見たことはありますが、現物を見るのは初めてです」
「ああ。俺も噂だけなら知ってるぞ」

 「初めて見た」と興味津々なサンクレッドであるが、現実的ではない値段からすぐさま目を逸らした。潜入捜査の度にお値打ち価格とは言えないものを使うのは、サイフにも大打撃だ。しかし個人的な興味もあり、ゆっくり顔を近づけては、ガラスの光で反射して輝く宝をまじまじと見つめる。

「女になれば、ハニートラップで情報収集もできるかもしれないな」
「ハハハ。それもそうだな」
「女になったサンクレッド見たいなー、なんて?」
「バカ言え」

 戯れ合う2人を見て、ウリエンジェは少し眉を下げる。普段なら巻き込まれても困った表情をしては、無言を決め込むような内容の下品な話ではある。だが、寂しそうに口をひき結んでは2人へと熱視線を向ける。この感情は寂寥感と、焦燥と、近くできていない嫉妬という感情。
気を向けさせるように咳払いをすると、を膨らませてはサンクレッドを指差すのだ。

「女性となっても、ナンパは失敗すると思いますが」
「言ったなこの野郎」
「うーん、ウリエンジェは逆にナンパされそう」
「元から丁寧な物腰だからな」
「そうですか?」

 無自覚でぐるぐると自分を眺めながら回る姿を微笑ましく見つめていると「笑わないでください」とを膨らませる。それもまた子供のような可愛らしい動作に、背の高い大男であることは忘れてしまいそうになる。

「俺だったらナンパするぞ」
「サンクレッド。ご冗談を」
「フラレそうだな! つーかフラれろ」
「ふざけんなよお前」

 お互いの惚れ気に当てられ、普段から陰鬱としているサンクレッドが「お前の方が嬉々として絶対ナンパするだろ」と小声でボヤいた言葉は聞こえていない。惚けたウリエンジェはを赤らめ、ケラケラと笑う表情の読めない仮面の男を見つめる。それだけでも片思いの相手は丸わかりである。
少なからず興味がわき、しばらく買うか買わないかで思案していた天然な先生が顔を上げた時だ。そこにはもう彼の姿はなく、横でサンクレッドが困り顔で顔を抑えているだけだった。

「あ……彼は?」
「食材を見てくる、だってよ」
「そうですか……」

 見るからに落ち込んでは、再び小瓶を見つめる彼。ゆっくりと大切そうに手で包み込んでは持ち上げ、中を覗き込んでは、ほうと熱い息を吐き出す。周囲にはこの不可思議で高額な薬に目を止める者はいない。自然と割れる人混みの中、背が高く容姿端麗な彼はひどく目立っていた。

「性別、まで、変わるのですね」
「興味津々だな」
「い、いえ、そういうわけではないですが……」

 目立っているのは容姿や、闇の戦士一行だからというだけではない。大の男が、恋する熱い眼差しをしているのだ。恋愛経験のない彼だから仕方のないことだが、よく知らない者からしたら物珍しくて足を止めて凝視してしまう。整った理知的な美男子につられて赤くなる女性も出る始末。照れ臭くなり、早歩きで去って行っては、また振り返るという初々しい娘が多いなと、護衛の男は本日何度目かわからないため息をつく。
 そろそろ目を覚まさせてやろう、と声をかけようとしたときだ。微笑みながら、商品を守るためにと営業スマイルで見つめ続けていた店主へと薬を差し出したのだ。

「すみません。お一ついただけますか?」
「ありがとうございます! 水晶公のお知り合いなので、まけておきますよ」

 値段は通常の薬よりも倍以上はするのだが、それでもウリエンジェは笑顔で首を縦にふる。よもや買ってもらえるとは思っていなかった店主は、気味の悪いほど満面の笑みを浮かべては、テキパキと包装しては銭を受け取るために手を差し出してくる。
その掌にどしりと重みのある袋を乗せれば、気色満面で金貨を出しては数え始める。その醜い姿と薬の美しい瓶をぼんやりを見つめている大先生に、護衛の男は耳打ちするのだ。

「どこからそんな金が出てくるんだよ」
「医療班のお手伝いとを少々。それに妖精の国で作ったアイテムも結構売れるのですよ」
「へぇ。すっかりこの世界に馴染んでるじゃないか」

 ニヤニヤと笑い茶化してやれば、顔に軽いチョップが押し当てられる。咳払いを1つと赤い顔も1つ。特に誘導尋問をしたわけでもないのだが、考えを吐露しているも同然である。数え終えては残りを袋に戻し、へこへこと頭を下げてくる店主へ背を向けて、2人は人混みの中へと歩を進める。もう買い物がないだろうかと周囲を見回すサンクレッドだったが、急に横から真剣に名を呼んでくる腐れ縁に、思わず肩を跳ねさせては視線を向ける。

「あくまで研究対象としてですからね!」
「何も言ってないだろ」

 何をそんなに慌てているのかは、実はサンクレッドにもわかっている。「照れ隠しにしてもわかりやす過ぎだろ」という言葉は喉の奥に押し込め、作り笑いを浮かべるしかない。
買い物はもう終わっている。流れのまま解散となったが、ついつい自由人の彼の動向が気になってしまった。茶化された後である、意識するのも無理はない。周囲を見回しながら歩いていたが、市場を抜けたところで目に留まる高身長が見えた。黒い角に2メートルはある巨体は、先ほどまで一緒にいた男で間違いない。どこに行っても目立つその容姿は、英雄だからというだけの理由ではない。
 しかも間の悪いことに、闇の戦士様は人助け兼ナンパの真っ最中。相手はエレゼンの女性で、物腰は柔らかそうだが理知的な雰囲気が見て取れる司書である。
慌てて横の様子を伺えば、不安な表情をした彼にも見つかってしまっている。薬を握りしめる力が強くなり、思わず瓶の心配をしてしまった。

「荷物を運ぶの、手伝おうか?」
「あら、戦士様がわざわざ手伝ってくれるなんて光栄だわ」
「困ったときはお互い様だろ。大丈夫、見返りは求めないさ」
「ふぅん? 本当かなぁ?」
「嘘は言わない」
「じゃあ、お礼にデートしてあげる」
「いやー、そんなつもりじゃなかったんだけどな」

 デレデレと鼻の下を伸ばしながらも、荷物である本の山を軽々と持ち上げては、共に書庫へと歩いて行く。端から見れば、ナンパに関しては軽くあしらわれるのは見て取れるのだが、狭量になっているウリエンジェが気付く気配もない。沈んだ表情から、思ったよりも冒険者に入れ込んでいることがわかり、不安になってしまう。

「また、胸部の豊かな女性に声をかけておられる……」

 思わず自らの胸部に触れるが、硬い筋肉があるだけ。とてもではないが柔らかい脂肪がつくところも想像ができないし、方法も思いつかない。女ならば策はあるのだが、如何せん男である。普通は胸部が大きく柔らかくなることを望みはしない。それは、女性にしか必要のないものだからだ。そう、普通は。

