えふえふ | ナノ



理由はいらない


 模擬戦に行っていた仲間たちが、一様に渋い顔をして戻って来たのは、つい先刻だった。
「力を出し合い、この世界へと放逐して蓄えるためだ」と神々が定期的に模擬戦を開くことに関して、皆が納得をして早どれくらいの刻限が経っただろう。
何か大怪我でもしたのだろうか。体の安否を問いに近づくと、顔を合わせて頭をかくだけ。特に怪我をしている様子も、体調不良でもなさそうである。
ロックと、バッツが、何か言いにくそうにしながらも意思疎通を測ろうとしているのは見てわかった。だが、反省する子供のように、俯きながらも上目遣いで、差し出されたものに目を瞬いた。

「……酒」
「うん、酒」

 何故戦に出た者が酒を持って来たのだろうか。
彼らは盗賊と、盗賊の真似事をする者ではあるが、強盗やカツアゲのような犯罪紛いをする歪んだ男ではない。

「拾ったのか?」
「まさか」

 自生する物でもないし、落ちていたという滑稽な事実でもないらしい。
では一体どこから湧いて出て来た、曰く付きの一品だろうか。冴えない表情をする彼らを見ているだけで、固唾を飲み込んでしまう。
ゴクリ、と唾を飲み込んで二人からの死の宣告を待っていると、視線を交わらせてから人差し指を突きつけて来た。
フリオニールへ、まっすぐに。

「フリオニールに」
「俺に?」
「王様から」
「皇帝が?」

 急に名前を出されても、心の準備をしていなかったために困るしかない。2人を真似て自分を指差して呆気にとられていると、から笑いを浮かべながらもバッツがもう一本の瓶を提示した。まさかの追い討ちで、頭はパンク寸前だ。
1つ。何故皇帝からなのか。
2つ。何故酒なのか。
3つ。何故2人が持って来たのか。
聞いたところで当人にしかわからないことである、2人を困らせるわけにもいかないだろう。口から飛び出しそうになった言葉は何とか喉の奥へと押し込み、酒瓶を受け取った。
 なんとまあ、上質な酒をもらって来た物だ。酒には詳しくはないが、記載されている年月を見る限りなかなかの年代物だ。送り主のことを考えても、間違いなくレアな一品である。もう一つは、シャンパンと書いてあるから未成年用か。人のことを考える性格では無い相手である故に、裏を疑ってしまう。

「何が望みだと?」
「えっとな、」
「フリオニールを寄越せ……だとよ」

 なるほど。つい酒をもらってしまったが、交換条件が仲間の引き渡しであったことから罪悪感を感じていた。
それでも、ロックは大切そうに酒瓶を抱えていたら、手放したくはないらしい。交換条件の提示はいい、だが酒2本と釣り合うと思われたのは納得いかない。娯楽の少ないこの世界では仕方ないけども、酒と天秤にかけられたことで少々落ち込んではしまう。
 それでも別に咎めるつもりもないし、皇帝に関しては疑いはすれども、謎の慈善行動に対する理由が納得いくものであり、警戒が解けた。
それでも抑えきれない感情に任せて顰めっ面をすると、いつにもなく必死に謝られた。そんなにも顔にも出ていたのだろうか。鏡がないから真実は、怯える彼らの胸の中だ。

「じゃあ、行ってくる」
「え、本当に行くのか?」
「皇帝が呼んでたんだろ」
「でも、罠じゃ」
「あいつは、こういうやつだから」

 はにかみながらもをかくフリオニールは、端から見たら酔狂な動作である。
別段おかしか行動ではない。なぜなら、彼とフリオニールは恋人同士であるのだから。
「会いたい」だが素直に言うには尊厳が邪魔をする。だから、わざわざ物で仲間を釣ったのだろう。これならば暴君としての威厳も保てるし、人のいい恋人は仲間の為なら必ず首を縦に振る。
武器も護身用だけを帯刀し、マントを羽織る。必要最低限のご機嫌とりの品を懐に忍ばせては、いざ悪魔の城へと足を向けた。

「すぐには、帰れないかも」
「やっぱり、俺も」
「心配いらないから。夕食も済ませておいてくれ」

 何も知らない仲間たちは不安な表情を浮かべているが、思ったよりも皇帝という男はわかりやすい。
ずる賢いようで単直、巧妙なようで単純。表情にも出やすいのか、いつも百面相をしているところがなんとも可愛らしい。
顔だけがいい、ただのわがままな男ならば御免被る。見た目だけで相手を選ぶほど、餓えてもいないし遊んでもいない。真面目に考え、真面目に「好きだ」と言った日のことを、後悔するつもりもない。


 見えてきた城は、これから起こることも知らずに黙して佇んでいた。侵入者を阻むために作られた悪魔の要塞ではあるのだが、宿敵である反乱軍が足を踏み入れたところで何も起きはしない。本末転倒ではないか、と思うのだが持ち主の意向ならば誰も逆らういわれはない。勝手知ったる人の城、広く大きく難解な迷路をくぐり抜けて、まっすぐたどり着いたのは玉座の間だった。