「私が女体になっても、貴方は口説いてくださるのでしょうか」

 歩き去っていく2人は振り返ることもないし、お目付役のサンクレッドもいない。そして、弱った心ではまともな判断ができるはずがない。手にした怪しく輝く薬を見つめ、唇を噛み締め決意する。



 闇の戦士は後悔していた。
別行動を取った後、合流したときには乾いた笑いを浮かべるサンクレッドと、納得がいかないと唇を噛み締めるウリエンジェの姿。「何も言わずにいなくならないでください」と、置いていかれたと拗ねていたのだ。謝り頭を下げても、しばらく口をきいてくれなかったという子供のへその曲げ方であった。
本当は、買ってしまった薬のことについて思案していたというのが正しい。だが無表情の彼を読むことに長けていない冒険者は勘違いをしてしまったのだ。すれ違いがすれ違いを生む、悪循環である。
 もしかしたら彼との毎夜の日課がなくなってしまうのではと、不安になりながらも夕食を3人で済ませたのは覚えている。ただ、何を食べたかまでは思い出せない。味がしなかったのだから仕方ないだろう。それはウリエンジェもサンクレッドも同じである。不安と疑心と焦燥で沈む空気の中で、まともな食事を楽しめる人間など、よほどの豪胆であるに違いない。
 短いようで長い時間がやっと終わり、冒険者は風呂にも入りベッドに大の字で寝転がっていた。いつもならこのまま出かける。理由は、ウリエンジェと共に夜景を楽しみながらのティータイムデートをするため。約束はしていないが、近くのテラスで逢引きを行うのが日課になっていた。
一緒に暖かいお茶を飲みながら、たわいもない報告と彼の妖精との思い出話を聞く。彼の無意識だろう、嬉しそうな顔を見ることを楽しみに、1日を過ごしていると言っても過言ではない。担当の研究と生産が終わった彼は、残りの時間を妖精たちとの交流に使っているらしく、いつも話題には事欠かない。正直、利口ではない彼は話の理解は3割もできていなかったが、生き生きとした彼を見るだけで幸せだった。
 今日は彼の機嫌も悪かったからか、いつもの定位置の椅子には誰も座っていなかった。しばらく待ってもこなかったから、すごすごと帰ってきたというわけだ。しばらく機嫌が治るまでは秘密のデートもお預けかもしれない。そう考えると体はまるで縫い付けられたように動かなくなってしまった。

「はぁ」

 自然と出てしまうため息に、目尻の涙。
もう眠ってしまおう。電気を消そうとランプへ手を伸ばした時だった。ドアがゆっくりと叩かれたのは。

「カリアさん。お茶をお持ちしました」

 思いもよらぬ相手の訪問に、思わず転ぶかと思う勢いで地面を蹴ってしまった。

「扉開けるから待ってて!」

 まさか自室を訪ねてくるとは思いもしなかったため、心の準備ができていない。勿論下心も抱いてしまう。
だが、いつもと違う声に違和感を覚えた。いつもは耳障りのよい低音の男声が、高く可愛らしい女性の声なのだ。それでも落ち着いた口調はまさしく彼のもの。首を捻りながらも、を張って気合を入れる。
ウキウキと心を弾ませながら扉を開けると、そこにはいつも通りの銀のトレイと紅茶セットを携えた、片想いをしている彼がいる、はずだった。

「え?」

 そこにいたのは、胸ほどの身長のエレゼンの女性。服装自体は彼の普段着と同じ、夜空をモチーフとしたローブなのだが、少し身の丈が足りず、裾を上げては無理やり腰で縛っては上げているらしい。それに、誇張された胸部は男にはないもの。硬直している闇の戦士の脇を通っては素知らぬ顔で机へとトレイを置き、紅茶の用意を始めるものだから抗議をする間も与えてもらえない。
いつもより声が高く、鈴が転がるようだと思っていた違和感は気のせいではなかったのだ。

「いつものハーブティーです」
「えっと、その……ウリエンジェ?」
「はい。なんでしょうか」
「その格好……」
「幻想薬の効力について、研究を始めてみました」

 ゆっくりと茶葉を入れては湯を注ぎ、紅茶を蒸らしている美女は、間違いなく暁の予言詩の先生で間違いない。返事だってした。
だが、伏せられた目から伸びる睫毛はいつもより長く、唇も瑞々しい。何よりも、くびれた腰と大胆に開かれた背中を見せつけられ、思わず感嘆の熱い息が漏れる。
 そんな男の苦労を知ってか知らずか、出来上がった紅茶を控えめな装飾の白いカップへと注ぐ用意をテキパキと進めていく。充満するお洒落な薬草の香りを撒き散らしながら動く様から目が逸らせない。緊張してベッドに座り込み、彼女の行動を目で追っていたが、目があうとドギマギと視線をそらす。緊張する無言の空間に、コポポと一定のリズムで音が茶が注がれるおこちの良い聞こえてくる。2つの紅茶を用意した美女は、細い指でカップをトレイへと戻しては、ゆっくりとベッドまでやってきた。最近見ることの増えた笑みで、真っ直ぐ英雄を見据えながら。

「どうぞ」
「お、おう。ありがとう」

 受け取って膝の上で手と共に携えると、トレイを備え付けの小さな物置机に避けてウリエンジェも横に座り込んだ。同じく細い指で暖かいカップを包み、ほうと白い息をつく。長い睫毛と鼻筋の見える横顔に思わずドキリとしたが、声には出せない。つい見惚れていると、ゆっくりとオリーブ色の水晶の目がこちらへと向けられ、ニッコリと花のように微笑むではないか。まるでキャバクラにでもきた気分である。
 しばらく無言で見つめあっていたのだが、ウリエンジェの金色の目が影を落としながらそらされた。キョトンとしながらも覗き込めば、赤く染まった頬が見える。しばらく気まづい静寂が狭くこざっぱりした部屋に流れていたが、小声が聞こえてきた。女の声だ。

「この姿が、気になられますか?」

 どういう答えが望まれているかは、問いかけてきた本人にしかわからない。以前も占星術士の衣装についても感想を求めてきたために、最近お洒落にも目覚めたようである。一度カップを置くと手を広げては自らの姿を主張する。
大きな胸、筋肉の取れて細い肩に、白く長い指。線も細くなり、骨張っていた男らしい体も丸く繊細になった。どこからどう見ても、謎の美女である。いつもと同じ一張羅であるが、性別が変わるだけでこんなにも印象が変わるのだ。

「当たり前だろ。すごく……綺麗。うん、その、女性っぽい」
「こちらもご覧ください。飲んですぐ効力があり、ここまで正確に描いた姿になるとは思わなかったです」

 ちらちらと胸元を見ていたのは勿論バレている。ゆっくりと薄い布を肩からずらせば、下着もつけていない裸体が現れる。大胆にも女の武器でふんだんに使われては、慌てて布を引きずり上げては真っ赤になるしかない。視界に入るだけでも目に毒である。幻想薬の効果で、肌の色も白くなっているのだ。細く彼の胸ほどの小柄な体に、ふくよかな胸部をつけては大きく揺れた。
小柄な体躯を利用して見上げれば息を呑む音が聞こえた。怯える必要はないと自らに言い聞かせながら誘惑するのだが、どうにか気をそらそうとしているのが身振りでわかる。「そういえば」と呟くのが聞こえたが、逃げ口が見つかったのだろうか。

「ウリエンジェは、そんな女性が好みなのか」
「いいえ。どうしてですか?」
「随分と俺好み、いや。なんだかイメージがしっかりしてるから。もしかして、そんな巨乳美女とお近づきになったとか!?」

 フルフルと慌てて首を横にふれば、深く安堵の息が吐き出された。
 「幻想薬を使用する際、強く鮮明なイメージがなければなれない」これは使用上の基本である。実際に会ったことがあるか、理想の相手の姿など余程強い念がなければ形取ることはできない。
勿論、このような容姿の女性は知り合いにはいない。だが、様々な本を読んで取り入れた知識があれば想像は容易である。彼には珍しい春画にすら目を通したのだから。
 イメージした人は、かの有名な冒険者の胸ほどの身長で、腕に収まるくらい小柄。胸が大きく、腰は細くくびれのあり、大人の色気と初心な可愛らしさが両立されたエレゼン女性。髪と瞳の色は想像ができなかったので普段と同じ。若葉色で女性らしい長い髪と、睫毛の長く瞳は深いオリーブ色。赤い紅はこっそりと購入して、辿々しい手つきで粧し込んでもきた。全ては、サンクレッドに吹き込まれたことである。「自分のために粧し込んでくれて、守ってあげたくなる女に男は弱い」と。

「よかった……じゃあ本からイメージしただけか」
「アダルトな書籍から情報を取り入れてみましたが、どうでしょうか」

 そしらぬ顔で目の前で惚ける彼のために用意した容姿を晒し、今か今かと言葉を待つ。ソワソワと緊張した様子が相手にも伝わってしまっているが、落ち着かないのはお互い様。欲に素直な感想が欲しかったわけだが、答えは真面目で頓珍漢。

「へえ。アンタはエロ本とか興味がないと思ってた」
「あまり好きませんが、私だって男です」
「真面目な先生からは想像ができないな」

 ケラケラと笑う顔が今は憎らしい。視線を下ろしては頬を膨らませては恨めしい視線で精一杯睨みつける。
尻軽だと思われるのも困るが、箱入り娘のように扱われるのも癪に障る。細い体を傾けては男の方へと身を寄せる。
咄嗟に肩と抱き留め、キョトンとしながらも肩を撫でるのは本能である。いつもより丸い肩に眉を寄せながらも、満足そうな笑みを浮かべるのだ。

「私も、恋愛に興味が、」
「研究熱心のアンタのことだ。幻想薬の研究、進みそうだな」
「え? あ、は、はい」
「うん。それならよかった」

 歯切れの悪い返事だが、英雄は気に留めなかった。
うまく行っているという割には、声に元気がない返事である。罰が悪くそらされる視線と、何か喋りそうで結ばれた唇は何か隠しているときの癖。端正な顔を覗き込んでは、何か言いたいことがあるのだと確信をした。
 笑顔で頭を撫でれば気恥ずかしそうだがうっとりと目を細める。仄かに染まった桃色の頬に緩んだ唇。嬉しそうに体を傾けては「もっと」と無言でねだる。 

「俺に手伝えることはあるか?」
「いえ、大丈夫です」
「嘘。何か困ってることがあるだろ」
「えっと……」
「もう隠し事はしないって約束だったけど。俺にも話せない?」

 意地の悪い聞き方だと思う。跪いてまで謝罪をした優しい彼の罪悪感を揺さぶるには十分すぎる暴言。思っていることだけを伝え、無言の圧力をかけていると、そらされた視線が、徐々に合っては交差した。強い眼光を帯びた紅目と、見透かすような金色の目が。

「あの……、貴方は、この容姿は貴方の好みですか?」

 その問いの意味することはわからなかったが、ドキリとした。英雄であるアウラは男色である。サンクレッドには酒の勢いで話してしまったが、他の暁の面々は知らない。「どうして今その話を?」と聞き返す余裕もなくなり、しどろもどろになっていると、強く手を包み込まれては真っ直ぐ、叫ぶように告げられた。

「貴方がよく目を向けて容姿を参考にさせていただきました」
「ぐっ、そんなに胸を見てた覚えは……」
「いつも人のために尽くし、自分のことを蔑ろにする貴方への、せめてものご褒美です。……私の身体を好きにしていただいて構いません!」

 どうやら薬の実験は単なるカモフラージュで、お疲れな英雄に体を売りにきたらしい。どうして男相手にそんなことをするのか、女性ではなくどうしてウリエンジェがなのかという疑問はさておき、必死な表情に普段の茶化し言葉も塞き止められてしまった。
どうにか宥めようと肩を叩くと、納得がいかないという表情。誤魔化そうとしていることは、彼にも伝わってしまった。

「アンタが体張ることないだろ。娼館だってある」
「行っていないので、溜まっているのではないですか?」

 痛いところを突かれて、思わず押し黙ってしまった。
嘘は苦手である。思うがままに行動している質だ。事前にカンペがあれば従うのだが、咄嗟に嘘をつけと言われても何も思いつかない。沈黙は肯定。また心配で表情の揺らいだウリエンジェが覗き込んできて、大きく開いた胸元から深い谷が見えてしまった。それでもこの行動自体は、誘惑しているわけではない。罪悪感から視線をそらせば、握られる手に痛みが走る。

「私も、女性のエクスタシーについて興味があります。どのような不貞でも抵抗致しません。どうか、貴方様の欲望の赴くまま、この女体をお使いください」

 男の逞しい肩へと指を這わせ、手を包み込むだけで百戦錬磨の英雄が震えた声でを赤く染める。
この冒険者は女とよく慣れた様子で話してはいるが、女との経験はない。いつもは広い背中の戦士の初々しい反応が楽しくなり、を擦り寄せれば闇の戦士から意外な小さな悲鳴が上がって、手を強く引き戻されてしまった。
目の前の彼女人をからかってくるような性分でもないし「男は女が好き」という固定概念で動いている。

「そういうの、間に合ってるから」
「好みの女性像ではありませんか?」
「そういうことじゃないけども!」

 目を潤ませながら、胸の前で拳を握っての上目遣い。いつもよりも線が細く、奥ゆかしい仕草が女性であるという事実を浮き彫りにする。いつもは「男同士であるから」と押さえ込んでいた感情がざわ、ざわと心を燻る。
今日の彼はどうあっても引く気はないらしい。戦慄く唇に気取られていると、はらりと涙がを伝うのが見えてギョっとした。

「カリアさん……」

 優しく名前を呼ばれ、耐えるように空を仰ぐ。
据え膳は男の恥だ。だが、今の彼女は精神状態がおかしい。もしかして無理矢理精力剤でも飲まされて、体が疼いているのかもしれない。額に手を当て、熱を測ったところで答えはでなかった。ならば、しばらく落ち着かせて口下手な彼から事情を聞くのが最前である。
 営業スマイルになってしまったが、笑顔を不安な表情を浮かべる女性に向ける。だが感情の機微を見抜かれてしまい、ウリエンジェの不安の色が濃くなったのは気付くことができなかった。外された背中の金具を繋ぎ直し、衣服の乱れを正しては椅子を引いては座ることを促してやる。

「先にお茶でも飲もう。せっかく入れてくれたのに、冷めたら勿体ない」
「……はい」

 カップを取ると、小さな手に乗せてやるが、まだ落ち着かない様子である。湯気の上がる琥珀色の水面を無言で眺めては、動こうとしない彼女に不安が募るばかり。もう一つを手に取ると、隣に座り顔を覗き込んだ。
涙は収まったようではあるが、無言を貫く姿が痛々しい。何を考えているかはわからないが、目に映るものは紅茶だけではないだろう。思わず頭を撫でれば、少し体の力が抜けたように思えた。
心配で視線を泳がせれば、つい襟首を押し上げては覗く谷間が見えてしまった。見下ろせば、バスケットボールのように大きな丸い魅惑的な乳房。一度見たら目が離せなくなる魅力的な谷間に視線が釘付けになると、彼女も熱視線に気がついては嬉しそうに見つめてくる。

「……爆乳……」

 メロンのような巨大な禁断の果実が、苦しそう服を押し上げては存在を誇張する。下着をつけておらずに立ち上がっている小さな先端が視界に入り、思わず目を逸らした。先ほどはそれどころではなくて注視できなかったが、気になってしまったら煩悩が邪魔をする。
元から身長が高いこともあり、スタイルもずば抜けている。細い足に、ワンピースを引っ張る大きな臀部。男なら黙っていない美女が無防備に見上げてきては、コテンと首を傾げるのだ。

「気に入っていただければ幸いです」
「これって、アンタの好みの体型?」
「いえ。私は、ありのままを愛します。精一杯、愛した方の全てを受け止めたいです……」

 もじもじと指をいじる動作など、男では似合わないが彼なら別だ。図体は大きいのに気が小さく、仕草も丁寧。可愛い姿に当てられて、目を覆いながら現実から逃げようとする。だが、天然な彼に心配されてしまい、手を細く白い女の手が額に触れながらも顔を覗き込んでくる。「大丈夫ですか?」と心底心配した声で言われたら、頷くしかできない。ホッと息をついて安心した微笑みに、つい目を奪われてしまった。
気をそらすしか、逃げ道はないらしい。

「優しいアンタらしいや。じゃあ好きなタイプって?」
「え……その……」
「ムーンブリダとか?」

 彼女の名前を出すと、いつも冷静な彼の表情が曇るのは皆も知っている。それでも、遠慮のない探りが逆に彼女のいた証となって心地よくもある。だが、問いの内容には困らざるを得ない。
色恋沙汰の話を嫌がっているわけではない。だが、眉を寄せては唸り答えを渋る姿からは、適切な答えと言葉を探して模索しているのがわかる。
しばらく唸っている姿を眺めているカリアだったが、飽きてお茶へ口を付けようとした時に、パッと顔が上がったのだ。

「彼女は、その、好意は寄せておりましたが、タイプかと言われたら……」
「少し違う?」
「心惹かれた相手がタイプ、ではダメでしょうか」
「なるほどね」

 きっと現在は好きな異性がいないとわかり、いつもは自信満々な英雄はホッと息をついた。「ムーンブリダのことが好きでした」と言われるかと覚悟をしていたが、人として好きだった様子である。男女としての感情はなかったのかもしれない。気持ちの整理ができていない時だからこそ、付け入るのは今だ。

「……背が高くて、力強く、お優しい人に惹かれております」
「強い子が好み?」
「そう、なりますか」

 しかし、次の返答で英雄も落ち込まざるを得なかった。どう考えても幼なじみを指しているとしか思えない返答で、笑みを崩さぬとも凹みはする。彼女に、付き合いの長さも信頼感も、勝てるとは思っていもいないからだ。
チラチラと視線を向けてはきているのだが、よもや自分の事を想っての発言だとは誰も思うまい。しばらく続く無言に、同時の小さなため息。脈がないとわかると、心の中で落胆のため息をついては英雄を真っ直ぐ見つめ直した。

「あの、貴方のタイプとなる方も教えてください」
「俺? どうして」
「コイバナはフェアに行いましょう」

 興味本位にしては前のめりの姿勢であることに違和感は覚えたが、わざわざ尋ねるほどではない。むしろ自分に興味を持ってくれることが嬉しい、と喜色満面なカリア。真剣な面持ちで一言一句聞き逃さないと身構えるウリエンジェとは対極である。

「貴方が惹かれるのは、ミステリアスで聡明な女性でしょうか、可憐で頑張り屋な女性でしょうか。それとも、強くて快活でお優しい女性でしょうか?」
「賢いけど抜けてるところもあって、面倒見がよくて、優しくて、可愛らしい年上……かな」

 つい目の前で顔を覗き込む彼女の思いつく特徴を羅列してしまい、慌てて口を噤む。だが聡明なはずの先生は気づいてはいない。周囲にいる女性像に当てはめては思案するが、具体的な例の割りに思いあたる人がいないのだ。こちらも遠回しに告白をされているなんて思いもしない。真剣に頭を捻っては、焦燥で跳ね上がる鼓動を抑えるので必死である。

「随分と具体的ですが、想い人がいるのでしょうか?」
「そうそう。アンタのことーーーって、聞いてる?」

 沸を切らせては告白をしたのだが、困った表情で思案して聞いていない模様。目の前で掌を動かそうとも気づくそぶりはない。随分と困惑しているようだ。
さきほどからの言動から、恋慕を向けられていることはわかった。喜んで首を縦に降るほどに嬉しいことなのだが、焦燥で過呼吸になっている彼女に何を言っても聞いてもらえそうにない。仕方ないと肩を落としながらも冷静さを取り戻すのを待っていたのだが、急に女体を武器に寄り添ってくるものだから、声が堰き止められてしまった。まずは欲のままに肩を抱きとめ、すりすりと撫で回した後に微笑み全体重を受け止める。

「もしかして、相当ご無沙汰?」
「それは……はい。そう、なりますか」
「やっぱり、今の身体にムラムラしてるんじゃないか? 俺でよかったら、抜くの手伝ってやろうか?」

 下世話なからかいであるが、返答次第によっては狼になることも辞さない。彼女の反応を楽しみたい悪戯心と、ほんの少しの期待に胸を膨らませては声をかけると、目を丸くしては白い肌を赤色に染める。それはもう、可哀想なほどにリンゴのごとく美しい色である。

「そ、れは、誠でございますか?」
「はは。なーんて」

 真面目で素直な彼には冗談が通じないのを思い出した。慌てて誤魔化しては気を落ち着けるため、カリアは一気にお茶を飲み干した。喉へと通るハーブのスッキリした舌触りは彼の好みにブレンドされたもの。何度かお茶会を開きながら、好きな味を聞いては謎の多い冒険者専用のお手製を準備した。
ゆっくりと味わってはほうと熱い吐息を吐き出せば、落ち着きなく目を泳がせる彼女の姿があった。

「あの、その」
「じょ、冗談冗談! それよりいつもどおりに美味しいな!」

 豪快に「ハハハ!」と笑いながら一気に飲み干せば、まだ冷め切っていない熱が喉を刺激して、勢いよく咳き込んでしまった。なんとか飲み込めたのだけが救いである。
無理矢理な話の逸らし方であったが、彼女は慌てて背中を摩りながら大袈裟に回復魔法すら唱え始める。「そこまではしなくていい、大丈夫」と口を押さえて小さくなる咳を抑えていたら、安心したのか嬉しそうに顔を綻ばせた。更には女性であるということから一層色づいて見える。次は誤魔化すように大きく咳払いをした。

「貴方に喜んでいただければ、恐悦至極でございます」
「いつもありがとうな。ウリエンジェの紅茶を飲めば、よく眠れるから、楽しみにしてた」
「本当で、ございますか?」

 微笑む女性の顔から、純粋に喜ぶ少女のような顔に早変わり。ぽぽぽと音が出そうなほどに火照るに、キュッと服を握りしめる小さな手。「嬉しい」と全身で表しては、羨望の眼差しでうっとりと冒険者を見つめる。
だが、残念ながら彼は可愛らしい姿を見ていなかったのだ。目を合わせるのも気まずくなり紅茶の残香を楽しむことに集中していたから。

「私も、貴方と語らえる毎夜を楽しみにしておりました」
「俺も一緒にいて楽しい」

 勇気をだしてこちらから腰を抱き寄せようとすれば、するりと逃げられた。自分からのアプローチは勢いでなんとかなったのだが、相手からの接触は気恥ずかしいと身を固くする。そんなウブなところも可愛いと表情筋を緩めながら、しばらく無言で夜空を見上げては気を鎮めていた。小さなくしゃみが聞こえるまでは。

「じゃあ、部屋まで送る。ちゃんと鍵閉めろよ」

 肩をポンと叩いたのを合図に、近くのカーディガンを肩に羽織らせては立つように促す。一緒にいたいのだが、一夜を共にするなど勇気が出るわけがない。
男と女が夜に同じ部屋を共にするなど、間違いがあってもおかしくはない。そんなことはお互いにわかっている。だが、今日は性欲に忠実な男の方が我慢をして紳士的な振る舞いをするのだ。さすがに無理矢理手を出して、我慢が出来ず勢いのままに襲ってしまえば両想いでも嫌われてしまう可能性はある。最近は遊び相手もいなかったのだ、自慰でも満足ができずに相当溜まってしまっている。
 そして、勇気を出して部屋まで誘いに来た女からしては、屈辱すら感じるものだ。しかし、彼の性格上は怒りはしないが落ち込む一方。俯いては体と鱗のラインを誇張するタンクトップを引いては、上目遣いで呟くように言うのだ。

「本当に……何もなさらないんですか?」

 今の状態でこの誘い文句は生殺しである。彼女も同意をしてくれてはいるが、如何せん今の状態ではまずい。いつもと違う性別が、力差が、人一倍性欲の強いアウラ族を渋らせる。女相手だと、孕ませてしまう可能性だってあるのだ。

「俺とエッチなこと、シたい?」
「……シたいと言えば、何も知らないこの女体の秘密を一緒に暴いてくださいますか?」

 ウブなイメージのある彼ならば、恥ずかしがって引いてくれると思った。だから意地悪にも言葉にした。だが、それでも彼は真っ直ぐに見つめてきては、金色の瞳を潤ませながらも迫ってくる。まるで夜空に光る、弱々しい星のよう。手を伸ばせばゆっくりと瞳を閉じては、暖かな唇の感触を待つ。
 今すぐにこの赤い唇を貪りたい。だが、できない。女と体を重ねるのは初めてであるから、力加減などわかるわけもない。

「今日はムラムラする日?」
「その……」
「俺だと都合がいいからか。流れ者の冒険者だ、サンクに頼んでギスギスするよりいいよな」
「そうでも、なく」

 秘密に対して敏感な先生のことだ。ここまでくれば正直にいろいろと教えてくれ、時間稼ぎができると思った。だが、口どもっては視線をおろして唸るだけ。自らの性事情に関しての問いはNGなのだろうか。それとも、人に言えない特殊な性壁でもあるのだろうか。心配になり顔を覗き込めば、再び見えた金色の恒星が、暗い表情の上で光った。

「今夜は、ずっと、一緒にいたい、です」

 初めて聞いた端的で素直な甘えの言葉に、言葉を失ってしまった。キュっと弱々しく引かれた袖に、長い睫毛が揺れる上目遣い。だが、我を失った狼になるわけにもいかない。肩を掴んで身を乗り出したが、「痛い……」と小声が聞こえてきて、我に返ることができた。慌てて手を離しては暴走しないよう後ろに組めば、上目遣いでウサギメイクのような赤い目。光る金の目は、泣いているようにも見えた。

「やっぱり、今日は変だ」

 手を額へと持っていくが、熱が出ている気配はない。俯いた顔を真っ直ぐ見つめ、返事を待つのだが口を開く気配もない。引き結ばれた形のいい唇が桃色で、体調を崩しているわけではないと教えてくれる。だが顔色は真っ青で、今にも倒れそう。矛盾した顔色に不安を駆られていると、意を決した表情で彼が見上げてきた。

「貴方は、何も、感じないでしょうか」

 大きく手を開いては、再び新たに得た体を誇張する。女体に関する感想を求められているのはわかるが、なんと答えるのが正解なのかは質問者にしかわからない。「スタイルがいい」などの賞賛も納得をしていなかった。しかし他に容姿に対する褒め言葉など思いつかない。
それでも首を捻ろうものならば、彼が感づいて不安がってしまう。空気の読み方に聡いところのある彼だ、黙っていても「無関心」と取り沈む一方だろう。何か良い案がないかと一言「どうなってもウリエンジェはウリエンジェだろ」と当たり障りのない逃げ口上を述べれば、やはり俯き表情に暗い影を落とす。

「なぁ、どうしたんだ?」
「……申し訳ありません。貴重な時間をいただいております」
「いい。理由を話してくれるまで待つ」

 口を開いたと思えば、謝罪の言葉ばかり。「すみません、すみません」と震える鈴の音が転がるように鳴り続ける。
一緒にいれる理由になるのならそれでいい。
ルームサービスで備え付けられた紅茶を2人分入れては、手渡してみる。ゆっくりと上げられた視線と、恐る恐る取られた手。こっそりと無骨な手を重ねてみたが、反応は薄い。冷静な時であれば、初々しい反応を示しているところである。

「美味しい?」
「はい。ありがとうございます」

 ゆっくりと嚥下される甘い薬が、動く喉から見て取れる。白い息をほうと吐き出しては、うっとりと目を細めては嬉しそうに笑う。ウリエンジェは紅茶が好きだと、以前ピクシーたちから又聞きをした。甘い焼き菓子を齧りながら研究書読む姿は、いつもの大男の姿でも可愛らしいと思ってしまう。女の表情だと、花が咲いたように可憐で儚げに見えてしまう。
 夜のお茶会のお返しのためと買っていたクッキーを皿に出して目の前に置くと、曇っていた表情に光がさした。表情自体は変わらないのだが、目を見開いて凝視しているために気になっているのは一目瞭然である。

「これは、手作りでしょうか」
「おう。美味しい?」
「ん……。とても、美味しいです……」

 口元についたお茶目な食べかすを指の腹で拭えば、赤くなる顔が見えた。嬉しさよりも恥が勝ったようで、慌てて口をゴシゴシと男らしく拭っては、両手で隠して咀嚼をし始めた。慌てて手に持った口に入れたために頬袋が膨らみ、まるで齧歯類のよう。サクサクサクと軽快な音が聞こえてきたと思えば、紅茶で慌ただしく流し込む。一息ついたところで、やっとこちらを真っ直ぐ見つめてくるのだ。

「貴方が知りたいのは、どうして私がいつもと違う格好を目前に晒しているのか、ですよね」
「そうだな」

 やっと話してくれる気になったのかと腰を浮かせたのだが、再び口を閉じてしまった。あまり焦ったいと温厚な者でも苛立ちを覚えるものであるが、ここで焦ってはいけないと人脈の広い冒険者は知っている。十人十色、特にこの秘密主義者で得意分野以外は口下手な大先生は、一度口を閉ざすと頼み込んでも開かない。例え、愛しの冒険者が相手であってもだ。
 もしかしたら徹夜ルートかもしれないとぼんやり考えながら、魔術書で時間を潰そうと考えた。使い古して傷も入った、古びた獣皮の背表紙を開いた時だった。白い手が、太い独特の浅黒さの男の腕を掴んだのは。

「貴方の、特別になりたかったのです」

 聞こえてきた言葉に驚きは隠せない。急な告白に、思わず本を落としてしまい、小指をクッションにして地面へと激突した。痛みを覚えても、叫んでいる余裕はない。呆けた表情で口を開け放ち、今度は感情を赤裸々にした恥で真っ赤になった女の顔を見せる。薄ら浮かぶ、涙の膜付きである。
 好かれているとは思っていた。しかし、仲間としてであり、特別な感情はないという補足付きで。一方的な片想いだと思い込んでいたために、いつ告白するか考えあぐねていたところもある。それが、このような形で解決するなど、神様だって知らなかったと思う。
混乱するカリアの心中も知らず、ぽつりぽつりと彼女は語る。

「最近、水晶公やアリゼー様だけではなく、町の女性とよく話していらっしゃりますよね」
「おう」
「私には羨ましゅうございました」

 もしかして、モテたいという願望があるのだろうか、向けられている「好意」は友人としてかと勘ぐったが、そうではない。涙の幕を携えた金色の目が、真っ直ぐこちらを見つめてくるものだから、流石のカリアも茶化すこともできなかった。
言葉を待ち、固唾を飲んでいると珍しく彼の方から抱きついてきたではないか。受け身な彼の積極的な行動に胸が高鳴り、つい肩が跳ねてしまった。

「貴方の隣を歩き、改めて思い知りました。貴方はどこでも人を惹きつける照星なのだと。そして、貴方の寵愛を受ける方々を見るだけで、胸が張り裂けそうでした」

 ゆっくりと身を寄せてきたと思えば、目を閉じて逞しい胸板へと全体重を預ける。躊躇いながらも、いつもより小さく見える肢体を優しく抱きしめると、また涙の膜が見える。今日はどうにも涙もろいらしい。
この告白は友人へ向けるにしては、情熱的で独占欲が強すぎる。

「同じ男である水晶公は、生きた年月は膨大なれど、可愛らしい見た目をしておられる」
「それは、確かに」
「しかし、背も高く、体も固く、可愛げもない私が選ばれるはずは万が一にもありません。せめて女性となれば、貴方の寵愛を受けることができると画策しました」

 女体を強く抱きしめれば、柔らかい体が締め付けられて誇張される。細い腕の間から飛び出る乳房が、揺れる丸く大きな臀部が、男の性を刺激する。それでも性欲まみれの雄の戦士は冷静だった。柔らかい髪をかきあげ「大丈夫?」と優しく問い掛けながらも歪んだ表情の修復にかかる。
 「大丈夫か」と問われたら「大丈夫だ」と返すのが彼の優しさである。だがどうにも心身が弱っているのか「もう少し、抱きしめてください」と弱音を吐く始末。言いつけどおりに抱きしめては足で拘束すると、やっと安心したように目を閉じては口を緩ませた。

「私にも笑いかけてほしい、あわよくば貴方の特別になりたいと何度も願いました。しかし、この想いを知られ、貴方に嫌厭されるかと考えると、打ち明けるなど到底できません」

 遠回りの告白をされたのであるが、冷静さを欠いているウリエンジェが気付くこともない。ハラハラと涙を流しながらも、それでも真っ直ぐに見つめてくるものだから肝は据わっているのだが。

「貴方が満足してくださらなければ、この肉体も不要です。薬が手に入れば、目立たない妖精博士に戻りましょう」
「妖精博士……」
「今夜だけでも、貴方の時間を独り占めして、隣で夢を見たい。駄目でしょうか」

 細い腕を必死に伸ばしては、手にとってくれることをひたすらに待つ。少し気になる単語が聞こえたのだが、つっこんでいる暇もない。健気な姿に、思わず体が熱くなった。感情のままに動いた大柄なアウラは、覆いかぶさるように彼女の小さな体を抱き潰す。勿論、そのまま絞め殺してしまうヘマはしない。優しく身体を包み込んでは、耳元に唇を這わせて優しい音色で囁くのだ。

「今夜と言わず、これからも」
「え?」

 何が起こったかわからないという表情に、深く大きなため息をつくしかできない。大きな目を更に丸くして、バサバサと音がしそうなほどに長い睫毛を瞬かせる。「なんで」「どうして」と形だけ動かす柔らかな唇に筋張った指を押し付けてば、質問が飛び出す前にずいと顔を近づける。

「俺、ずっとアンタを見てたけど。知らなかった?」
「目配せは、人を引きつける巧みなる話術の1つかと感服しておりました」
「アンタを! 見てた!!」

 力強く頬を両手で包み込めば、驚き見開かれる目。パチン、という大きな音と痛みは気になることではなく、珍しく慌てた英雄の様子に驚いているらしい。真っ直ぐ見つめ合い、そらされない目。意外にも先に折れたのは英雄の方だった。
 このまま、素直な思いを伝えないと全てが終わってしまう。
ずっと一緒にいるためには、今の関係性を壊さないことが一番だと考えていた。だが、想い人が勘違いしているならば、そんな場合ではない。回りくどく、勿体ぶった言い方をしては相手にうまく気持ちを伝えることが苦手な彼だから、どっちもどっちである。だからこそ、お互いに自分の物言いの不足した言葉に気づかないこともある。

「好きだ。いや、大好き、愛してる。可愛くて色っぽいアンタを1人部屋に返すのが怖い。一緒にいたい」

 真っ直ぐな、意思の強い瞳で射抜きながら、耳に囁かれる愛の言葉。小さな手を潰さないくらいの力で握られ、紅い目がギラギラと獲物を追い詰める。
率直で包み隠さない本音に、ウリエンジェは狼狽するばかり。まさか両想いだとは思っていなかったために、心の準備ができていなかった。
言葉を理解するまで、沈黙が続いた。急にカアと赤くなる顔に、泳ぐ目。可愛い反応に気を良くしては、へと口付けて柔肌を堪能する。

「それは誠の気持ち、でしょうか?」
「嘘なんて言わない。愛してる、ウリエンジェ」
「そんな、はっきりと言われたら恥ずかしいです……」

 ゆっくりと押し倒しては、細い体を見つめては微笑む。できる限り怖がらせないようにと気は使ったのだが、なんせ2メートル近くの大男である。怖がるなという方がおかしいだろう。
目の前で丸くなる女性も、いつもならばほとんど変わらない目線であれど、今ははるか下に見える。それに力も強く、女の力では魔術師の腕でも払うことはできない。
 怯えた様子で目を泳がせるが、すぐに体の力を抜いた。期待をした甘い表情で唇を堅く噛み締める、流し目を向ける。今すぐにでもその太い指が肌を這い、服を脱がしにかかるのを今か今かと心待ちにしながら。

「ウリエンジェ……」
「あ……その、あの……」

 首へと唇を寄せては、肉食獣かのように牙を立てられ思わず目を閉じる。恐怖は勿論あるが期待もある。
つぷり、と入り込んできた牙に目を閉じては、艶かしい吐息を出す。淡く染まったは桃色で色香をまとい、小さく喘ぐ声も聞こえてくるのだ。ドキドキと高鳴る胸を押さえては真っ直ぐ彼の切れ長の目を見つめると、唇を薄く開いては言葉を絞り出す。「きて、ください」と。
 少し驚かせるつもりだったのに、全然怖がらないどころか、受け身になる彼に対して降伏するしかない。始めは本気で抱くつもりなんてなかったが、このままでは男の性に逆らえずに手酷く抱き潰してしまう。それも、細く締まったお腹が膨らむまで。
慌てて体を離すと甘い味の広がる体液を唾棄し、叫ぶように言うのだ。

「今日は、一緒に寝るだけな!」
「はい……」
「……期待してくれてた?」
「勿論で、ございます」

 ごにょごにょと小声で呟きながらも体を起こし、しょんぼりと眉を落とす。
あのまま襲われていても抵抗できなかった。恐怖からではない。男の欲情した感情をぶつけられ、面妖な赤い目に見つめられては逆らえない。性が変わった影響か、男に対して強い情欲と魅力を感じてしまったのだ。
否。元来の感情を増幅されたに過ぎない。慌てて首を振ってはもう一度真っ直ぐ想い人の姿を映せば、思考が鈍り体が火照るのがわかる。もう性に順応した熟れた身体が、浅ましくも番を求めて。

「あの、あの……触れることは、許していただけますでしょうか」
「あー……。変なことしない? 我慢できなくなるぞ?」
「善処はいたします」

 ゆっくりと伸びてきた腕が抱きつき、幸せそうな笑みを浮かべては胸へと顔を埋めてくる。どうやら純粋にくっついていたかっただけらしい。局部へと触れる気配もなく、プラトニックラブを示してくる。
すんすんと鳴る鼻は、泣いているわけではなく匂いをかいでいるらしい。微笑ましい笑みを浮かべながら頭を撫でてやれば、少し強張てはいるが、満面の笑みで答えてくれる。無表情の彼が頬を緩めるだけでも稀有なことである。

「うん。ほんと可愛い」
「こんな、元はガタイのいい男を捕まえて、可愛いなどと」
「いいや、可愛い」

 ちゅっ、ちゅっ、と何度もへとキスの雨を降らせては身を寄せ笑い合う。洋画の一片であれば、ムードを保ったままに衣服をゆっくりとずらしていき、彼女の裸体を月明かりの元に晒して朝まで互いの欲と愛をぶつけ合う。そんな場面である。
しかし、さわさわと欲を持って女体の肩を撫でる手は一向に服にはかからず、ずっと子供のようにキスを楽しむだけである。期待している女からしては、まどろっこしいものである。

「では、何故今宵の柔肌へと積極的に触れてくださらないのですか?」

 恐る恐るであるが、ついに女から口にした。いや、元は男であるから欲についてはよくわかっているつもりである。
禁欲的であっても、女性から誘われてはドキドキはするし、美女なら尚更だ。特にこの冒険者は街中で異性に目を奪われては、ヘラヘラと声をかけていた。
それなのに、一向に手を出さないどころか真っ直ぐ見つめてもこない。勿論、肉欲を少しでも抑えるようにという必死の抵抗であるが、ウリエンジェはそこまで頭が回らなくなっていた。上目遣いで理由を訪ねてみれば、大きな観念のため息が白い頬を撫で、赤い目が真っ直ぐに赤く化粧をされた目を見つめる。

「俺、男色なの」

 予想だにしない言葉に、つい「は?」と間の抜けた音が聞こえた。それでもカリアは怒ることもなく、バツが悪そうに頭をかいては目を逸らす。
疑問符が出たことは、悪い意味でも詰問でもない。ただの強気で自信満々な彼の、珍しい不安からである。普段は隠していることを言うことは勇気がいる。別に責められているわけではないのに、だ。

「本当、ですか?」
「そ。普段からアンタのことずっと見てた。可愛いな、綺麗だなって」

 勢いのままに手を握れば、いつもよりも丸く大きな目がパチパチと瞬かれる。そしてすぐに喜びに頬を赤く染めると、気恥ずかしいと目が地面へと泳ぐ。「可愛い」と優しく囁きながらも頬へと口付けを落とせば、更に可愛らしく目元まで桃色に染める。
 おめかしをした姿を褒めてもらえば嬉しい。それよりもありのままを褒めてもらった方が、誰だってもっと幸福を感じる。隠しきれない喜びを顔色で表しては、女性らしく明るい笑みを浮かべるのだ。

「そう仰っていただければ、僥倖でございます」
「本当に可愛いなぁ」
「可愛い、と言われるのにはまだ抵抗がありますが……」
「慣れないとな。これからずっと聞くことになるぞ」

 ちゅ、ちゅ、とキスの雨を降らしては、慌てる恋人の仕草を堪能する。顔を押してはくるが、本気で嫌がっているわけではない。人との距離感がわからない本の虫の、反射的な抵抗である。
しばらくすると顔への痛みと掌の温もりがなくなり、次は首へと蛇のように巻きついては引き寄せてくる。「もっと」という言葉こそないが、キスをお気に召して強請ってくれているのだ。嬉しくなって抱きつけば、今度は彼女から、女性特有の柔らかい唇をしっとりと押しつけられた。消極的でインドアな性格の恋人からの、積極的なアプローチは嬉しく思う。仲間たちが見れば、驚き喜ぶであろう変化に冒険者としても、恋人としても大満足だ。
しばらく続いたじゃれあいであるが、急にウリエンジェが顎に指を当てては首を傾げ始めたことで終わりを告げた。蛮神や研究以外のことで考え事など珍しいと目を瞬かせていたが、急に顔を上げたことで危うく覗き込んでいた額をぶち当たるところだった。

「しかし、そうなれば守備範囲は女性だけではなく男性にも広がるというわけですね……」
「悪いか?」
「水晶公や、貴方に憧れる他の男性に取られたらどうしようかと懸念しております」
「そんな物好きいないだろ。素直に掘られてやるつもりはねーし」

 向かい合って寝転がっていたが、体の下へと押しやっては覆いかぶさる体制となる。はだけた衣服から覗く白い柔肌を見られるのも恋人の特権。唇を寄せては赤ん坊のように吸い付いていたが、無体を許してくれる母性に徐々に我慢ができなくなり強く吸い上げる。性格とは違い、普段から大胆な先生の肌に赤い花弁を残しては、愛おしそうに舐めて濡らす。どんどん顔が降りてきては、ふくよかな胸へと顔を埋める。
まるで赤ん坊に向けるような慈愛をこめた笑みを浮かべ、優しく抱きしめては乳房へと導くのだ。

「むしろ俺の方が不安なんだけど」
「何がでしょう?」
「アンタのこと! 無防備すぎる!」

 勢いのままに胸を鷲掴みにすれば「アンッ」と艶やかな声が上がる。注意のつもりであったが、期待を含んだ紅潮したに思わず指を動かせば、柔らかな感触がまとわりついてくる。ゴクリと唾を飲み込んだ。

「ずっと顔を隠してたクセに、こっちの世界では素顔だし!」
「ン……、水晶公に元の服を用意していただきましたが、ピクシー族がフードやゴーグルを勝手に外してしまうのです」

 なるほど、と納得の声を漏らす。悪戯好きでウリエンジェが好きな妖精たちなら、気を引くためならなんでもする。容易に想像できる光景に、思わず頬をかいては苦笑いするばかりである。
子供の独占欲に嫉妬しているほど幼くはない。「大変だったな」と労い抱きしめるだけで、嬉しそうに微笑み抱きつく。胸から離れた手を、残念そうに見つめていた彼女の甘い女の表情は見られることはなかった。

「素顔はあえてお見せしない方が、魅力的でしょうか」
「どっちも魅力的。女の子が寄ってこないなら、いつも見ていたい」

 額に口付け、目蓋にも口付ける。そのまま薄く開いては期待に震える紅い唇へと口付け、優しく吸い上げては慣れない動きで舌を絡め合う。
この冒険者はキスに慣れていない。いつも恋人にはがっつくように体を求めるし、角を嫌がる相手が多く、特にしたいとも思わなかった。
だが、初めて積極的にキスがしたいと思った。いろんな角度から味わうように口内を舐め回すが、少し躊躇いながらも邪魔をしていた舌を退けては接触を許してくれた。
しばらくねっとりと体液を吸い出さんとばかりに求め合っていたが、酸欠を区切りに桃色の唇が離れる。名残惜しいと言わんばかりの銀色の糸に、欲に濡れた瞳。長い睫毛に彩られたオリーブ色の宝石が怪しく光るのだ。

「フフ。お戯れを」

 妖艶な音色で囁かれ、全身の毛がよだつ感覚に襲われる。先程の恋する乙女の表情とは違う、大人の笑みである。誘われるままに再び唇を寄せれば「もっと」と強請ってくるほどの積極性である。硬派と思っていた大先生の、最近見つけた意外な一面。それがたまらなく淫靡で、嬉しくて。

「よく笑うようになったな」
「そう、でしょうか。それなら、いい変化でしょう」
「だから……悔しいけど、いい人ができたのかなって思ってた」
「純粋に新たな知識に胸を高鳴らせていたこともあります。しかし、何よりも貴方の隣で冒険ができたことが至福でした」

 思い出しては笑うのだが、本当に幸せそうである。
忙しく世界を飛びまわる最前線の冒険者と、後方支援の参謀と冒険するなんて、誰も予想だにしなかったことである。本人たちだってそうだ。冒険者が会いにいかなければ積極的になれない奥手な大先生であったのに、この世界にやってきてやっと素直になることができた。嬉しさを全身で表しては満面の笑みですり寄ってきた彼が、愛おしい。

「いつも離れていましたし、恋仲になれるなどと夢にも思っていませんでした」
「俺も。ずっと振り向いてもくれなかったから、脈なんてないと思ったし」
「あの時は、今よりも未熟故に余裕がなかったのです」

 社交的な冒険者は想いを全身で伝えていたつもりではあるが、無反応だと思われていた内向的な彼も揺れていたらしい。申し訳がたたないと下がる眉に、思わず「気にしないで」と口づけを落とす。今夜は抱き合うかキスしかしていない気がするが、今までの埋め合わせという名の溢れ出す思いが止まらない。少しでも長く接触していたいと小さな身体を腕の中へと閉じ込めると、うつらうつらと目蓋が閉じていくのが見える。
まだ甘えていたいと密着はしてくるが、眠気には勝てない。まるで月食のように欠けていく金色の目を微笑ましく眺め、寝かしつけるように剥き出しの背中を叩く。

「貴方の恋人となれた暁には、隣にふさわしい存在になれるようにと努力いたします。これからも、末長くよろしくお願いいたします」
「俺もアンタを悲しませないように頑張る。だから、今日はもう寝ような」
「はい……」

 素直に言うことを聞いてくれるのも嬉しい。まるで胎児のように丸くなっては身体を寄せる姿が愛らしく、父性を刺激する。いくら両思いになれたからといって、こんなにも無防備な恋人に手は出せない。元より何もしないつもりではあったが、改めて念を押されている気になる。

「おやすみ。明日から埋め合わせしよう」
「ん……」

 鼻腔をくすぐるのは、イル・メグでよく知った花の香り。香水なのだろう、いつもより強く感じる甘く清涼な香りにうっとりとしながらも、柔らかな髪に鼻を埋めては目を閉じる。
明日からはいつもと同じ太陽がでも、一味も二味も違う朝がくる。きっと改めて関係を恥ずかしがるであろう彼女を、どう諫めては愛を囁こうか。今から楽しみで眠れない。なんて考えていると、人肌の暖かさない欠伸が1つ。あっという間に意識が遠のき、夢の中へと引きずり込まれてしまった。



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