「よくきたな。無謀な虫けらめ!」
「そりゃあ呼ばれたらくるだろ」

 立ち上がり、尊大に言い放つ姿はラスボスごっこにでもはまったのだろうか。子供を見守る優しい眼差しで、マントを広げる姿を眺めていた。

「ここまで無事にこれたことは褒めてやろう! だが、貴様の行軍もここで終わりだ!」
「これ、プレゼント」

 冷静に返事と共に持ってきたプレゼントを取り出す。鎧用の油、女性陣に聞いたオススメのマニキュアに、似合うと思って買った口紅など。床に並べていると、プルプルと顔を真っ赤にして震えながら再び椅子へと収まる姿が横目に見えた。

「ええい、話はちゃんと聞け!」
「お前もだ。どこに置けばいい」
「む……後で部屋まで運べ」

 尊大な態度はどこへやら。しおらしく返事をしたところで、再び袋へとしまっていく。途中「それは今渡せ」と指差してきた可愛らしい包みだけを残して。

「ふふん、愚民が。貢物につられてのこのこやってきたか」

 いくら低く迫力のある声で言おうとも、玉座でソワソワと待つ姿に苦笑するしかない。何度も杖を叩きつけ、腹いせの魔法でもぶつけたのか。足元にヒビの入ったタイルと、焦げた壁があるだけだ。どれだけ待っていたのかはわからないが、ここまで待ちくたびれるならば呼びに来た方が早いのに。口にしようにも、言い出したらまたキャンキャンと癇癪を起こすかもしれない。暴れる前に機嫌は取っておくに限る。

「ロックが喜んでたよ。ありがとう」
「貴様は?」
「あげたからもらってない」

 手に持っていた包み、適当に取り置いていたクッキーを手に乗せると、見るからに機嫌が急転直下。
何か感に触ることをした覚えはないが、地雷を踏み抜いたことは確か。触らぬ神に祟りなし。黙って焼き菓子をかじることで口を塞ぐが、容赦ためらいなく杖が天頂に振り下ろされた。痛い。

「あの手癖の悪い猿め、人の話を聞いていないな!」
「俺と交換に、って聞いたけど」
「貴様に渡す作戦だった!」

 全くの初耳である作戦に、目を瞬かせるしかない。
一体何を考えているのかはわかりたくないが、ろくなことではないだろう。

「俺、あまり酒に強くないし、それに酒はお前の方が好きだろ?」
「生真面目な貴様なら、礼だと行ってこちらに出向いてくるだろう」
「だから、今日もきたんじゃないか」

 酒の肴になりそうなものは、食材のまま持ってきている。勝手知ったる人の城と言わんばかりに台所へと足を向けると、魔法の手に服を思い切り引っ張られてしまった。

「どこへ行く」
「料理、作ろうかと」
「貴様はメイドか!」
「うーん、いつも近いことしてるよな」

 炊事、洗濯。その他皇帝陛下のお世話諸々。全てフリオニールが担当していると言っても過言ではない。だが、毎日は流石に疲れてるから、少なくとも一週間に一度のペースで通っている。
別に毎日でもいいのだが、この関係性を知らない仲間は心配する。バレたところでどうということはないのだが、皇帝が怒るのだ。冷やかされるとでも思っているのだろうか、はたまた人に秘密を知られることを嫌っているのか。

「貴様は私の何だ」
「宿敵、じゃないのか?」
「そうではない!」
「じゃあなんだよ」

 真面目に答えたところで、機嫌は急転直下。模範解答は一体何なのか、それとも触らぬ神に祟りなしか。とりあえずは一旦離れてみようと距離をおけば、急に首根っこを掴まれる感覚がして、玉座の近くに落とされた。

「これでは、私ばかりが貴様に執着をしているようではないか!」

 どうやら、皇帝陛下ご立腹の理由は想いのベクトルの違いだったようだ。「宿敵」という単語が気に入らなかったらしく、顔を真っ赤にして犬歯を剥き出しにする。

「今日の様子がおかしかったのは、照れ隠しか?」
「うるさい」
「まぁ、お前らしいよな」

 装備を下ろして滞在の構えを取ると、少し眉間のシワが薄くなった。気難しいのだが、案外単純。このままうまくご機嫌取りをして丸め込んでしまおう。一本しか帯刀してこなかった剣を地面に下ろすと、ゆっくりと玉座へと膝をついた。

「呼ばれなくても、物で釣られなくても会いにくるさ」
「……なんだか納得がいかん」
「なんでだよ」
「なんでもだ」

 よくはわからないが、手のひらを返したような態度が気に入らないのだろうか。すっかりヘソを曲げてしまった国王様に苦笑する。

「恋人に会いにくるのに、理由なんてないだろ」

 自称モテモテの戦士の口癖を真似れば、今度こそ火が出るかと思うくらいに顔が真っ赤になった。これならば気に入ってくれただろうか。確信めいた笑顔を浮かべながらも皇帝を見やると、思いっきり杖が顔面へと飛んできた。こんな理不尽があってなるものか。

+END
++++
テーマ:から回る皇帝

23.10.3

[ 766/792 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -